一般紙などでも報じられてることで割と注目している人が多いニュース。でもこれってある意味では数字のまやかしでしかない。そもそも「2005年」というタームで括ったときにオーディオレコードの総生産金額は他ならぬレコ協の発表した生産実績を見れば分かるが下がっている。つまり音楽バブルのピークだった1998年から7年連続でCDの売り上げは落ちたのである。これまで音楽CDの売上は「年度(4月〜翌年3月)」という単位では語られることは少なかった。大体「年度」なんて国によって異なるものだし、IFPIなり、RIAAなりほかの諸外国は通常CDの売り上げは年ベースで出しているのだから日本だってそれに合わせるのが当然だ。ではなぜ今回だけレコ協は「年度」にこだわったのか。それは「CDの売上がプラスに転じた」という「ストーリー」を喧伝したかったからに他ならない。2005年の月別生産実績を見れば分かるが、昨年の1月〜3月というのはCDがとにかく売れていない。1月こそ前年比98%だが、2月は84%、3月は78%と、とにかく春先にCDが壊滅的に売れてなかったのだ。1月〜3月の累計で平均すると前年同期比85%。落ち込みは4月に最大になるが5月以降は回復し、2005年全体としては3672億円となり、2004年の3773億円とほぼ同じ水準に落ち着いたというわけだ。
つまり。
2005年の中で圧倒的にCDが売れてなかった1月〜3月の数字を抜き、CDが回復傾向に向かった4月以降(年度)で切ってしまうことであら不思議、CDの総生産金額を「上昇」に転じさせることができたのである。読売新聞にはグラフがあるが、これと通常レコ協が公開している「年」ごとの生産金額実績のグラフを比較すると、2001年あたりで数字が微妙に違うことがわかる。恐らく読売新聞の記事ではわざわざ「年度別」のグラフを起こしたのであろう。ご苦労なことです。落ち込んだ2005年1月〜3月は前年度に「負債」として押しつけることができて、CDが売れた4月以降のデータを抜き出すことで前年同期比を「上昇」に転じさせることができるわけだから、ちょっとした「数字のマジック」がここにあったというわけだ。
しかし、実のところ数字のマジックというほど大げさな話ではなく、前「年度」と比較したときにプラスに転じていることは事実である。統計を見ればわかるが、実際2003年以降落ち込みの度合いは低くなっていた。事実としてここ1〜2年で音楽CDの売上は下げ止まりの傾向があったのだ。レコ協の目論見的には2005年に数字をプラスに転じさせて「回復傾向にあるんだよ」というプロパガンダをしたかったのだろうが、それは残念ながらかなわなかった。だったら2006年の実績で前年より「上昇」に向かえばいいわけだが、それには1年待たなければならないし、今年の1月〜3月の状況を見ると果たして上昇に転じるかどうかも不透明だ。だが、音楽業界全体としては着うたフルが売れているし、iTMSが始まったことでようやくPC向け音楽配信の市場も立ち上がってきた。そんな中「CDの売上も回復しているんですよ」というアピールができないのはつらいし、このままではまた短絡的なメディアに「配信が伸びてCDが食われる」という浅い批評をされてしまう。で、年度で生産金額を切ってみたらわずか4%だけどプラスになるという結果が出た。そこで「これなら音楽配信で音楽需要が大きくなって結果CDの売上も伸びた! 配信はあくまでテンポラリに楽しむもので、『大多数の音楽ファンはやはり手元に残しておきたいのだよ』というストーリーを作れる! ラッキー!」みたいな感じになって、こういう大本営的発表をしたんだろうね。
2005年の各種統計データが公開されたのは3月8日で、あまりメディアで大々的に「7年連続でCDの売り上げが下がった」みたいなニュースが飛び交わなかったのでおかしいなーとは思ってたんだが、ここでこういうニュースとなるあたりで、なんとなく合点がいった。
まぁそのあたりはレコ協の広報宣伝戦略の話だから俺的にはどうでもいい。配信が盛り上がっているときにCDの売り上げも上昇に転じたという報道をさせることで、音楽業界全体が盛り上がっているような世論誘導・印象形成をすることもそれ自体は悪いことではないと思う。
しかし、俺が腹が立つのはここ。サンスポと読売の記事から引用する。
同協会では「消費者がネットで気軽に音楽に触れられるようになった結果、音楽CDに戻ってくる相乗効果があった」とみている。
日本レコード協会は「携帯電話などを通じた音楽のネット配信が普及したことで、利用者がアーティストの他の曲や歌詞カード、ジャケットを求めてCDなどを購入した」と分析。「今後もネット配信の拡大とともに生産額は増加する」と強気の見方をしている。
彼らの↑こういう物言いだ。
今まで自分たちに原盤使用料が入ってこないっていう理由で散々着メロを中心としたケータイ文化を憎み、さらにはPCで音楽を楽しむ音楽ファンを「違法コピーユーザー」と犯罪者扱いしてクソ以下の欠陥メディアであるCCCDをリリースし、そのことに対して何の反省も見せず、音楽配信サービスについてもまったく普及させる気を見せずに消費者がまったく使う気が起きないガチガチのDRMしかかけず、さらにはiTMSが入ってくるのをあからさまに妨害してきたような日本のレコード会社たちがどの口で「配信のおかげで音楽需要が喚起され、CDの売上上昇をもたらした」とか言えるんだと。
