王様の庭に一輪の赤いばらと、一輪の白いばらが隣り合って咲いていた。
どちらも見事なばらだった。
だが右側の赤いばらは心の中で思っていた。 ああ、白ばらに生まれたかった。 清らかで優しい姿の白ばらに。 わたしの性格に、けばけばしい赤は似合わない。
そんなわけで右側の赤いばらは左側の白いばらをうらやましがっていたのだが、 実は左側の白いばらは隣の赤いばらを見てまるで反対のことを考えていた。 ああ、赤ばらに生まれたかった。 華麗で情熱的な赤ばらに。 わたしの性格に、素朴な白は似合わない。と。
お互いそんなことを思ってくよくよしていたので、赤いばらと白いばらは、どちらも元気がなくなってきた。 それに気づいた王様は国一番のばら愛好家を呼び、庭に連れ出して尋ねた。 「右のばらも、左のばらも元気がないようだ。何がいけないのだろうか」
ばら愛好家はばらを調べて、言った。 「いや、どちらも素晴らしいばらです。どこも悪いところはありません」
王様は言った。「詳しく述べてみよ。まず右側のばらはどうなのだ」
「右側のばらの優雅さ、清楚さは、実に見事、並ぶものがない美しさです」
王様は自分のばらをほめられたので、うれしくなって言った。「そうであろう。赤いばらというものは、 えてしてけばけばしく、押しつけがましい印象を与えるものだが、 あの赤いばらは品が良い」
「ああ、これは赤いばらですか……」
王様は、この気の抜けた答えに首をひねりつつも、続けて左側のばらはどうかと尋ねた。
「左側のばらは輝くばかりに大胆で、華麗、誇り高き情熱を感じさせる見事なものです。 並ぶものがない美しさです」
王様はまたうれしくなって言った。「そうであろう。白いばらというものは、 えてして地味で控えめな印象を与えるものだが、この白ばらは輝くような誇らかさを持っている。 赤ばらもさることながら、この白ばらはわたしの自慢なのだ」
「ああ、これは白いばらですか……」
ばら愛好家がまた妙なことを口走ったので、王様はお怒りになった。 「おまえはばらの色も分からぬのか。色すら区別できずに、このばらはこう、あのばらはああ、と偉そうに語っておるが、 おまえはそれでもばら愛好家か」
「恐れながら、わたくしはばら愛好家です。ばらの色の愛好家ではありません」
そう答えて、ばら愛好家は帰っていった。 王様はばら愛好家の妙な答えに納得しなかったが、ともかく、その日から、どちらのばらもとても生き生きとして、元気になった。
ある人が尋ねた。「死んだら死後の世界というものがあるのでしょうか。あるとして、死後の世界とはどんなところでしょうか」
預言者が答えた。「こんなところですよ」
「こんなところ?」
「あなたが今いる世界です」
「死後の世界は、今ある現実世界と似ているのですか」
「そうかもしれませんが、わたしが言ったのはそういう意味ではないんです」預言者は説明した。 「反対にこう尋ねてみましょう。あなたがゲームに夢中になっているとしますよね。 ゲームに夢中になっているあなたに横からわたしがこう尋ねたら、あなたは何と答えるでしょうか。 つまり『ゲームが終わったらゲーム後の世界というものがあるのでしょうか。それはどんなところでしょうか』と」
「そうですねぇ…」その人はちょっと考えてから、「ゲームの世界に夢中になっていて、それからゲームをやめたとき、 まあ、要するに普通に現実世界に戻るわけですよね」
「戻る?」預言者は尋ねた。「あなたはゲームをしているときには現実世界にいないのですか」
「もちろん物理的には、いつでも身体は現実世界にいますよ。でも、実際の感じ方として、 心はゲームの世界に入り込むというのはあるでしょう」
「そういうことです」と預言者は答えた。「あなたの魂はいつでも神の国にいるのですが、 感じ方として、身体が現実の世界に入り込むことがあるわけです」
「でも」と相手は尋ねた。「わたしはゲーム中でも現実を認識できますよ。電話が鳴れば分かるし。 一方、現実を生きているときに神の国を認識していませんよね。ちょっと違うんじゃないですか、そのたとえ」
「それだけ現実に夢中になっているってことでしょう」そう言ってから、預言者は謎めいた笑みを浮かべて、付け加えた。 「でも電話が鳴ったりすれば……」
あるところに思い上がった預言者がいた。 自分に預言の能力があることを、鼻にかけていたのだ。
いさめる人があって、言った。「あなたの預言の能力は確かに素晴らしいものですが、 その力も、言葉も、神様がお与えになったもの、神様から預けられたものに過ぎないはずです。 そのことでおごり高ぶった気持ちを持つのはやめ、もっと敬虔な態度で仕事をするべきですよ」
預言者は答えて言った。「仕事は楽しくやったほうがいい。 しかめつらをしながら仕事をしろと言うのか」
