サイトでよく読まれる記事は、産経新聞の“常識”とはかけ離れていた――産経新聞東京本社の社会部長などを歴任した阿部社長は、このほど都内で開いた説明会でこう明かした。
「私がやってきたような(堅い)記事が読まれるだろうと思っていたのだが、実際に読まれるのは柔らかめの記事や、ちょっとした話題。IT関係もよく読まれており、トラックバックが多く付く。いわゆる“産経っぽいコラム”はあまり読まれない」
この結果は「新聞を作っている側からするとショック」で、産経新聞社内でこの結果を示した時は「みんな驚いた」という。だが「ネットで読まれる記事ばかりを集めて新聞にしても売れない」とも語り、新聞に期待されるパッケージング――記事の選び方や並べ方――と、ネットに期待されるパッケージングは異なるという考えだ。
新サイト「iza!」は、ネットのパッケージングに特化した作り。ネットユーザーに受ける記事や、トラックバックしたいと思ってもらえる記事を前面に押し出して掲載していく。
北朝鮮による日本人拉致事件を最初に報じた阿部雅美さん、現在は産経デジタル社長ですか。さて、あまり読まれないという産経っぽいコラム
とは具体的に何でしょう。
産経新聞は読者の心情に寄り添った社説と記事を書きますが、紙面を隅々まで眺めると、社論とまったく異なる主張も提示されていることに気付かされます。外部有識者の談話やコラム、編集委員らの私見といった形でひっそりと掲載されているそれらの記事は、一部の熱心な読者の目に触れるだけで忘れ去られていく。目立つところに掲載すると「失望した。もうおたくの新聞は読まない」などと抗議の電話がかかってきたりするのだから仕方ない。実際、吉本隆明さんがオウムの麻原さんをすごい宗教者だと書いたら、苦情の電話が鳴り止まなかったそうです。
ひょっとすると、産経っぽいコラムとは、そういった庶民感情に冷や水を浴びせるような記事のことかも。産経デジタルがベータ版を運用中のイザ!(iza!)からひとつ拾ってみます。
「庶民がゼロ金利に喘(あえ)いでいるときに、その元凶たる福井俊彦日銀総裁は高利回りの村上ファンドで儲(もう)けていた」との非難の声が高まっている。
福井総裁の責任追及については、何の異論もない。
だが「庶民は超低金利で苦しんでいる」という理路は本当だろうか。
大分前から、銀行にお金を預けても碌(ろく)に利子が付かなくなったのは事実だ。だが、この間に物価の下落も起こっていたことを忘れてはならない。
仮に名目上の利子率が10%あっても、物価が10%上昇すれば、実質的な利子は差し引きゼロとなる。逆にデフレ時には、物価は下落するが、利子率はマイナスにはならないから、実質的な金利は上がるのだ。
実質利子率が高止まりすれば、お金を借りて投資をしようというインセンティヴ(意欲)が減退し、さらにデフレ不況が増悪する。そうなれば企業業績は悪化し、社員の給料は減り、下手をすれば倒産やリストラで失業の憂き目をみることになる。
そこで日銀は事実上のマイナスの利子率を実現すべく、ゼロ金利の維持に加え、徹底的な量的緩和政策を施行してきた。それによって日本経済はようやく立ち直りをみせた。株価は堅調に伸び、企業の投資意欲もかなり励起されはじめた。福井日銀の功績といえよう。
ところがここにきて福井総裁は量的緩和解除を強行した。その3月以降、株価は低迷し、景気の腰折れ感が漂いはじめている。もちろん日銀の動向だけが要因というわけではない。原油高やアメリカ経済の変調も無視できない。しかし、そういうときだからこそ、日銀はデフレ脱却のための断固たる意思を内外に示すべきなのである。それなのに、日銀はまったく逆にゼロ金利解除を志向している。
速水前総裁の轍(てつ)を踏むつもりだろうか。(評論家・宮崎哲弥)
案の定、寄せられているトラックバックの中で経済学に詳しい方は一人きり。他は総じて「この人、何いってんの?」といった感想。ちなみに【コラム・断】はこうした主張ばかり扱っているわけではなく、大半はむしろ庶民感情に乗っかった内容です。