音楽配信やファイル交換ソフトが音楽需要を喚起して「音楽に戻ってきて、結果CDの売り上げが増える」なんて調査結果は米国はもちろん、日本だって2003年頃からいくらでも出てただろうに。そういうものには全部耳をふさいでCCCDリリースしたり、WinMXの個人ユーザーを提訴してきたようなレコード会社に今更「配信で気軽に音楽に触れられるようになったからCDに戻ってきた」とかそんなこと言って欲しくないね。そもそも昨年の生産額発表時に新聞などの一般メディアに対して「ネット経由の音楽配信の広がりなどでCD離れが進んだことが原因」とか「ネット配信など音楽を聴く手段が多様化し、CD離れが進んだ」とか今年と真逆のこと言ってるような協会だよ? 面の皮どんだけ厚いんだよっていう。まぁこの記事書いた記者の推測という可能性もあるけど、多分こういう記事の場合、発表資料とかそういうのからそのまま転記していることが多いのでレコ協が言ったんだと思う。
もっと言えば、そういう音楽需要の喚起には間違いなくiPodも貢献しているということだ。iPodは音楽ファンに自分の持っている音楽ライブラリを持ち歩く、シャッフルで聴かせるといったように新たなリスニング体験をもたらしたし、さらにアップルは消費者にとってハンドリングのしやすい音楽配信サービスであるiTMSでPC向け音楽配信サービスそのものの需要も上げてくれた。MoraなんてiTMSが入ってきた昨年8月以降、月間ダウンロード数が急速に伸びて、1月には前年の約3倍まで伸びてる(確か8月の時点では50万曲強だったはず)んだよ。これは間違いなくiTMS登場で一般消費者に音楽配信の敷居が低くなったことと無関係ではないし、「よくわからないけど最近テレビのニュース番組で『これからはネットで音楽を買う時代だ』みたいにやってたから、いい加減MDウォークマンじゃなくて新しいプレーヤーにしたいなぁ。じゃあビックカメラでもいくか。あーこれがiPodか。やっぱりおしゃれだなぁ。え、なになに? iPodじゃなくてソニーのウォークマンAの方がオススメ? iPodもウォークマンもやれることは一緒? どっちもネットで音楽買えるの? しかもソニーの方が値引率いい? うーんじゃあソニーにするか」みたいに騙さr……消費者が買わされた「ウォークマンA需要」が明らかにMoraのダウンロード数を押し上げた部分もあるわけで、そういうところまで含めていろいろ音楽業界に貢献してくれたiPodのことは一切言及せず、かたや私的録音補償金問題ではiPodから大金をせしめようとするわけね。いやはや大したダブルスタンダードですこと。
つーか、本気で配信がCD需要伸ばすとかあなたがた思ってないでしょ? 配信も伸ばしてCDも伸ばす具体策とか何も考えてないでしょ? それ本気で考えてるんだったら、いまだにクソCCCD続けてる東芝EMIにきちんと「協会」として指導してやめさせなよ。SMEにiTMSに楽曲出すよう促しなよ。SMEがMoraでATRAC3 128Kbps、210円で売ってる音源を、着うたフルとかDUO MUSIC STOREではHE-AAC 48Kbpsのクソ音質しかも420円っていう倍の値段にして不当に消費者から搾取してる現状を何とかしてよ。でも、そんなのできないよね。
上の段落に関連するどうでもいい余談を1つ。とある音楽業界のお偉いさんたちが一堂に会する規模の大きなパーティーに出席したことがあるんだけど、パーティー終わって帰る前にトイレでウンコしてたら、そこのトイレにお偉いさんっぽい人たちがたくさん入ってきておもしろいトイレトークが聞けたのね。彼らも酔っぱらってるから口が滑る滑る。曰く「音楽配信で売れてるのは本当の音楽じゃない!」「着うたとか買う奴の神経が信じられないよね」「我々はやはり本当の音楽を作って行かなきゃいけないし、そのためには配信なんかじゃなくてCDじゃないと!」とかどう見ても香ばしい発言のオンパレード。本当にありがとうございました>俺の腹具合。これ、一切作りのないマジ話だから。高級ホテルのトイレで一人ウンコしながらほくそ笑む俺。どんな構図だ。産業スパイがトイレでソーシャルエンジニアリングするってのは、いまだに有効な手段なんだなーと思ったよ。
話を戻そう。レコード協会が本当にやらなきゃいけないことは、こんなくだらない数字遊びじゃなくて、本気で配信とCD(パッケージ)が共存していくにはどうすればいいのか考えることだ。本気でやるつもりないんだったらずっとCDビジネスやってりゃいいし、私的録音補償金制度とか輸入権とか再販制度とかの既得権益にしがみついてりゃいいんじゃね? 良かったよね、しがみつくものがたくさんあって。でも、それってゆるやかに安楽死に向かっているだけかもよ。インディーズだって配信だって、これからは本当の意味で伸びていくしかない。そのとき、今のメジャーレコード会社は肝心のアーティスト達から頼りたくなる存在でいられるのかな? ふふふ。(津田大介 2006-04-18)
ここの日記は「メディアリテラシーを考える」というテーマでいこうと思ったのだが、一番最初はどのようなテーマで書けばいいのか悩んでいた。ネタを探そうとはてなブックマークをチェックしていたら「CD売上回復!」というストーリーを作りたいレコード会社たち という注目記事を見つけた。ブックマークコメント一覧 を見る限り、概ね好意的に受け入れられている様子。しかし私は非常に悪質な恣意的誘導が含まれている記事だと感じた。
この記事を分析すると2つのパートがあることが分かる。前半は日本レコード協会が新聞やテレビなどのメディア向けに発表した「音楽CDの売り上げが配信のおかげで伸びている」という記事に対する異議。後半がレコード会社、日本レコード協会を中心とする音楽業界に対しての半ば感情的な文句、という構成になっている。前半部については概ね私も納得できるのだが、いくつか気になった点があるのでそこは指摘しておきたい。
