茶つみ [文部省唱歌] |
僕の声変わり 小学校6年生の春、音楽の授業でこの歌を歌った。
教科書に載っている歌では珍しく日本古来(でもないだろうが)からありそうな和風の曲であり、そのダルな旋律はいやが上にも、眠気を誘った。この曲は和風の中では「高音」で軽快な曲ではあるが、他の曲に比べればだるかった。
それはともかく僕はこの歌を歌う段になってビックリした。
声が出ないのだ。
今までは「歌が下手だ」とはいわれたが、下手なりにも歌えない歌なんてものはなかった。だがこの曲だけは喉がつかえて、クラスメート、特に女子のように模範的に歌うことが出来なかった。
僕はこの異常事態にずいぶん悩んだ覚えがある。
声変わりの存在を知ったのは、その直後の性教育であった。 ▲
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グリーングリーン [作詞:片岡輝/作曲:マックガイア,スパークス] |
悲しみはアップテンポで・・・ 非常に明るいアップテンポな曲。多分これはアメリカ人が作ったんだろうな。根拠はないが、そう思う。で、軽快に歌ってはいけるけど、非常に寂しく哀しい歌。なんせお父さん死んじゃうからね。
それでもあくまでも明るく、主人公である子供は「拳を固め、胸を張って」明日に向けて頑張るよ、と。
いやあ、いい歌じゃないの。
からっと明るくめそめそしない感じ、いいねえ。
ここはむしろ泣かさないような造りだからこそ、かえって哀しく胸に残るんだろうねえ。僕は日本人だから「大きなのっぽの古時計」の如くじめじめしたお涙頂戴歌も勿論好きだけど、こういう草原の上で亡き父に誓う、というスタンスもそれに劣らず好きだったりもする。 ▲
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おお牧場はみどり [作詞:中田羽後/作曲:チェコスロバキア民謡] |
腕白少年の慕情(?) 小学校の時、「みどり」という名の同級生がいた。まあ当然のことながら女子である。勉強はそうそう出来た記憶はないが、非常に博識な人で社会科の壁新聞などではしばしば驚かされたものだ。
さて、ここに僕の相棒である男子が登場してくる。
彼は勉学がからっきしな分、奸智と腕力に長けた奴で色々な意味で怒らせたくない奴だった。
その彼がどうした訳か、彼女をからかう替え歌を作るのである。勿論ベースは彼女の名が出てくるこの「おお牧場はみどり」である。小学生ならありがちのことではあるが、これが妙なことに彼はその聞いてるだけで胸糞悪くなる下品な替え歌を、彼女本人や他の男女にはいわず、相棒たる僕に聞かせるのだ。
これはまったく異例なことで対象に辱めを与えてこそいじめ(今でいういじめとは違い、要は一時的なからかいである)は面白いのであり、関係のない僕だけに教えても面白くない筈だ。
ひょっとして彼は彼女に好意を抱いていたのかも知れない。その裏返しでいじめようとはするが、本格的に嫌われてもまずい、そう考えたのだろうか。
すべてはもう解らないことだが、そう考えると何となく可愛しい。 ▲
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みかんの花咲く丘 [作詞:加藤省吾/作曲:海沼実] |
イントロ大脱走 昔、進研ゼミなるものを取っていたことがある。あの勧誘漫画に負けたのである。あのワンパターンの勧誘漫画、今でもばらまいているのだろうか。
ともあれ、その読者コーナーで「みーかんのはーながさーいてーいる」とかいいながら山を登っているイラストがあった。
僕はこのとぼけた何の意味もないフレーズが妙に気に入り、その後口癖といわれるまでに乱発した。具合の悪いことを突っ込まれたときに、目を斜めにそらして歌って誤魔化すのである。
例えば「山ち、黒板消すからゴミ捨て行ってくんない?」と日直の相棒がいった場合、すかさず目を斜め45度上に向け(絶対相手を見てはいけない)「みーかんのはーながさーいていーる」と歌いながらその場を立ち去るのだ。
注意しなければならないのは「さーいてーいる」で相手との会話圏を脱さなければならないのだ。
何故って?・・・その先の歌詞を知らないからサ。 ▲
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たなばたさま [作詞:権藤はなよ,林柳並] |
WHAT'S "SUNAGO"
ささのはさーらさら……。
ああクーラがなくても平気だった少年時代。窓から教室を抜ける一筋の風が教室の前の方に飾ってある笹を揺らす。その音を聞いているだけで涼しくなれたっけ。
え、なんで教室に笹があるかって?
そりゃ僕のクラスにはパンダがいたから、というのは嘘で、七夕にむけて笹にお願い事の短冊かなんかでコーティングしなかった? 必ずクラスに一人は「世界征服」とか書く奴がいるんだよな、短冊にさ。子供ってホント馬鹿だよなあ。某山田は「天才になりたい」と毎年書いたらしいけどさ(赤面)。
ところで「きん、ぎん、すなごー」の「すなご」って何?
