西村さんは京都府長岡京市出身。どこでも値切る大阪の消費者に面くらいつつも、「あの人たち以上に値切る人がいるのか」との問いを抱いたのが、調査のきっかけだ。
ゼミの研究として05年1月から、大阪、神戸、広島、札幌などでの中古品市に足を運び、主催者の作業を手伝いながら調査してきた。10回の調査で男女1万人強から回答を得た。その蓄積をもとに、消費者へのアドバイスも各地でしてきた。
11月に集計したこれまでの調査で顕著だったのは、「値切りに成功した」と答えた大阪人の少なさ。大阪では計4回調査したが、平均27%。それに対して、東京48%▽広島47%▽札幌35%だった。東京では「値切り交渉はしない」と答えた人が12%で、大阪は平均9%だった。
西村さんは「大阪では値切るのが日常なので、ちょっとした額では成功と言えない。東京では値切る場面が少なく、少額の値引きでも喜ぶ。機会があれば、値切り上手の関西人並みの手法を伝えたい」と話す。
値切り上手の関西人並みの手法を伝えたい
という結論は何だかヘン。調査結果が示したのは、値切りに積極的な性向が幸福感を増大しない現実だった。値切りの手法を普及する活動は、それはそれとして意義があるのだろうが、現時点で不幸なのは大阪人であって、東京人ではない。
私の弟には幼い頃から美食志向があって、母の料理を美味しいと誉めることが非常に少なく、文句をつけるのは日常茶飯事だった。私が「これは旨い!」と思う水準が「ふつう」で、「まずまず」と考える味が「けなさずにはいられないレベル」なのだという。不幸なヤツだ、と私は思ったものだった。
「兄ちゃんみたいに何でも満足できる人には、本当に美味しいものの素晴らしさは理解できないんだ」といった弟の人生哲学は、わからないでもない。ただ、これは食の話だから「そういうものかも」と思うのであって、値切り交渉となると、さてどうですかね。大阪人にしかわからない快感があるのだろうか。
「理想水準を下げて小さな幸せを発見せよ」という私の従来からの主張に即していえば、大阪人こそ、人生の達人である東京人に学ぶべきなんだ。ま、それが不可能と知っていればこそ、東京人の幸福をさらに増大しようという提案になるのだろう……。でも、次のような記述を読む限りでは、西村さんの助言が世界の幸福の総量を増やしているとはとても思えない。
「欲しかった2万4000円の財布を2000円値切って買ったのよ」。都内から来た50歳代の会社員女性は満足げに西村さんに語った。しかし、西村さんは「まずは1万円以下の端数を削ってもらう。その上で店員や商品を褒めて、さらに値切れたでしょうね」と応じた。
試合に勝って勝負に負けた、みたいな寓話は、テレビドラマや漫画や小説などで繰り返しモチーフとなっている。なのに試合に勝つ方法の魔力に心を奪われてしまうのは、一体どうしたことか。幸せいっぱいの東京人を大阪人の不幸の泥沼に引きずり込む手伝いをする西村真澄さんは、罪作りである。
……とまあ、あまり感心しない点はあるのだけれど、学部生のゼミ研究で1万人も調査して(サンプル抽出がいい加減ぽいとはいえ個人の作業としては驚異的)しかも大きな新聞記事にもなった、すごいなあ、と思う。調査結果がまとまったらウェブでも公開してほしいな。
ところで、減点法の値切り交渉文化と加点法のオークション文化は相容れない感じがします。ヤフオク利用者が多いのは値切り交渉文化の弱い地域かも、と思う(自分で検証する気はゼロ)。