世界旅行に出ることを決意したフランス人女性の同僚は、今日が最後の勤務日でした。彼女は多くの同僚に励まされ、祝福されて会社を後にしました。僕は感謝の気持ちを込めて、向日葵をアレンジした大きな花束を彼女に渡しました。彼女は泣いていました。
これは、5年前に僕が当時勤務していた日本企業を辞めたときの様子とは全く異なります。終身雇用があたりまえの保守的な企業に勤務していたので、そこを去ることにした僕は完全に裏切り者でした。最後の勤務日に、誰かから小さな花束をもらうこともありませんでした。
私の勤務先は日本の「革新」的な大企業で、終身雇用+年功序列+春闘・秋闘のストライキは例年行事という古い会社。ようするに労働組合の主張がよく通り、労働者に非常に優しい会社なのです。戦中の建物を今でも使っていたり、闘争の時期になると廊下に赤い布が張られるといったレトロな雰囲気が好きで、私は入社しました。
こんないい会社は滅多にないと思うのだけれど、それでも辞める人はちょくちょくいます。「えー!? 何で辞めちゃうの?」「名残惜しいなあ」というわけで、毎回ほぼ確実に何らかの宴会が開かれます。それは必ずしも部署の公式行事的な扱いではないのだけれども、とにかく辞めていく人に優しい。宴会の場で上司だった人に対して「無理な仕事を押し付けてたんじゃないの?」とジョークが飛ぶのも恒例行事。これ、本当にひどい話があったら、冗談に使えませんよ。
辞める人を裏切り者
と呼ぶような雰囲気は、経験したことがない。そのような組織について、小説では読んだことがあるけれども、今ひとつピンとこないものがあります。「辞職も労働者の権利」が社員の共通認識となっている世界にいるので。
ただ、宴会は参加者の都合もあって退勤日の少し前。退勤当日に花束がないことは、じつは珍しくありません。退勤日には退勤者が他の仲間に挨拶して回る姿が見られます。取締役本部長も一般社員や派遣社員の方と同じ。「長らくお世話になりました」と、わざわざ私のようなヒラにまで頭を下げて回るので、恐縮してしまう。派遣の事務社員さんの歓送迎会も開催する……というと驚かれますが、人を大切にするのが日本の会社の常識となっていってほしいと思う。
私の勤務先が素晴らしい職場環境を維持できているのは、査定という仕組みがなく、年功序列で給料が横並びなのに誰も仕事をサボらないから。査定がないから部下が上司に不満を持ちにくい、学歴と職種による差別がないから社内にやっかみが生じにくい。左翼過激派の反戦・平和闘争の一環で民家が燃やされ続けた街で育ったので、私は左翼が大嫌い。けれども、彼らの理想は、私も信じたい。成果主義や職能別賃金が必要ない会社を維持し続けたい。
私利私欲で動く人間の集まる会社は嫌だ。みんなちゃんと頑張っているなら、結果平等だっていいじゃない。産休の間も給料を払っていいよ。そのために他のみんなが少しずつ昇給を我慢できる組織がいい。やっぱり20代の社員にはブツブツいう人が多い。だから10年後には、勤務先もふつうの会社になってしまうのかもしれない。会社が赤字でもボーナスを増やせという労組にはついていけないけれど、彼らの理想の根っこには、じつは賛同しています。