知ってる方はメールください。
[追記:「すなご=砂」でした。情報をいただいた皆様に感謝] ▲
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もみじ [作詞:高野辰之/作曲:岡野貞一] |
僕らはCDじゃないぞ
小学校低学年の頃、朝の会と帰りの会(要するに中高のHRね)で「歌の時間」があった。これは何かというと、クラスの音楽係が毎週指定曲を選びそれをオルガン演奏に合わせて歌うのである。
2年生の頃、どうした訳か音楽係の女の子がこの曲を気に入ってしまい、毎週この曲を課題曲として選択した。
1日2回、週に6回(この頃は週休2日なんて洒落たものはない)飽きもせず毎日これを歌うのである。不思議なことだがクラスから不満の声は漏れても、それは極親しい仲間内でささやかれる程度で公然と盾突いた奴はいなかったと思う。
暴君だった担任がこの歌を好きだったのか、係の女子がすぐ泣く子だったのかは知らないが、雪が降って梅が咲く頃になっても僕らは秋の歌を歌い続けた。
そのせいかこの歌は完全に暗記している。
……といいたいところだがちょっと詰まってしまった。10年も歌ってないとそれは忘れるわな。それでもイントロを見れば全部歌えたあたり、洗脳って怖いよな。 ▲
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小さい秋見つけた [作詞:サトウハチロー/作曲:中田喜直] |
うつろな目の色 秋ってのはもの悲しい季節だよね。
四季の中で一番短い(と思う)し、日毎に寒くなって行くばかりだし、なんとなく物悲しさを覚えてしまう季節である。気分はすっかり憂鬱になってしまい、ついつい古本屋でもペシミスティックな本を選んでしまうではないか。
さて、そんあメランコリーな秋を表すにピッタリの物悲しい曲がこれ。僕は初めて知ったが2番の歌詞が凄い。
共通部分を省いて引用すると「お部屋は北向き/曇のガラス/うつろな目の色/溶かしたミルク/わずかな隙から秋の風」で、「小さい秋見つけた」と続くのである。
いやあ、やっぱり秋は物悲しい。
でもこの情景を想像すると、ちょっと怖すぎ。 ▲
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赤とんぼ [作詞:三木露風] |
わたし、吉野屋の味方です 僕の知っているある街では「マクドナルド」と「吉野屋」がほぼ隣接し、昼食バトルを繰り広げている。客の入りなど見ていると、やはりマック有利のようだ。
僕は米じゃないと食った気がしないので吉野屋しか行きませんね。食べることは食べますが、そんな時も最近は小金が入ってくるので「やっぱモスもいいけど、今はフレッシュネスバーガーだね」とほざいてます。
んで、俄コンサルタントの僕が思うにだね。ここで吉野屋は和風を全面に出して店頭で「赤トンボ」や「ふるさと」をかければいい。多少店が辛気くさくなるが老若男女、ナショナリズムに目覚めて、吉野屋に駆け込むに違いない。
僕は紅白歌合戦で由紀さおりか何かが歌う童謡が大好きだ。日本民族としての血が騒ぐね、アレ聞くと。
まあ、それでもダメなほど日本人の欧米かぶれが進んでいるなら、ドナドナでも流してやればいい。あれを聞きながら牛肉食えたら大したものだ。
「吉野屋も牛肉を使っている」とつっこまれると困るが、そんなお客さんにはお新香90円でも食べて貰おう。 ▲
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お正月 [作詞:東くめ] |
替え歌(1) 80年生まれの僕が子供の頃に聞いた替え歌を記す。大意はみなさん当然知っているだろうが、地方や年代により微妙にバージョンが違っていたりして面白い。
児童民俗学的に見ても大変タメになる記録である。
「もーいーくつねーるとーおしょうがつ
お正月には餅食って、喉に詰まって死んじゃったー
はーやーくーこいこい霊柩車」
霊柩車は救急車という説もあるが、悪ノリの好きな子供の心情を想って前者にした。リアリティーの点からいうなら勿論救急車なのだが。
どうでもいいが、二十歳にもなってこんなことを書いているとは赤面の次第である。 ▲
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もりのくまさん [作詞:馬場祥弘/アメリカ民謡] |
替え歌(2) まだまだやります。
我々80年代世代の集合的無意識が作った世紀の改作はこうして僕のしがないHPの中でも生かし続けねばならないのです。という訳でヒンシュクにもめげずに頑張ります。うーん、パラノイア。
「あるーヒンケツ
もりのなかんちょ
くまさんにんにく
であーったんそく
はなさくもーりーのーみーちんぽこ
くまさんいでーあーったんこぶ」
解らない人には全く解らない歌ですね。厳密にいえば替え歌じゃないし。
ところで、実はこの歌には「禁断の替え歌」というのがあって、これはクマが女の子に***をしちゃうという替え歌なんだけど、幸か不幸か僕はすっかり忘却したので書けません。ゴメン。 ▲
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静かな湖畔 [外国曲] |
替え歌(3) 童謡エッセイもネタが切れたか、といわれそうですがまだです。
ただ今回はねえ、ちょっと躊躇しているのよ。いやちょっと許容できないほどエロい替え歌でねえ。勿論ここに掲載している替え歌は僕が小学生の時に流布されたメジャーな奴だから知っている人も多いと思うけど、いいのかな?
