著作権法違反 |
ふたりの大学生
判決;懲役1年6月執行猶予2年
初めての裁判。初めての傍聴。
奇しくもその初の巡り合わせとなったのは僕と同じ大学生だった。それもたった2歳しか違わない、人相風体も大して変わらない。つまり若者の犯罪の殆どをしめるアソビ人系粗暴犯とは訳の違う体型をしていたのだ。
しかし裁判に引っぱり出されるほどの犯罪、しかも「著作権法違反」事件。なにをやらかしたんだと手錠をジャラジャラいわせ、泣きべそをかいた大学生くんを見ながら思う。傍聴席には謹厳実直そうな両親が腕を組んで座っていた。なかなか厳しそうな親だ。
判決の日なので颯爽と裁判官が現れると、早々に判決が読み上げられる。
懲役1年6ヶ月、執行猶予2年。
大学生はただ泣きじゃくるだけ、両親は多少安心したようだ。
判決文の朗読。この大学生、CD−Rを使ってソフトを大量コピーし、HPで販売していたそうだ。その収益は半年で300万。3日に1度働いたとして日給5万。いい商売している割には売り方が間抜けだ。
しかもメーカーにはまだ金を返済していないとのこと。民事賠償を余儀なくされるだろうが、おそらく豪遊したのだろう。顔つきは獄中生活の疲れもあるだろうが恐ろしく痩せており、度の強そうな眼鏡とダサい服から推理してまあオタク君だったのだろう。風俗店にも足繁く通ったに違いない。
そうそう執行猶予の理由について「大学を除籍され」とあったからクビになったのだろう。どこの大学かは云われなかったし、報道もされなかったが、こう考えると案外僕の学科からも出ているかもしれないぞ。
一人くらいいなくなっても、解らないしね。 |
道路交通法
違反 |
老ドライバーの最期
判決;懲役2年執行猶予3年
法廷前の事件表を見ていると、いつもあるのが道路交通法違反と覚醒剤取締法違反。前者は殆どが交通事故なのだがこの事件もそのうちの一つだ。
法廷に5分前に入っていると誰もいなかった。
普通は検事・弁護士・廷吏はまあ確実にいて、少し遅れて被告と警官、次に書記官が現れて最後に裁判官なのだが、法廷はもぬけの殻。いや、一人だけ傍聴席に爺さんが退屈そうな顔をして腰掛けていた。
やがて裁判官以外のいつもの面々が揃った。
と、廷吏が傍聴席に来る。
「**さんですか?」
云われた老人は「はい!」とデカい声を上げて立ち上がり、柵を越えて被告席に座った。この爺さんが被告だったのだ。保釈されたのだろう。警官も来てはいなかった。
裁判官が登場して判決を読み上げる。
懲役2年、執行猶予3年。
爺さんは深々と頭を下げた。
事件としてはやはり交通事故だった。
ただこの爺さん、トラック会社の運転手でありながら信号無視とスピード違反をやっていたようなのだ。しかも3回目の大事故らしい。幸い死者は出なかったが、看過できないレベルらしい。
結局、運転免許を返上することで懲役は免れた。
随分いい年をした爺さんである。引退生活にはいるのかどうするのかは解らないが、幸福な余生を送ってほしい。随分曲がった弱々しい後ろ姿を見てそう思った。
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恐喝 |
檻を見ていたジョニー
この裁判は審理と云うことで比較的事件の全容がつかみやすい。
また検事・弁護士が双方に応酬するので、裁判らしいと云えば裁判らしい物と云える。
さてこの裁判では、現実の裁判が殆どそうであるように面白味に欠けるものではあった。なんといっても検察の事件概要を弁護側が認めたのである。まあ争うところがない以上、情状酌量を願うのは当然の仕事である。
その認定された事実というのは、2人のいかにもな被告はある友人の下宿で中学時代の同級生を呼びつけた挙げ句監禁し、空気銃で撃つ(!)などの暴行を加え、金を巻き上げたという。しかも免許証を取り上げて自宅を突き止め、母親に金を要求させたという。奪った金は1月で60万。