これまで音楽CDの売上は「年度(4月〜翌年3月)」という単位では語られることは少なかった。大体「年度」なんて国によって異なるものだし、IFPIなり、RIAAなりほかの諸外国は通常CDの売り上げは年ベースで出しているのだから日本だってそれに合わせるのが当然だ。
確かに世界的に見れば年度で切るより、年単位で切っているところが多い。しかしJASRACは伝統的に著作権使用料徴収額を年度ごとに出しており 、音楽業界全体の足並みを揃えるという意味では「年度」という単位で切り分けることも決して不自然な行為ではないだろう。日本レコード協会は「2004年」と「2005年度」を比較しているわけではないのである。2005年度と比較しているデータはその前の1年間である2004年度であり、売り上げが落ちた2005年1月から3月をなかったことにしているわけではない。
CDが売れた4月以降のデータを抜き出すことで前年同期比を「上昇」に転じさせることができるわけだから、ちょっとした「数字のマジック」がここにあったというわけだ。
しかし、実のところ数字のマジックというほど大げさな話ではなく、前「年度」と比較したときにプラスに転じていることは事実である。統計を見ればわかるが、実際2003年以降落ち込みの度合いは低くなっていた。事実としてここ1〜2年で音楽CDの売上は下げ止まりの傾向があったのだ。
津田氏は記事中で「数字のマジック」という言葉を使っているが、そのすぐ後の段落でその表現を「実のところ数字のマジックというほど大げさな話ではなく」という形で打ち消している。そう、日本レコード協会はタームをずらしただけであり、まったく数字の改ざんや操作などは(統計が正確なものであるという前提に立つ限り)していないのである。だが「数字のマジック」という表現は読者に不正な数値操作を行ったかのような印象を与える。彼はそこの部分に対して恐らく自覚的であり、だからこそ強めの「数字のマジック」という表現を使ったあと、そのすぐうしろの段落で「大げさな話ではなく」と否定しているのであろう。まずここで読者に対して「レコード会社が何か不正な操作を行った」という大まかな印象を与え、本当に主張したい後半部のレコード会社批判へスムーズにつなげているのである。
2005年の各種統計データが公開されたのは3月8日で、あまりメディアで大々的に「7年連続でCDの売り上げが下がった」みたいなニュースが飛び交わなかったのでおかしいなーとは思ってたんだが、ここでこういうニュースとなるあたりで、なんとなく合点がいった。
推測になってしまうが、日本レコード協会は恐らく2005年のオーディオレコード総生産額が微減(前年度比97%)になるという結果がわかった時点で、年度で切り分けたときの総生産金額ベースが明らかになるまで「待つ」ことを選んだのではないか。微減とは言うものの実質的には横ばいであり、音楽CDの売り上げ減は明確に下げ止まり傾向が見られたのである。1〜3月が壊滅的な状況であったにもかかわらず最終的には横ばいの数字になっていた。5月以降に売り上げが伸びていたことを考慮すると年度別にした方が明らかに数字は良くなる。であれば、3月末まで報道発表をせず結果を見てメディアに対して音楽CDビジネスが回復基調にあることをアピールした方がメジャーレコード会社の共同利益を代弁する役割を果たす「日本レコード協会」の広報戦略としては正しい。考えすぎかもしれないが、私がもし日本レコード協会の職員だったらそうしたであろう。1月の時点で「音楽CD売り上げ減に歯止め傾向」という記事が新聞に踊るのと、4月の時点で「音楽CD売り上げが7年ぶりに回復」という記事が新聞に載るのでは、一般消費者の印象はまったく変わってくる。もちろん4月の時点で前年度比でマイナスになる可能性はあっただろうが、それであればその時点で「音楽CD売り上げ減に歯止め傾向」というプロパガンダを行えばいいのである。
別に不正な数字の操作をしたわけではないのだから、そのことを理由に日本レコード協会を叩くのは間違いである。津田氏もそこのところは「レコ協の広報宣伝戦略の話だから俺的にはどうでもいい」と発言しているが、だったらなぜ「数字のマジック」というネガティブキーワードを挟むのか。
私が悪質だと感じるのは後半部分だ。津田氏は日本レコード協会が「ネット配信の普及が消費者に音楽CDに戻す効果をもたらし、音楽CDの売り上げを押し上げた」という趣旨のコメントをしていることに噛みついている。
今まで自分たちに原盤使用料が入ってこないっていう理由で散々着メロを中心としたケータイ文化を憎み、さらにはPCで音楽を楽しむ音楽ファンを「違法コピーユーザー」と犯罪者扱いしてクソ以下の欠陥メディアであるCCCDをリリースし、そのことに対して何の反省も見せず、音楽配信サービスについてもまったく普及させる気を見せずに消費者がまったく使う気が起きないガチガチのDRMしかかけず、さらにはiTMSが入ってくるのをあからさまに妨害してきたような日本のレコード会社たちがどの口で「配信のおかげで音楽需要が喚起され、CDの売上上昇をもたらした」とか言えるんだと。
非常に大きなフォントで言い切られているのでついつい見逃している、または頷いてしまっている人も多いが、この部分にこそ津田氏の恣意的な「レコード会社=悪」という印象操作が巧妙に埋め込まれていると私は感じる。以下細かく見ていこう。
今まで自分たちに原盤使用料が入ってこないっていう理由で散々着メロを中心としたケータイ文化を憎み、
