――個と個の連携を通じて知識創造プロセスの進化がもたらされる社会を目指して――
平成17年6月 情報フロンティア研究会/総務省情報通信政策局情報通信政策課*割愛
昨年、総務省はe−Japan 戦略の目標とする2005 年の更に先、2010 年の社会はどうあるべきかを検討し、ユビキタスネットワークを中心とする社会の実現に向けた、様々な問題やそれを解決するための手段を展望した。これを「u−Japan 政策」としてとりまとめたところである。この中で、いつでも・どこでも・何でも・誰でもネットワークにつながるというユビキタスネット社会の実現により、新しい価値が生み出されることへの期待を謳った。
このユビキタスネット社会では、個人や企業組織等の利用主体は、ICTを最適に利用することが期待されている。人々が経済・社会活動を行う上で、具体的にどのようにICTを活用して新しい価値を能動的に創造していくべきなのか、具体的利用イメージを想いつつ世の中を眺めてみると、改めて感じられることがある。それは、昨今の社会の情報化に関する特徴的な事象として、マイクロプロセッサの価格低下と性能の劇的向上によって、あらゆるところ(ユビキタス)に情報処理デバイスを設置することが可能となり、帰結として情報通信ネットワーク構造の分散化が加速しているということである。これは社会的には、これまで大きな情報処理能力を有することで市場競争力や社会的影響力等を保持してきた各活動主体が昨今では自律・分散・協調的な連携を行うことで社会経済に活性化をもたらしている、と言い換えることができる。従来の情報通信ネットワークシステムは、強固なサーバの下で整然と端末が管理される集中管理型が一般的であった。しかし、情報通信機器の能力向上・価格低下により、個人が自分の情報端末からネットワークに接続して自由に自己実現を図る傾向が強まっている。携帯電話のメール友達を何十件・何百件も登録するように、個人が情報通信ネットワークを通じて広範囲の知人と広く浅く交友することもかなり一般化した。こういったICTの発展と社会システムの変化との関係に着目せずにICTの今後の利活用方策を語るのは、議論の本質を見誤ったものとなる可能性が高い。
以上のような考え方のもと、私たちは、いかにICTを使いこなして新しい価値を能動的に創造できるのかについて、社会の情報化の現況や今後の展望に関する考察、象徴的な最先端事例の分析等を基に議論を行ってきた。本報告書はその内容をとりまとめたものである。
今後のICTの利活用方策を検討するに際しては、ICTを使って、今どういった技術・サービスが実際に出現しているのか、あるいは今後中期的にどのようなサービス等が可能となるのか、さらにはそのための的確な環境づくりというのはどんなものかを見極める必要がある。
ユビキタスネット社会においては、世の中の隅々にまでICTが浸透し、それを利活用することで、新しい価値というのが生まれてくると考えられている。しかしながら、現実にはそういった実利用モデルや、新しいサービスモデルといったものは、まだその成長の萌芽が見られるだけであり、将来的には色々な技術的課題、あるいは、どのように普及させていくのかというような普及面での課題がある。そういった意味で、今後のICTの利活用イメージはある程度不透明にならざるを得ない。
こうした不透明性は、ICTが持つ潜在能力の大きさを表すものでもある。ICTは、電気,内燃機関,自動車,大量生産技術,印刷術,テレビなどのように,様々な産業分野,生活分野において多様な目的,機能で利用される可能性をもつ汎用性,発展性の高い技術である1。そのため、中長期にわたり、多種多様な試行錯誤が生じ、様々な最前線=利活用界面が形成される。
そこで、このようなICTの特性と中期的な利活用イメージに対する不透明性を肯定的に理解し、ICTを世の中に取り入れる過程で現に起きつつある様々な事象のうち、新しい価値を生み出す源泉であるイノベーションがおきる可能性の高い分野や、イノベーションをおこすための変革が進みつつある分野を情報フロンティアと位置づけることとしたい。
情報フロンティアは、あたかも多面鏡のように見る方向(切り口)によって様々な態様を示す。まず、技術面からとらえたフロンティアが存在する。この場合、フロンティアは主として先端的な技術に関する部分に集中するであろう。一方、先端技術だけが情報フロンティアとは限らない。ビジネス面での新規性があれば、そこに高度な技術が伴わなくともイノベーションがおきる可能性はある。例えばICT関連ビジネスは、これまでネットワークやハード・ソフトといったICTのレイヤーの存在を前提に、各レイヤーを垂直に統合して利潤を得るといったビジネスモデル(垂直型モデル)が一般的であった。しかし、P2P技術がネットワークを抽象化し、LANのファイアウォールを自在に通り抜けて通信を行うように、これからはレイヤーにとらわれない・こだわらない自由な発想でビジネスを行う、いわば水平型の発想が重要になる。垂直型と水平型の発想がうまく融合する中で新しいビジネスが生まれてくる可能性が高い。そういった意味ではビジネス面から捉えたフロンティアも存在しており、独創性・新規性の強いビジネスからフロンティアが生まれやすいと考えられる。さらに、人や企業の行動様式といった社会面からとらえたフロンティアも存在しよう。この切り口では新規性や先端性といった要素はさほど重要ではなく、むしろ社会的普及という観点から、一部の人に特別なICTツールが普及するといったニッチのフロンテイアと、例えば高機能な携帯電話が大勢の人に普及するといったマスのフロンティアという類型が想定され、それぞれにおいて情報フロンティアが生まれやすいと考えられる。これらの要素・切り口を明確に意識・識別して検討することが、情報フロンティアの姿をできるだけ明確化する上でも重要である。
以上のように、情報フロンティアは幅広い分野に遍在し、多種多様な態様をとっている。これらについて現段階でいえるのは、どれもイノベーションに対する親和性が高いということである。以下、具体的事例に即して背景分析等を行い、様々な情報フロンティアに共通する課題を抽出して、今後の社会の変革の方向性とそれに即したICT利活用方策を考察することとしたい。
ICTの利活用によりイノベーションがおきる領域、すなわち情報フロンティアが生まれてくる背景として、産業・産業構造のモジュール化が進んでいることが挙げられる。我が国の製造業の伝統的な生産システムは、インテグラル型とよばれ、部門間、部署ごとで詳細な打ち合せ、すり合わせを行い、効率化につなげるという手法であった。一方、モジュール型と呼ばれる生産システムは、部品、個別のパーツのインターフェースのみをきちんと決めておき、その後はそれぞれの部品・パーツメーカーが自由に作っても構わないという形式であり、これまで欧米の企業が得意としてきたものである。
昨今のICTの発展により、情報通信ネットワークが高度化するとともに、電子機器のデジタル化が進んだ。これにより、機器間のデータ交換のインターフェースが確立され、結果としてモジュールごと、部品ごとの製品開発が容易となってきている。他方、ネットワークに多くの社会システムが連動し、ネット家電のように単体で販売されている製品がより大きなシステムの一部分を構成する場合には、当該製品がモジュールとして機能することも必要である。
加えて、ICTは非常に技術革新が激しい領域であり、組み合せの自由度が高いという意味で、綿密なすりあわせを必要とするインテグラル型よりも、モジュール型の方が効率的である局面が増加している。2 加えて、モジュールを更に分解したり、システム内のモジュールの組み合わせルールを全く違ったものに変更することを通じて、既存のシステムを抜本的に改革し、イノベーションを触発するという点でも、モジュール型はインテグラル型より有利であると考えられる。
一方で、日本の産業はモジュール化に対する取り組みが遅れていた。その理由としては、自動車産業を中心とした日本が国際競争力を有している分野では部品開発や生産できめ細かい相互調整(すり合わせ)を行う仕組みが有効に機能していたことが挙げられる。その他、いわゆる企業・グループ内のしがらみでモジュールを他の企業グループから調達することに消極的なこと、モジュール化への移行は業務の一部の大幅な縮小を伴うことから年長者を簡単には解雇できない長期雇用システムでは対応困難なことなども挙げられるであろう。
しかし、情報家電等を除く過半のICT産業分野などでは、そのようなすり合わせ方式では国際競争に十分対応できなくなっている。世界規模での競争が激化している中で、日本企業といえども、自らが競争力を最も有しているコア・コンピタンスに経営資源を集中し、それ以外の分野についてはアウトソーシングしてコストを削減せざるを得ない。
その一方で、モジュール化によるポジティブな効果も無視できない。モジュール化により、現状のインテグラル型では既存の企業グループの壁に阻まれていたベンチャー企業に新規参入の道がひらかれる。インターフェースが確立されれば海外の優秀なメーカーからの調達も容易になり、グローバルマーケットから最も適切なモジュールを調達する国際的な分業体制の確立に貢献する。モジュールの細分化がさらに進めば、優秀な個人起業家にも参入の道がひらかれ、優秀な人が評価され報われることにつながる。
いずれにせよ、ICTの利活用の高度化に伴い、日本の産業構造は、インテグラル型の強みを一方で活かしつつも、国際競争力が弱い分野を中心にモジュール化の度合いを高めており、これにより欧米に比べ閉鎖的だった日本の生産システム、さらには企業活動自体もオープンなものへと移行しつつある。
情報フロンティアが生まれてくる背景としてもう一つ考えられるのは、個人による情報加工・発信能力の大幅な向上である。それはインターネットのブロードバンド化と、電子機器のデジタル化による機能向上・価格低下がもたらしたものである。
これまでインターネットは主として情報入手のための手段であり、企業のHPを閲覧することにより有用な情報を入手するツールとして皆が重宝してきた。ブロードバンド化の進展で、ネットへの接続時間を一切気にせずにインターネットを利用できるようになったことで、大量の情報を自由に獲得できるようになったほか、ネット上での情報加工も可能になった。P2Pを用いた個人間での大量の(違法なものも含めた)情報交換や、Wikiを利用した個人用HPの更新はその一例である。
このような個人による情報収集・加工・発信の流れを加速させたのがデジタル技術である。デジタル技術の特徴として、大量生産ができること、フォーマットの加工も簡単で遠方まで送っても品質が落ちないこと、どんなメディアであっても一律に符号化できることが挙げられる。デジタルカメラやデジタルビデオカメラ等を使ってネット上に簡単に発信できるような映像情報等の収集が可能となったうえ、ソフトウェアの高度化と相まって、自宅のPCを用いて動画像のノンリニア編集等も容易にできるようになった。これにより、これまで大企業あるいは一部のメディアにしかできなかった高度なコンテンツの作成、発信が個人にも可能になったのである。
また、ハードディスク等、メディアの小型化や価格の低下、高速化の進展によって、個人が大容量のデータ、あるいは情報を、それほどコストをかけることなく持ち歩くことができるようになった。これによって自分の持っている音楽コンテンツ等を友人に渡したいというようなニーズが生まれ、情報交換という技術が普及してきた。直近の例としては、音楽ファイルのダウンロードや交換といったものが、iPodの発売を契機に活発化しつつある。さらに後述のブログ等の簡易な情報発信手段の普及により、個人の情報発信能力は著しく向上している。