簡単に云うとこんなもので、これだけだと誘拐なのだが、この被害者というのも似たようなことをしている奴であり、任意性なども多分にあったという。また登場人物がやたら多く、そのどれもこれも怪しげな連中ばかりで、検察の主張とは云え呆れる物が多い。
しかし笑ったのは「下宿の主であるホストクラブ従業員ジョニーこと**は」というくだりである。弁護士が苦笑していたのが印象的だった。他にホステスや無職やフリーター、家事手伝いなどなどのオンパレード。
その後のやりとりは事実を争うより馬鹿馬鹿しい繰り返しだった。
弁護側が情状証人として母親(僕の隣に住んでいたケバい人だった)が、「親子で一緒に反省し、更正させます」といえば検察は「具体的には一体何をするんですか? 息子さんはもう28で、これで4回目ですよ。あなたに出来るんですか?」と沈黙させた。弁護士が勤務先の信号機取付会社の社長を投入させ「彼は会社で一番真面目で働き者なんです」と哀願すれば検察は嘲笑して、「4度も人に怪我を負わせ金品を巻き上げる彼が御社で一番真面目なんですか? 友達を閉じこめて空気銃で撃つ彼が?」という。
女検事だったが、学生の頃はさぞかし嫌な性格をしていたと思う。あの手の女、昔から1ダースはあげられる。だいたいクラスに1人いる優等生タイプの女だ。天職を見つけたと思われる。
まあ判決は見てないが、あんまり見る気はしない。
しかしホストのジョニー君、どうも別件で逮捕された人物らしいが、元気にしているだろうか。僕も有事に備えて改名を考えた方がいいだろうか?
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傷害 |
猶予は余裕?
判決;懲役1年執行猶予2年
裁判というのは非日常な出来事であるが、司法関係者以外に裁判が日常的という人もいる。ヤクザやチンピラ、アウトローな人々だ。ヤクザが堂々と悟りの境地に達しているのに対し、その一歩手前はどうしようもない。
懲役1年執行猶予2年をくらった彼などその典型だ。
暴力組織から手を切るように、と裁判長から諭された彼は茶色のリーゼントに赤のレーシングスーツのようなジャージを着て始終余裕をかましていた。21歳、成人後は初犯。刑務所に入ることはないと踏んでいるのだろう。
事件は彼の風貌に似つかわしいなんてことない話。パチンコが出ないと云う理由でパチンコ屋の従業員に因縁をふっかけて鼓膜を破り、アバラを折る怪我を負わせたというもの。新聞の地方欄にさえ載らない話だ。民事賠償を請求してもろくに資産もないだろうな。
しかしよくこんな下らないことで人を半殺しにできるものだ。21歳で成人後初犯と云うが、よく1年間も問題を犯さずにこれたものだ。
また傍聴席にいた仲間とおぼしき三人組にも驚いた。その趣味の悪いど派手な服から見て組関係者とは思えない(一応彼らにとって裁判は神聖な場なのでスーツを着て現れるようだ)のでチンピラ仲間なのだろう。存在だけで心証を悪くすること請け合いな仲間である。
彼は結審後、警官からの拘束を解かれて、仲間に向かって大声で「ユーヨだよヨユーだぜ、なんちゃって」と云ったが、誰も笑わなかった。まだ裁判官は退室しきっていなかったが、判事は振り返ることなく法廷を後にした。
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詐欺
/公文書偽造 |
大物紳士のせこい犯罪
判決;懲役2年8月執行猶予5年
やくざ、という訳ではないのだろうけど、なんかマトモじゃない胡散臭い人種というのはいるものだ。不動産会社の社長だというこの男も法律ゴロというかなかなか油断できない感じの男だった。
がっしりとした体躯に高級そうなスーツ、エナメルの靴。パーマをかけた頭の下には精力的な顔があった。
事件は知能犯らしく格安の不動産があると云って農地指定されている土地を買わせ、その信用を取る手段として偽造した県知事の農地転用許可証を使ったという物である。
