趣味Web 小説 2004-03-15

勇み足にご注意:天安門事件をめぐる攻防

ミイラ取りがミイラ

天安門広場では誰も死傷しなかったかもしれない。ただ、場所は広場の外かもしれないが、「いわゆる天安門事件」において319人が亡くなったことは、中国政府が発表している通りである(Wikipedia)。

町山さんの書き方は勝谷さんと大差ない。記事の主眼は理解するが、だからといって広場の外で(公式発表の数字においてさえ)319人もの方が亡くなっていることをきちんと書かないのは、いささかバランスが悪い。コメント欄を見ると、事件に犠牲者がいなかったと勘違いしている人がいる。広場の外では、大勢が死んだのだ。その事実が、伝わっていない。町山さんは、誤解を解こうとする記事によって、新たな誤解を生んでいる。皮肉な話である。

参考

補注:村田忠禧さんは政治的に中国よりの発言を繰り返しており、端的には日本軍国主義の中国における犯罪行為についてに示されているような歴史観、価値観を根強く有している方だということをお断りしておく。村田さんは中国で人民解放軍が暴徒の制圧に際し死者を出したことを「虐殺ではない」とかばう。しかし仮に日本で自衛隊や警察が暴徒を319人も殺害したら一方的に国家権力を非難するはずだ。(注:憶測です)

なお、The Massacre - June 4, 1989(残酷画像注意!)では「虐殺の証拠画像」が多数、紹介されている。おそらく天安門広場の外で撮影されたものだろうから、キャプションには注意されたい。ただし、いずれにせよ、あの事件で人が大勢亡くなったのは事実である。

補記

あえてここで視線を日本の国内事情に向けて、右だの左だのという話をしてみたい。

親米保守派は天安門事件をうまく利用したので、親共市民派(60・70年安保世代)を反中共へと導いた。旧ソ連圏の社会主義政権が続々と崩壊していった頃でもあり、市民派もそろそろ中共の擁護に飽いていた頃だった。とはいえ、左派のマスコミが情報戦の「敗北」を唯々諾々と受け入れるはずがない。その後、天安門広場のに死傷者が生じなかったことを積極的に報じたのが NHK と朝日新聞だった……というのは、わかりやす過ぎる。

産経新聞にとっての南京事件が NHK と朝日にとっての天安門事件ということか。

私はここで南京事件をフレームにするつもりはないが、簡単に補足したい。南京で市民に対する組織的な虐殺はなかったかもしれないが、敗走する中国軍に対する追撃戦は一方的なものとなり、中国側に(軍人を中心として)多大な犠牲が出たことは事実と断言してよい(と考えている)。いわゆる「虐殺」イメージとの合致の如何を問わないこととすれば、多数の死者が出たこと自体は多くの証言に裏付けられている。

ところで、私が朝日より産経をマシだと思うのは、産経自身の胡散臭さを隠そうとしないことだ。かつて高山正之編集委員(現・帝京大学教授)は、毎週土曜日の連載コラムで毎回のように社説に反する持論をぶっていた。先のイラク戦争の際にも久々に紙面に登場して、またもや産経的モノの見方をひっくり返してみせた。ようするに産経は編集方針がいい加減だということなのだけれども、読者としては素直に歓迎したい。その後、高山先生ほど強烈に社の方針を無視した大物記者はいないが、最近でも黒田勝弘論説委員、牛場昭彦編集委員、斎藤勉論説委員らは、しばしば社説と異なる意見を述べているので注意されたい。そういえば、吉本翁が麻原逮捕後にオウム擁護論をダダーンと開陳したのも産経の夕刊文化面だった。破防法適用を求める新聞のすることとは、とても思えない。

関連

圏外からの一言では模倣犯の記事へのリンクテキストにそのまんま東は淫行をしていないと書いているが、これは明白な嘘だ。淫行はしたのである。ただ、相手が17歳とは知らなかったに過ぎない。ディテールの誤りを訂正するに乗じて、核心というべき事実までひっくり返してはいけない。

ことによると、essa さんは立件されなかったことをもって、淫行という語を封じているのかもしれない。仮にそうであれば、私はその立場を理解するけれども、誤解を招きかねないな、と思う。「立件されようとそうでなかろうと、淫行は淫行だ」と考える人は、無視できるほど少ないだろうか?

模倣犯のアニさんは堅実に東さんは犯罪行為はしてなかった、と書いている。東さんは、刑法犯にはならなかった。しかし、淫行はしたということだ。→そのまんま東さん 続き(と、いうことらしいですので要注意)

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