第三章
陸軍入隊編
「進め電波少年」の一企画「ユーラシア大陸縦断ヒッチハイク」は、日本人の海外旅行に
とって、大きな変革をもたらしたと言えます。
それまでの日本人にとって海外旅行とは、主にパック旅行を指していて、観光名所と
ショッピングセンタをバスで移動するだけのもの。現地の人と交流しているのは男達の
売春ツァーぐらいなもの。
にもかかわらず、猿岩石の二人はその常識をいとも簡単に打ち壊し、ヒッチハイクや
アルバイトを繰り返して、人々と交流をして、誰もが無理と思っていたロンドン到着を
やって見せたのです。
このような言葉があります。
「誰もが知っているし、誰もが出来る。しかし、誰もがやろうとしないそのことを、
最初にやった者。それが英雄である」
そういう意味で、彼らは英雄でした。
そして、その当時、彼らに憧れ、世界各地に旅立っていった若者達が多くいました。
愚かにも、薄汚れた洋服に薄汚れたナップサックを背負い、ただひたすら目的地を
書いたサインボードを持って、炎天下の国道で、ただひたすら立ち続けるという到底
まともとは思えないことをやっていたのです。
愚かにも…
「駄目だ。ぜんぜん、車停まらないぞ」
ある国道沿い、薄汚れた洋服に薄汚れたナップサックを背負い、ただひたすら目的
地を書いたサインボードを持って、炎天下の国道で、ただひたすら立ち立ち続けると
いう到底、まともとは思えない愚か者がいます。
私です。
そして、そこで3日は過ぎたでしょうか。お金が完全に無くなりました。
あの番組を見た上で、ここに来ていますので、「さて、アルバイトをしようかな」とも
思ったのですが、私は日本人、ここの人から見れば「外国人」です。(当たり前です)
そんなに簡単に仕事が見つかりません。
「うーむ。これは万引きするか。体を売るしかないかなぁ…」
などと、ちょっと建設的ではない考えが頭をよぎりだし、地元の本場のホームレスの
方たちに混ざって、「I want a job」のサインボードを持って、路肩に座り、本場の
方から
「おまえ、何やってるんだ?」
「日本人だろ?金ないのか?」
「本当に金を持たずにここに着たのか?」
「ひょっとして、おまえ馬鹿だろう?」
などと、思わぬところで「現地の人との交流」を楽しんでいた時のことでした。
一人の壮年の男性がここにいたホームレスの方々に次々と声をかけていました。
「なぁ、簡単な仕事だ。それでいて給料が良い。やらないか?」
しかし、次々と断られています。これはチャンスです。
「あのー、私を雇ってくれませんか?」
壮年の男性はギョッと、私のほうを見ます。
「えーと、この仕事は外国人にはちょっと…」
「ぜひ、おねがいします!」
このままでは体を売る羽目になりかねない状況です。ここまで、みんなが嫌がる
ぐらいですからかなりきつい仕事であろうことは容易に想像できますが、それより
は、ましです。
「おい。おまえ、それだけはやめとけ…」
周りがそんなことを言っていましたが、聞いていられません。
「まぁ、そんなにやりたいんなら…」
少し、口篭もったあとです。
「1000引く720は?」
いきなりです。
「へ?280です」
「1000引く550は?」
「?? 450です。」
「よし、合格」
「????」
流通や小売に従事しておられる方はよく知っておられるかと思いますが、これって、
レジ打ちの人を採用する時によくやる試験です。渡された1000円札から買物の額
を引いたおつりをいかに早く計算できるか?それを見るためです。
なるほど、レジ打ちのバイトか。
「ぜひともお願いします」
こうして、私が連れて行かれた先ですが表の看板には「sjanbeal supply camp」と、
書かれています。
Campと、書いてある以上キャンプ場ですねぇ…
何にも考えることなく連れられるまま、中には行っていくとなぜか皆「迷彩服」を
着て、小銃を抱えています。
この時点で、普通は気がつきます。
ただし、3日間炎天下に立ち尽くしていた私は
「サバイバルゲームの人達専用のキャンプ場か…」
などと思っていました。
「あなた、本当にここで働きたいんですか?」
ここのCampのCaptainさんだそうです。40がらみのおじさんで、やはり迷彩服を着ています。
「それはもちろんです。ぜひともお願いします」
「フム。そこまでやる気があるんなら良いでしょう。ちょっと待ってなさい」
そう言うと、紙に何やら書き始め、それを渡されます。
「それをもって、裏の倉庫に回ってください。そこが仕事場になります」
ふと、紙に書いてある内容を読みます。
「?」
army という単語が目に付きました。そして、
「!」
Campという英単語のもう一つの意味を思い出しました。
「基地」です。
「《私の本名》殿
あなたをトビリス軍スジャンビール補給基地において軍属として採用する。
スジャンビール基地指令大佐エビス・アリトゲフ」
ひょっとして、ここって、軍隊なんでは?