以上のような状況により、個人間で自由に情報、さらには知識を交換・結合することが可能となり、イノベーションを起こしやすい環境が醸成されたのである。
経済活動のモジュール化を反映し、企業等の情報システムについてモジュール化の傾向が加速している。現在は経営者の立場から企業全体での最適化を目指し、企業内の各部門の業務に応じて自由に技術を選択してシステム構築し、各システム間は標準インターフェースでデータをやりとりする仕組み(SOA:サービス・オリエンテッド・アーキテクチャ)が普及しつつあり、そのインターフェースにはWebサービスが採用されている。
SOAを導入することにより、例えば、企業のコア・コンピタンスに経営資源を投入するといったビジネスプロセスの革新が期待されており、特に情報システムの細かい分割が可能となることから、ソフトウェア産業の構造変革が期待されている。
ソフトウェア産業の構造変革が求められる背景には、u−Japan の実現に、日本のソフトウェア産業の技術力向上が不可欠なことが挙げられる。同様の観点から、ソフトウェアに関するインドや中国等海外での委託開発(オフショア開発)が進みつつある。日本のソフトウェア産業の高度化にはオフショア開発を戦略的に活用する必要性が高まっており、具体的には必要なソフトウェアのモジュールを効率的に世界市場から調達するとともに、市場競争力の中核となる部分は自ら開発するといった方向への転換を図るべきと指摘されている。
一方、ユビキタスネット社会の実現により、各種センサー等から大量のデータが流れることが想定されている。しかし、現状の検索技術ではWeb情報の増加速度にサーチエンジン機能の高度化が追いつけていないことや、収集した情報に統一性がないことが問題点として指摘されている。そこでコンピューターがWeb上の情報を機械的に処理することのできる仕組みであるセマンティックWebの検討が進んでおり、ブログの更新情報の自動配信等に実用化が進んでいる。
また、検索といった手法ではなく、既存の情報を積極的に活用して新しい知識を発見する手法を用いるために、色々なデータが種々雑多に分散的に配置されている無構造データであるWebデータを解析することにより、有用な情報を抽出・発見する技術であるネットワークデータマイニングが注目されており、情報通信ネットワークシステムの効率性向上への応用が、さらにICTに限らず学際的な応用として災害や伝染病の拡散防止に役立てられることが期待されている。
デジタル機器と情報ネットワークを活用した個人間の情報加工・発信能力の向上により、情報伝達の多元化・メッシュ化が進み、手軽な個人間の情報流通サービスが発展しつつある。例えば、インターネット電話のスカイプはP2P技術を用いて利用者同士なら国内外を問わず無料通話を可能としている。ネットワークの分散化傾向の中で、P2Pはネットワーク層を抽象化し、既存ネットワークを超えた個人間の緩やかな連携を実現しようとしている。
一方、個人のネットワークへの参画意識の高揚により、ブログ・SNSといったサービスが生まれ、急速に発達しつつある。ブログについてはネットワークを自ら情報を発信・交換するための媒体として捉える人々が増加していること、SNSについては無差別・無分別な情報発信・交換ではなく、価値観を共有できるグループ内で交流を深める傾向が強まっていることにより、利用者が爆発的に増加しており、今後は個人による情報発信手段として、個人メディアの中核を担うものと期待されている。
このような個人による情報発信力が高まるなかで、意欲ある者がICTを活用したニュービジネスを起こす動きも盛んになっており、多種多様な消費者ニーズを読み取って新しい製品・サービスを提供するICTベンチャーが、人々の生活の利便性や豊かさの向上に貢献すると期待されている。こういった優良なベンチャー企業を増やし、社会的評価を高めることで、優れた能力を持ち努力している個人が経済的・社会的にも報われる社会を招来することが期待されている。
個別の情報フロンティアの現状等を分析すると、それらに共通した方向性が見受けられる。それはネットワークや社会システムといったもののアーキテクチャの分散化・オープン化が進むことにより、個人、システム、あるいは組織といったようなものがダイナミックな連携を始めつつあるということであり、具体的には以下のとおりである。
昨今のリナックスの急速な普及に代表されるように、ネットの世界は、非常に自主的・献身的な世界となっている。世間では、情報はわざわざ買わなくてもネット検索すればただで手に入る、という意識が一般化しつつある。その一方で、金銭やビジネスを目的とせず、自らがネット社会で評価されるために活動する人が大勢存在しており、今後ネット社会が進展していくと、積極的にボランティア活動をするという方向に個人の行動様式が変わっていくことが想定される。
そのような行動様式には、個々人のユニークな価値観が確立され、己の価値観に従って行動できるという「個人の自律」が伴う。ネット社会においては、期せずしてそのような価値観の確立と、それに伴った自己実現の追求が進んでいるように見受けられる。この傾向を肯定的に評価し、個人の自己実現を促すために、金銭的なインセンティブはなく地位や名誉を得るわけではなくとも、個人が自主的にネット社会や社会システム全体に貢献したくなるような仕組みや環境づくり・ルールづくりに、今後は意味が出てくると考えられる。
個人が自己実現を目的としてその活動を活発化する際、各個人は自らの知識・経験を共有し得る者とコミュニティを組成する方向に向かうと考えられる。理由は2点考えられる。第一に、ICTリテラシーのレベルに関係なく、分からないことは親しい誰かに聞くのが人間の行動として一般的である。人々の情報に対するニーズは、非常に感覚的なものであり、情報検索エンジンのようなプリミティブな手段では十分ではなく、背景情報も含めて、誰か問題意識に共感する人が教えてくれることを好む傾向がある。
次に、情報伝達における効率性の観点も考えられる。価値観が共通なコミュニティでは、普段用いる言葉に関して同じ意味づけ(オントロジー)ができ上がっている。これにより、コミュニティ内では情報内容の意味を違えることが極めて少なく、効率的な情報交換が可能となるからである。
その一方で、個人の関心がただ一点に集中することは稀であり、また時間の経過とともに活動の対象が変化することも一般的である。従って各個人はその時々の状況に応じて柔軟にコミュニティを組成してコミュニティ内での活動・情報交換を行うとともに、必要がなくなればコミュニティを離脱するか、コミュニティ自体を解散させる。その意味では、コミュニティはダイナミックに発生・消滅、集合・離散するものと考えられる。
社会システムやネットワークの分散化が進展し、ベンチャー等が生産システムや情報システムの一角を構成していく状況において、今後の日本企業の大きな問題は、ICTが本来はビジネス戦略面での問題であるにもかかわらず、それが十分理解されていないことにある。この辺りのICTの戦略的な利活用に対する消極的な企業行動様式は、海外にシステム開発をアウトソースする際に仕様書・契約書の内容をあいまいなまま臆面なく発注してしまう慣行と、根本部分が共通していると思われる。
今後、ICTの戦略的な利活用を多くの企業が理解するのであれば、次に企業が希求すべきは、イノベーションの外部調達化であろう。個別の企業内の研究部門が、短期的なマーケットシェア獲得を目的として、類似商品の開発・機能向上に忙殺されている現状において、企業内部のみで十分なイノベーションを期待するのは困難である。ICTの戦略的な利活用に目を向け、イノベーションによる知識創造を企業内部だけでなく外部からも希求する経営に転換していかざるを得ない。外のコミュニティの知恵を企業内に取り込むための戦略を経営者層がきちんと持っている企業は現に存在しており、着実な成果をおさめている。日本企業は国内競争を重視して戦略を構築していたため、外部コミュニティとの交流には情報漏洩の観点から消極的であった。そうではなく、もっとたくさんの人とのコミュニティと情報交流や情報結合を図り、それをいかに企業経営・商品開発に取り入れるかというモデルの確立が求められよう。
前述の方向性を踏まえれば、今後私たちの社会では、@個人の自律・自己実現の動きが活発化することにより、Aダイナミックな知的コミュニティが組成・活動し、そこで得られた成果をB大手企業が取り込んだり、進取の気性に富む個人が自ら起業したりして成果を世の中に還元する、というプロセスが活性化すると想定される。これにICTの利活用はどのように関わっていくのであろうか。
企業や社会の情報化に向けたこれまでの取組みには、情報通信機器の能力の限界や価格・人材等の様々なボトルネックが存在した。すなわち、ネットワーク等を通じて大量の情報を処理するためには、高機能かつ高価な設備が必要となり、一部の大組織だけが情報処理リソースを保有することができたのである。同時に、少数の優秀な人材はそのような大組織に集められて共同作業を行い、結果としてICT関連のノウハウや知識といったものが大組織に集中することになったのである。
しかしながら、ブロードバンドの進展、情報通信機器の高機能化及び価格低下により、情報処理効率は著しく向上し、かつてはスーパーコンピュータを使用しなければ不可能だった複雑な処理が卓上PCでも可能である。人々のICTリテラシーも大きく向上したことにより、今や個人レベルでも高度な処理が容易にできるようになった。
このようなICTのポテンシャルの向上を経済社会活動に最大限活かすためには、個々人の能力を可能な限り発揮できるような環境が必要であるが、そのためには、従来の階層型組織形態よりも、個々人が自律的に行動し、必要に応じて協調するような水平型の組織形態が有利になる。なぜなら水平型組織の方が、能力を活用できる人間の動員数が階層型に比べ圧倒的に多いからである。これに加え、ユビキタスネット社会になれば、全ての活動主体の間の物理的距離を実質ゼロにして互いに接続し、コミュニケーションが飛躍的に発展する。水平型組織における個々人は、ユビキタスネット社会において組織内外の多様な主体とコミュニケーションを交わして互いのもつ情報を交換・結合する。これにより、個々人の創造性は著しく拡張されるであろう。
このように、今後ICTの利活用がさらに高度化されることにより、自律分散型の組織の優位性が高まることに加え、知識創造のプロセスが画期的に効率化されるという、知識創造プロセスの変革が起きるのではないだろうか。具体的には以下のとおりと考える。
知識創造の鍵は、暗黙知を動員し、それを形式知に転換すること、とされている。3 「暗黙知とは、特定状況に関する個人的な知識であり、形式化したり他人に伝えたりするのが難しい。一方形式知は、形式的・論理的言語によって伝達できる知識である。」ここで強調されているダイナミックな知識創造モデルとは、人間の知識は暗黙知と形式知の社会的相互作用を通じて創造され拡大されるというものである。知識創造は、個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する共同化、暗黙知から形式知を創造する表出化、個別の形式知から体系的な形式知を創造する連結化、形式知から暗黙知を創造する内面化という4つのモードを相互循環しながら拡大するスパイラルモデルであるとされている。
