抗議の仕方もいろいろあって

平成15年8月5日

抗議をするのはよいとしても、そのやり方というか、どこに重点を置くかというのは考えようだと思う。怒りをぶつけたいだけなら、いいたいことを思いつくままに書けばいいのだろうけれども。

というのは、朝日新聞社の方の返信を読むと、どうにもこうにもいいたいことが伝わっていないことがうかがえるからだ。これでは何も先につながらないのではなかろうか?

普段beをご覧になっているか分かりませんがこの欄は、一般の入門書を読んでも理解できないがゆえにデジタル的弱者の立場におかれている方々を対象に書かれております。

こういった方々にとっては正しいHTMLを知ることよりもとにかく自分でホームページを作ってみたいという欲求の方が強いと考えます。そして、それが不当な欲求であるとは思いません。

こういった趣旨に立って、説明もタグ類も極力省略しました。

たぶん、ご納得いただけないでしょうしお腹立ちも理解いたしますがHTML入門を書いたわけではない、ということをご理解いただければと存じます。

最初の返信の内容は上記の通りなのだが、じつにまったく話が通じていない。問題は間違いを教えていることなのだが、朝日の見解では説明の省略がその原因だということになっている。しかし、省略が誤解を招くことはあるが、それを間違った説明とは呼ばない。だからこれは朝日の担当者の誤読に基づく返信なのだけれども、この手のすれ違いは人とのやり取りでは避けきれないものだ。いずれにせよ、この最初の返信は注意して読む必要がある。

それは企画の担当者が、とりあえずホームページを作ることと正しいHTMLは両立しないと考えている、ということだ。さて、私の経験上、それはまあその通りだといってもそう間違ってはいない。説明を省略すると、ほぼ確実に、初心者は間違ったHTMLの使い方をする。そして説明をすると、HTMLは難しい、といってやる気をなくす人が非常に多い。だから、初心者に正しくHTMLを使わせることは至難の業だ。

説明なしに、ソフトの使い方ではなくHTMLを教えるという方針で「ほーむぺーじ」の作り方を教えるには、どうするか。初心者にはマークアップという概念がなく、しかしHTML文書はパソコンや携帯電話の画面で見るものだ、といった誤った先入観だけがある。バカの壁は厚いので、この先入観を壊そうとすると話を聞いてもらえなくなるということは、経験者ならみなご存知のことと思う。仕方がないので、「こういう風に書くと、こんな感じに画面に表示されますねー」という、大いなる誤解を助長しかねない説明しかできない。そして「さあ真似してみましょう」となる。

とはいうものの、朝日の記事が馬鹿げているのは、このとき使う先生の見本が間違っているということだ。

「ほーむぺーじ」作成講習は、先生の作った文書を筆写しておしまい、ではない。「さあ、今回勉強した内容をもとに自分だけの「ほーむぺーじ」を作りましょう」と続く。もちろん生徒は何も勉強なんてしていないも同然なわけだから、自分勝手に文法を解釈して、メチャメチャなHTML文書を作成する。このとき、説明を禁じられた(あるいは説明したって聞いてもらえない)教師にはそれを訂正するすべがない。結局、ほとんどの生徒がダメなHTML文書を作成する。

しかし、しかしだ。先生の見本が正しければ、割合こそ少ないとはいえ、ちゃんとしたHTML文書を作成できる生徒も出てくる。けれども見本が間違っていたら、生徒は全員間違うに決まっているではないか。

……なんて話は散々既出なのだけれども、たったこれだけの話がなかなか朝日の担当者に伝わらないというのは残念なことだ。抗議している人には多分、生徒の質が悪い(なぜそうするのか、ということに無関心な人ばかりだったりする)と、1対3くらいの少人数制の授業で声をからして90分がんばっても悲惨な結果しかえられない、といった経験が足りないのではないか、と思ったりもする。人に先入観に反する新しい概念を植え付ける作業の苦心惨憺を繰り返すと、そのうちにあれもこれもどうでもよくなってくる。「もう、この人たちが満足すればそれでいいや」

