「私が思うに、恋っていうのは勢いが必要なのよ」
 うん。それは正論だ。
「恋っていうのはね、自分が相手にどれだけ印象付けられるかが勝負なの」
 それもなかなか的を射てる。
「だから、私はいろいろ考えたわけ」
 あぁ。恋って悩むものだからな。
「そして、こういう結論に至ったのよ」
 ・・・うん。
俺、その後がものすごーく不安なんだが。
「これって無茶苦茶印象強いと思わない?」

「お前、何か間違ってる」

 そうやって、俺は目の前にいる少女を半眼で見つめた。
彼女の格好は頭に包帯を巻き、ろうそくを立てている。
 そして服装はまるで白装束のよう。そして髪は本来綺麗に規則ただしく腰におさまっているはずの後ろ髪が今日はバサバサと前のほうに流し、まるでリングの貞子。
「・・・何をしに来たんだ?亜津子」
 そう聞くと彼女・・・亜津子はにこっと笑った―――ようだが、格好が格好なのでとてもおどろおどろしい。
 亜津子は人差し指をぴん、と立てて歯茎が見えるほどに口を吊り上げる。
あ。お歯黒だ。
「だから、私は言ったじゃない。これは恋を実らすための手段なの!!題して亜津子、ラヴラヴパンチだいさくせーーーーーん♪♪」
 確かにある意味パンチが効いてますね。
 俺はとりあえず寝癖のついた髪を掻いてからそれまで体にかかっていた布団を跳ね除け、亜津子に向かって叫んだ。
「あのなあ、夜中に人の部屋に忍び込んできて何言ってんだよ!?」
 そう。
ここは我が家の我が部屋。
 6畳半のせまい部屋だが、その中には人に言えないヒミツがたんまり。
 例えば俺が今寝ているベッドの下とか・・・
亜津子はちょっと焦りかけた俺に、きっぱりと言った。
「もちろん、夜這いよ」
 姉さん。夜這いの使い方を間違ってる。
 夜這いってもっと桃色のかほりがするようなもんじゃないですか?
今のアンタ、ビデオの中の井戸のかほりがする。
「・・・まぁ、その格好はよくはないが・・・とりあえずいいとして・・・どこから忍び込んできた?」
「アハッ、ベランダ♪」
・・・あんた人間ですか?
 冷や汗をかく俺を尻目に、亜津子はうっとりとした表情で問いかける。
「恋ってね、心の中が相手の事で埋まっちゃうのよ!!だからその人のためならなんでもできちゃうの・・・」
 あんたがやった行為が俺のためになるかどうかは別として、ちょっとベランダってのは・・・俺、鍵かけ忘れたのか?
「で、どう?どう?今、心の中はわたしでイッパイじゃない?」
 あぁ、そりゃもう。
 なんたって異様な雰囲気を感じて目を開けたら暗がりで視野いっぱいにあなたがいらっしゃったんですもの。
 本物の貞子見たときより怖かったぞコラ。
「ね?イッパイ?イッパイ?」
「あー、はいはい」
 俺は目を輝かせて(衣装はそのままで相も変わらず怖いには違いなかったが)微笑んでくる亜津子の頭をそっと撫でた。
 あつっ。ロウソクあつっ!?
「お前、それ熱くないのか?」
 俺は火傷しそうになった手でロウソクを指差しながら亜津子に問いかけた。
「ちょっと熱いかな☆」
 ちょっとどころじゃねぇだろ。
「今すぐ外せバカ野郎」
 すぐさま包帯をほどいてロウソクの火を吹き消した。
部屋が少し暗くなる。
「あーーーーーーーーっ!!私のラヴパンチグッズ!」
「いいから捨てろこんな不吉なもん!」
 そう言うと亜津子は眉を八の字にゆがめた。目を伏せがちにする。
すごく苦しそうな顔をする。
 少し間を置き、化粧をしたのか紫色になっている唇を小さく動かし言った。

「・・・私の気持ち、届かなかった?」

 かすれるような声。
 それは今にも切れ入りそうな声で。
周りは真っ暗で、亜津子はもう消えてしまいそうだった。
 貞子。亜津子の貞子。このままだとビデオの中に戻ってしまう気がした。
俺はハー、とため息をついた。
「あのさ、確かにこの作戦はどうかと思うけどさ」
亜津子は何もしゃべらない。
俺はそれを確認してからしゃべる。
「・・でもさ、何にせよ俺は今、亜津子の事しか考えてないわけだ。だから」
一文字一文字紡ぐように。ゆっくりと。
まるで空間に文字を刻んで行くかのように言った。
それでもまだ亜津子は黙ったまま。
 ・・・・次が問題なんだ。
 亜津子はなんて勇気を持っているんだろう。それに比べて俺は臆病者だ。
でも、言わないと亜津子は消えてしまう。
 まるで12時の鐘が鳴ったシンデレラのように。
だから、さっさと言わねーと。

「・・・きだから」

 静かな部屋の中で、俺の言葉だけが響いた。
その空間だけ時間が流れなくなってしまったかのように。
その空間だけ音が消滅したかのように。
 見えるのは暗闇の中の亜津子。