ICTの利活用は、このような知識創造のプロセスに革新をもたらす可能性がある。例えば暗黙知の共同化はこれまで師匠から弟子、ビジネスの場におけるOJTや会議室等での議論(ブレーンストーミング)により行われるとされてきた。この場合、経験を共有できるのはあくまで既存の企業等の枠組みの中に限られていた。閉鎖的な共同化システムの中では、世界はその世界の住人、想像力はその狭い世界の構成員、この場合は企業の社員等の想像力を飛躍的に拡張させることはない。創造的チームが非常に似通った分野の人達で構成される場合、イノベーションによって生み出される平均的価値は高いが、ブレークスルーを達成することはあまりないとされている。4 従来の日本企業の知的創造のあり方はまさに「同質性の中でのイノベーション」であったと言える。
一方、共同化のシステムがオープンなら、部外者との交流の中から多くのアイデアがもたらされる可能性がある。様々な分野の人達から構成されるグループは、ブレークスルーを達成する可能性がより高いとも言われている。イノベーションは、異質な価値観を持つ人が交差することにより起こる可能性が高まるのである。その意味では、ICTの発達により日本だけでなく世界中の人々とコラボレーションできることは革新的なイノベーションの創出に大いに貢献することであろう。
ICTはコラボレーション環境を劇的に改善させることができる。ICTを活用することにより、物理的な制約が解消されるだけでなく、ブログやSNSにおけるコミュニティという「場」を得ることによって、既存の組織の枠組みを超えて体験をバーチャルに共有することが可能となる。ユビキタス環境においては、数十人、数百人単位で、かつ国内に限らず世界中の人とコラボレーションすることが可能であり、コラボレーションを無限に促進する。ICTを活用することにより、多様で異質な考え方を持つ人々が、お互いの考えを交換し、その中から新しい知識を生み出すというプロセスが容易に実現できるようになったのである。前述の例にもあるように、外部のコミュニティが「醸成」した知識を企業内に取り込むための戦略を保持している企業は現に存在しており、今後その数は着実に増加していくであろう。私たちはこのような傾向を知識創造プロセスのオープン化と呼ぶことにしたい。
これまでの知識創造活動は、大学や企業といった大組織の場で行われることが多かった。例えば、企業の経営意志が研究グループあるいは商品開発プロジェクトを結成させ、メンバー同士で議論等を行うことによりイノベーションを生み出してきたのである。これは既述のとおり、情報処理リソースを一部の大組織にしか保有できなかったことも一因である。
これからは、個人の自主的・献身的な自己実現意欲や、それらが共同化された「コミュニティの意志」が、知識創造活動の大きな推進力になると考えられる。すなわち、個人は自らのユニークな価値観に基づき、自己実現を図るために様々な活動を行うわけであるが、その過程において自らの情報・体験を共有し得る者とコミュニティをダイナミックに形成する。そこでは、職業上の活動と私的なコミュニティの境界はかなり見えにくくなっていると思われる。いずれにせよ、個人は、自己実現という目的を達成するため、職場・自宅の区別なくコミュニティ内において情報交換を図り、新たな情報・知識を獲得するのである。
これまでも知識創造について色々な議論が行われているが、これらは企業内に活動の場を設けることを前提とした知識創造のあり方について主に議論されてきた。実際問題として、これまではそのような場を企業内に設けなければメンバーが一同に会して議論し、意見集約を図るということが困難であった。しかし、SNSの掲示板での議論等に見られるように、今後はICTを活用して距離的に離れた者同士がバーチャルに出会って議論を行い、その中で自然発生的にナビゲータ(ソーシャルネットワークにおけるハブ)が登場し、議論を一定方向にまとめ上げることが可能になっている。
従って今後は、知識創造活動の一単位・主体として、個人あるいはコミュニティが台頭し、その活動を活発化させるものと考えられる。
ICTを利活用した知識創造プロセスの変革については、個人と個人、あるいは個人とコミュニティの関係のみならず、人間と高度なエージェントシステムとの間で行われるコラボレーション活動についても検討する必要がある。人間の能力でできることには限界があり、機械で処理できることは可能な限り機械に処理させることが望ましい。例えば、情報検索等による情報の収集は、セマンティックWebが構築されれば人の負担は劇的に軽減されると期待されている。無論、そういったエージェントシステムに人間の全ての知識創造活動を代替してもらうことは当面困難ではあるが、エージェントシステムを利活用することにより、個人の知識創造活動は著しく効率化することは間違いなく、そういった観点からの情報通信ネットワークへのエージェント機能の導入が今後加速すると考えられる。
経済活動のモジュール化を反映し、企業等の情報システムについてもモジュール化の傾向が加速している。過去の企業の情報化とはいわゆるオフィス・オートメーションの名の下に単なる事務の機械化が主であったが、その後、経営者の立場で俯瞰し、企業全体での最適化を目指した情報化の動きが活発化した。しかし、全体最適を指向するといっても、トップダウン的アプローチで全てを統一することは、技術の急速な発展が進む状況下において、巨額なシステム刷新コストを考慮すると躊躇せざるを得ない。
そこで、企業内の各部門の業務に応じて自由に技術を選択してシステム構築し、各システム間は標準インターフェースでデータをやりとりする仕組みが普及しつつある。これがSOA(サービス・オリエンテッド・アーキテクチャ)であり、そのインターフェースにはWebサービスが採用されている。
Webサービスの特徴としては、第一にインターフェースが公開されており、標準的なものが使用されていることである。これにより、色々なシステム同士の連携がダイナミックに行える。多くのミドルウェア製品やパッケージソフトがWebサービスを介して情報をやりとりできるようになっている。
第二に、技術がインターネットをベースにしていることである。これにより現在使用している機器を最大限活用することが可能になるうえ、人を介さずに、マシンベースで自動的に情報の連携ができる。例えば、従来は予約サービスというのは個別にホテル、交通機関のサイトにそれぞれアクセス、認証しなければいけなかったが、Webサービスを適用することによって、諸々の手続を利用者側から一括して自動的に実施することが可能となる。
このWebサービスを自在に使い、企業間の連携あるいは政府と民間企業との連携を効率的かつ柔軟に行う。このような考え方がSOA(サービス指向型アーキテクチャ)を導入する目的である。
一方、SOAの特徴は、システムについては、それぞれのビジネスのプロセスごとの固まりを単位化して、それをサービスと位置付けることにある。サービスとは標準的なWebテクノロジーでアクセスできる再利用可能なビジネスプロセス、またはビジネス機能と定義されており、単なる業務システム・ソフトウェアのみではなく、それらが動く環境をも含んでいる。すなわちハードウェア及び運用も含めた、業務システムが動いている環境全てを1つのサービスと捉えるのである。SOAはシステムを独立性の高い個々のサービスとみなし、そういったサービス間が疎で連携しているアーキテクチャであり、組織論で例えれば連邦制のようなものである。今までは疎な連携が難しかったが、Webサービスという技術がそれを可能にしたのである。
このSOAを導入することにより、産業構造に変革をもたらすことが期待されている。例えば、ビジネスプロセスを革新するといったことにも親和性があり、コア・コンピタンスに経営資源を投入する、あるいはバリューチェーンを柔軟に変更・構築することが可能になる。中でもソフトウェア産業の構造変革の可能性があり、大規模システムやパッケージは大手のICTベンダーが供給し、中小のICTベンダーはクライアント側でカスタマイズが必要な部分を作ってWebサービス化し、大きいサービスと連携させることにより、現在のソフトウェア産業の重層構造、すなわち全体システムを一括して大企業が受注し、下流工程を下請け企業に分割発注するという下請け構造を打破できると期待される。
SOAが将来的に指向するのは、サービスの粒度を最初の大きいものから、徐々に小さくしていくとともに、サービスの連携を最初はスタティックな狭い範囲からだんだんダイナミックな広い範囲にしていくことである。第一段階は、今の業務システムをレガシーシステムも含めそのまま一つのサービスととらえる。第二段階として、共通的機能を既存のサービスからくくり出してサービス化する。更に共通機能サービスを基盤として、色々な付加的機能を少しずつサービスとして導入するのである。この動きが進むと、元々あった大きなサービスから、色々な小さなサービス群が密接にメッシュ状に連携して動く。将来的にはビジネスパートナー、不特定多数のパートナーと動的にビジネスの連携を構築するといったようなことが可能になると期待されている。
WebサービスやSOAにはまだ色々な課題が存在している。Webサービスに関しては、各種技術に関する業界標準がまだ乱立しており、なかには標準化されておらず権利面がクリアになっていない仕様書が混在していたり、未標準の仕様書を参照しているものがあったりするので注意が必要である。またビジネスプロセス、セキュリティに関する規約化についても不十分であり、さらには実装段階の実証が不足しているといった課題が挙げられる。そのため、水平型のシームレスな連携は現実的には実現が困難な状況にある。また業界標準が乱立している状況の改善も期待できないため、実装レベルのノウハウの蓄積や共有、実証のフィールドが育ちにくい。こうした状況が不安材料となってWebサービス導入が進まず、情報サービスや知的活動の円滑な拡大が阻害されている。
SOAに係る課題としては、提供されるサービスの公平性・信頼性をどう確保するのか。あるいはセキュリティをどういうふうに確保していくのかということが挙げられる。また、動的に各種サービスを連携させるという意味では、インターネット上に存在するWebサービスの検索・照会システムであるUDDIの役割が重要になるが、現状ではUDDIが余り整備されておらず、使われていないといったことも問題である。
SOAやWebサービスがWebにおけるサービス連携を高度化する方向に対して、セマンティックWebはコンテンツ・情報の連携を高度化する方向を狙っている。セマンティックWebが注目されるようになった背景として、Web上の情報量の爆発的な増加(情報過多)と、それにともなう情報検索等の情報収集機能の低下がある。Webやメールなどインターネットの情報量は近年右肩上がりで増えているが、今後ユビキタスネット社会が実現すれば、各種センサーやICタグといったようなところから大量のデータが流れるといった事態も想定されうる。これら情報過多に対し、検索や加工などの情報活用を効率的にする一つの解決がセマンティックWebである。
Webデータの活用方策としては、現状の情報検索機能の高度化が図られている。具体的には、キーワード検索を高速化・高度化するための試みに加え、複数のキーワードによる複雑な問い合わせ機能の開発、さらには現状のテキストベース、言葉ベースの検索から画像や音声等も検索対象に含めるマルチメディアサーチエンジンの開発といったようなものも進んでいる。