ちなみにこの替え歌は「タモリのボギャブラ天国」でやってたりしたから有名なんだけどね。途中まではこうです。
「静かな湖畔の森の奥から
男と女の声がする」
どう、先を聞きたい?
こっから先はどうか知ってるお友達に聞いて下さい。
by 18才未満にも優しいHP造りを試みる山田大佐 ▲ |
ドレミのうた [作詞:ペギー葉山/作曲:R・ロジャーズ] |
替え歌(4) しつこいほど続いた「古典替歌保存会」の活動(?)も遂に今回でファイナルである。ファイナルの機会にとんでもなくエロい奴を紹介しよう。
これを作ったのは僕の所属した高校演劇部のメンバーだ。文化部にしては珍しく全員男子だった。
こいつらが作った歌詞をまあ見て下さい。
「ドは童貞のド
レはレイプのレ
ミはミルクのミ
ファはファックのファ
ソはソープのソ
ラは乱交のラ
シは四十八手ー
さあ、ヤりましょう」
というもの。滅茶苦茶である。
男ばっかり7人も集まって放課後こんなことばかりしていたのである。今思い出しても「男臭い」生活であった。 ▲
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ABCの歌 [フランス民謡] |
現役の童謡 前回、英語について書いたが実は現在英語は全く出来ない。あの塾をやめて以来、成績はがくんと落ちたね。見事なまでの急降下、中学末期から高校初期に書けて平均点は60を切り、3年生の時は英語三科(リーディング・ライティング・演習)を足して100点に達さなかった。
大学入試の自己採点の結果、英語は28点に対し国語は87点で社会は90点だった。幸い僕の大学は英語が必修ではないのでこうして生きているが、英語はもはやさっぱりわからない。
故に英語の辞書は未だにひけない。
英語の辞書は別にもうひけなくても関係ないのだが、困ったことに今履修している中国語、この辞書も発音のアルファベット順に並んでいるのだ。これには非常に参った。
よって今でも僕は辞書を引くときはいちいち「えーびーしーでぃーいーえふじー」と頭の中で歌いながら辞書を引いている。 ▲
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アブラハムの子 [作詞:加藤孝広/外国曲] |
小学生の羞恥心 ま、勝手に思うことだけど、こういう差別的な歌は日教組の先生、好まないと思うなあ。「ひとりはノッポであとはチビ」でしょ? そういうわけではないが、僕もこの曲は嫌いだった覚えがある。
歌詞には「アブラハムには7人の子、一人はノッポで後はチビ、みんな仲良く暮らしてる、さあ踊りましょう」とある。その後に、「右手、左手、右足、左足、頭、おしり」とリズムよく先生の声に復唱し、順番に担当部位を振るのである。
この「おしーり」というところは腰をエキサイトに振るのが模範なのだが、これがどうしてもできなかった。恥ずかしいじゃない。しかも大声で「おしり!」などと叫べという。子供に羞恥心があるということを教師は完全に忘れているようだ。
これは僕だけではない。この部分は大抵みんな小さな声でいって遠慮がちに腰を動かしていた物だ。そしてその度に先生は怒り狂い、やり直しを命じ、男子はやけくそに声張り上げてケツを振った。 ▲
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もえろよもえろ [フランス民謡] |
高校の友人の家に遊びに行き、夕方さあて帰ろうと外を見たら、近所の家が火事だった。消防車も野次馬もたくさん来て偉いことになっていた。
燃えていたのは近所の名士の家らしく、馬鹿みたいにでかい家だ。小雨の中、くすぶっているのかやたらと煙が上がっていた。
火事の原因はその場で分かったらしいのだが、その家に住む放埒な息子(ま、典型的な金持ちの馬鹿息子、十代で子持ち)が昼から寝煙草やったらしい。怪我人や死人が出なかったからいいような物酷い話である。
そんな状態だから僕は内心「もーえろよもえろーよ」とキャンプファイヤーのノリで崩れ落ちる豪邸を見ていた。 ▲
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つばさをください [作詞:山上路夫/作曲:村井邦彦] |
成長と幻滅 忘れもしない小学校2年生の合唱会の時の話。
その年の5年生の演目は「つばさをください」だった。指揮者である担任の先生がタクトを振ったその時から、僕はすっかりこの曲のファンになってしまった。澄み切った歌声、美しい歌詞、そして天上を思わせるメロディー。音楽に対してまったく素養のなかった僕が、初めて参った曲である。
しかも歌うは小学校5年生、今ではとても信じられないが2年生が5年生を見ると、背丈といい顔付きといいとても大人びて見えるものだ。僕はすっかり大人のイメージとともにこの曲をあこがれとしてとらえた。
ところが、まあ想像はつくと思うが、実際小学校5年生になって授業でこの歌を歌う頃になるとやはりそんなあこがれは消えちゃうんだよな。音楽の先生は音楽が専門畑の人だったから「やまだくん、あなたちょっと出てくれる?」と平気でいう。