 あぁ。まだ髪がボサボサだ。いつもは綺麗で整っているのに。歩くたびに繊維の細い髪がさらりと揺れるのに。
いつもは桜色に染まっている小さな唇が今では紫色。目の下には黒いラインが入っている。
亜津子はポカンとしていた。
そんな顔するなよ。
なんかしゃべれよ・・・
しばらくして彼女はニコっと笑った。相変わらず顔は貞子のままだっだが、今の顔は決して怖くなんかない。
っていうか・・・なんつーか、無茶苦茶可愛い。
「ね、ねぇっ!!今のもう一回っ!」
そう言って亜津子は俺に飛びついてきた。
うわぁ、貞子と抱き合ってるー。
「もう一回もう一回!もういっかーいっ!」
 あぁもう、うるせぇな。
 俺はもう恥ずかしい気持ちなんか忘れて、彼女の耳元で、亜津子のためだけに用意された言葉を叫んだ。
 あれだ。一種の嫌がらせ。
でも亜津子は決して嫌がってなかった。
 むしろ、俺が知っている中で一番綺麗な笑い方をした。
「やたっ!私の作戦大成功だね!」
 ・・・・そうですね。
奇しくも、世界で一番おかしな作戦は世界で一番成功したのだ。
畜生。なんかくやしい。
 亜津子はこれ以上ないってくらいに笑っている。
 いいかげんにお歯黒取れよ。
彼女は俺の胃がちぎりとれそうなくらい抱きついてくる。
 ・・・ていうか奥さん、わかってます??
アンタ、たった今告白してきたやつの部屋の、しかもベッドの上でその相手に抱きついてるんだぞ?
 この重大な事件、わかってはるの?
つーか責任とってくれるの?
亜津子さんよ。
 どうしようか迷っていると亜津子は顔を上げてきた。
ちょうど両者の視線が絡み合う角度だ。
チョット待てい。
アンタどんだけ俺を苦しめたら・・
「ごめん」
 はい?
 え、えっとえっとごめんって何のごめんですか?
まさかさっきの告白に対して・・・
「ごめんっ!嘘だったの!」
 告白がーーーーーーーーーーーっ!?
「ベランダから渡ってきたって話!」
 ・・・ベランダ?
「実は・・・おばさんに手伝ってナイショで部屋に入れてもらったの」
 亜津子がそう言うとドアから俺のおかんが顔を出す。
「はーい♪」
「おかん?」
 ・・・なんでいらっしゃるねん。
「ほら、亜津子ちゃんが可愛くて、応援したくなっちゃったものだから」
いや確かに亜津子は可愛いよ。
 って・・・アンタ・・・
おかんはフフフ、と笑ってくる。
「えへ♪ごめんねっ♪」
 亜津子が微笑んでくる。
ああああああああああああああああああああああっ。
あかん、あかんでぇその顔は!
 お歯黒してるけどっ・・・
「じゃぁね、お母さん下で寝てるから。あとはごゆっくり♪」
 そう言っておかんはドアを閉めた。階段を下っていく音がする。
・・・ごゆっくりってどっちの意味??
 健全なほう?それともアッチ系?
うわぁ。俺今無茶苦茶後者が思い浮かんでるんですがその事について何かご意見を!亜津子さん!
「アハ♪ごゆっくりだって!」
 ・・・ダメだ。こいつ、なんっもわかってねぇ!!
さらに抱きつく力が強まってますしね!?
 俺、持つのか!?いや持つわけがねぇ!!俺は我慢できないタイプだ。
 理性と感情の狭間で迷い、やっと俺は結論を出した。
安堵と落胆の気持ちを抑えきれないまま、静かに伝えた。
 真剣な顔をしてまっすぐ亜津子を見つめる。
「亜津子。喜んでいるところ悪いが・・・これは夢だ」
「えっ、ウソ!?」
 俺はニヤリと笑いながら目を閉じて続ける。
「あぁ。今、起こっている事も全部夢だ」
 それはない。今、亜津子が腕を回している腹周りが少し痛いから。
しかし亜津子はとても驚いている。
「亜津子。ウソだと思うなら自分の家に戻って寝てみろ。何もかもが夢だったと気づくから」
 そう言うと亜津子はみるみる青ざめて、立ち上がった。
亜津子は目線を下に向けて俺を見た。
「信じないからね!!」
 そう言った途端、彼女はドアをくぐって階下に降りて行った。
「お邪魔しましたっ!」と叫ぶ声が聞こえ、窓の外を見ると亜津子が走っていくのが見える。
 おい。お前貞子のままじゃねーか。逮捕されるぞ。

 ・・・なんでも信じやすい彼女、亜津子。
 彼女の起こした作戦はことごとく成功した。
 いや、半分失敗かもしれない。
俺は、亜津子がこんなことをやらかすずっと前から・・・ずっと前から。
彼女が・・・


 さて。 明日どうやって弁解するか考えてみるか。
謝るか?それか抱きしめてやるか。それとも・・・




BACK

HOME