覆面議員の公約が「教育改革」なら、学校がこの議員を真似したりするわけだ。「生徒全員が覆面姿」「教師も覆面」「構内入門に覆面可能」「覆面入試OK」なんてことがありうるのか。いやだね、おれはそんな学校。怖いな。セキュリティなんて何もなさそう。
極論かな。しかしこれを「極論」というなら、自分はOKで、他の人はNGという根拠があるのか? あるとすれば「自分は特別」って程度しか思いつかないぞ。やだやだ、そんな政治家。「金融改革」や「政治改革」がこの議員の公約なら面白いのに。
ありえない仮定を持ち出して論破してみせるという……。サスケさんが覆面に自信を持っている根拠は、覆面を脱がないことを公言しつつのトップ当選という有権者の支持です。学校がこの議員を真似したりする
場合には当然、有権者の支持を必要とします。そうなると結局、サスケの覆面はいいけれども、学校における一般人の覆面はダメ、という方向に落ち着くのではないでしょうか。
と書くと、白装束はどう考えるのか、という話になりますね。みんなが不安だといっているのだから、白装束を脱がない限り迫害されても仕方ない、街に入れなくても仕方ないのではないか、と。確たる正義は世の中にないのだから、社会は結局多数決で動かしていくしかない。しかし直接民主主義では、衆愚政治を許すことになります。ではどうしたらいいのか。そのひとつの答えが、代議制です。
サスケさんの覆面も、選挙に勝っただけで認められるというほど話は簡単ではありませんでした。議会の多数派を押さえ、さらに一定の譲歩を行ったからこそ、どうにか通用したわけです。
ところでtelさんは100人と会って、ただの一人でも「不快感」なり「異論」をはさむ可能性あるファッションなら。・・・なるたけ回避したほうがいいだろう
ともおっしゃっているのですが、ちょっと微妙な感じがします。100人に1人くらいは「日本人って黒髪ばかりで気持ち悪いよな!」とか、「73分け、キモっ」とかいう人がいるわけで。日本の議員さんがみんなサラリーマンのような格好をしているのはつまらない、一人くらい覆面がいる方がおもしろい、という意見もある。
無難なファッションというのはあるけれども、万人受けするファッションはないわけです。異論なんてのは誰のどんな行動にもつけられるわけで、異論があるからダメ、というのはどうかと思うのでした。
ちなみに、サスケさんの政治家として主張すべきこと
は覆面以外にもいろいろあるわけですが、マスコミがそのことばっかり質問するのでtelさんのような勘違いを助長しています。でもマスコミは商売でやっているので、しょうがないですよね。みちのくプロレスを軌道にのせた経験を活かし、岩手県をプロデュースして経済振興につなげるという目標なんかもあるのですが、そんなことを報道しても全国ニュースとしての需要がないので。
あと、覆面と教育改革の関連づけですが、「個性を伸ばす」みたいなキーワードを媒介することでそこそこ無難な方向へ進むかもしれません。サスケさんも学校には覆面をかぶらずに通っていたわけですから、「個性尊重=覆面OK」といった極端な形にはならないだろうと思います。つまりは、杞憂であると。
新聞を見ててあきれちゃったネタをひとつ。ふだん政治的(?)な発言をこのHPで避けてます。ま、たまには。もっとも今日はたぶん、政治的発言じゃないはず。こういう話を飲みながらすると、いつも否定される。なんでだろう。・・・情け容赦ないから?
政治的発言をしているのに、これは政治的発言じゃないなどというから否定されるのです。当然です。