こういった形で、検索機能の高度化が進んでいるが、現状の検索技術の延長線では限界が見えている。第一に、Web情報の増加速度にサーチエンジン機能の高度化や、膨大な情報自体を収集するための手間、検索結果を保存するデータベースの拡張速度が追いつけないことである。次に、キーワードの字面上の有無だけによる検索の限界もある。例えば数字表記に漢数字とアラビア数字があり、あるいは、「料金」と「代金」のように同じ意味でも表現が異なっているなど、収集した情報に統一性がないことも挙げられる。Web上で情報が分散していることや情報の内容が頻繁に更新されることがこの状況を更に複雑化している。そのためキーワードの検索だけでは、検索のゴミやもれが大量に発生し、実際には人がそれらを一つ一つ見ながら判断しなければならず情報収集の手間が全く減らない。こういった課題を従来とは異なった観点から解決できる手法としてセマンティックWebが注目されているのである。
セマンティックWebを簡単に定義すれば、コンピューターがWeb上の情報を機械的に処理することのできる仕組みとなる。具体的には、個々の情報にメタデータ(情報の内容を説明するためのデータ)を付与すること。それから、メタデータにおける語彙(用語)と語彙の関係(二つの語彙が同じ概念か、包含関係にある等といったこと)を意味づけする(オントロジー)こと。さらに、それを基にコンピューターが情報の内容を論理解釈して機械的に処理してくれること。そのようなネットワークにWebをしようというのがセマンティックWebの考え方・目的である。現状のWebサーチエンジンでは、キーワードを入れても無関係の情報やブログの記述内容が出てくることが多い。また機械には同義語がわからない。メタデータを付与することで、そういった情報を探して、例えば幾つかのページにあるお店の情報を一つの表にまとめるといったことが機械的にできるようになる。Web規模でこのような情報の意味的活用を促進するには、標準化が必要である。Webの標準化団体W3Cでは、このようなメタデータやオントロジーを記述するフォーマットの標準化を進めている。また、すでにそれに基づくメタデータやオントロジーもWeb上で公開され始めている。
セマンティックWebの現段階での実用例はブログとの連携である。ブログツールでは、記事のタイトル、概略、記事内容といったメタデータをRSS(RDFSite Summary)という標準形式で提供することが基本機能の一つとなっている。これを利用すると、いくつものブログのRSSを自動収集してブログの更新情報を配信するサービスが可能となる。現状では更新情報はユーザのパソコン上などでRSSリーダが収集しているが、今後は自動的にRSSを配信するサービスが一般的になり、テキストだけでなく、ポッドキャストのような音声のメタデータの配信サービスが誕生・増加すると期待されている。他にも個人の知り合い情報の共有サービスを実現するFOAF(Friend Of A Friend)というメタデータの活用、また、Webサービスにメタデータを付与してサービスの検索を高度化するといったような動きもある。
将来的には、そういったメタデータの対象は人やモノに拡大し、さらにメタデータ同士が連携することによって、全く新しいサービスがWeb上で提供できると期待されている。例えば、オフィス業務に関する情報の大半は、実は情報源が人であるという調査があるが現実にイントラネットやインターネットでスキルを持った人を探すというのは難しい。これに対して、グループウェアや文書やブログなどから、自動で人のメタデータをつくり出すことができれば、それを共有して検索することも可能になる。これにより、スキルを持った個人間を自在に組み合わせることができ、人々のワークスタイルは相当変わってくるとも考えられる。また、情報家電の意味的な統合などにもセマンティックWebのメタデータは活用でき、日本発の標準化が期待される分野である。
セマンティックWebの実現にはいくつかの課題がある。世界共通の語彙を網羅したセマンティックWebを作ることはおそらく不可能であり、特定の業界やコミュニティといった、ある程度限定された範囲内で効用が最大化することが考えられる。その場合、コミュニティをまたがって情報のやりとりをする場合には、そこでオントロジーを変換することになるが、それがどのくらい効率的にできるかは課題である。
その他、セマンティックWebの抱える課題としては、メタデータの付与を誰が行うかという大きな問題がある。メタデータ付与支援ソフトウェアによる人手コスト低減や、メタデータ付与にインセンティブを与えるような仕組みやキラーアプリケーションが求められている。なおこれについてはWeb利用者のボランタリーな取組みへの期待が高まっている。また、RSSという規格が複数に分かれているのも問題である。さらに、メタデータの基本概念を定める電子辞書とでも言うべきオントロジーをだれが整備するのかという課題がある。EUの電子政府では各国をまたがって情報が共有できるように、メタデータやオントロジーの標準化をすすめている。このように、オントロジー整備には政府や業界といったある程度トップダウンな取組みも重要である。
とりわけ重要なのは、情報やメタデータの信頼性をどう確保するのかといった課題である。かつて、よく検索されるキーワードを脈絡なくメタデータに入れ込み、検索結果の上位に表示させて悪質なサイトへ誘導することを狙ったサーチエンジンワードスパムといった事例があった。同様なことが起きれば、セマンティックWebで得られる情報自体も不正確なものになり情報過多は解決しない。こういったものへの対策を技術的にだけなく、社会的な仕掛けを含めて検討する必要がある。
産業構造にモジュール化・分散型システムの考え方が導入される中、我が国のソフトウェア産業の構造にも少なからず影響が出つつあり、特に経済のグローバル化を背景として、ソフトウェアに関する海外での委託開発(オフショア開発)が促進されることによる日本のICT産業への影響が注目される。すなわち、ICTの進展により、SOAの項で述べたように業務プロセスを情報ネットワークでの処理が可能な形態に再編成し、様々な業務やサービスのモジュール化を促している。これにより、情報通信ネットワークを介した遠隔勤務(テレワーク)といった労働形態を生み出すのみならず、システム・ソフトウェア開発の海外企業等へのアウトソーシングを活発化させているのである。
インドのICT産業は、米国市場を主なターゲットとしたソフトウェアの輸出部門を中心に成長してきた。その原動力となったのは米国在住のインド人を基に形成された人的ネットワークである。経済自由化を契機に海外との事業連携が活発化し、当初は発注元の国へインド技術者が滞在して開発するオンサイト開発が中心であったが、その後オフショア開発が2000 年代から本格化した。現在ではバンガロールを始めとした全国各地にソフトウェア・パークが設置されている。
インドにおけるオフショア開発のメリットとしては、大学における人材育成に積極的で人材が豊富であること、ICT産業の技術レベルが国際的にもトップレベルであること等が挙げられる。一方、インド特有の課題としては、言語の問題等が挙げられる。
ICT企業の立地は、大都市である北京と上海のほか、瀋陽や大連を中心とする遼寧省、深.を中心とする広東省に集中している。1990 年辺りから中国への進出が増えており、中国側も大手は既に日本へ進出している一方、中小企業は在日中国人や在日経験中国人のネットワークを活用して日本市場を開拓していると言われている。
中国におけるオフショア開発のメリットは、地理的に日本に近いこと、漢字文化圏であること、日本語を話せる中国人が多いこと、そして中国市場に将来性があることが挙げられる。一方、中国特有の課題としてはインド等に比べると技術的な魅力度が高くないこと、中国企業は技術者の流動性が高く優秀な人材がいなくなると品質管理に苦労すること、商慣行が国際レベルに達していないこと、コスト面だけを考慮すればベトナム等が有利であることが挙げられる。
ICT企業立地は北部のハノイと南部のホーチミンに完全に二極に集中しており、ハノイはいわゆる公的需要が中心で、ホーチミンは民需、具体的にはオフショア開発が中心となっている。
ベトナムにおけるオフショア開発のメリットとしては、大学におけるICT教育が盛んで技術者の供給が潤沢であること、協調的な国民性に加え、コスト競争力が非常に高く賃金レベルは中国の約2分の1、インドの約3分の1であることが挙げられる。一方ベトナム特有の課題としては、ソフトウェア分野では新興国のため大規模プロジェクトの管理ノウハウが不足していること、日本語を話せるベトナム人が不足していることが挙げられる。
オフショア開発先の各国の事情は様々であるが、共通的な課題を突き詰めていくと、結局は我が国のソフトウェア産業の抱える構造的な問題に突き当たる。現在のソフトウェア産業の構造は、全体システムを一括して大企業が受注して下流工程を下請け企業に分割発注し、下請け企業が更に二次請け、三次請けを行うという重層的な下請け構造となっている。現在のオフショア開発はこの構造を前提に、最終的な下請け先として実施されることが多い。しかしながら、下請け企業はシステムの全体像が不明確なまま作業を行っており、発注側の都合で仕様が変更になった場合には無理な対応を強いられ、締切直前に徹夜作業の結果、品質が必ずしも十分ではない製品を納入することになる。
この様な構造・慣行をオフショア開発において海外企業に求めることは無理がある。海外企業は欧米企業からソフトウェア開発を受託することも多く、国際取引ルールに基づいて業務を行っている。海外企業をコスト削減の手段としか見ずに、従来の下請け構造の延長線で捉えることは、海外企業の優れた技術力を積極的に導入するという点で戦略的な視点に欠けている。なお、海外企業側の日本側のニーズや商慣行に対する対応が不十分な場合も少なくないことも合わせて挙げておきたい。
不明確な契約書・仕様書についても問題がある。情報システム開発に係る発注元企業とソフトウェア企業との契約・仕様の内容は契約時に至っても不明確であることが多い。日本の発注元企業は大きなプロジェクトほど、受注メーカーに責任を転嫁する余地を残すことが多く、発注内容があいまいになる。ひとまず発注しておいて、納期までに変更を繰り返す結果、作業の手戻りが発生して費用が膨らむことになる。深刻なのは、仕様等が頻繁に変更されることによって納品されるシステムの品質が低くなる結果、日本の相対的技術力の低下が懸念されることである。このような傾向は、中・長期的に単に日本のICT産業だけではなく、ICTを利用している全産業の競争力をも弱める可能性がある。
日本企業においては、ハードウェア部門に比べソフトウェア部門が低く位置付けられてきた。日本企業がこれまで物づくり重視で成長してきたという歴史的経緯がハード偏重傾向の背景にあると思われるが、今後情報家電等にセマンティックWebサービスの考え方が導入されれば、モジュール・コントロールができるような高度なソフトウェアの開発は必須である。
そのため、u−Japan の実現にはソフトウェア産業の強化は不可欠であり、世界的にみた日本のソフトウェア企業の技術力向上の観点から、オフショア開発を戦略的に活用する必要がある。オフショア開発については、そのメリットをコスト削減の観点のみならず海外との適切な技術連携と捉え直すべきである。すなわち、我が国ソフトウェアの国際競争力の強化のためには、グローバルソーシングの考えに基づき、必要なソフトウェアのモジュールを効率的にグローバルなマーケットから調達するとともに、市場競争力の中核となる部分は自ら開発すべきであり、それを踏まえたオフショア開発に取り組む必要がある。