まさか3日続けて福井さんが話題に取り上げられるとは。大月さんのコラムは面白いと思うことが多いのだけれど、経済問題を扱った今回のコラムを読むに、専門分野以外に関してはいつも無茶苦茶を書いているのだろうな……。こんな流れの中、マイペースで書く佐々木俊尚さんや呉智英さんは偉い。ただし今回の呉さんのコラムはいい加減な内容なので注意。
私がこれぞ産経っぽいコラム
と思った記事を、もうひとつご紹介。
報道は疑ってみることにしている。今、気になっているのは社会保険事務所が年金保険料の不正免除をした件。というのも、読者から「免除された人は保険料も払わずに年金が受け取れるのでしょうか。まじめに納めている者にとって不公平です」との感想を頂いたからだ。
しかし、今回、知らぬ間に保険料が免除されていたのは、ほぼ、申告すれば免除になる人ばかりだ。
所得が低いなどで、本来、免除になるのに、制度を知らないか、情報に疎いかで手続きせず、みすみす無年金になりかねない人を免除にしたのだから、この人たちは助かったわけだ。
では、まじめに納めている人には不利益になるのだろうか。
全額免除になった人は簡単に言うと、年金を「3分の1」しか受け取れない。「それだって、私の納めた保険料でしょ」と思われるかもしれないが、「3分の1」は年金財政に投じられている国庫負担分。つまり、税金が戻ってくるだけ。そもそも保険料を納めず無年金になったら、納めた税金分、払い損なのだ。
もちろん、年金は申告主義だから、勝手に手続きしたのは法律違反だ。しかも、「納付率を上げるため」という目的がこそくだ。だれのために仕事をしているのかと思う。
しかし、制度が複雑なのに、そもそも「申告しないと免除しない」のが不親切なのではないか。いっそ、免除対象者の手続きは社会保険庁が「組織的に」したらどうか。逆に、「食べるお金はなくても、保険料は納めたい」という人だけ申告する-。
一連の騒動で不公平な目に遭ったのは、だれからも「あなたは免除になるから、勝手に免除手続きしてあげますね」と言ってもらえなかった未納者だ。この人たちは「不公平だ」と怒っていいかもしれない。(ゆうゆうLife編集長 佐藤好美)
ひっそりと掲載されたこのコラム(+権丈善一さんの勿凝学問43)と、以下の社説を読み比べてほしい。
全国各地の社会保険事務所が、本人の申請がないのに国民年金の保険料を免除したり、納付を猶予したりしていたことが発覚し、川崎二郎厚労相が悪質だった大阪社会保険事務局の局長を更迭するよう指示し実行された。今後、調査を進め、関係者を処分していくというが、事態は想像以上に深刻だ。中身を変える大がかりな改革が求められる。
発覚したのは、大阪府、東京都、長崎県の計十九カ所の社会保険事務所で行われた計四万二千七百二人分の免除・納付猶予の不正手続きだ。三月には京都府の計五事務所で計八千二百二十七人に対する不正が表面化していた。こんな不正が起きるのは社会保険庁の体質が改まっていない証拠である。
昨年、社保庁は相次ぐ不祥事と無駄遣いで国民から愛想をつかされ、政府・与党が改革案を検討した結果、廃止が決まり、政府管掌健康保険業務は公法人が、年金業務は国の特別機関の新組織が引き継ぐことになった。
今年一月には、その新組織の名称を「ねんきん事業機構」と決めた。意思決定、業務執行、監査の各機能を分離し、年金運営会議が外部の人材を登用して意思決定機能を担う。特別監査官も任命し、監査機能を強化するとのうたい文句だった。
だが、どこが新組織というのだろうか。国民に信頼されるための組織に変わろうとしている矢先に「保険料納付率偽装事件」(民主党の発言)を引き起こすとは言語道断である。
損保ジャパンの副社長から初の民間人長官として登用された村瀬清司氏の指導のもと、社保庁は納付率の向上に懸命に取り組むとし、来年度までに納付率を六割から八割に引き上げることを目指してきた。