朝日の担当者もそういう方で、だからきっと、あんたの連れてきた講師がめちゃくちゃなHTML文書をサンプルとして提示しているぞ、といわれても「だから何?」って感じなのではなかろうか。説明すると9割方の読者が読まない。説明を省略すれば、例え正しいサンプルを示したって9割方の読者がHTMLを誤解する。だから「正しいとかそんなことはどうだっていい」みたいな話になる。9割方の読者が、なんとなく手遊びみたいなことをしてみたら「ほーむぺーじ」が作れた、といって喜ぶ記事なら、それで十分だ、と。

抗議した方が、「私ならこう説明する」みたいなサンプルを示している。悪くない内容だけれども、より大勢の初心者に受けのいい記事は、間違いなく朝日のものだろう。間違いだらけだが、初心者には楽しげな記事が好きな人が多いのだ。ミソは文章ではなく図解だ。石澤義裕と狩野祐子のコンビは、さすが本を何冊も出しているだけあって図解がうまい。多くの初心者は、パッと見て何かわかった気になれる、見てくれのきれいな図解が好きなんである。

なぜ出版社が、長い間、ろくなライターを使ってこなかったか、ということを考えるべきだ。正しい説明よりも、売れる説明に需要があるのだ。売れるかどうかに、説明の正しさは実はあまり関係がない。正しいことをごちゃごちゃ書くと売れないというならば、説明を大幅に省略すればいい。問題は説明の量であって、正しいかどうか、ではない。そのことは、近年になってようやく、HTMLへの理解が確かで、なおかつよく売れるライター(例えば、大藤幹)が出てきたことをみればわかる。

いつだって何だってそうなのだけれども、正しいことが正しいというだけで世の中で通用すると思ったら大間違いだ、ということなのだ。いまだに書店に並ぶHTML解説書の大半は、間違ったサンプルを大量に載せている。しかし例えば私はそれを指摘することはできるけれども、自分で原稿を書いて出版社へ持ち込んでも、無視されるだろう。こんなつまらない本、誰が読むの? と。楽しげで、初心者にやる気を起こさせる図解をたくさんしなきゃいけない。ごちゃごちゃ説明をしちゃいけない。どちらも私の能力を超えた仕事だから、私はいつまでもぶつぶついっているだけで何もできない。

売れる本を書けるライターがHTMLを誤解しているのは仕方ないとしても、原稿をチェックする編集者がなぜ何もいわないのか、という批判もある。しかし編集者の仕事は売れる本を作ることなのだから、こんな図解では売れないぞ、といったチェックはしても、内容の間違いはあまり気にしなくても、仕事としては問題ないのだろう。HTML文書は「対応ブラウザ」とやらで原稿の図版と同じように表示されれば(売れる本としては)それでいい、のであろう。

間違ったHTML解説がこれほどあふれているところから類推するに、主要なブラウザ(つまり最近のIE)でまともに表示できないというほどの間違いでさえなければ、文法的な正しさなんて売れるかどうかに関係ないのだ。クレームなんてのも、HTMLについて編集者が勉強する気になるほど多くもないのだろう。

ところで、タブーに挑戦して出版された本などもあるので、ちょっと紹介させていただく。成美堂出版社「ひとりでつくれるホームページ HTML入門」は、入門書でありながら説明がぎっしり入っている。フルカラーできれいな版組、図版もたくさん織り込んで、なおかつページ数を抑え、一見、薄そうにも見せている。値段も1400円だから、高い方とはいえないだろう。売れてほしいと思っている。エクスナレッジ「HTMLとスタイルシートによる最新Webサイト作成術」も説明がぎっしり。こちらは内容的には前記の本よりもっと初心者向けなのだけれども、売れないことを見越したか、1~2色刷りで地味な版組、実際以上に文字主体という印象がするデザインになっていて、なかなか初心者は手を出しそうもないなあ、と思う。しかし本書は非常にお勧めできる。イチ押し。

最後に。朝日新聞のデタラメHTML入門に対する抗議では、朝日新聞社の方の名前がなぜかKという匿名表記になっている。相手が名前を出したのだから、そのまま載せたらいいのだ。というか、問題の記事は署名記事なのだ。記事によれば、K氏の本名は川口恭という。Sugano "狐志庵" Yoshihisaという長い名前の匿名氏は、自分が匿名だからちょっと気が引けたということなのだろうか。けれども、何の意味もないことをしているように思う。

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