具体的には、グループ内の協力会社で仕事を分け合うといったようなグループ中心の経営を見直し、発注形態については開発の上流と下流を分割するのではなく、海外企業をベストパートナーとして、また国内の中小のソフトウェア企業でも優秀な人材や技術力が揃っていれば情報システムの設計段階から参画できるようにすべきである。また、仕様書・契約内容が不明確な部分については国際レベルまで明確化することが必要である。特に中小企業を中心に海外企業と円滑に連携するには国際的な契約に関する知識が不十分であることへの対応も必要である。本研究会では、そのような企業の海外連携を円滑にすべく、また今後のオフショア開発を巡る議論の活性化に資するべく、別添のオフショア契約書雛形の試案をとりまとめたところである。
また、オフショア開発の成功事例を広く啓発することによるオフショア開発の後押しを期待する声が海外企業からあがっていることを軽視すべきではない。そのためにはオフショア開発を望む国内企業と、受注先の海外企業との交流の場づくり等(例えば、ICT技術者の交流や留学制度の充実等)について、行政の立場から積極的に支援していくことも引き続き検討すべきである。
セマンティックWebに関する記述でも触れたように、Web上の情報量の爆発的な増加と、それに伴う情報検索等の情報収集機能の低下が今後ネットワーク社会における情報収集を妨げる可能性があるが、この背後には、インターネットの分散型構造が大きく影響している。
インターネットは、階層構造にはなっておらず、それどころかネットワークの中心もない。小さいまとまりや大きなまとまりが部分的に遍在する完全に分散化されたネットワークである。集中制御することは困難であるうえ、ネットワークの一部が脱落したり、新しいものが追加されたりすることで構造は常に変化し続けている。
さらに今後は温度センサーや人感センサー等がネットワークの一部要素として導入されつつある。最近では最初からセンサーを埋め込んだネットワークが整備されたビルも建築されている。こういう事態に及んで、データの広大な海から情報を発見・抽出するためには、検索といった手法ではなく、既存の情報を積極的に活用して新しい知識を発見する手法を用いなければならない。
そこで現在活用されているのがデータマイニングである。データマイニングとは大量に蓄積される情報を解析することにより、有用な情報を抽出・発見する技術である。例えばデータの関連性を解析して、検索しただけでは分からない別々のデータの関連を発見する技術や、大量のデータから類似するデータを分類するクラスタリング技術もデータマイニングの手法である。
しかし、もともとデータベース管理技術から出発したデータマイニング技術は、色々なデータが種々雑多に分散的に配置されている無構造データであるWebデータを解析することには不十分である。異なる技術、手法といったものが求められており、そういった技術をここでネットワークデータマイニングと呼ぶことにしたい。今後はWebデータから価値のある情報を発見して抽出するとともに、社会全体の最適化に向けてどういうふうにWeb情報をガバナンスしていけばいいか検討を進める必要がある。特に、創造性豊かなユビキタスネット社会をつくり上げるためには、Web情報を解析し、有用な知識を探索・発見することが肝要になってくる。そのための技術がネットワークデータマイニングなのである。
各種センター等を通じ、実世界から多種多様なデータが入ってくるユビキタスネットワーク環境でのデータマイニングは、人の行動を全て把握・解析することも可能である。例えば、様々な事故の下には明らかに特定できる原因がある一方で、能動的に報告されない要素も多種多様に存在する。特に致命的でない事故の場合、そういったものが見過ごされることが多い。そういった部分についてセンサーネットワークを介して自動的に収集し、そのデータをマイニングすることで、何らかの異変のきざしが分かれば未然に事故を防ぐということが可能となる。
ネットワークデータマイニングは、@Webテキストマイニング、AWeb利用マイニング、BWeb構造マイニングの3つの類型に大きく分類できる。第一にWebテキストマイニングは、テキストベース、いわゆる単語を探索して意味を発見するというもの。次にWeb利用マイニングは、Webの利用記録、いわゆるログをとり、アクセスパターン等から、例えば顧客の購買行動を解析し、得られた知識をマーケティング戦略等に活用するというものである。第三のWeb構造マイニングは名のとおりWebの構造を分析して、新しい知識を発見しようというもの。いわば秩序がないWebの複雑な構造の中で、意味のある単純性を見出すというのがWeb構造マイニングであり、学際的にも広く応用することが可能ということからICTの専門家以外からも検討が進められている。
前述のインターネットのネットワーク構造は、実はランダムなネットワーク構造ではなく、意外なことに人間のたんぱく質の構造分布と同じ特徴を持つネットワーク構造となっている。この特徴的ネットワーク構造はScale FreeNetwork と呼ばれているもので、端的に言うと、ほとんどの要素がごくわずかな要素としか関係がない(つながっていない)一方、膨大な数の要素と関係するようなものがごく一部だけ存在しているようなネットワークである。
この構造はインターネットやタンパク質に限らず、航空ネットワーク、脳の神経細胞ネットワークなど、実に様々なネットワークにおいて共通して存在していることが判明している。その点が、Web構造マイニングが学際的に応用が可能だと言われている所以である。
これに加え、これらネットワークの多くにおいて、ネットワーク全体が幾つかの群れ(クラスタ)から構成され、各群れ同士には近道とでもいうべき関連性で互いに結ばれており、群れで構成されているにもかかわらず,ネットワーク上の全ての要素が互いにごく少数の隔たりで結ばれているという特質も持っている。このようなネットワーク構造はSmall World と呼ばれており、個人間の社会的なネットワークもこのような関係を持っている。
ICT分野はネットワークとは極めて親和性が高いにもかかわらず、これまでの工学的な研究部門や産業界では、ネットワーク構造そのものについてはさほど注目してこなかったのが実態である。しかしながら、今後は実世界からの情報までもが流入する新しい情報空間であるサイバースペースもScale FreeNetwork 構造とSmall World 構造の両方の特徴を有するネットワークとなるであろうことを踏まえ、両ネットワーク構造の特徴を有効に活用したデータマイニングなどの情報処理技術の確立が重要かつ必要になると考えられる。このような分野におけるデータマイニングにより、従来では考えられなかった全く新しい手法やアプリケーションが生み出される可能性があり、イノベーションにつながると考えられる。
短期的には、情報通信ネットワークシステムの効率性向上への応用が期待される。例えば通信効率を良くすることや、故障に強く安定性の高いネットワークを構築するためにはどのようにネットワークを構成し、制御すればよいのかなどについてScale Free Network 構造の考え方が応用できる可能性がある.また、特に今後のユビキタスネット社会において、モバイル端末によるアドホックネットワークを効率的かつダイナミックに形成するためには、Small World 構造の考え方によるネットワーク構成を検討することが必要不可欠であろう。
ICTに限らず学際的な応用については、災害や伝染病の拡散防止に役立てられることが期待されている。例えば昨年の新型肺炎の流行の際には、ScaleFree Network 構造でいうハブ(この場合大病院)に感染力の強い人(スーパースプレッダーと呼ばれている)が入院していたがために容易に世界的に広まってしまったという解釈がある。従って、威力の強い感染症ウイルスが拡散するおそれがあるときには、そういったスーパースプレッダーに対する検疫はもちろんのこと,そのような人が多くの人が密集するような場所に行かないよう隔離対策を早急に施すことにより、感染症の流行が相当程度防止できる可能性がある。
ネットワークデータマイニングに関しては、Webという大規模なネットワーク上のデータをどう解析するのか、動的にめまぐるしく変化する構造の変化をどう把握するのかといった問題について、日本はおろか海外でも十分な取組みが行われていないのが実態であり、世界最先端のICT社会を実現する上でも取組みの強化が必要である。また学際的にどのように連携を図っていくのかといったことについても現在は民間レベルでの学際的な協力関係が徐々に構築されつつあり、そういった面での取組みを加速させることが必要である。
第1章でも述べたように、デジタル機器と情報ネットワークを活用して、個人間の情報流通が生まれ、発達しつつある。これまではメールによる情報交換や個人のホームページだったが、情報伝達の多元化・メッシュ化が進み、手軽なサービスとして普及しているのがP2Pやブログ・SNSである。
P2Pの台頭はネットワークの分散化傾向と軌を一にしている。PC性能の向上、ネットワークの高速化により、サーバを介さずに端末同士で直接情報をやりとりするP2Pが台頭してきた。現状はグヌーテラのようにピュア型P2Pで全くサーバを介さないような情報交換方式も現れているが、管理サーバが相手方を探すためにサーバのデータベースを使うが、直接的なデータのやりとりはダイレクトにやるというハイブリッド型P2Pがビジネス面では注目されている。
P2P技術の特徴は大きく2つある。1つがディスカバリ機能であり、会いたい相手や欲しい情報の内容を発信して探索するもの、もう1つが見つかった相手と直接情報のやりとりをするために帯域の確保等を行うデリバリ機能である。これにより、大容量のデータを効率的にやりとりすることが可能となったが、その技術が悪用され、音楽や映像ソフト等の違法なファイル交換に使われたことにより、逮捕者や訴訟が続発する事態となっている。
しかしながら、これは一義的にはP2Pの問題ではなく、P2P技術を利用する者の問題であり、実際、P2Pには豊かなビジネス面での可能性があると考えられる。具体的には、分散処理が可能な点は情報検索やグリッドコンピューティングに応用されているほか、高価なサーバが必要ない点は低コストでのネットワーク構築が可能である。さらにリアルタイム性やファイル共有技術を組み合わせれば、共同研究等のコラボレーションに利用できる。
P2Pの活用事例として、インターネット電話のスカイプが挙げられる。既に全世界で1億件のダウンロード数を誇り、スカイプ利用者同士なら国内外を問わず無料通話が可能で、既存の通話料を収入源とするビジネスを根底から変える可能性がある。一方、固定電話や携帯電話に発信する有料サービスもプリペイド方式ではあるが提供を始めている。
また、GROOVE(グルーブ)等のグループウェアの開発・販売も進んでいる。簡便な導入・運用が可能で、リアルタイムでの情報交換・共同作業をサポートする。これにより、既存のネットワーク構成にとらわれない、自由なコミュニケーション環境の構築が可能となる。
ネットワークの分散化傾向の中で、@グループメンバが不特定で頻繁に合流・離脱する上、小規模なグループが短期間で発生・消滅するようなネットワークを、サーバで管理することは困難であること、A企業内においてクロスファンクショナル組織の増加など縦割りの部門を超えた横割りの連携プロジェクトの重要性が高まっていることに加え、B個人の端末に情報を格納し、セキュリティ面での自己責任原則を確立することはP2P技術でも可能であることや、C端末間の同期が容易なため、SOHOやモバイルにも応用可能であることを考慮すれば、P2Pはネットワーク層を抽象化し、既存ネットワークを超えた個人間の緩やかな連携を実現してくれるのではないかと考えられる。そういう点を踏まえ、P2P技術を活かし、単なるファイル交換ではない、新しい利用形態・サービスへの展開に今後は期待したい。