その通りです。
確かに下手すれば体を売ろうかとも思いましたが、ここにいては命を売ることに
なりかねません。早々に退散するべきです。
「あのー…」
「うーむ。私もあちこち行ってきたが、君ほどにやる気を感じた人間はいない。」
「はぁ…」
いや、ただ単にお金に困っていただけなんですが…なんて、言えません。
「まぁ、ここは前線基地ではなく、後方補給基地だ。命の危険も少ない」
それを聞いて、少し安心しました。
「今年に入って、まだ36人しか死んでいない。大丈夫だ」
どこが?
どうやら、彼らにとっては「数えるほどしか死んでないじゃないか」と、いうこと
らしいです。
「それと、護身用だ」
渡されたのは拳銃。しかもマロノフです。(トカレフの後継銃)
「えらいことになったなぁ…」
そうは思いましたが、ここしか働くところがありませんので、働き始めました。
ちなみに私の仕事は倉庫の中で武器、弾薬、燃料、食料の数をただひたすら数えて、
ただひたすら紙に書き写すという作業だったのですが、大体1000個で1ケースに
なっていて、使った数を引いて、今の数を計算するみたいです。
「だから、あんな計算が出来る必要があったのか…」
結構貧しい国です。パソコンがないのは理解できるんですが、電卓すらありません。
みんな、手計算か暗算で計算しています。
ちなみに私は海外旅行者です。為替の計算をする必要があったので電卓を持って
きていました。手計算で計算するなんて面倒くさいので、ひたすら電卓で計算です。
そして、問題が発生しました。
私が目立ち出したのです。
ただですら一人東洋人なのに私だけ異常に計算が速くて正確。まるで、電卓でも
使っているかのように(使ってるんですが)計算しているからです。
「あんた。日本で何やってる人?」
誰でも、ごく普通に抱く疑問です。
「はぁ…普通の大学生ですが…」
ごく普通に答えました。そして、その反応は、
「何ぃ!!!!!!」
あとから知ったことですが、この国の識字率(字が読める人の割合)は40%。
つまり半分以上の人は字が読めません。読み、書き、計算が出来るということが
既にすごい事で、ほとんどの人が学校に行けないというのです。まして、大学なんて
よほどのお金持ちか、よほど頭が良いのでもない限り、絶対に行けない国なのです。
ちなみに私は「お金がありません」と、いってアルバイトしています。
そこから、「こいつは金持ちだ」とは思いません。
みなさん。もうお分かりですね。
みんな「こいつ、頭が良い奴だ」と、勘違いしだしたのです。
「まぁ、別に馬鹿だと思われるより良いかなぁ」
と、思って、別に否定もせずに4・5日過ぎた頃でしょうか。
繰り返しますが、結構貧しい国です。「朝日ともに起きて、夕日とともに寝る」
と、いう生活を皆さん実践しておられるのですが、毎日午前まで起きる生活をして
いた私が寝られるわけがありません。
みんなが寝静まった営舎の外で、ただぼんやりと時間を過ごしていました。
ガサァ。ガサァ。
何か物音がします。厳密には足跡がするんです。
「やっぱり、寝られない人って、この国にもいるんですねぇ…」
その音がする方に行ってみます。確かに人がいるんですが、全身に泥を塗って
います。そして、なぜか異常にゆっくり歩いています。
何をしているんだか分かりません。
「こんばんは!遅くまでご苦労様です。」
そう言った瞬間でした。びっくりしたようで、こちらを振り返って固まります。
そして、その後です。手に持っていたナイフをさやから抜き去り、こちらに突進
したのです。
その瞬間、理解しました。
「この人。敵だぁ!」
このままでは、私が今年37人目の死者になってしまいます。
人間は本当の危機に遭遇すると、自分自身でも思わぬ行動に出ることがあります。
その時の私がそうでした。
パァーン!