メジャーレコード会社は大量の資金を投じてCD(原盤)を制作し、制作した原盤を売るために大量の広告宣伝費を自らのリスクとして投じている。当然ヒットする曲もあればまったく売れずに大赤字で終わるCDもある。どちらにせよメジャーでCDを商品として発売するということは莫大なコストがかかるものなのだ。しかし、携帯電話の文化はまったく異なる。コンテンツプロバイダ(着メロ事業者)は、JASRACに利用料金さえ支払えばレコード会社が苦労してリスクとコストをかけて生み出したヒット曲の着メロを自由に配信することができるのだ。ヒット曲の着メロを販売する着メロ事業者は、そうした宣伝費は全部レコード会社任せにすることができる。いわば低リスク、低コストでレコード会社のプロモーションにただ乗りすることができるのだ。だが、いくら着メロ事業者がヒット曲の着メロを販売しても、著作権料がJASRAC経由で作曲者などに入るだけであり、レコード会社には一銭も入らない。ただ乗りされている側からすれば、携帯電話の文化を憎むのは当然であろう。だからこそ、レコード会社の中から原盤使用料が入ってきて、許諾権を自由に行使できる(携帯事業者が参入できない)「着うた」というビジネスをレコード会社自ら立ち上げたのだ。
そして、レコード会社は自ら立ち上げた着うたというビジネスを成功させたことで、そこそこの収入を得られる機会を手に入れた。着メロを憎むのは当然のこととして、それに対して難癖を付けて潰したわけではなく、着うたというオルタナティブを軌道に乗せることで音楽CD以外の新たな音楽販売チャンネルを創造したわけである。仲間由紀恵withダウンローズのような例を見ても分かるように、レコード会社は少なくとも着うたという音楽配信ビジネスを音楽CDの売り上げ増に意識的につなげようとしているのである。このことについてレコード会社が責められるいわれはないだろう。
PCで音楽を楽しむ音楽ファンを「違法コピーユーザー」と犯罪者扱いしてクソ以下の欠陥メディアであるCCCDをリリースし、そのことに対して何の反省も見せず、
日本でリリースされたコピーコントロールCD(CCCD)が諸々の問題を含んだメディアであったということは私も認めるところである。しかし、コンテンツホルダーが自らの著作物に鍵をかける権利は誰も止めることはできない。レコード会社が自分たちの財産を守るために鍵をかける行為は正当なものである。それを「消費者を犯罪者扱いする」という概念につなげるのは津田氏の意図的なミスリードではないか。我々が自宅に置かれている財産を守るため外出時に鍵をかけるのは、外にいる他人全員を「犯罪者」扱いしているからではない。そうした他人の中に「不届き者」がおり、彼らが自分の財産権を侵害することに対してあらかじめ保護措置を講じているだけに過ぎないのだ。
もちろん、商品として販売しているものに鍵をかける行為と、自宅に鍵をかける行為は同一ではない。まっとうに対価を払って購入した消費者が自由にコンテンツを楽しめなかったり、品質に不安がある状態で再生しなければならないということは、音楽CDの商品性を著しく下げ、消費者に不満をもたらした。しかし、「鍵をかける行為=消費者を犯罪者扱いすること」ではないのだ。これを断言してしまうあたりに津田氏のレコード会社を悪者にしたいという印象操作を感じる。
レコード会社がCCCDをリリースしたことに反省を求めるのもおかしな話だ。彼らは別に慈善事業をやっているわけではない。商品性の低いCCCDをリリースしたことで消費者から不興を買い、それが売り上げ減に結びついたとしても、それは彼らが自己責任で解決すべき問題だからである。彼らはあくまでビジネスとして音楽をお金に換えているわけであり、それが消費者にとって魅力的でないのなら単純に消費者は買わなければいいのだ。
また、CCCDに関していえば日本レコード協会は消費者の混乱を避けるため、いち早く「統一マーク」を作っている。加えて、すべてのレコード会社がCCCDをリリースしたわけでないことからわかるように、日本レコード協会は加盟するレコード会社がCCCDでリリースすることを強制するような立場ではなかった。CCCDをリリースするか否かは各レコード会社の判断にゆだねられていたのである。津田氏のこの部分の批判に日本レコード協会に対してのものが含まれているなら、そもそもそれは「お門違い」なのだ。
音楽配信サービスについてもまったく普及させる気を見せずに消費者がまったく使う気が起きないガチガチのDRMしかかけず、さらにはiTMSが入ってくるのをあからさまに妨害してきたような
音楽配信サービスが伸びてきたといっても、4000億円弱という市場全体から見たときに音楽配信サービスの規模はたかだか数十億円。数%である。音楽配信サービスは単価が安くなってしまうため、着うたでミリオンヒットがあったところでCDでミリオンが出たときの約5分の1程度しか収入がないのである。言うまでもなく音楽業界全体を支えているビジネスモデルは「音楽CDを消費者に販売する」というモデルなのである。今後配信が伸びていくことは間違いないが、配信先進国と言われる米国ですらまだ全体の10%にすら達していないのだ。そんな状況で配信に大きく舵取りするのはビジネス判断としてリスクがあまりにも高すぎる。また、DRMの水準を緩くすることは当然のことながら違法コピーが増え、音楽CDの販売機会を失うことにつながりかねない。DRMの水準をどこに置くのかということは業界全体が是々非々でやっていくしかなかったのだ。iTMSがなかなか日本に入らなかったということも同様の話である。iTMSはそれまでの日本の音楽配信サービスのDRM水準と比べると大幅に緩くなっていた。しかし、米国でiTMSがブレイクしたことで音楽配信サービス自体が消費者に受け入れられ(米国ですらiTMS以前の音楽配信サービスはかなり悲惨な状況だった)、2004年頃から音楽CDの売り上げも回復してきた。そうした状況を見た上で、レコード会社が合弁会社として運営しているレーベルゲートのMoraはDRM水準を徐々に緩くして消費者寄りにしてきたのだ。iTMSの成功が音楽CDビジネスに少なくとも大きな悪影響は与えないという事実は2004〜2005年に証明されたことであり、それを見た上で配信ビジネスの舵取りを行っていくというのは、リスク回避という意味でむしろクレバーな判断だったと言えるのではないか。