今後の課題としては、電源がいつ入っているか分からないPC等の端末を使ってどのようにP2Pのネットワークを確保するかという可用性の問題や、ファイアウォールを簡単に超えてしまうといった意味でのセキュリティ確保の問題があり、例えばオーバーレイネットワークに対応したセキュリティ技術の開発、ハイブリッド型P2PとピュアP2Pとの適切な役割分担、大容量コンテンツの流通によるバックボーン強化をどのように対策を講じるか、検討が必要である。
ブログ・SNSの誕生・発達の背景には、個人のネットワークへの参画意識の高揚が挙げられる。ブログについては、個々人の情報リテラシー・メディアリテラシーの向上等により、ネットワークを単なる情報入手の手段としてではなく、自ら情報を発信・交換するための媒体として捉える人々が増加していること、一方SNSについては、無差別・無分別な情報発信・交換ではなく、価値観を共有できるグループ内で交流を深める傾向も顕在化していることがある。それにより、両サービスとも利用者が爆発的に増加し、市場は萌芽期から一気に成長期へと移行しつつある。
ブログとは個人向けのCMS(コンテンツマネジメントサービス)と位置付けることができる。テキストやグラフィックなどさまざまなデジタルコンテンツを収集、登録して、管理・更新を配信する仕組みで、HTMLによるサイトの場合だと全体構成を考えながら内容更新しなければならないのが大きな負担であるが、ブログでは更新が簡便である。その点で、コンテンツを保有している、又は作成する用意はあっても困難であった利用者が利用することとなった。特に全米の同時多発テロなどで色々な人がブログに新聞記者が取材しなかった情報を発信したことにより注目が集まった。2005 年3月末時点の国内ブログ利用者数は延べ約335 万人、月に一度以上更新するアクティブなブログ利用者数は約95 万人、ブログ閲覧者数は約1,651 万人と推測され、2007 年3月末にはそれぞれ約782 万人、約296 万人、約3,455 万人に達すると予測している。
ブログの普及が進んでいる理由として考えられるのは、前述のとおりHTML等の知識がなくても誰でも自らのHPを簡単に作成・内容更新することが可能でありパブリッシング機能に優れていることがある。その他、RSS(RDF SiteSummary)によりコンテンツの更新情報を配信したり、記事に対し他の利用者がコメントを書き込んだり、トラックバック機能により他の利用者のブログと簡単にリンクをはったりすることが容易であることもブログが活発に利用される一因である。
従前の日記サービスとの大きな違いは、@仕様が標準化されていることにより既存サービスの付加サービスとして導入しやすく、またブログに対して別の周辺サービスを付加することが容易であること、Aトラックバック機能により、人気のあるサイトにリンクを張ることが簡単にでき、結果として容易にそのブログの購読者を集めることが可能になったことである。特に後者は、これまでのHTMLサイトの場合、作ったばかりのサイトに対し有名なサイトがリンクをはることがあり得ないだけでなく、自らのサイトに有名サイトのリンクをはることすら「無断リンク」としてマナー違反を問われることもあることと比較すれば、利用者にとり大きな魅力となった。
ブログの今後の展望としては、第1章等で述べてきたような情報メディアとしての側面のほか、ブログ市場としての側面が注目される。
ブログのマーケット的な将来性については、例えば、情報発信ツールとしての企業向け市場の創出である。企業の経営方針や財務状況について株主等に説明責任が問われる中、簡便なCMSとしての機能に注目し、企業のホームページについてもブログ化は進むと考えられる。加えて、あまり意味のない連絡メールが大量に企業LANの中を流通してメールサーバの付加増大や日常業務に支障をきたしている状況を踏まえて企業内の情報発信・情報共有手段としても有効性が認識され、ブログのシステムを導入する企業が増加している。そういった企業にシステムをOEM販売したり、企業ブログサイトを効率よく運用するためのコンサルティングを行うマーケットが立ち上がっている。
また、広告市場という面では個人ブログの内容にあった広告を出すというコンテンツ連動型広告が今後大きく成長すると見込まれる。これは、自分のブログへの他者の来訪状況を確認するために自らのブログのトップページへの来訪率が高まり、今後は個人用ブログがポータル化することが予測されるからである。
さらに、EC市場については、商品が売れたらその商品価額の一定割合(1%等)をブログ開設者に支払うアフィリエイトの仕組みが個人の購買行動に変革をもたらすと注目されている。すなわち、信頼できる人のブログのお奨めの品を購入する人の割合がEC市場において大きな割合になっており、既存のEC事業者の参入が続くことが予想される。
この傾向を踏まえ、2004 年度のブログ市場は約6.8 億円、関連市場も含めると約34 億円と推計されるが、2006 年度にはそれぞれ約140.6 億円、約1,377 億円に達すると予測されており、ブログは少なくとも今後2年間は大きく発展すると思われる。
もっとも、ブログ事業者の事業環境については楽観視できない。大半のブログサービスは無料であり、収益モデルの確立が課題となっている。ブログサービス提供にはサーバの設置やネットワーク回線の整備など少なからず投資を必要とするため、ポータル・EC系事業者などサービス系事業者は引き続きブログ事業に注力すると思われる一方、中小のISP系事業者等にとってはブログ運営が大きな負担となっている。現状は様々なブログサービスが乱立している状況にあるが、今後利用者によるサービスの選別が起こり、事業者の淘汰・集約が進む可能性がある。
そういった意味で、ブログ関連の今後の課題としてはコンテンツの充実(ブロガーの継続性確保・魅力あるブログの発掘)、過去ログへのナビゲーション機能の充実、ブログのカスタマイズ機能の一層の向上、企業内ネットワークや公的セクターでのブログ導入の促進といったところが挙げられよう。また、技術的な問題点として、大勢の人が個人ポータルを持つようになると、今のサーバを中心とした認証機能で個々人のアクセス制御を行うことは困難となることから、今後は分散的な認証技術が必要となると思われる。
SNSはブログと異なり、技術的な新規性より、むしろICTを活用した人間同士のつながり、メンバー間の交流を重視した「密度の濃い」グループ存在であることが特徴である。具体的には、参加者はオンライン上で自分のプロフィールや写真を公開し、知人を紹介しあって人脈を広げ、その上で情報交換を図って効率的な情報取得や信頼できる情報ネットワークを拡大させている。既存の参加者からの招待がないと参加できない「招待制」システムが一般的だが、誰でも自由に参加できる仕組みのものもある。
またコミュニティ機能を持ち、トピック単位で掲示板を共有し、コミュニケーションを活発化している。情報内容に応じてきめ細かい閲覧権の設定・管理も可能である。また、不審者が入れない、あるいは排除されやすいため、掲示板が「荒れる」ことが少ない。さらに、メンバー管理機能をもち、グループに属するメンバーの特徴やメンバー間の人間関係等を可視化するほか、SNSの多くはブログ機能を有するなど、メンバーに向けた情報発信に加え、参画意識やコミュニティの一体感を重視したつくりとなっている。
2005 年3月末時点の国内SNS参加者数は延べ約111 万人、アクティブSNS参加者数は約80 万人と推計される。企業等の会員組織のSNS化が今後進むことやSNSの汎用性(メーラー、掲示板)としての可能性を考慮すれば、その加入者数の伸びはブログをも上回る可能性があり、2007 年3月末にはそれぞれ約1,042 万人、約751 万人に達すると予測される。
事業環境としては、今後は事業者の淘汰や専門化が進むと見込まれる。というのは、元々SNSにはビジネスモデルが確立されていないうえ、一人が複数の事業者のソーシャルネットワーキングのサービスを管理するとは考えにくく、1つのサービスを管理する方が便利だからである。今後は目的を定めない汎用的なサービスを行う事業者の寡占化・独占化が進む一方、他の事業者は目的を特化したサービスに集中するか、市場からの退出を迫られると見込まれる。
SNSの今後の展望としては、ビジネスとしてのSNSの将来性については現時点ではビジネスモデルが不明確であるものの、リストの友人のアドバイスが情報のフィルタリングや商品購入の動機になることに着目し、顧客の囲い込みやマーケティング等の観点から企業の会員組織のSNS化が今後進むことが想定され、アフィリエイトビジネスが立ち上がる可能性がある。いずれにしてもSNSの中にブログ機能が組み込まれることにより、両サービスの融合が進むことが想定される。その中でSNSとしての独自性を発揮するためには、米国のように如何に現実世界と密接に繋がったサービスを今後提供し続けられるか、別々の事業者のサービスを利用している会員の便宜を図るためのSNS同士の連携が確保できるかといったことが課題として挙げられよう。
以上のとおり、今後P2Pやブログ・SNSを用いた個人間の情報流通が更に活発化することは間違いないであろう。P2Pとブログ・SNSの関係について、P2Pは個人間情報流通におけるプラットフォームとしての機能を発揮する一方、ブログ・SNSは個人間情報流通においてメディアとしての機能を発揮するのではないかと考えられる。P2Pとブログ等は相反するような関係ではなく、P2Pの持つ個人間のコラボレーション機能等は、知的なコミュニティの組成・活性化を目指すブログ・SNSにとって極めて有効なツールとなり得る。
しかしこれらに共通する問題として、利用者の著作権に対しての順守意識を如何に高めるかが大きな課題となる。P2Pにおける違法なファイル交換は勿論、ブログに記述される内容についても他の書籍等の著作物を盗用しないような意識を醸成することが重要である。この部分については法令等で強制することは新しいサービスの立ち上げを無用に阻害する可能性がある。情報通信ネットワークは違法コピー等の問題を抱えている一方、著作権財の国内及び国際的流通を促進することも確実であることから、今後その両面性を踏まえ著作権に係る諸課題について対応する必要があろう。
ユビキタスネット社会においては、これまで以上に様々な新しいライフスタイルが出現していくものと予想される。そのような社会では、マーケットにおける消費者ニーズも、ライフスタイルの多様化にあわせて次々に変化していく。そのような消費者ニーズの出現や変化を敏感に読み取っていち早く事業に結び付けられる者としてベンチャー企業に期待が集まっている。
米国のベンチャー企業にはBtoB(企業間取引)における技術系のベンチャーが多いのに対し、日本はBtoC(企業と一般消費者間の取引)におけるサービス系のものが一般的である。日本においてBtoB分野に技術系ベンチャーが少ない背景には、前述の「作り込み」「すり合わせ」が必要なインテグラル型システム下では既存企業グループにベンチャー企業が入り込めなかったことがある。一方で、特にICT分野におけるBtoC分野については、米国企業の国際競争力が強いことからモジュール化が進んでビジネス方式も開放型になっており、結果としてベンチャー企業が参入しやすかった。その意味では、今後産業のモジュール化が進展することにより、BtoB分野においてもベンチャー企業の参入する余地が生じるものと想定される。