判決は懲役2年8ヶ月、執行猶予5年。保釈されていたようだし、裁判官が3人つくような事件の割にはいい待遇だ。粗暴犯と異なり知能犯はそれ相応に待遇がいいのだ。まあ複雑な事件だったらしく裁判官は判決朗読の前に「少し長くなりますから座ってください」と云ったほどである。
態度は堂々としていたし、結審後関係者や弁護士と話しているところを廊下で立ち聞きしたが、あくまでもトップの自信に満ちあふれた男だった。なにかこれから宴会かなんかを行うらしく談笑しながら裁判所を後にしていった。
うーむ、大物だと思った。その割にせこい犯罪だが。
やっぱベンツとか乗っちゃって、愛人とか囲っちゃって、こんな不景気でもバブリーな生活しちゃってんだろうなと思った。あ、でもバブリーなら非合法に手を染めなくても儲かるよな。
社長というのも楽じゃなさそうだ、と思った。
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覚醒剤取締法
違反
/銃刀法違反 |
ヤクザと語らう
判決;懲役5年
事件表を見たとき、これはピンときた。
ヤクザだ。
大体ヤクザでもなければ覚醒剤と銃刀を同時に所持して捕まるなんてことはない。さすがに末端の売人が武装しているとは思えない。卸しの仕業だろうというのは誰でも想像がつく。
しかし、ヤクザ。その裁判! 見てみたいではないか。
おそるおそる大法廷に足を踏み入れる。ちらほらと傍聴人が見えるが、あきらかに組員衆と思える人は前列に2、3人いる程度だった。と、いっても髪型でそう思っただけでちゃんと普通のスーツを着たその姿は堅気の衆と云っても差し支えないほどだった。
勿論、サングラスをかけたりド派手な格好をしているのは一人もいなかった。若者もあまりいなく、ある程度落ち着いた層ばかりだった。チンピラの粗暴犯の傍聴人とは対照的だ。
被告入廷、僕はうっと思った。
こいつぁ、モノホンだ。そう思った。なんというかこれ以上ないヤクザ。
デップリと太った腹に坊主頭、濃い眉毛に鼻髭なんてたくわえてやがる。おまけにそのギョロ目は睨まれたら即座に財布をおいてきそうな面構えである。なんなんだこのギャップは、そう思った。高そうなジャージを着ていたが、柄が悪く「やっちゃん」と称されていた高校の体育教師でさえ全く及ばない。こんなのがチャカ出してきたら恐怖以外の何者でない。
判決朗読の前に裁判官が「長くなりますから座ってください」と云ったが、彼は「結構です」と断った。ほう、骨のある奴だ。
判決、懲役5年
いつもはつくはずの執行猶予がなかった。実刑だ(よく考えれば執行猶予は3年以下の刑にしかつかないのだ)。
事件はまず暴力団幹部である被告が覚醒剤所持で逮捕され、愛人の家を捜索したところ回転式拳銃が2丁と銃弾が出てきたということ。裁判官はそれらの詳細を読み上げると、上訴の手続きについて説明すると、そのまま結審を宣言して出ていってしまった。
普通はこの後「刑務所で更正してください」とか「周囲の信頼に応えるべくがんばってください」とか「法の意味をよくかみしめ、正しく生きてください」など裁判官の暖かい一言があるのだが、この事件は何も云わなかった。裁判官も解っているのだろう。
実刑なのでまた手錠をかけられる。
ふと僕と彼の目があった。恐ろしい目だった。
「兄ちゃん」チャカとシャブを所持していた暴力団幹部が云った。
「いい度胸してんなあ」
周りの「関係者」がさっとこっちを見た。幹部に目を付けられちゃあひとたまりもない。37計を使うことにした、すなわち撤退。まさか法廷で襲われることはないだろう。
法廷を後にする僕の背中で5年は出られぬ幹部氏は部下にこう叫んだ。
「んじゃ、行って来るからよう。あとは頼んだぜ」
部下たちのいい返事が法廷にこだました。
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恐喝/傷害 |
あいつらはどこにいる?