毎度のことなので僕はやはり落とされた友人連と音楽室の壁際にある席に座った。目をつぶって聞こえるのはあの頃と同じ曲。けど心はぴくりとも動かなかった。 ▲
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ドナドナ [作詞:安井かずみ/作曲:セクンダ] |
明日はハンバーグ でたあ、ファナティックな菜食主義者が作ったかと思うような嫌な嫌な気分になること請け合いの曲。屠殺場に赴く家畜を歌った哀々たる詞にメランコリックな曲。子供の心に深い原罪意識を植え付けるに最適な代物である。気の弱い子供は肉を食えまい。
そう、この曲こそが「大きなのっぽの古時計」「小さな木の実」と並んで、小学生の女子を「歌いながら泣かせる」恐怖の三大歌曲の一つである。あとの2つが清涼感と共に泣けるのに対して、このドナドナは歌い終えても余計気持ち悪くなるだけで、二重に悪質である。
そうそう、これにも替え歌があるんです。
ラストの部分で「ドナドナドーナードーナー明日はハンバーグ」っていうの。傑作でしょ? ▲
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ウンパッパ [作詞:峯陽/作曲:ライオネル・バード] |
僕は踏み絵を踏んだ かつて、うちの近所の床屋では店の前に時計があって、時間が切り替わる度にチープな電子音楽をかき鳴らしていた。そしてその中で一番多かった選曲が、この「ウンパッパ」である。
メロディーを知っている方は何となく想像できるだろうけれども、あのなんともいえぬメロディーが心地よくて好きで、ちょうど時刻が切り替わるときに居合わせたりすると、「ラッキー」てな感じでしばし聞き惚れたものだ。
そんな様だったから、曲を知る前に耳で知っていたのだが、この曲名を知ったときはちょっとショックだった。なんといっても小学生のこと「ウン」とつけば、それは排泄物を差すことに他ならない。僕も他の級友の手前「うんこっこうんこっこ、だあれえでえもお、うんこっこうんこっこしているー」(本当は「誰でも知っている」だけどね)と喚いた。
自分の好きな曲を冒涜するのは、やっぱり心が痛むねえ。 ▲
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一週間 [作詞:楽団カチューシャ/作曲:ロシア民謡] |
リアリティはあるか? 小学校の頃、ソ連というのは寒く厳しい息の詰まりそうなろくでもないところだと思っていた。秘密警察、密告の嵐、厳罰、弾圧、シベリア送り。とにかく恐怖の巣窟のようなイメージを得ていた。
まあ事実と違うところもあるが、小学校の日教組教師のように、ソ連を「みんながみんなのものを分け合う国」といった与太言よりは真実に近い。
ともあれ当時知っていた唯一のソ連(ロシア)民謡がこれ。
僕は恐ろしいことにロシア人は本当にこういう生活をしている物だと思っていた。さすがに一日中風呂をたいて、一日中入っているとは思わなかったが。
つまり日がな貧乏で重苦しい感じで(メロディーがそうだから)物を買うという経済活動のみならず、風呂に入る日や友達と会う日まで国から指示されるとは何という管理体制。おそろしい国があるもんだ、そう思っていた。
これもまた配給制などで一面の真理はあるが、それにしても思いこみとは恐ろしい。僕はこんな生活ならば「テュラテュラテュラ テュラテュラテュララー」とでも歌って誤魔化さなきゃやってけねえよな、とソ連人民に同情していた。 ▲
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ハッピーバースデー [作詞・作曲:P・S・ヒル] |
雑学本で読んだんだけど、有史以来世界で一番歌われている歌がこれだってね。何を根拠にいっているのかはしらんけど、まあそうかなという気はしないでもない。
子供の頃は我が家でも一人前にケーキを買って年の数のロウソクを差し、この曲を合唱してから火を吹き消した物だ。テレビドラマではあまりやらないが、我が家ではこの時だけ暗くしたものだ。
この手順は結構儀式化しており、ケーキのロウソクに点火した後まずは母親の訓話(来年は素直になれとか問題起こすなとか色々)があり、この曲を全員で歌い、そして電気を消して火を吹き消し、父親が包丁で切り分けて、食べた。
僕はこの歌の最中がずっと気持ち悪くてね。
だって照れくさいし、恥ずかしいし、いやなもんだったね。
特に「ハッピバースデー ディア **ちゃん」(*には僕のファーストネームの初めの文字が入る)の下りでは耳をふさぎたくなった。
まあ、それでも周りの話を聞くと幸せな悩みだろうね。随分昔は親から酷いことをされたけど全く恨んでなかったりするのは、実はこういう愛情の裏打ちがあったからかもしれない。 ▲
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エーデルワイス [作詞:阪田寛夫/作曲:R・ロジャース] |
何のシーンかは忘れたが、演劇部時代にこの「エーデルワイス」を原曲(つまりは英語)で歌おうじゃないかという案が出た。舞台上で英語の歌を歌うなんてかっこよすぎる!