手渡されていたマロノフを発砲しました。
パァーン!パァーン!パァーン!
20発、弾が入っていたのですが、気がついたときは全弾を発射していました。
知っている方は知っていると思いますが、危機の時、こういう自分でも信じられ
ない行動をしてしまう現象をバック・フィーバーといいます。
そして…
弾は一発も当たっていません。
射撃訓練なんか受けていませんから、当然です。しかし…
「どうしたぁ!何事だぁ!」
寝先で20発も実弾を発射されれば、寝ていられないのは当然です。次々と営舎
から兵士達が飛び出してきます。
いくらなんでも、事態が飲み込めます。
すぐさま、泥塗りの兵士を取り押さえてくれました。
「よし!おまえ、よくやったな」
「もう夜の7時じゃないか?こんな夜遅くまで起きていたのか?」
そんなことを言っているのは聞こえました。
しかし、私はただひたすら呆然としていました。生まれて始めて銃を撃ちました。
しかも、ターゲットは人形でも標的でもなく、人間でした。
「すいませんが、寝かせてください」
ここで、私から、「人を撃つ」ということの感想を言わさせてもらいます。
何がなんだか、判からなくなります!絶対に止めてください!
さて、翌日、目が覚めます。生まれて最大の悪夢を見ましたが・・
「ところで…昨日のあの人はどこですか?」
取り押さえてくれた人に訊きます。
「ああ、あいつか?あそこだよ。」
指差した方向には誰もいません。ただ、なぜか、土が盛り上がっています。
「安心して良いぞ。もう殺したから」
笑顔でそう答えています。まるで、何か害獣か何かでも倒したかのように。
いえ、おそらくなのですが、感覚的にはそれくらいのものなのでしょう。
人間なのですが…
「…そうですか…」
何も言う気にはなれません。そして、私が思ったことは「もう、辞めよう」
でした。
そのことを言う為に例の大佐の執務室に向かいます。
さて、どうやって「辞めます」って言おうかなぁ…
そんなことを考えながら、執務室に入ったときです。
「おめでとう!よくやってくれた」
「は?はぁ…」
「やはり、私の目に狂いはない。あんな遅くまで起きて見張りをしていた
とは実に立派だ。」
明らかに勘違いをしています。ですので話を切り出し始めます。
「えー、それでなんですが…」
「聞く所によると君は大学出だそうだな」
私の言うことなんか、聞いちゃいません。
「はぁ…」
「うむ。で、今日から、君はこれを着て仕事をするように。以上」
言いそびれた・・
まぁ、いいです。明日、また言えば良いだけの事ですから。
とりあえず、渡された制服に着替えて、いつもどおり、倉庫に入る…
ことが出来ません。
「敬礼!」
なぜか、昨日までいっしょに働いていた人達が私に敬礼しています。
「面白い冗談ですねぇ」
そう言った私に
「何を言われているのか判りかねます」
何か、嫌な予感がします。制服と一緒に渡された紙を見てみます。
「スジャンビール基地所属ミュレータ軍属殿
あなたを栄光あるトビリス軍において、任官することを決定した。これからの
貴官の働きに期待する。なお、階級は准尉とする。
トビリス共和国軍務省」
ここで説明です。自衛隊でも大学卒はいきなり下士官扱いで入隊できますが、
これは大体、世界中共通です。また「士官」というと佐官(大佐、中佐、少佐、
准佐)を指し「下士官」というと尉官(大尉、中尉、少尉、准尉)を指します。
ちなみに私は大学に行っていましたが、その時はまだ卒業していませんでした
ので、この待遇は不当です。
しかし、私は、
「この『ミュレータ』って、誰だ?」
事が大きくなりすぎていて、訳が分からなくなっていました。
私の本名のローマ字綴りを強引に英語読みすれば、そう読めないこともない
ですが、いろいろな意味で間違った個人情報が入っているのは見て取れます。
ただし、「辞めにくくなった」のは間違いないです。