裁判所に行く度に思うのは「こいつら普段はどこにいる?」という感想だ。
ここでいう「こいつら」とは傷害やら恐喝やら強盗やらをやって法廷に引っぱり出される悪い人達である。髪型も目つきも着ている服までちょっと街では見ない。初めは裁判所のせいかと思ったが、何度も往復しているうちにやはり違う、と思った。
確かに悪っぽい奴も街では見るが、それとはやはりワルの度合いが違うように思える。これは説明するのが難しいので是非、みなさんも傍聴にいって肌で感じてほしい。
駅でも電車でも見ない。夜の繁華街ではたまに見るが、そういう彼ら、普段は絶対に見ない連中がそこにいるから。
さて、この事件である。
裁判の途中だったが、他に荒っぽい犯罪もないのでその法廷のドアを開けた。
絶句。
傍聴席が満員(結構珍しい)、しかも男も女も全員髪型が異常なのだ。髪が黒いのは皆無、殆どが金髪でとげとげに固めた奴、リーゼントの奴、パーマのかけすぎで訳わからん奴ばかり。服装も原色や蛍光色の派手なモノばかりで、「カラーギャング」というチーマーの跳ねっ返りはこのことかと思った。
とにかく男女取り混ぜてどいつもこいつも街では決して見ない面ばかり。姿形で人間を判断するなと云う輩に一度会わせてみたいものである。
さて事件だが被告席にはふてぶてしい顔をしたガタイのいい男が座っていた。髪は五分刈りで上下とも黒レザーを来ていた。そして証言席には真っ赤なスエットシャツにドレッドヘアの男がいた。
そんな連中が僕が入ってきたとき一斉に見たのである。
ここは正義の法廷だ、逃げてなるかと座った。途端彼らの頭が揺れる。大方、どこのチームメンバーかと思ったのだろう。「だれえー?」というささやき声が聞こえる。
法廷では検事が質問している。
どうもこの二人が会社員を半殺しにして金を巻き上げていたらしい。この二人ならやりかねない、と思ったとき弁護側が手を挙げた。映画みたいだ。
「彼は現在、家庭裁判所の審理待ちなので、その質問には答えかねます」
あ、と絶句した。ドレッドヘアは共犯には違いないが、未成年なので家庭裁判所で裁かれるのだ。少年事件は非公開だから、ここにいるのはあくまで「証人」としてなのだ。しかし、これが年下とはとても信じられなかった。ひとつにはガングロだったということもある。
質問が終わって、証人が傍聴席に戻ってきた。
僕が座った唯一空いていた席は彼の席だったのだ。証人が僕の前に立った。
その場にいた全員、裁判官や廷吏も含めて僕を見ていた。
「どけ」一言、証人が唸った。
その場から逃げ出したのは云うまでもない。
まったくああいった連中は普段、どこにいるんだ!
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強盗強姦致傷
/他 |
人生を投げ捨てた男の代償
判決;懲役15年
今回は重大事件なので普段の倍書くことにする。
その日、裁判所に行ってぶっ飛んだ。普段は一行ですんでいる罪状が、その男の欄に限って二行にもわたって書かれていたのである。「住居不法侵入、強姦、強姦未遂、強盗強姦、傷害、銃刀法違反」こんなに書かれた事件は他にない。しかもやることは判決である。
十分前に入廷、しかし驚いたことに誰もいない。
廷吏がぽつんと座ってるだけ。
五分前に弁護士が入り、少し遅れて司法修習生が入り、直前にようやく被告人と警官が入ってきた。傍聴人は僕とご同業らしい法学生風が一人、これだけの大事件ならもう少し来ても良さそうなモノだ。
しかし被告人。こんだけたくさんの事件をやらかすあたり、さぞかし筋肉質の凶悪犯風な奴だと思っていたが、これが大違いだった。
まず頭がはげている。さらに身長は165センチ程度で、痩せすぎている。
まあ拘置所も長いだろうから痩せるのも当然だろうが、しかし身長は縮まないだろうからそういう体型なのだろう。度の強そうな眼鏡をかけており、服装もよれよれのジャージ。普通心証をよくするよう努力しそうなモノだ。
まあ自力じゃ女をモノにするのは無理な奴だ。頭がキレてるとしか思えない。
裁判官が入廷する。
開廷を宣言しようとするが弁護士に「書記官がまだです」と指摘され、お預けとなった。その直後、傍聴席に同じようなスーツを着て、同じようなメモを持ち、同じような年恰好の三人の男が傍聴席に来た。新聞記者だ。
程なく書記官が頭を書き書きやってきた。
裁判官が判決を読む。
「主文、被告人を懲役十五年に処す」