僕は自分の歌唱力を無視して、賛同した。
こうなると政治力というのは恐ろしいもので、同期筆頭の権力を誇っていた僕は、あれよあれよという間にその歌い手の役を射止めてしまった。そして周囲が眉をひそめるのを無視して、下手くそな銅鑼声を張り上げ(あれは思えば軍歌調の歌い方であった)発音が滅茶苦茶の呪文のような歌を歌っていた。授業中も歌詞を見ながらぶつぶつ暗記していたのだ。これまた周囲は不気味だったろう。
結局どうなったかって? 顧問の前で一局披露したところ、寡黙な顧問は「やめとけ」といって、脚本差し替えを命じ、ここに僕の歌手デビューの夢は潰えた。
後日談だが、エーデルワイスが来るべき筈の所には全員合唱の「ドレミの歌」が入った。僕らはやけくそに歌い、あまつさえ猥歌までつくってしまった。
歌詞が知りたい方は本欄の「ドレミの歌」を探して欲しい。 ▲
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手のひらを太陽に [作詞:やなせたかし/作曲:いずみたく] |
血とか内臓とかに非常に弱い。
だからホラーなんて全くダメ、解剖なんかもダメだろうね。友人の手前、カエルの解剖と豚の目玉はやったけど、それ以上の四つ足なんかやったら卒倒するね。肉屋の前も歩けないくらいだから。
肉は食う癖に、勝手なもんだよな。
そうなると当然、学校の人体の授業で貧血を起こすような僕は、アンパンマン作者の作ったこの曲だって歌えなかった。
なんといってもてのひらを太陽に透かして見れば真っ赤な血潮が見えるというのだ。自分の血など見たくもない。しかも見えるのは血潮である。
書いているだけで気持ちが悪くなってきたが、学校の先生が実際に掌を太陽に向けてみましょうといったとき、僕は出来なかった。ま、今だってやる気はない。で、読者に問いたい。
何が見えるの? ▲
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小さな木の実 [作詞:海野洋司/作曲:ビゼー] |
小学生を泣かせる三大歌曲の最後がこれ。
補則するとこの三曲は「グリーングリーン」「大きなのっぽの古時計」「小さな木の実」ですからね。ちなみにサイドを固めるのはNHKのみんなの歌系ですが「ありがとうさようなら」であり、「ざわわ」であったりするのですがね。
三大歌曲はすべて人の死がメインです。で、この「小さな木の実」は父が死ぬ、という点で「グリーン」と同じですが、なんせこっちは明るさは微塵もありません。さすがはビゼー、カルメンを作った人とは思えません(別人・・・だよなあ)。
作詞は訳詞ではなく日本人が作っていますが、死んだ筈の父親が息子に語りかけるあたり、涙なしには歌えません。こういう父権のよろめきに僕は大変弱いものがあります。
泣いたことがあるようなないような気がしますが、いい歌なので多くは語りません。 ▲
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蛍の光 [作詞:稲垣千頴/スコットランド民謡] |
蛍の光はスーパーなんかの閉店の音楽だった。
だからこれを聞くと、何となく焦る物があった。閉店間際の食材狙いに何度かこの時間を選んでお使いに出たが(安いよね)、優柔不断が災いしてろくに品を選ばぬうちからこの曲がなると、頭の中が白くなった物だ。
小学校高学年になって卒業式に参列すると、この曲は「退屈」の象徴に変わった。学校というのは変なところで儀礼偏重主義だから、無闇矢鱈と練習を繰り返すのである。これってお偉いさんの前で生徒がダメだと出世に響くんだろうな。
だから毎日何度も何度も礼の角度やら歌の音程やらを厳しくいう。僕が親ならこの季節は学校にはやらん。
だが、僕が卒業する時期になるとこの曲は再び「焦り」の象徴に変わった。卒業生はもう苦労から解放され、殆ど毎日が遊びだったが、音楽室から聞こえてくる蛍の光の練習は死刑を前にした囚人の聞くレクイエムのように感じた。
今では再び「閉店前の音楽」と知覚している。 ▲
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あおげばとうとし [外国曲] |
小学生の時、近所に「ヨネヤ」という和菓子屋があった。
だから卒業式の形式的な練習など「ヨネヤは尊し、和菓子の恩」などと馬鹿な替え歌を作っては仲間内でゲラゲラ笑っていた。それでなくても小学生の学力ではどんなに頑張ったってこの難解な古歌を歌い通せるはずはないのだ。高校生だって文法的にマスターするのは難しい。
ならば何故歌うかといえば、悪しき先例主義である。去年歌ったから今年も歌う。これがなければ締まらないからかもしれない。
まあ子供サイドの視点から考えてはいないことは確かだ。
ところがね、そう理屈では思いつつもやはり泣けるんだね。