それと、根本的な問題として、私は外国人です。正規で軍隊に入れるはずがないの
ですが…
「なるほど…」
階級の横の方に「予備役」と書いてあります。
正確には「予備役准尉」なわけです。
これでも十分にとんでもないことのような気がしないでもないですが…
それとこの補給基地にはあの大佐以外あと一人だけ大卒がいるということで、
よく判らないで、その日の内にそこに転属です。
で、言われたところに行ったんですが20代後半と思われる若い女性がいる
だけで、その人が見当たりません。
「誰か待ってるんですか?」
「あっ、すぐに来られると思いますので、どうぞお構いなく。」
ちなみにその女性の第一印象と容姿を説明します。
半端じゃない美人です。あくまで、ここは軍ですので化粧はしていませんが、
軍服が異常に似合います。まぁ、美人は何を着ても似合うとも言いますが…
「呼びましょう。名前を教えてください」
「それではすいませんが、サジフ大尉を呼んでもらえますか?」
「…サジフ大尉ですか…それでしたら、呼ぶ必要はないですねぇ」
どういう事か、即座に理解できる言葉です。すぐさま立ちあがって、覚えた
ばかりの敬礼をします。
「失礼しました。ミュレータ准尉です。お世話になります」
「いいんですよ。わたしの年齢で大尉なんて、その方が普通じゃないんです
から」
ちなみに世界一般から見て、女性の社会進出がかなり遅れている国に日本は、
含まれます。こうして、軍隊に女性がいるのは確かに少ないですけど、珍しい
ことでは普通ありません。
「ところで、大尉殿は大卒とお伺いしていますが、どこの大学でしょうか?」
何を話していいのか判りませんので、とりあえず、世間話でも始めようかなぁ。
そう思って、そう切り出しました。
「私の卒業校なんて知りたい?」
「はい。」
「フランス陸軍士官学校」
「!!!!!!!!!」
知らない方のためにフランス陸軍士官学校の説明です。
士官学校の中では超名門。
付け加えますと、最も有名な卒業生は皇帝ナポレオン・ボナパルト1世です。
繰り返しますが、この国ではよほどの金持ちかよほど頭が良い人間でもないと
大学へは行けません。まして、海外の学校となると…
彼女は、「その両方」でした。この国で初の女性将官になると見られていたそう
です。
「あなたは?」
はっきり言って、三流私立大学です。が…
「広島大学…」
見栄を張ってしまいました。本当は「Hiroshima university」の後ろの方に、
「of Economic」なんてつくんですが…
ちなみに「ヒロシマ」という地名だけは国際的には有名です。なぜだか、横に
「スリーマイル」や「チェルノブイリ」と並んでいることが多いのですが…
「そう、あんな焼け野原は大変でしょう?」
明らかに間違った情報が入っています。
なので、今はどうなのかを話すことで、談笑が出来ました。そして、それが終わ
った時、思ったことは。
「もうしばらくはいてみようかなぁ…」
それからまたしばらく日数が経ったでしょうか?
いつのまにか私は大尉に気に入られたようです。
後から聞いた話なのですが、さすがに女性進出が進んでいると言っても、まだ、
「女の言うことなんかきいていられない」と、いう風潮があり、大尉の言う事は
無視されがちだったのですが、私一人だけ全部きいていたからだそうです。
「そう言えば、大尉殿は将来も軍で昇進を目指されるんですか?」
そんなこととは知らず、気軽に世間話をしていました。
「そんな気はない」
「と、申されますと…」
「この国に観光事業を起こしたい。この戦争が終われば、この辺は絶好の観光
名所になる」
「なるほど…」
「とりあえず、軍隊というところは人脈を作るのに手っ取り早いから入っている
だけ。まぁ、この国の自力で作るのは難しいからフランスから外資を呼び込むのも
良いと思っている。それとあなた日本人だったな。日本の外資を呼んでみないか?