ほお、十五年。被告人の後ろ姿は微動だにしなかった。弁護士は皮肉気に唇をゆがめて裁判官の方を見ていた。
続いて事件の認定と量刑理由を読み上げる。
この事件は新聞の地方欄にも載ったくらいだから覚えていた。大都市近郊の3つの市で起きた連続強姦事件だ。手口はワンルームマンションに住む一人暮らしの女を狙い、帰宅時をつけて部屋に上がり込みロープで縛り、ナイフで脅して強姦し、金品を巻き上げたモノ。全部で五件、五人の女性を襲った。
いやあ、これに殺人がくわわれば確実に死刑な事件である。
こんな男がそんな大それたことをやらかすとは、もっともその陰湿な手口は「らしい」ものだが。とにかく生まれて初めてみる強姦魔は極めて陰湿で残忍な小男だった。
ところでこの判決には驚いた。
当然と言えば当然なのだが、判決ではちゃんと被害者の名前、年齢、職業、住所を云うのだ。例えばこんな具合「被告人は、にゃごろう村繁華街三丁目、レストランカトリーナ・カトに置いて同社経営、カトリーナ・カト、十六歳を強姦し」と言った具合である。
よく「強姦されたが将来を案じて泣き寝入り」(強姦罪は親告罪である)という話が小説やドラマに散見されるが、確かにこれでは訴える気が失せる。住所まで云わなくてもねえ。
また「胸を揉み」とかやりとりをえぐく描写するあたりにはこっちが恥ずかしくなってくる。笑ったのは三人目の被害者、ホステスという彼女は、男扱いにうまいのか「性病だから」と偽って、何もされなかったというのだ。
とにかく裁判官は露骨なシーンであると否とを問わず、淡々と判決文を読みあげた。そして事務的に控訴手続きを説明すると慰めの言葉もかけず法廷を後にした。
記者達は早々に退廷した。彼らは忙しいのだ。
こんな事件では被害者は勿論、加害者の親類縁者も来ないだろう。また親類いないからこそ、こんな常軌を逸した事件を犯したのかも知れない。とにかく、頭のはげた男は警官に手錠をかけられ法廷を去った。確かに目つきは普通じゃなかった。
十五年か、僕は思った。満期出所として、その時僕は三十代後半だ。
翌日の新聞にはあの記者が書いたと思われる記事が載っていた。判決の要約がそのまま載っていた。僕が驚いたのは犯人の年齢だった。どう考えても中年に見えた彼。
32歳だってさ。本当にビックリした。 |
虚偽公文書
作成/窃盗 |
U−30
判決;懲役2年2ヶ月
久しぶりに、裁判所を訪れた。
僕は5分前には法廷にはいるので大体廷吏以外誰もいないのだが、段々人が入るに従って血の気が引いてきた。まず廷吏は若かった。裁判官が一人の法廷だったのでこれはまあよくある。しかし検察官がこれまた青年検事で今流行のインテリ眼鏡なんぞをかけている。女にモテそうだ。
司法修習生、これはまあ例外もあるとはいえ若かった。美人の部類に属する女だろう。眼鏡がよく似合うと来れば尚更だ。書記官がおそろしく大量の書類を手に現れる。吃驚した。こんな若い書記官がいるとは不覚だった。弁護士、これも30はいっているかもしれないが、若い。
本件、私の書くことはすべて真実である。この段階で検事弁護士書記官廷吏修習生、すべてが若かった。そして唯一の傍聴人である僕、この法廷には若者しかいなかった。
司法試験、書記官試験、裁判所事務官試験、超難関と称される試験を越えて来た若きエリート達がそこにいた。それに対して僕は? いや、この劣等感には参ったね。唯一の傍聴人だから彼らがちらちらこっちを見るわけだ。それに彼らは挨拶したり、色々打ち合わせたりしている。まったく場違いな環境だ。
被告人入廷、その被告人は50を越えた汚いオッサンだった。彼を連行したのは拘置所看守らしく違う服を着た目つきの悪い男だった。
裁判官入廷、これはさすがに熟年のオヤジだった。
判決、懲役1年10ヶ月。実刑だった。
事件としては執行猶予中の被告人がホームレス仲間と共謀して万引きをして捕まり、執行猶予中であることを隠すため警官や検事に弟の名前を名乗ったというもの。
まあ、許し難い事件ではあるが、苦労したであろう被告人。こんな若造どもに囲まれるとは思わなかっただろう。僕は若者でありながら、出身は被告人の方に近いのでまったく同情に耐えない。
僕は(理論レベルはわからんのでおいといて)感性的に左翼的な人の物言いには嫌悪感を覚えるのだが、こういう裁判を見ると「労働者階級よ立ち上がれ、いまこそブルジョアの走狗と成り果てた権力の犬を倒せ!」と云いたくなる。
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建造物侵入