日本のレコード会社たちがどの口で「配信のおかげで音楽需要が喚起され、CDの売上上昇をもたらした」とか言えるんだと。
この分析を行っているのはそもそも「レコード会社」ではない。レコード業界全般の融和協調を図り、優良なレコード(音楽用CD等)の普及、レコード製作者の権利擁護ならびに、レコードの適正利用のための円滑化に努め、日本の音楽文化の発展に寄与することを目的とした 団体である日本レコード協会なのである。着うたビジネスを成功させたこともそうだし、そもそもCCCDに関しては日本レコード協会は「指導」する立場ではなかった。また、CCCDを積極導入していたレコード会社はエイベックス、SME、東芝EMI、ビクター、ポニーキャニオン、フォーライフくらいのものである。残り半数のレコード会社はCCCDに関してずっと様子見だったのだ。これらをまとめて「日本のレコード会社たちがどの口で」と批判するのは、あまりにも乱暴ではないか。
音楽業界に貢献してくれたiPodのことは一切言及せず、かたや私的録音補償金問題ではiPodから大金をせしめようとするわけね。いやはや大したダブルスタンダードですこと。
iPodが音楽業界を活性化させたことは事実だろうが、アップルコンピュータも文化事業としてiPodを販売したわけではない。もはやiPodはアップルコンピュータにとってもっとも大きな収入源となっており、彼らはビジネスとしてiPodを売り、iPodの市場ニーズを高めるためにiTMSとiPodを組み合わせることで音楽業界を活性化させたのだ。そのことは日本レコード協会の人も十分理解していることだろう。だが、iPodの利用シーンの多くはiTMSからダウンロードされた曲を入れることより、音楽CDをリッピングしてiPodに著作権料の支払われない「コピー」をすることである。しかもMDと違い、iPodは記録できる時間が非常に長い。その分コピーによる損失も大きいと考えるのが自然だ。iPodによって音楽業界が活性化されれば、その分私的録音補償金制度が想定するような「損失」も増大しているのである。そのような状況で明らかに音楽プレーヤーであるiPodが私的録音補償金制度の対象にならないのは、法制度として整合性がない。
日本レコード協会にとっては「iPodが売れて業界が活性化すればその分コピーによる損失が増える。その損失は私的録音補償金制度で補てんされるべきである」という明確な「1つのスタンダード」があるだけだ。これは決して「ダブルスタンダード」ではない。津田氏の「ダブルスタンダード」という発言はある種のレッテル貼りであり、こうしたところからもレコード会社を悪者にしたい印象操作が伺える。
つーか、本気で配信がCD需要伸ばすとかあなたがた思ってないでしょ? 配信も伸ばしてCDも伸ばす具体策とか何も考えてないでしょ? それ本気で考えてるんだったら、いまだにクソCCCD続けてる東芝EMIにきちんと「協会」として指導してやめさせなよ。SMEにiTMSに楽曲出すよう促しなよ。SMEがMoraでATRAC3 128Kbps、210円で売ってる音源を、着うたフルとかDUO MUSIC STOREではHE-AAC 48Kbpsのクソ音質しかも420円っていう倍の値段にして不当に消費者から搾取してる現状を何とかしてよ。
ここもひどい。日本レコード協会はレコード会社に対してCCCDを採用するかしないかを「指導」する立場にないからだ。そして、SMEがiTMSに楽曲を出すか出さないかの判断を指導する立場でもないし、その判断はSMEがビジネスとして考えればいいことなのである。SMEが着うたの価格を高くしているのはシンプルな話で、その価格で買うユーザーが多数いるから彼らなりの市場原理でその価格付けを行っているということだ。auのユーザーは楽曲を「買わされている」わけではない。自分の判断で「買っている」のだ。自分の判断で買っているものを「搾取」と呼ぶのはいささか無理がある。このあたり、詭弁のガイドラインに含まれている「一見、関係がありそうで関係のない話を始める」を地でいっており、津田氏は本来日本レコード協会とは関係ない話をマスターベーション的に彼らに突きつけているだけなのである。
とある音楽業界のお偉いさんたちが一堂に会する規模の大きなパーティーに出席したことがあるんだけど、パーティー終わって帰る前にトイレでウンコしてたら、そこのトイレにお偉いさんっぽい人たちがたくさん入ってきておもしろいトイレトークが聞けたのね。彼らも酔っぱらってるから口が滑る滑る。曰く「音楽配信で売れてるのは本当の音楽じゃない!」「着うたとか買う奴の神経が信じられないよね」「我々はやはり本当の音楽を作って行かなきゃいけないし、そのためには配信なんかじゃなくてCDじゃないと!」とかどう見ても香ばしい発言のオンパレード。
もっとも醜悪なのはこの部分である。この話が事実であるかどうかも疑わしいが、トイレで大便をしている最中であれば、彼はなぜトイレトークをしている人が「お偉いさんっぽい人」だとわかったのだろうか。規模の大きなパーティーであれば、当然レコード会社以外の人間も訪れる。レコード会社とは関係ない人が酔っぱらった勢いで適当に言ったことを針小棒大に表現しているだけではないのか。