結構良いポストに就けてあげるよ」
本気なんだか冗談なんだか理解が分かれます。
「とりあえず、金を出させたフランス人を社長につけて、私は「美人秘書」って者
になるのが夢。「Cosmopolitan」にある高級な化粧をしてね」
いわれてみれば、森林地帯を抜ける街道のど真ん中にあったんですが、なだらか
な丘陵地が続いていて、木を切り倒していけば、簡単にスキー場が出来そうです。
さらに、街道を抜けた先の平野も今は前線が展開されていますが、本来ならば、
昔から、避暑地として使われていたポイントだったそうです。
「なるほど…」
この人なら、なんだか出来そうだなぁ…
そんなことを考えながら、過ごしていたある日でした。
その前線から、緊急通信が入りました。
「敵襲発生。前線が突破されました」
ここで、説明なんですが、この街道を抜けた出口にこの方面の第一部隊があり、
そこに総司令部が置かれてました。そこに総指令(中将)副総指令(中将)参謀長
(少将)第一部隊指令(准将)がいて、そこから西に第二部隊。東に第三部隊が、
展開し、後方の街道の中に私のいる補給基地がそこらに物資の補給をしていました。
対して、敵はそれに対峙する様に二部隊が展開していました。
戦力差はこちら3に対して、敵は2。補給基地も入れれば、4対2になるはず。
にもかかわらず、前線は突破されました。
後から知ったのですが、小競り合いを繰り返していた敵はこちらの前線の3部隊
の連携が弱いことを見ぬいていたらしく2部隊を総司令部の置かれていた第1部隊
に総攻撃をかけたのです。全体を見れば確かに4対2ですが、戦闘が発生している
局地だけを見ると1対2になります。
勝てる訳がありません。
通信はさらに続きました。
「副総指令殿は敵に捕縛。総指令、参謀長、第1部隊指令殿は、死亡しました。
なお、敵は街道に突入。方向はスジャンビール補給基地。」
この基地です。
ここに向けて、敵襲があると言っているのです。
ちなみにここは「前線から離れた基地」です。私のような外国人や女性、退役近し
と、いった、まさに「前線から離れたような人間」しかいません。
唯一まともに戦えるのは基地守備隊ですが、基地の総員の10%ほどの彼らだけで
戦う事になると、戦力差は20倍近くになります。
絶対に死にます。なので…
「総員。待避準備!」
基地指令大佐の出した指揮によって、すぐさま逃げる準備が始まりました。
「敵の進軍速度から計算して、到着は28時間後です!」
サジフ大尉の怒鳴っているのが聞こえました。「距離」を「速度」で割ると「時間」
になるんですが、その知識があるのがサジフ大尉だけだったので、ひたすら紙に計算
を続けています。
「…うーむ。大変なことになったですねぇ…」
一人だけこの危機を理解できていないのがいました。
私です。
一人だけのんびりとお茶を飲みながら、
「まぁ、焦ってやるとミスしがちですから、ゆっくりやってください」
などと、ほざいていました。
「…」
全員が唖然としていたのは言うまでもありません。
で、後から知ったのですが、敵のねらいは、この基地を占領の後、占拠。
補給を絶たれた第二部隊と第三部隊が干上がるのを待って、逆撃をかける。と、
いうものだったそうです。
当然、第二部隊と第三部隊はパニックに陥っていました。
「このままでは、退路を絶たれる!」
からです。
ちなみに、彼らへの指令権は総指令が持っていたのですが、死亡しています。
もしもの時の指令権委譲の順位は当然、決まっています。
順に総指令→副総指令→参謀長→第一部隊指令→第二部隊指令→第三部隊指令→、
補給基地指令。
副総指令は捕縛されていました。そして、総指令、参謀長、第一部隊指令は、
死んでいます。
第二部隊指令に指令権が委譲しました。
当然、第二部隊は死にたくはありません。退路を絶たれれば死にます。
なので、こんな指令が届くことになりました。
「補給基地を死守せよ。」
戦えと言っています。
「48時間後には第三部隊とともに救援に向かう。それまでの勇戦を期待する」
されても困ります。
応援の到着まで、48時間。敵の襲撃まで、28時間。つまり、20時間の間、
持ちこたえさせないといけません。
大佐の出した結論は、
「2時間、持ちこたえさせるのが限界」
基地内はすぐさま、パニックに陥りました。収拾がつかなくなったので、士官、
下士官を集めて緊急会議です。
なぜか最下位の席に私も座っていました。
「准尉」だったからです。(予備役ですが…)
会議といっても、はっきり言って、