小学校の担任の目標は「卒業式で泣ける子になる」つまりは充実した生活を送るということだろうけど、これは見事に当たっており、みんな泣いていた。
恥ずかしながら、私は高校の時も泣いていた。 ▲
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あわてんぼうのサンタクロース [作詞:吉岡治/作曲:小林亜星] |
踊るなよ 童謡の本をめくっていると、時々意外な人が作詞作曲に携わっていたりして面白い。
マルハのCMに出てくる丸坊主の怪しいオッサンが作曲家ということは知っていたが、この有名な曲の作曲家とはしらなんだ。こういう驚きはなかなか心地よい。
日本の童謡にもたくさんクリスマスソングがあるけれど、この曲が一番人気なのはひとえにそのユーモラスさと、脱宗教性だろうね。案外忘れられているけどクリスマスはキリスト教の教祖誕生日だし、サンタクロースは実在の聖人でしょ?
それを事もあろうにおっちょこちょいの性格にしてしまい、日付の間違いを子供に指摘されると、踊って誤魔化してしまうという愛すべき性格! 本家クリスマス用の賛美歌系であるライバル曲に比べるとやはりこのお気楽さが子供の耳に心地いいのだ。
日本人にとって、クリスマスは宗教行事ではないのだよ。 ▲
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うれしいひなまつり [作詞:サトウハチロー/作曲:河村光陽] |
替え歌(FINAL)
「あかりをつけましょ仏壇に
お花をあげましょ菊の花
五人来たのは坊さんよ
今日は楽しいお葬式」
ホント、子供は残酷な話が好きだ。大学で教職科目には「子供は純真な天使」との妄言を頭から信じているアブない教官が時々いるが、その純真さが虫を好奇心だけでバラバラにする感性と表裏の関係にあることを、彼らは気がついていない。 ▲
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おばけなんてないさ [作詞:槙みのり/作曲:峯陽] |
進軍歌 小学校高学年から中学校2年まで、英語塾に通っていた。
今考えてもいい塾で、母親がヒステリー起こして辞めさせるまで、結構成績は良かった。小学校6年生にして英検3級の過去問を全問解ければ大したものでしょ。英検自体は受けたこと無いんだけどね。
ま、英検はどうでもいい。
困ったのはその塾が夜の9時までやるということだ。
英検の受験料も出してくれない親が送り迎えなどするわけなく、夜中の街灯もろくにない道を1時間も自転車をこぐのは、とっても怖い体験だった。その中でも墓地の入口にぽつんとたたずむ「霊園につき関係者一切立入厳禁」という毛筆で書かれたボロボロの看板とそこに隣接する神社は特に怖かった。しかもその向かいには病院までがあるのだ。
まさに恐ろしさとしてはトリプルS級である。
僕はこの道を通るときは、この歌を大斉唱して自分の勇気を鼓舞した物だった。もちろん、あたりに人は一人もいないのだが中学も半ばにしてこんなことをやっていたのは今考えると少し恥ずかしい。 ▲
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南の島のカメハメハ大王 [作詞:伊藤アキラ/作曲:森田公一] |
この曲は現代の大学事情を予言しているのではないだろうかと僕は暑いキャンパスに身を置いて、性懲りもなくガングロをやめない一部反動分子を見て思う。
彼らをさすのは「学校嫌いの子供ら」の方である。高校以前では信じられないだろうが、奴ら本当に「風が吹いたら遅刻、雨が降ったら休み」なのである。雨が降ると学食やPCルームは空くので、いいことずくめである。
また「女王様」の方も当てはまっており、歌に曰く「朝日の後に起きてきて、夕日の前に寝てしまう」とある。夕日の前はどうかと思うが、夜遊びに備えて講義中に寝ていると考えればいいだろう。
そして白眉はタイトルである。
彼らの夜中は「ハメハメハ大王」である
おっと、僕にしては下品なことを言い過ぎた。ここで終わる。 ▲
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空がこんなに青いとは [作詞:岩谷時子/作曲:野田暈行] |
「みかんの花咲く丘」で書いたとおり、僕は都合が悪くなるたび、「みーかんのはーなが」といって逃げていた。ところがこれも乱用していると敵の方が耐性をつけてくる。「みかん」と口走っただけで、退路を封じてしまう。ま、人並みに日直の仕事やら掃除やらをすればいいんだろうが、そうならないのが小学生である。
新ネタを探さねば、そう考えている矢先に当時通っていた塾で、ある生徒が教師の指名に対しこう歌って答えた。
「知らなかったよー、そらがこんなにあおいとはー」
僕の体に電流が走った。そう、これだ。