このエントリーを通して読むと実はこの段落が彼がもっとも主張したいことであるということがわかる。「どうでもいい余談」と書いているが、音楽配信に対して音楽業界のトップが否定的な見解を持っているということ読者に印象づけることで、自説の補強を行っているのだ。非常に狡猾なやり口と言わざるを得ない。
このように、一見説得力がありそうでネット上では多数の人から支持されているこの文章もよくよく中身をチェックしていけば、津田氏の偏った主張を読者に押しつける「世論誘導・印象形成」を目的とした記事だということがわかるはずだ。もちろん、本人の主張を読者に伝えるということそれ自体は悪いことでも何でもない。また、ブログという「個人メディア」に書かれたものに対して恣意的な主張を排除することを求める方がおかしいという考え方もあるだろう。だが、少なくとも彼は文化庁が主催する私的録音録画委員会の専門委員であり、いわば「公人」だ。こうした偏った記事を世に出すことよりも、評論家・ジャーナリストとしての公正な視点が求められるのではないか。
主張内容が悪いと言ってるわけではない。部分部分で納得できるところも多々ある。だが、それでもなお私は彼がこのエントリーで取った恣意的なスタンスを許すことができないのである。(keithmenthol 2006-04-22)
ということでこちらのはてなダイヤリーの記事は、僕が書いた自作自演記事でした(音ハメだけ見てる方は分からないと思いますが、この週末こんな騒動があったのです)。思ったより即座にアクセスが伸びたので「旬」の内にネタばらしをしておきます。このまま何も説明しないのも不誠実だと思うのでなぜあの記事を書いたのか、背景を説明しておきましょう。
直接インスパイアされた記事は小寺信良さんが書かれた下記2つの記事です。このエントリーを読む場合、ちょっと長いですがまずこの2つのエントリーを熟読してください。その方がいろいろと考えるものが出てくると思います。
以下の5つです。
この一覧の「このエントリーを含む日記」で拾いやすくするには、ブログ名に力がある方がいいと思いました。そこではてな界隈の人が好きな話題の「メディアリテラシー」を含むタイトルにしました。
otsuneさんがコメント欄で「もしタイトル通りメディアリテラシーの啓蒙という意味で記事を書いたのなら「はぁ? それはメタ視点のギャグですか?」という気もする」と指摘してくださいましたが、まさにその通り。さすがですね。
「某シンクタンクでコンテンツ系の研究員をやっています」というのは、まぁ当然のことながら完全なネタです。ただ、俺自身は昨年「デジタルコンテンツ白書」の音楽業界の現状分析を一切煽りなしで書いたりもしているので、事実関係の指摘、認識などでそこそこの説得力は持たせることはできるだろうとは思っていました。まぁ、実際には最後無駄な煽りが増えて台無しになっちゃいましたが。
あとはプロフィールを一切記入しないで文章だけ書くよりも、プロフィールで「シンクタンクの研究員」と書くことで「この人の書くことに説得力がある」と思っちゃう人がどれだけいるのか確認するという意味ですね。またはポジショントークと書かれたことの関連性ということを考える、まさに「メディアリテラシー」を読者の人に突きつける意味でも、こういうプロフィールにしてみました。ここのところでもうちょっと早く「ネタ」だと気づいてくれる人がいたら良かったなーと思います。
基本的に音楽配信メモで書くことは、いろいろ計算尽くで書かれたものではありますが、7〜8割は俺個人の「本音」と思っていただいて結構です。
はてなの方で書いたことにどこまで本音が混じっているのかということはあえて伏せておきます。ただ、一言言っておくとはてなに書いたことで「津田氏」に対して思ったことはまったくのネタではなく、あそこに書いたことで本音が「ゼロ」ということはありません。そういうものを読者の人がそれぞれ想像していただくことが「メディアリテラシー」につながるのだと思います。
そして、音ハメに書いたこと、はてなに書いたことでこの問題に対する全ての事象をフォローしたわけでもありません。両方から僕の意思で意図的に省かれた「事実」もあります。
書く際に気をつけたのは、俺が普段書いている感じをできるだけ削ることです。otsuneさんに代表されるモヒカンの人たちや、徳保さんの書き方を参考にしたのですが、書いている内に俺自身が持っている天然の煽り体質がどんどん出てきてしまって、最後の方は冷静さを失い、かなり津田大介をDISる内容になってしまいました。その点はちょっと反省しています。
というか書いてる内にDISる方が面白くなってきちゃってさぁ! あいつの書いてること、書いてることは正論だけど書き方が腹立つんだよね(笑) まぁ冗談はさておき、最後まで冷静に突っ込んでいれば良かったのかもしれませんが、結果的に「洗脳合戦」のコントラストがはっきりした方がメディアリテラシーを理解する上では良かったのかもとか思ってます。
はてブだとこのエントリに対して「ネタ」というタグがたくさん付けられてますが、これは「ネタ」ではありません。元記事、はてな、そしてこのエントリの3つ、小寺さんの記事2つ、それらプラス一連の記事に対するさまざまな反応全てをひっくるめて「1つのコンテンツ」なのです。ただ、こういうことは何度もやっても意味がないと思うので、「以後二度とこのような狂言はやらない」と宣言しておきます。
