**夏の日に**
「今日、一日だけ、恋人になって」
そう言って、ケンの顔を覗き込んだ。
ケンは、めんどくさそうな顔をしてちょっと考えると 「ああ」 とだけ言った。
「じゃ、今日はデートだね」 「なんで」 「恋人だから」 「オレ、仕事」 「休んで」 「わがままな奴キライ」
ほんの少しの押し問答を楽しんで、デート決行。
今日・・・は、もう半分終わっている。
夏の陽射しは、強烈に陽炎を揺らし。
お世辞にもデート日和とは言えないけど。
「魚を食べに行こうよ」
お昼ご飯がまだだから。
「くるくる回るとこ?」 「ん。魚がたくさんいる?」 「ま、そだな」 「じゃ、そこ行く」
あたしは彼の後ろをひょこひょこくっついて歩いた。
並んで歩かずに。
彼の歩く姿を追いかけるのが好き。
あ、でも今日は恋人だから。
ちょっとじゃれついて見る。
「歩きにくい」
デートって、他には何をするんだろう。
「ねぇ、これからどこに行く?」 「どこも行かねぇ」 「え、だって、デートなのに」 「オマエが勝手に言ってるだけ」
意地悪。
恋人って、デートのほかには何をするんだろう。
「何する?」 「何って」 「今日は恋人でしょう?」 「じゃ、鬼ごっこ」
恋人って、鬼ごっこするのか。
でも、あたしは動くの苦手なんだぞ。
ハンデちょうだい。
「あたしは普通に走るから、ケンは塀の上を走ってね」
「なんだ、そりゃ」
「すぐつかまっちゃうもん」
「そうするとオマエは塀に近づかないだろ」
「そっか」
結局家についてしまった。
ケンはゴロゴロしながらテレビを見てる。
あたしが横に座ると、チラッと視線を投げて、頭をぽんぽんってしてくれた。
なんかちょっと嬉しくて、目を閉じた。
ケンは、ずっと、ずっと、頭を撫でてくれてた。
今日のあたしがちょっと変なのを、きっと知ってるんだね。
もうすぐケンは結婚ってのをするらしい。
この間あたしの知らない人がここに来た。
知らない人はあたしを見て 「可愛い猫ね」 って言ってた。
あんな人と仲良くしてあげないの。
ケンとずっと一緒にいるの。
でも、引っかいたりしないよ。
ケンがすごく幸せそうなのがわかったから。
あたしはケンのちっぽけな飼い猫でいいんだ。
だから。
だからたまにはあたしに、美味しい魚を食べさせてね。