/窃盗 |
ありふれた事件に思うこと
判決;懲役1年10ヶ月
前回の法廷と同じメンバー(弁護士は別で今度はオッサンだった)で行った裁判。これもまた頭の禿げた体格のいいオヤジだった。まあ聞くと窃盗専門で前科7犯だってね。この人も執行猶予破って来たという。
判決は懲役1年10ヶ月。
この事件は特に珍しい物でもなく、まったく何も考えなかった。
トイレの窓を破ってオフィスに侵入し、金品を漁っているところを捕まったというもの。どこにでもある下らない事件。誰も一顧だにしない事件だ。
そしてこの事件は資格は持てど若者だけが取り仕切っている、つまりは練習問題なのだ。検事は2人いたが、片方は判決文朗読中2回も大あくびをした。弁護士はずっと書類を見ており、閉廷するとすぐに携帯片手に出ていった。修習生は足を組んで、ずっとペン回しをしていた。
嫌なもんだったね。
仮にも1人の罪を裁き、その自由を奪おうとする場で、何なんだこれは。
ここで僕はエリート批判をするわけではない。確かに彼らは立派なもんさ、家は金持ちで楽して出たんだろうからね。楽をし続けて権力の階段をのぼって一生は安泰だ。逢う人全てが頭を下げ、他人を呼びつけて怒鳴り散らすのが、当然になる。食うに困って盗みを働くことなど信じられまい。
まあ、裁くことに重みなんて感じられんだろう。
僕はこの裁判を見ていて非常に気持ち悪くなった。これは明らかに茶番劇だ。脚本も台本もエリートによって用意されている。僕が被告人ならこんなものは無効だ、と主張したい。
たまにこういうことがあるから裁判を見に行くのは趣味のくせに嫌になる。
若い法曹者(特に裁判官)は人を人と思わない動作をすることが多々ある。しかしそれがよってたかって集まったような今回の法廷は珍しい。とても不快な体験だった。 |
覚醒剤取締法
違反 |
ジャンキーとその子
この日は弁護士教授の引率でいつもとは違う街の裁判所へ行ってきました。まあその詳細は実習エッセイのコーナーに譲りますが、ここで書くのはそこで見た刑事事件についてです。
今回の事件はジャンキーらしい不可解な事件でした。
被告は38歳の男で、年の割には妙に若く見えます。宮崎県から来たそうで、言葉も相当訛ってました。不良少年あがりで未成年期に覚醒剤で逮捕前歴(前科ではない)があり、前科は建造物侵入と放火で2犯、30歳のときまで暴力団にいたそうです。
事件は昨年末に妻が男を作って逃げ、子供を押し付けられたことから精神的に追い詰められ(両親に引取りを依頼したが、断られている)、子供を施設に預けて働き口を捜したが見つからずイライラして新宿で売人から買って使用したというもの。
ここまではよくある話。
凄いのは何故ここに至ったかという話で、被告供述を信じれば、なんと彼は酒と睡眠薬と安定剤と覚醒剤をやり、幻覚の中で薬指を切ったというのだ。これには裁判官も「なんでそんなことしたの?」と訊いたが、結局まともな回答はなかった。
まともな回答といえば、ジャンキーらしく落ち着きもなく、答えも噛み合っていないのが多かった。検事は若くてチビでテンパーというおそらく子供の時はいじめられっこだったと思われる男だったが、彼は恐らく本気で怒っていた。僕はそういう奴とやる、臨界点寸前の喧嘩を思い出していた。
被告はそういう風に滅茶苦茶に覚醒剤をやったあと酒場で浴びるように飲み、タクシーに乗って警視庁に行かせて門番に自首したというのだ。門番は「現物はあるか?」ときき「ない」と答えた。
当然門前払いである。酔っ払いの戯言にしか聞こえない。
ラリってる彼は続いて所轄署に行った。ここでも相手にしてくれないので署前で待ってるタクシーを無賃乗車して捕まり、その後に腕の注射紺を見せて逮捕されたという。
これでも自首ではないという、ラリって自首したので、真意性がないからね。
この妙な事件の求刑は懲役1年6月だった。
弁護士先生の話によると、覚醒剤の初犯は懲役1年6月執行猶予3年が普通だから、まずこの通りになるだろうという。少年事件は前科に入らない。たぶんそう処理されるだろう。
最後に気になったのはこの施設に預けられた子供たちだろう。
遺伝問題をおいても、環境的に余り優れた状況におかれているとは思えない。東大などの一流大学が富裕層の子弟で溢れているように、いつの世もあるこの問題、なんとかしなくちゃいけないと思う。
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