「われらは軍人だ。玉砕あるのみ!」
と、
「犬死する気か?とっとと逃げろ!」
の意見しか出ません。会議になっている理由はただ一つです。
大佐にとっては、どちらも嫌だったからです。一人づつ、次々と、
「他に何か良い意見はないのか?」
と、繰り返しています。
「うーむ。大変なことになってますねぇ…あっ、コーヒー下さい」
一人だけ、場違いな馬鹿がいます。
私です。
はっきり言って、浮いています。
「おい、おまえ!コーヒーを飲んでる場合か!」
その通りです。
溺れるものは藁をも掴むと言います。溺れる基地指令、外国人をも掴みます。
「おまえ、大学出ているんだろ!何か良い意見はないのか?」
「はぁ…」
ここで、「何もありません」と、言ったら、撃ち殺されそうです。やむを得ず、
思いつきで話し始めます。
「敵はここを占領したいんですよねぇ…」
「当たり前だ!」
「ここって、補給基地ですよねぇ…」
「何が言いたい!」
「燃料と火薬がいっぱいあると思うんです。この基地いっぱいに火薬を仕掛けて
おいて、敵が占領するのと同時に爆発させたら駄目ですか?」
「…」
やばい。みんな、黙り込んでしまいました。
「おまえは馬鹿か!」
「…あっ、すいません…」
「そんな良い意見があるんなら、何で早く言わないんだ!」
「へ?」
「今のミュレータ准尉の意見に賛成の者!」
唖然としている私の目の前で、全員の手が挙がりました。そして、私は、
「すいません。コーヒー下さい」
「そんな場合じゃないだろ!馬鹿野郎!」
うーむ。どうやら、怒らせたようです。
で、よく判らないんですが、私の意見が採用になりました。
基地を全くの空にしておくと怪しまれるだろうと言うことで、ほんの少しだけ
戦って、逃走。基地はすぐさま占領されます。占領しに来ているんですから、まぁ
当然です。それと同時にしかけてあったダイナマイトに遠隔操作で点火。
ズドゴォーン!ズドゴォーン!ズドゴォーン!
800メートルは離れたところにいたんですが、火のついた木片などがここまで
飛んできます。それに混じって、人間の指、足、腕なども飛んできます。
ゴン!
かぶっていたヘルメットに何かが掠りました。
「何かなぁ…」
人間の頭部です。ちなみに人間の頭部は胴体から切り離しても20秒程は生存可能
です。
なんか、ぴくぴく、まだ動いてました。
「よし、突撃!」
驚いている私なんかに構わず、突撃命令が下ります。
私の作戦案には若干のアレンジが加えられていました。
大佐の号令一過で南から機銃掃射です。生き残りがかなりいましたが、足元は火の
海、南から機銃掃射ですので、全員北の街道出口に向かって逃走しはじめました。
パパパパパパパパパパパパパパ
そんな音でした。
街道に入り、細長くなった敵を、唯一戦える基地守備隊が街道沿いの森の中から
次々と狙い撃ちする音は。
こうして、このまま敵は全滅…するはずでした。
「撃てぃ!」
ドァーン!
全員が我が目を疑う光景でした。
このままでは全滅すると思った敵は、基地守備隊のいた森周辺を吹き飛ばした
のです。そこで逃げようとしていた自分の味方もろとも…
そして、私達が唖然としている間に脱出されてしまいました。
緊急事態です。
数で言えば、確かに有利にはなりました。しかし、こちらは唯一戦えるはずの
基地守備隊が全滅してしまったのです。
距離が接近していますので、いまさら逃走するのは不可能です。
遠目でしたが敵が再編成を組みなおしているのが見えました。
パパパパパパパパパパパパパパパパパパ
あちこちで、銃の連射音が聞こえます。
ほとんど戦闘経験のない人達ばかりでしたので、ほとんどの人があのときの私の
ように「バック・フィーバー」を起こしています。
はっきり言って、やばい事態です。
あらゆる戦争映画が嘘っぱちだなと思う瞬間です。
あんなに格好よく戦っている人間なんて一人もいません。
泣き喚いている人、バック・フィーバーでひたすら銃を乱射する者、ただ呆然と
立ち尽くしている者。
それしかいません。
「おい!」
大佐が私を呼んでいます。
「何か良い方法はないか?あともう少しで、第二、第三部隊が到着する。それ
まで持ちこたえられれば良いんだ」
あるわけがありません。しかし、それを言うのは「死にましょう」と、いうのと
同じです。とりあえず、思いつきで言ってみます。
「第二、第三部隊が到着すれば良いんですよね」
「到着すれば、敵は北に主戦力を置かなければいかん。南の我々は何とかなる」
「でしたら、到着したことにするっていうのはどうでしょう?」
思いつき以外の何でもありません。