「DRMの水準を緩くすることは当然のことながら違法コピーが増え、音楽CDの販売機会を失うことにつながりかねない」というのは、恐らくまだきちんと答えが出ていない問題です。調査会社などが行う調査結果でもまったく正反対の結果が出たこともありますし、DRMゆるめたことで短期的に見て回復したことが長期的に見ると落ち込んだ原因になった。またはそれとは逆の現象が起きることもあるでしょう。僕個人としては「DRMを必要以上にかけすぎれば消費者は(そのコンテンツに何らかのオルタナティブがある限り)、そうしたコンテンツにそっぽを向いてしまう」という考えはあります。もちろん「必要以上」の水準がどこなのか、というのは議論の余地がたくさん残されており、その議論を僕は今まで以上に進めるべきだと考えてます。
おっしゃる通りです。これこそがメディアリテラシーですね。
僕は「音楽ライター」を「自称」したことは今まで一度もありません。音楽雑誌に書いたことはありますが。そもそもIT出版の世界から来た人間ですし。
「ネットウォッチ系のヲタ」という評価は個人の感覚なので甘んじてお受けしますが、「これまでにも、検証や裏づけなしに書いたエントリーで、何度問題を起こした」という事例が本人的には心当たりがないので、具体例を書いていただけると助かります。具体例書いていただくことでこれを読んだ人のメディアリテラシーも高まるでしょうし。
内容的には完全に見透かされていましたね。「後日「この前のはメディアリテラシーの重要性を訴える為の釣り記事でした」とネタバレするつもりでしたらゴメンナサイ」というコメントがなかったら、もうちょっとこのネタ寝かせておいたかもしれません。otsuneさんは「「実は私のこの記事もレッテルを貼っています。blogで書いてある事を鵜呑みにしないで自分で考えましょう」ぐらいのオチが欲しいところ。」とお書きになりましたが、このオチはotsuneさん的には満足行くものだったでしょうか。
炎上は確かに見ていて楽しいですけど、炎上ばかり見てると冷静にコンテンツを見られる目を失うかもしれませんよ。
「メタ的な構造で読者に「考えさせる」ことはギャグでもなんでもなく有効な手段だと思いますが、そういう人に対してはそもそもメディアリテラシーを説く必要がないでしょうね。難しいなあ」というご指摘はとても的確ですね。そういう意味では僕もちょっと諦めている部分ありますし、散々昔からはてなブックマークのコメント一覧を非難していたんですけど、もう最近は「これはこれでアリだ」と肯定的な立場になるようになりました。今回のことは僕にとって意味があるかどうかという価値判断で動いてます。
レコード会社の中にいる人で「iPodが売れて業界が活性化すればその分コピーによる損失が増える」と考えている人は少なくないですよ。また、日本の場合、欧米とは違いCDレンタルの制度もある分、損失ということも考えなければならないでしょう。もちろんCDレンタルは合法的なサービスですが、通常売られているCDと比べて、私的複製前提のレンタル代がCDリッピングで簡便かつ大量に行える現状が90年代後半から生まれてきたときに、果たして現在の「価格」「著作権利用料」で適正なのかという問題は横たわっています。
コメント、エントリーともにありがとうございます。消費者の考えもコンテンツ側が見る必要がある、というのはまったくもって正しいと思いますが、しかし消費者に対してどこまで譲歩すればいいのか、ということがコンテンツ側にとってなかなかわかりにくい世の中になっているのでは、と僕なんかは思います。このエントリーに対してリンクして付けられている様々なコメントを見て僕はその思いを強くしました。
そして、音楽CDについて下げ止まりが来ているのは客観的な事実として存在しています。日本レコード協会のデータはインディーズは含まれていませんが、昨年はDef Techのアルバムがミリオンを突破しました。もし、そうしたインディーズの数字を含めていれば2005年で切っても数字は「回復」してたかもしれませんね。それに加えて着うた、iTMS以降音楽配信サービスは伸びてますから、全体的な音楽マーケットは拡大しつつある転換期に入ったと僕は思います。が、もちろん音楽ビジネスは多分に水物的要素を含んでいます。これ以上消費者を敵に回すようなことをしたら自滅していく可能性は十分ありますし、ロングテールと直結するコアユーザーの存在を音楽業界がどう見ているかでしょうね。
僕の考えを多分一番正直に綴ったものは2004年秋に出した拙著『だれが「音楽」を殺すのか?』のあとがきだと思ってます。この本、結局1回増刷しただけで普通の本屋さんだとなかなか買えなくなっているので、とりあえずあとがきだけ転載しておこうと思います。あとがき読んで興味持った方がおられましたらぜひAmazonで買ってください。
●『だれが「音楽」を殺すのか?』 あとがき
本書は「音楽配信メモ」という自分のサイトに書いた記事や、雑誌記事の取材で音楽業界関係者に聞いた事実、仲良くなった音楽業界関係者から聞いた裏話、インターネット上から拾ってきた情報など、さまざまなものをミックスして作ったものだ。
偉そうにいろいろなことを書いているが、実はあまり自分の意見にこだわりがあるわけではなかったりする。「現状のCCCDは絶対に認められない」とか「日本でも聴き放題型の音楽配信始めろ」とかそういう譲れない部分以外は、読んでくださった人がどういう感想を持とうが知ったこっちゃないという感じだ。
というのも、この本を発売した主な目的は「音楽業界に対する俺の意見を聞いてくれ!」ということではないからだ。そうではなく、今の音楽業界を取り巻く「論点」がいかに多いかということをあぶり出したかったのだ。そして本書に「価値」があるとするなら、まさにその部分にあると思っている。
2002年1月に「音楽配信メモ」というサイトを開設して3年弱。その間、音楽業界のニュースに対してネットユーザーや音楽ファンがどのような反応をするのか、ずっとウォッチしてきた。その中でいつも気になっていたのが、あまりにも「ある事実や背景を知らずに、脊髄反射的に短絡なコメントをしている人が多い」ということだ。