それゆえ、強制的徴収に取り組むと同時に、低所得者に対しては保険料納付の免除・納付猶予制度の利用を勧めてもきた。だが、本人の申請がないのに勝手に免除・納付猶予したのでは、単に納付率の数字を上げるだけでしかない。年金財政はいっこうに豊かにはならない。年金改革の精神に対する重大な違反行為である。
国会ではねんきん事業機構に引き継ぐための社保庁関連法案が審議中だ。社保庁の悪(あ)しき体質を引き継がないよう、慎重な論議を期待したい。
国民年金保険料の不正な免除・猶予問題が発覚したことで、社会保険庁改革関連法案は今国会(会期末18日)では成立せず、審議は次期国会に持ち越される見通しだ。
これにより法案が修正される余地も広がるわけで、不正な免除・猶予問題を十分調査し、しっかりした改革を実行してもらいたい。年金制度を持続可能にするには、できるだけ財源を確保せねばならないからだ。
改革関連法案では、社保庁を平成20年10月に解体し、年金事業を引き継ぐ特別の機関「ねんきん事業機構」と、政府管掌健康保険業務を扱う公法人「全国健康保険協会」にその事業を移す。ねんきん事業機構では代表をサポートする年金運営会議のメンバー4人を民間から登用し、意思決定機能を強化するのが特徴だ。もちろん、代表も民間から就任する。
だが、これで十分だろうか。「仏作って魂入れず」ということわざがある。器だけでなく中身である業務執行現場にも経済界などから民間の血を入れないと、改革が進まない可能性は十分にある。
不正な免除・猶予問題を起こした中心は、都道府県単位の社会保険事務局とその出先機関の社会保険事務所という業務執行現場である。そこでは初の民間人長官として登用された村瀬清司氏の方針に反発する職員組合の存在が問題視されている。改革に抵抗する勢力を放置しておくと、不祥事は繰り返される恐れがある。
社保庁改革は、年金保険料未納の急増だけでなく、年金冊子の監修料名目の裏金を組織ぐるみでつくったり、タレントや国会議員ら有名人の年金情報をのぞき見して漏らしたりと不祥事が相次いだことから始まった。問題の根がいかに深いかが分かる。
職員の仕事ぶりをきちんと評定し、降格人事を含めた適切な人事異動を実施することが不可欠だろう。
村瀬長官は民間企業並みのサービス向上を求めてきた。「ノルマで締め付けない」「職員の競争をあおらない」といった組合との旧来の約束事も破棄した。そして数値目標を課した。民間企業なら当然のことだ。
長官の辞任を求める声もあるが、追及されるべきはあくまで社保庁職員の体質なのである。
主力読者層にウケるのは社説の方なのでしょうね、残念ながら。だから社説はウェブで公開され、佐藤好美さんの記事は紙面の片隅にこっそり掲載されるのみ……。
正直、iza! の記者ブログを読んでいると、経済記事を書く記者が少なくともある面において素人の私にも劣る見識しか有していないのは事実です。しかしやはり精力的に取り組んでいるテーマについては「わかっている」のではないか。それでいて、読者の直感的な「正義」に反しない内容しか書けない、現場の記者の到達した結論がデスクや論説委員に理解されないのではないか。
これはよくあることで、年金問題に詳しい権丈善一さん(慶応大学商学部教授)の勿凝学問シリーズはたいへん説得力があると思うけれど、例えば権丈さんのご家族の方が「年金偽装問題」についてどんな見解を持っているのか、というと? 怪しい、と思います。
ところで、bewaad さんが4月に紹介されていた公務員年金の話題(2006-04-29, 30)については……佐藤好美さんもご存じないかも。お勉強してもウケる記事にならない分野だけに。
こちらは一般の弱者に関わる問題だけに、こんな記事を書いている記者さんも、じつはよくお勉強されているはず、と信じたい。例えば「90年代の格差拡大の主因は失業増か」といった議論だってご存知なのではないかな。