早速授業後、彼に曲名を聞いた。彼は怪訝な顔をしたが、曲名を教えてくれた上、1フレーズ再現してくれた。
かくて僕はしばらく学校の雑用から解放された。 ▲
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おもちゃのチャチャチャ [作詞:野坂昭如/作曲:越部信義] |
清濁併せのむ大人になるために ああ、この曲はあの野坂昭如大先生の作詞した曲なのねえ。
テレビなんかじゃ酔っぱらってオダをあげている小汚いオッサンという感しかないが、どうしてどうして凄いもんじゃない。今でも全国の幼稚園やら小学校やらで歌われているんだからねえ。
角川春樹がとっ捕まったとき、いち早く角川の童話を図書館から撤去したバカ校長がいた。斯様に教育界では「子供は天使」と確信しているデイドリーマーが多いが(手をつないで徒競走なんて正気の沙汰とはおもえん)この曲が禁止になったということは聞かない。おそらくそういう人は「火垂るの墓」は読んでもデビュー作である「エロ事師たち」なんて読まないんだろうな。
あ、僕はだから自粛しろなんて無論いいませんよ。寧ろ逆でね。
とにかくどっちにでも転べる才能のある人、そういう人になれるようこの曲は歌い継ぐべきだと思うね。 ▲
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虫歯の子供の誕生日 [作詞・作曲:みなみらんぼう] |
洗脳歌曲 僕の小学校では毎日給食のラスト10分間、歯磨タイムと称してこの曲を流し、放送委員会のDJが歯磨きをするようにとの指示を出していた。
今考えると小学校というのは想像を絶する管理社会だが、小学生というのは獣と変わらない存在であり、その特性上しょうがないといえばしょうがないが、それにしてもこれはあんまりだという気がする。
歌詞は物語風になっていて、明日誕生日を控えた子供が御馳走をたくさん食べられる筈なのに虫歯が痛くて食べられない。ちゃんとママのいうこと聞いて磨けば良かった、という過酷な内容である。ラストが凄いことに「僕はもうダメだ」で終わるのである。まるで「フランダースの犬」ではないか。
無論、これは見せしめの歌なのいであるが、低所得者の子弟が主な学校だったせいか、歯を磨く男子は殆どいなかった。かくいう僕も今に至るまで学校に来ているときは歯など磨いたことがない。
放送委員会時代、僕はこの洗脳テープをかけながら一部の疚しさを感じつつ「この子はどうして歯医者に行かなかったのだろう?」と考えていた。 ▲
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おどろう楽しいポーレチケ [作詞:小林幹司/作曲:シゲチンスキー] |
フォークダンス with マザーズ
フォークダンスの類は小学生の時に一度だけある。
そしてその時の曲のひとつがこれだった。
小学生の、それも低学年のフォークダンスなので別に同級生の女と手をつないだからって興奮も何もするわけはない。大体クラスの女の裸など月に一度は見られるのだ(今の人は知るまいが、当時は月一の健康診断は男女ごちゃ混ぜでやっていたのだ)。
僕らが寧ろドキドキしたのはダンスパートナーがPTAだった時のことだ。何度もいうが低所得者街が学区の中にあったのでやたら若いそれこそ今の僕よりいくつか上くらいの、若奥様がいたりするのだ。
またそういう人達はなかなかな服でやってくるのね。
誰が誰の母親かなんて知らないから、楽しませて貰うわけだ。
まあ、こういう経験は生涯でこれっきりだろうな。 ▲
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勇気一つを友にして [作詞:片岡輝/作曲:越部信義] |
タイトルだけじゃ解らないかも知れないけれど、これは彼の有名な「むーかーしーギリシャーのーイカロースーはー」で始まるあれですね。
最近「こんな曲しらねえぞ」というお叱りのメールを頂戴したので、歌詞の大意を説明しますと「昔ギリシャにイカロスという男がいまして彼は鳥の羽をロウで腕に固めて空を飛びました。海の上を飛んで気持ちよかったですが、太陽に近づきすぎてロウが溶けて、墜死してしまいました。私たちは彼のように勇気を受け継いで明日に向かって飛び立ちましょう」という歌。
僕は、小学生の時に「勇気を受け継げったってこんな無謀な勇気はいらないよ」と漠然と思っていましたが、年を取り多少は科学的知識がついてくるとこういう疑問が出てきました。
「太陽に近づいて熱くなったからロウが熱で溶けたっていうけど、高い山に登ると逆に寒くなるんじゃないの?」とね。逆に凍るはずじゃないかと僕は思っていた。
小学生にしてこの疑問。
ただ僕は「太陽は熱くない」とかいう妄言を吐くような「と」ではありませんから、御安心下さい。 ▲