ベンチャー企業は、消費者ニーズの出現や変化を敏感に読み取っていち早く事業に結び付け、新しい製品・サービスを提供することを通じて、人々の生活の利便性や豊かさの向上に貢献することができる。また、既存の技術体系の抜本的転換及び新規事業への注力が困難な大手企業とは異なり、ベンチャー企業は新しい技術を積極的に活用したビジネス創造により産業構造を変革することが期待される。優良なベンチャー企業を増やし、ニュービジネスを創出させることにより、新たな事業分野の創出や既存業界の活性化を促すとともに、多くの雇用を創出することができる。従って、ICTを利活用した経済活性化を図るためには、どのようにして顧客(消費者・企業)中心の優秀なICTベンチャーを多く輩出させるかが重要である。
我が国では米国ほどベンチャー企業は活躍の場に恵まれていない。これまではその理由として資金調達の問題が指摘されることが多かったが、今後の展望を考える上ではむしろ社会的な側面にも目を向ける必要がある。具体的には人材や企業行動の問題であり、産業構造の分散化・モジュール化の進展や活動主体としての個人の能力向上に伴って変革を余儀なくされている部分でもある。
現在の日本で最も問題視すべきは人材面であり、ベンチャー企業を起こし、業務を拡大できる優れた人材を供給することが必要である。現在求められている人材は、グローバルレベルで世界的大企業とも対等にビジネスができ、明確な展望を持つとともに強力な指導力と魅力的な人となりを兼ねそろえた創業者的なCEO人材に加え、昨今では創業者が立ち上げた事業の売上を何倍にも拡大し、ビジネスセンスが良く、社員をまとめ上げることのできるCOO人材であるが、こういった人材の流動化を進めることが特に重要である。
現在、大手企業でも社内起業制度等を試みているが、大手企業の場合は大手企業自身又は関連企業のいずれとも競合しない事業分野は皆無に近い。従って、既存の企業グループの枠組みの中から優秀な人材をスピンアウトさせ、人材の流動化を図る必要がある。
既存のベンチャー企業の人材についても流動化を図る必要がある。ベンチャー企業への投資・支援についても選択と集中の原則を適用し、将来性のあるベンチャー企業に対して集中的な支援を行い、そうではないベンチャー企業は積極的な廃業を促すべきである。そうすることにより優秀な人材がそうではないベンチャー企業に「固定」させることを防ぎ、今後成長するであろうベンチャー企業が優秀な人材を採用することが容易になる。そのようなベンチャー人材の再雇用市場のようなものが形成されることが望ましい。
また、今後2007 年問題と言われているように団塊の世代が定年退職を迎えることから、彼らの能力をニュービジネスに活かす方策についても検討する必要がある。
その上で、日本企業はベンチャー企業と積極的に連携し、必要なビジネスモジュールを外部からも獲得するような行動様式に改める必要がある。アメリカでベンチャー企業が活発な理由として、米国大手企業が優秀なベンチャーを高く評価し、ベンチャー企業と連携をすることに積極的であることが挙げられる。日本企業の場合にはそういったベンチャー企業との連携には消極的なことが多い。特に日本の大手企業がブランド力や信用力、豊富な顧客基盤、十分な市場における営業実績などの強みがある一方、特定の狭い領域の顧客ニーズや新技術の投入といった面では柔軟な対応が困難であるという弱みがある。優れたベンチャー企業はそういったニッチな市場の洞察力、顧客中心のマーケットニーズの把握や新技術の積極的な開発・迅速な投入などに強みがある一方、ブランド力や実績、顧客基盤に乏しいなどの問題があり、お互いのビジネスを補完することでより高いレベルのサービスを提供することが可能な筈である。また第1章でも述べたように、今後はイノベーションの外部調達の動きも進むことから、ベンチャー企業との積極的な連携に取り組む必要がある。現在の我が国のベンチャー企業の成功モデルは新規株式情報(IPO)が一般的であるが、それに加え、技術系ベンチャーの起業を促す観点から、大手企業がベンチャー企業を買収するという成功モデルも増加すると想定され、それを促すための環境整備も今後必要になると思われる。
最後に、ベンチャー企業を巡る経済的環境だけでなく、社会的環境全般を整備することが重要である。親が我が子を大企業に就職させたがる「大企業神話」は一部崩壊しつつあるが、それ以外にも教師や企業経営者層の起業家に対する見方を大きく転換させる必要がある。端的に言えば「ベンチャー企業を立ち上げ、経営してビジネスで成功を収めれば、経済的利益が手に入るほか、社会の活性化にも貢献して社会的名声が得られる」ことを共通認識とすべきである。そのため、具体的にはビジネスの成功者をメディア等で取り上げるとともに、教育の場で子供達や学生にビジネスの仕方や資本主義のルール等について経験者から分かりやすく教えること等が必要である。
今後ICTベンチャーを始めとするニュービジネスが発展していくためには社会的な環境を変えていくことが最重点課題であり、経営実務や財務など経済面で公的支援が求められることについては各省や地方自治体が既に十分な対策を進めている。一方で、今後ICTの利活用が一層高度化する中で、優秀なICTベンチャーの創出を促進するためには、ICTベンチャーの特徴に応じた公的支援策を行うことが必要である。
まず、ICT分野においては技術の陳腐化が早く、恒常的に新たな技術開発が必要であり、また、ビジネスモデルの模倣が容易であることから、ICTベンチャーが成功するためには極めて迅速なビジネス展開が必要である。従って、既存の助成制度等については通年的な応募や概算払いを可能とした上で、申請プロセスや提出書類をできるだけ簡素化して新規ビジネス経験がある者を加えた外部有識者による迅速な審査・支援決定が行えるよう運用改善を図るべきである。
次に、ICTベンチャーが提供する新しい製品・サービスを市場に浸透させていく過程で、ICTに関する専門知識のない顧客企業・消費者の新規開拓及び会社の認知度・信用力を向上させることが困難であるという課題を抱えている。こうした課題に対しては、公的機関がICTベンチャー企業の製品・サービスの紹介を今まで以上に行い、優れたベンチャーの製品・サービスを積極的に採用・調達するなど、広く認知されるよう情報提供・普及啓発機能を強化する必要がある。
最後に、政府においては、業種横断的にベンチャー企業支援を行っている経済産業省をはじめ、各省庁が独自に講じている支援策が数多くある。それらの支援策は、それぞれ個別の観点から講じられているものであるが、支援内容が一部重複しているケースや利用者にとってはどれがもっとも適切な制度なのかわかりにくいとの指摘があり、例えば関係する省庁がベンチャーの成長段階に応じて連携し一体的に取り組むことで、より効果的・効率的な制度を構築する必要がある。
ユビキタスネットワーク環境の実現によってネットワーク構造の分散化が加速している。これにより、ICTの利活用能力を著しく向上させた個人・コミュニティ・企業は経済社会活動の活性化をもたらすであろう。情報フロンティアはその過程で生まれ、ICTによる知識創造プロセスの変革を体現している。情報フロンティアの現状や今後の展望から暗示される社会は、既存の垂直的な社会システム・産業構造が分散・水平化された社会である。大手企業の経済的位置付けは相対的に低下し、人々のライフスタイルは多様化するとともにその違いが先鋭化する。各活動主体同士の間柄は上司と部下、元請けと下請けといった上下関係で表現されるのではなく、友人、ビジネスパートナーといった対等な関係で表現されるようになるであろう。
このような社会においては、個人・コミュニティと企業の関係も雇用者と被雇用者といった上下関係や、生産者と消費者といった一方的な関係では整理されない。ICTの高度利活用等により産業構造のモジュール化が進んで大手企業とベンチャー企業が対等にビジネスを行うようになり、優秀な人材の流動化が進むことなどによって、個人やコミュニティの活動が活性化される。それにより個人・コミュニティを主体とする知識創造プロセスの効率化・変革が進み、産業構造のモジュール化・人材の流動化を加速させる。この動きが連鎖的に発生することにより、個人・コミュニティと企業は対等な立場で協調・連携しながら、経済社会を維持・成長させるための「知識インキュベーター」となるであろう。公的セクターもその中に水平的に組み込まれるのではないか。
そのような水平的な社会構造の中で、個人をはじめとする各活動主体は自律・分散・協調的な連携を行い、経済活動の活性化をもたらすであろう。社会システムとICTの統合を推進することにより、私たちは今後そのような水平連携のビジネス・経済モデルを推進したいと考える。
そのためには、社会的・文化的要素が今後のICTの社会的な浸透を妨げないようにする必要がある。日本のネット利用者には、ICTの利活用に対する忌避感とでも言うべき茫漠とした不信感がある。また、PC等を使った高度なICTについては利用格差が生じており、その原因が教育水準に関係しているとの指摘もある。従って、ICTによる活性化を図るためには「社会全体のICTリテラシー」をどのように底上げしていくのか真剣に考える必要がある。また、P2Pやブログの利用者増加により、ISP事業者がバックボーン回線の増強等ネットワーク管理に苦慮するといった問題が表面化している。ネットワークは未だに集中管理的な運用がなされており、今後そのような矛盾が拡大すれば危機的な状況を招く可能性もある。
以上の点を踏まえ、ICTを利活用して個人と個人が信頼感にもとづく水平的な社会ネットワークを発展させ、活力と温もりある社会を形成するために、@ICTリテラシー向上や地域コミュニティのICT受容力強化等のICT利活用に関する社会文化的な環境の整備と、AICTを最も効率的に活用できる自律分散型ネットワーク基盤の先導的整備、更にはBこういった水平的な社会経済インフラにふさわしい新しいビジネスモデルの展開、が一体的に推進されることを期待し、以下のとおり提言することとしたい。
自動車が高度成長期以来何年もかかって日本の家庭に普及する過程では、日本社会は道路網の整備や大型郊外量販店の出現など、自動車という便利な道具を受容するために自らの特質・構造を変化させていった。同様に今後ICTが真に日本の社会生活に溶け込むためには、短期的なICT製品・サービスの売上・消費の促進といった観点だけではなく、ICTへの信頼感を高め、それに根ざした経済的・文化的生活を営めるよう、日本社会の価値体系を中長期的に変えていくことが必要である。
ところが、ICTの利活用という側面からみると、現在日本社会は大きな課題に直面している。それは、情報化社会の複層化ともいうべき、ICTの中核技術の普及層が分化している傾向である。携帯電話による文字通信のような比較的簡便なICTの利活用は広く一般に普及している。しかしながら、本来知識創造プロセスの変革をもたらすようなPC等を用いたより高度な利活用については利用者が一部の層に限られており、とりわけ教育歴の差が高度なICTの利活用経験の有無と強い相関関係を持っていることが判明している。