批判したいヤツはすればいい。だけど、きちんとした知識や事実認識なしに的外れなコメントしても、それは自己満足のガス抜きにしかならないと思う。今の音楽業界のことをクソだと思ってて、その状況を何とか変えたいなら、ニュースの背景にどういう問題が横たわっているのか、きちんと勉強するべきだ。踏まえておくべき事実や認識が多ければ多いほど、音楽業界に関する議論は実りあるものになるはずだ。できるだけ多様な視点、認識を持ち、それを最大限活用して議論すれば、新たなソリューションが生まれるかもしれない。こうした話し合いから何かを産み出していく作業が今の音楽業界には圧倒的に足りないんじゃないかと思う。
本の体裁上、ほぼすべてのコラムで自分がどう考えているかということは書いたつもりだ。しかし、僕の中では反対意見を認めないということは絶対にないし、音楽業界側の言い分もよく理解できるという問題も多い。もちろん、自分の書いたことには責任を取るつもりだが「どっちの意見も正しいよな」と揺れながら書いたものもある。あとがきに至って、大変言い訳臭くて申し訳ないのだが、これが僕の偽らざる本音だ。
CCCD問題1つ取ってみても、消費者、音楽ファンとしての自分はCCCDを許すことはできないけど、一方でクリエイター(著者)としての自分は、こういうもので何らかの制約をかけることも食べていくためには仕方ないのかなと思ったりもする。そうなると結局、問題の結論は個々の読者に委ねるしかない。その中で、読者が多様な視点を持つようになり、自分の立場だけでなく相手の立場になってものを考えられるようになれば、ミュージシャン、レコード会社、小売店、リスナーすべてが幸せになるベターな結論が見つかるかもしれないじゃないか。というか、そうなって欲しい。
お互い譲歩するところは譲歩して、譲れない部分は譲らず、徹底的に議論すればいいのだ。今は残念ながらラウドなのがレコード会社ばかりで、肝心のミュージシャンやリスナーの声があまりにも小さい。この小さな声を大きくするためにこの本がちょっとでも役に立てば著者としてはこれほどうれしいことはない。
この本では全体的に違法コピーについて甘めの見解を示している(それどころか、自分が昔ナプスターを使って違法ダウンロードしていましたなんてことまで書いてますな)。これは、僕がファイル交換ソフトとか違法コピーについて、肯定派でもなく否定派でもなく、違法コピーが存在するのは「必然」だとする立場だからだ。どんなに規制しても違法コピーを根絶することはできない。だったら、違法コピー側に「行って」しまった人をどうすれば、こっち側に「戻せる」のかということに頭を使って、労力をかけるほうが建設的でしょ、ということだ。
こういうことを言ってると、よくお叱りを受ける。「お前は自分の著作物が違法コピーされて、それでも平気でいられるのか?」と。
実は結構平気だ。ぶっちゃければ、単行本が大した収入にならないということもあるが、ガチガチのコピーガードをかけて少数の人にしか読まれないくらいなら、コピーされまくってでも、多くの人が読んでくれた方が著者としてはうれしい。まぁ、できれば読んでくれた上で印税が発生すればベター、くらいに思っている。
それにしても、音楽業界はおもしろい。普通の常識では考えられないことがたくさん起きるし、「へ?」と思わず聞き返してしまう裏事情を聞かされることも少なくない。こんなことを書いてしまうのは、著者としてルール違反かもしれないが、いろいろな人に話を聞いたり取材する上で、本書で「書けない」ことがたくさん出てきた。いくら正論をぶちかましても、その論理とはまったく別のところの力学で物事が決まったりするのだから、それは本当にどうしようもない。
でも、音楽業界を取材していくうちに、ろくでもない事情や人だけじゃなく、本当に純粋な音楽好きがたくさんいるってこともわかった。そりゃどんな業界でも清濁両面を併せ持ってるものだが、音楽業界はそのコントラストが非常に激しい。でも、だからこそおもしろいし、きちんと純粋に音楽が好きでやっている人に対してメッセージを発信することは意味があると思っている。
だらだらとあとがきを書いているうちに、CCCDに対して強きの姿勢を崩さなかった某国内のレコード会社が「CCCDを少なくする方向に動く」という情報が入ってきた。もしかしたら数年後にはCCCDなんて下らないものが全部なくなってるかもしれない。そうなるといいなと思うし、この本で書かれているさまざまな懸念が全部きれいな形で解決されて欲しいとも思う。
10年後くらいにこの本を読んだ人が「あの頃の音楽業界はこんなくだらないことで悩んでいたんだね」と笑いながら感想を言えることを願って。
こんな感じです。ここには俺の98%くらいの本音があるかなー。
というわけで、いろいろとお騒がせしてすみませんでした。真面目に僕を擁護してくれるエントリーを書いてくださったid:inumashさん(id:keithmentholに聞いてみたところ、5/17の勉強会は参加するそうです!)、id:kowagariさん(「メディアリテラシーを考える上で非常に意味のある話だと思った」という指摘はこの一連の流れの本質を突いていると思います)、本当にありがとうございました。
こんなふざけたネタをやって混乱してしまった読者の皆様にもお詫びします。ごめんなさい。
最後に僕がメディアリテラシーを考える上でもっとも参考にしている書籍があるので、それをAmazonリンクしておきます(お詫びの意味でアソシエイトIDは抜かします)。みなさん機会があったらぜひ読んでみてください。(津田大介 2006-04-24)