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遠き山に日は落ちて [作詞:堀内敬三/作曲:ドボルザーク] |
学校の校内放送は洗脳に近い。
僕は今でもC&Aの「SAY YES」を聞くとお腹が空くし、「虫歯の子供の誕生日」を聞くと図書館に行きたくなる。その他、野球の曲を聞くとマラソンしたくなるし、となりのトトロを聞くと掃除がしたくなり、とあるクラシック(昔CMで流れた)を聴くと「山田と*の、お昼の校内放送! イエーイ」と叫びたくなる。
さてこの曲だが、想像できると思うが下校のBGMだったのだ。
17時までに全員下校が義務で、放送委員会はこの曲を流すために17時まで居残りをさせられていたのだ。僕は当番の週はいつも相棒とふざけながら時間を潰し、この曲を聞く頃には「やっと帰れるぜ」と安堵のため息をついた。
ジャズアレンジされたこの曲はもう使われていないようだが、今思い出しても非常に安心する。汗まみれの体操服の脇から夕方の涼風がすっと吹いていったような気持ちよさ。
あの夕焼けの空の下なら、一度戻ってみたいとも思う。
もう空の橙に感動する事なんてなくなってしまった。 ▲
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大きなのっぽの古時計 [訳詞:保富庚午/作曲:ワーク] |
感情を制御せよ 小学生を泣かせる三大歌曲の筆頭格がこれ。
重いメロディー、長の歳月を感じる歌詞、擬音語のリフレイン。すべてにおいて少年少女の琴線に響きまくる名作だろう。クラスで歌うと必ず女子一人は泣き出すものだ。おそらく今なら男子が泣き出すだろう。
僕自身、不覚にも音楽の時間にバリトンの男性歌手が歌うテープを聴かされたときに涙ぐんだ。悲壮なるカタルシス、陶酔感に僕はおそわれ、わけのわからない感想文を書いた覚えがある。
でも、今考えると大体こういう感情の時が一番危険なんだろうな。おそらくこのときに詐欺師が現れ「天国のおじいさんのために百万円寄付しましょう」といわれればしただろう。小学生の時だから? 無論今ではこんな話では引っかからない。
ただ、なにかで気持ちを持ち上げ、感情が高揚しきったときに、契約書を差し出されれば、これは危ない。よいものに感動をするのは悪くないが、それを制御する理性も育てないと、詐欺師やカルトやギャンブルにやられちゃうぞ、とそういいたい。
追記:この歌にまつわる怪談話もあったのだが、忘れてしまった。たしか途中で歌うのをやめると……。 ▲
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ぼうが一本あったとさ [わらべうた] |
いわゆる絵描き歌の代表作である。
この曲のいうとおりに絵を書いていくと、最後にはコックさんが出来るというのだが僕は何度見ても(模範図を見ても)、その絵がコックのようには到底見えない。差別用語を許して貰えればコックは全て奇顔の持ち主らしい。
ともあれこの曲には「6月6日に雨ざーざー降って来て」という予言詩めいた箇所がある。妙に凝り性な僕は本当に雨が降ると妙に喜んだものだ。
さらに僕の凝り性は昂進し、六月六日には記念日として毎年この絵を書いていた。まるで宗教行事みたいなもんである。その割には御祭神の絵が「バモイドオキ神」に比べて弱い物があるが。
そのせいかこのカルトな行事は「書き忘れた」という理由で小学校四年生の時に終わりを告げた。
今はもう書けない。 ▲
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おもいでのアルバム [作詞:増子とし/作曲:本多鉄麿] |
小学校三年生の時に転校したが、ここでも僕は涙ぐんでいた。
こーゆーのには非常に弱いのである。だから現在最高の褒め言葉らしい「クール」にはなれないね、残念だけど。
さて、終業式の後、最後の帰りの会。先生が別れの言葉を継げて生徒達と手紙の交換をし、一人ずつの挨拶を終える。涙、いよいよ止まらずといったとき先生が「おもいでのアルバムを歌って別れましょう」といってオルガンに向かった。
「はーるのーことーでーすー」
僕は春を思い浮かべ、級友との感傷にまたじんわりと涙ぐんだ。
ところがね、この感傷は長続きしないんだな。あんまりにも曲が長いから感動は薄れ、退屈し、だれてくる。最後の方になると口は疲れ、涙もあくびのそれが混じってくる。
まあ、最後の最後は泣かずに別れられたのはいいけれど、だからこの曲にはいい思い出はない。 ▲
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"SING SING SING"
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