いさめる人は言った。「神の国からのメッセージを伝えるというのは、おごそかなことです。 浮かれ騒いでやることではありません」
預言者は答えた。 「神の国からのメッセージは、素晴らしいのか、それとも退屈なのか。 もし退屈なら、しかめつらをしながら、いやいややるのも仕方あるまい。 もし素晴らしいニュースなら、浮かれ騒いで、はしゃぎながら伝えるだろう。 神の国から出ることが、素晴らしくないわけがない」
「それにしても」と、いさめる人は言った。「神の言葉にふさわしい、もっと品位と格調のある表現をせめて使ってはいかがですか。 あなたは神の権威を損ねています」
「神の権威を損ねているのはおまえだ」預言者は言った。「メッセージを人間の言葉に翻訳する仕事を、 わたしは神からゆだねられている。 おまえは神が選んだ翻訳者にけちをつけるのか。 神が人選を誤ったとでもいいたいのか」
いさめる人はなおも熱心に説得を続けた。「論点が違います。 あなたの能力は神から授かったものであり、神の国に属しているのです。 そのことについて、神に感謝するのは良いでしょう。 しかし、そのことについて、人間の世界で、人間に対して、人間の立場でおごり高ぶってはいけないと言っているのです。 それは公私混同のようなものではありませんか。 例えばです。 ある事柄の許可・不許可を決める権限のある役人が、職務上、王からその権限を与えられたからといって、そのことで人間として高ぶっていいのでしょうか。 それは職務上の権限に過ぎず、あなたに属する権能ではないのですよ。 本来は王に属する権限が、あなたに委ねられているだけです。 書類に許可のサインをする仕事を与えられているからといって、それだけで威張り散らす役人のようではありませんか」
預言者は答えた。「わたしは人間に対して威張り散らしてなどいない。ただ自分の仕事を誇りに思っているだけだ。 しかも、あなたは大切なことを見落としている。 あなたから見ればもったいぶって書類にサインをするだけの役人でも、 役人には役人なりの苦労がある。 もし許可してはいけない書類にサインしたり、 あるいは許可しなければならない書類にサインしなかったら、 王から厳しい罰を受けることになる。だからこそ」と預言者は言った。「書類にサインするかしないかについて、 書類を提出する側の人間の指示を受けてはいけない。人間からわいろを受け取って、ゆえなくサインしてはいけないし、 人間に喜ばれたいという親切心でサインしてはいけない。 そのことで、わたしは人間に嫌われるかもしれない。だが、人間の側の情実で動いていては、職務をまっとうできないのだ」
いさめる人はため息をついた。「神から力を預けられた預言者に、言葉の議論で勝つのは無理でしょう。 議論ではあなたを説得できそうにない。 ですが、わたしは自分自身の直感に照らして、誠実に、誓って善意から言いますが、 あなたはおごり高ぶっているし、それは間違っている。 あなたの内心のおごりを神はお喜びにならないと、わたしは思います」
預言者は笑った。「神はわたしの内心など見ていない。わたしはただのデバイスだ」
「しかしそれでも」いさめる人は辛抱強く続けた。「そのデバイスが正しく働かなければ、神はお喜びにならないのではありませんか」
預言者は言った。「わたしは神を喜ばせるために働いているのではない」
いさめる人は驚いた。「神の預言者でありながら、神のためには働かないと言うのですか?」
預言者は答えた。「メッセージを伝えるとき、人の顔色をうかがったり、神の顔色をうかがったりしてはいけない、 ということだ。うかがっても無駄だからだ。 神は人間の言葉をご存じないから、翻訳者を置く。 この翻訳で正しいかどうかと、いちいち神に確認しても意味がない。 神は人間の言葉を知らないのだから、良い翻訳か悪い翻訳か、判断できないからだ。 わたしが神に確認できるのは入力の内容であって、出力の形式ではない」
いさめる人は尋ねた。「それでは誰があなたの責任を問うのですか。あなたが誤訳をしても、 あなたが偽りの預言をしても、神にも人間にも分からないのだとしたら」
預言者は言った。「水が斜面を流れるようなものだ。水は確かに流れるが、 わたしはでこぼこのある斜面だから、水をせき止めてしまうこともあるだろう。 ときにそういうことが起きるは仕方のないことだし、斜面を流れる途中で他の水や泥が混入することもあるだろう。 それでも、高いところに水があれば、おりにふれて水が流れる……」
預言者の口調はしだいにあやふやになってきた。
いさめる人がそれについて問いただすと、預言者は言った。
「作文が苦手なので、このへんで勘弁してください」
弁舌のたつ人だと思っていた相手が突然そんなことを言うので、いさめる人は虚を突かれた。
預言者は頭をかいた。「仕事中は偉そうに座ってるけれど、まあ…あの…その…」
預言者は口べたな人間だった。