「どうやって?」
当然の疑問です。
「…誰かがあの北に回りこんで、『味方だ』って、叫ぶのはどうでしょう・・」
この意見は、「誰がやるんだ」という問題があります。
「よし」
大佐は一瞬にして、その問題を解決した模様です。
「よし、良い意見だ。行ってこい」
「…」
最悪の事態が発生しました。
「幸いにして、軍用バイクが一台ある。あれなら森の中を抜けられる」
言った手前、行くしかなくなりました。
「はっ!では、早速」
来るんじゃなかった、こんなとこ。そんなことを考えながら、軍用バイクの所に
走ります。
「これが軍用バイクか…」
日本製、ホンダカブ、赤に塗られたそのフォルム。加えて横にかかれた文字は、
「福岡西郵便局」
言うまでもありませんが、軍用バイクでもなんでもありません。郵便配達のカブ
です。重ねて言うまでもありませんが、オフロードには向きません。
「あの…」
「頑張って行ってこい。期待しているぞ」
やるしかないようです。カブでオフロード走行、横転を繰り返した挙句、敵の北側
まで、何とかたどり着きました。
「我々はトビリス軍。第二部隊である!」
こう叫び、目的達成です。
一瞬にして敵の動きが止まります。
うむ。やった、やった。
編成が北に組みなおされていきます。
よし、予定通り。
そして、ゆっくりとこちらに近づいてきます。
「え?」
そして、突進してきました。
「やばい!」
私を第二部隊だと勘違いしたのです。まぁ、「第二部隊である」と言ってますから
当然です。
すぐさま、北に向かって逃走開始です。
私のほうが小回りが効いたので、追いつかれるという事はなかったですが、後ろ
から迫られる感触は非常に嫌です。
何時間走ったでしょうか・・
目の前に兵士の集団が見えました。
本物の第二部隊です。
それと同時に後ろの追撃が停まります。
「助かった…」
なおもそのスピードのまま、第二部隊に近づきます。兵士の集団の中から自動小銃
を持った兵士達が前に出てきます。
「これで本当に助かった・・」
安心したのは、一瞬でした。
彼らの自動小銃が一斉に私に向けられたのです。
敵のいるはずの方向から、明らかに見たことがない東洋人が全速力で走ってくるから
といって、それが敵に見え…ない訳がないです。
「味方です!私は味方です!」
何とか、撃たれずには済みました。私のせいではなく、例の福岡西郵便局の「軍用」
バイクが、知られていたからのようです。
さて、その後、また戦闘が発生しました。
無傷の第二、第三部隊対、手負いの敵軍とです。
結果は…言うまでもないと思いますが、味方が勝ちました。
そのまま、私は原隊復帰です。
「第二部隊指令殿に報告!」
ちょうど、大佐が報告をしているところでした。
「基地に甚大なる損害あるものの、敵を撃退しました」
あの・・「甚大」って、基地は吹き飛んでます。
回り見渡す限りの人間の死体が散乱しています。
「…ええ・・うう・・」
所々からそんなうめき声が聞こえます。
しかし、衛生兵の数が足りないので、ほとんどの人が治療を受けられることも
なく、ほったらかしです。そして、見る見る間に人が次々と死んでいきます。
「これが戦争の現実ですか…」
戦争経験者として、一つだけ確実にいえることがあります。
ここに「正義」なんてものはありません。
単なる殺人現場以外の何でもありません。
そんなことを考えていました。しかし、大事だったのはそのあとでした。
「その他の被害は?」
「アルミエフ少佐以下基地守備隊全員死亡、補給部隊所属サジフ大尉死亡、
その他は、現在調査中であります!」
…あのサジフ大尉が死亡しました…
戦争というのは大体にして、死んではいけない人間から死んでいくそうです。
もし、生き残っていれば、ここに大きな観光施設を作ったかもしれません。
それが出来ていれば、その観光収入でどれだけの人の生活が豊かになったで
しょうか。どれだけの人の雇用が発生したでしょうか。
どれだけの人が幸福になったでしょうか。
壊れた基地を見ます。
戦争が生み出すのは所詮、破壊だけだといいます。
その通りですね。
ようやくにして、言う決心がつきました。
「大佐殿」
「おう、よくやってくれた。明日から少尉に昇進させてやる。これからも・・」
「除隊します」
こうして、少し強引に除隊しました。
その後、すぐに隣国に行って、「Cosmopolitan」と、それに載っていた化粧品を
買い、この国に戻って、出来たばかりのお墓に供えました。
こうして、今回の旅は終わりました。
それではまた、お会いしましょう。