さらに、日本の社会では情報ネットワークが匿名であるという認識に基づいて色々な活動が行われているがゆえに、社会生活全般においてICTが利活用されていく活力が高まらず、社会心理的なデジタルデバイドと言うべき、サイバースペースへの忌避感が拡がっている。そのため、ある程度高度なICTを活用している層においても、その活動量、活力は、他の社会に比べて低いことも指摘されている。
ICTは社会のあらゆる側面で利活用される可能性を持つ汎用的技術であり、だからこそ、ICTは「ユビキタスネット社会」を創り出す力を持つ。だが、そうした力を活用し、組織の業務プロセスはもとより、社会生活全般が情報ネットワークを組み込んだシステムになることで、その社会の快適さ、魅力、効果・効率、競争優位性が増大するには、社会全体にICTを利活用する能力が広汎に形成されることが望まれる。したがって、ICTにより我が国の経済的社会的活力を最大化するためには、可能な限り多くの人々が高度なICT利活用に慣れ親しむことが重要であり、それに向けた社会の雰囲気というのをシステマティックに醸成していく必要がある。
P2P技術を使った違法なファイル交換や内部犯行による個人情報漏洩などの事件が発生していることにも表れているように、様々なセキュリティ技術が開発されたとしても、ネットワークの信頼性を高められるか否かは最終的には利用者のモラルに関わるところが大きい。
この観点からみた場合、日本社会では、ネットワークを利用する者としての自覚が社会的に十分に形成されているとは言い難い。とくに、サイバースペースが匿名性の高い空間として認識され、極端な場合、ばれなければ何をしてもいいという安易な発想すら助長する傾向を持っている。情報化社会の若者は、膨大な情報メディア環境の中で、自分にとって必要な情報のみを取り入れるフィルターを構築し、その内向きな情報環境の中に閉じこもり、自分の領域に対する他者の侵入をできる限り排除しようとするだけでなく、相手の心に踏み込んで感情や行動に影響を与えないように距離を置く強い傾向も一部観察されている。5 これではICTによるネットワークが産性を活かした社会的ネットワークの拡大、更にはそれによるイノベーションの創出を促すことはできない。
しかし、現実の世界では日本は依然として個人のモラルは高い国である。現状の問題はむしろ現実世界でいうところの躾といったものがサイバースペースに関しては何ら体系立って行われてこなかったことも大きな原因である。このような現実世界と同様のサイバースペースにおけるモラルを、利用者に定着させる取組みを行うとともに、個人がネット社会全体に貢献するために自主的・献身的にコンテンツを発信したりする部分、をうまく醸成できるような環境づくりを行う必要がある。
私たちは、今後の教育現場における取組に期待したい。学校とは人と人の間のコミュニケーション手法を学び、他人と交流する能力を養う場でもある。ICTを活用したコミュニケーション能力は学校で学ぶことが望ましい。いわゆる情報検索・探索技術やネットを介した互学互習のやり方の習得といったことに加え、ICTにより実現されるバーチャルな環境を、現実社会と同じ感覚で活用すること、すなわち、サイバースペース上で実名又は特定の仮名で他人と安全に交流することを自然の術として身につけるための教育が必要である。具体的には、ブログやSNSの仕組みを学校に導入することを提案する。学校の中でセキュアなネットワークを整備した上で、児童・生徒が自らのアカウントを持ち、実名でブログやSNSを用いて他の児童・生徒と交流することでネットワークへの親近感を養うとともに、ネット上での誹謗中傷やプライバシー侵害等に対する実地的な安全の守り方も同時並行的に学ぶことが重要である。
ICTが日常生活に深く浸透するとともに活力ある社会を形成するための有力な方策の一つは、上述のとおり初等・中等教育の段階で高度なICTリテラシー教育を行うことである。一方、既に義務教育課程を修了している大多数の世代について同様の高度なICTリテラシーを授けるのは困難であるが、地道に啓発を続けるしかなく、そのような場をどうやって作るのかを考える必要がある。そのため、今後は地域コミュニティ単位でのICT受容力の向上とともに、それを通じた地域生活・分化の活性化に取り組む必要がある。
そういった観点から注目されるのはSNSを通じた地域生活の情報化である。ビジネス面でのSNSの将来性こそ不透明であるが、SNSは元々人と人との交流を目的としたICTネットワークであることから、地域住民の結びつきを深めることを主目的としたSNSが各地で立ち上がれば、住民のICTリテラシー向上や地域コミュニティのICT受容力強化に結びつくと想定される。例えば2007 年問題の当事者である団塊の世代の人材を活用すること等によって、地方自治体や自治会単位でのSNSが組成されることを大いに期待したい。
また、ICTによる地域のキラーコンテンツとなるべき電子自治体の活性化も大きな課題である。現状の自治体のホームページの構成・内容が分かりにくいとの指摘を受けるのは、サイトが自治体の内部部局毎に編集されていることに加え、住民の特性(女性、高齢者、児童・生徒、域外からの閲覧者等)を踏まえたデザインの視点に欠けていることも大きな要因である。自治体のホームページはICTによる地域活力の発現の場と捉え、内容を充実させる必要があり、自治体サイトにどのような内容を掲載して情報発信するかを判断する地域情報プロデューサーのような人材と、実際に地域コンテンツを作成する地域情報ディレクターのような人材を地域情報化の中核として配置することが望ましく、これら人材を育成する必要がある。
最後に地域コミュニティ同士の連携の強化にも留意する必要がある。コンテンツが充実し、活力に満ちた地域コミュニティは散見されるが、これら意欲あるコミュニティ間の連携が非常に少ないのが現状である。これはコミュニティ間の交流が近隣のもの同士で行われ、地域特性に応じた連携が図られていないためであり、今後は似た特性をもつ地域コミュニティ同士が距離を超えて連携を深め、その中でその地域に合ったベストプラクティスを学ぶことが重要である。従って、今後は特性の似た地域コミュニティをグループ化して連携強化を図る取組を実施すべきであり、具体的には地域特性を把握するための地域データの解析手法の開発を進めるほか、各地域の地域情報プロデューサーや地域情報ディレクター同士の水平的な連携を強化するためのネットワークコミュニティを組成する必要がある。
自律・分散型社会の中で、企業がこれまでどおり経済活動の主体となり得るためには、その経営戦略にも修正が必要となろう。これまでの企業経営戦略は市場経済の原則(経済の論理)と、企業組織のマネジメント(ヒトの論理)、そして知識・ノウハウの蓄積という見えざる資産(情報の論理)を基にして構築されてきた。6 ICTの高度利活用により、今後は情報の論理の位置付けがさらに重みを増すであろう。蓄積・集積させる情報の中身に加え、情報の利活用方策についても経営トップが真剣に考え、取り組む必要がある。
知識創造プロセスのオープン化などにより、人々が企業の枠組みを超えて情報交流・情報結合を繰り返す結果、見えざる資産としての情報・知識の流動化が加速する。そのような時代において、情報を利用しないまま放置しておけばその価値は見る間に失われるであろう。したがって、企業は情報の収集・蓄積に加え、如何に情報に付加価値を付けられるかに今後の経営戦略の重点を置く必要がある。今後は情報・知識を価値の源泉として強く認識すべきであり、これを実践できる企業を「価値創造企業」と呼びたい。
全ての企業は価値創造企業を志向すべきであり、それに対応するための体制を整える必要がある。具体的には、価値を生み出す源泉である知識・情報を収集・加工する「価値コーディネイター」や、情報・知識を価値に転換する「価値プロデューサー」を企業内部で登用・存在認知させるとともに、彼らに個別部署の利害関係を離れた全社的な視点で企業内外の人材と交流させるべきである。これにより企業内外の人材を水平に連携させる「非公然の」人的ネットワーク(コミュニティ)が形成される。こうした人的ネットワークは成熟したマーケットで安定志向の経営を行う限りにはあまり役には立たないが、多種多様な製品・サービスが求められる消費者先導型のマーケットにおいてダイナミックな経営戦略をとる際、彼らの集める情報や生み出す価値が大いに貢献するであろう。
自律・分散・協調的な連携を行う各活動主体が安心してICTが使える社会の基盤となるのは、そのような連携形態に対応したオープン化・分散化された構造を持つ情報通信ネットワークシステムである。前述のとおり、P2P等の分散型の情報交換が益々活発化する中で、本来分散型管理が適しているところにまで集中管理的なネットワーク運用が行われている分野があり、そうした運用と実態のミスマッチがこれ以上拡大しないよう、情報通信基盤の再構築を図る必要がある。
情報通信基盤の整備自体はネットワークインフラも含め民間の自主的な取組みに任せることが適切なのは言うまでもない。一方で、日本の場合、官公庁が調達やシステム構築等で民間と共有可能なICT基盤を整備すれば、民間もそれを前提にビジネスを生み出す可能性が高い。そうした意味で、ICTの基盤整備について国が先導的な役割を果たせる部分については積極的に取り組むべきである。
今日のインターネットの隆盛は、技術を標準化して多様なネットワークを介して情報をやりとりできるようにし、誰もが簡単に情報を受発信することを可能にしたところにある。物理的なネットワークは今や有線・無線といった特性をも抽象化してシームレスに接続されつつある。それに比べ、ネットワーク上で機能するアプリケーション等については、その開発を自由な競争に委ねることを最優先した結果、互換性という点では利用者に不便を強いることとなった。最近でこそデータの互換性等については改善が見られるものの、アプリケーション等の機能を丸ごと他のアプリケーション等に活用するのは困難な状況が続いている。
このような状況を是正するため、アプリケーション等のインターフェースを開示して他との連携を容易にすべきである。特に、日本の電子政府関連のシステムについて、例えば電子申請は特定のアプリケーションを使用しなければならず、別のアプリケーションでそのまま活用することは困難である。今後は利用者の利便性を高めるための取組みが必要であり、そのために、積極的なデータ(元データを含む)の公開に加え、システムをWebサービス化するなど、汎用技術をベースとしたシステム開発の実施、及びインターフェースを公開すればそれに呼応して民間側が得意技術を利用してのアプリケーション開発が可能となる。それにより例えば引越の際に民間ポータルから必要な手続を行政手続も含めてすべて一括で処理することも可能となり、電子行政手続の代行や政府提供データの加工・提供といったニュービジネスの誕生も期待される。
したがって、今後は公的主体が提供する電子サービスについて、情報セキュリティ対策に留意しつつ、データやインターフェース等を公開することを推進する必要がある。具体的には、例えばシステム調達時の仕様書の書き方が重要である。従来のようにシステムの内部構造中心に記述するのではなく、オープンなインターフェースに基づいたシステム間連携仕様を中心に記述し、連携を前提とした仕様書とするよう検討を進めることが必要である。
Webサービスの課題を克服し、システム間の水平連携を促進するためには、乱立している標準や不十分な規格を整理し、認証・セキュリティ・メッセージングなど連携基盤技術の開発や標準化を進め、サービス導入・運用コストの低廉化、普及促進に努めることが重要である。
こうした基盤的技術の開発や標準化に当たっては、完全な市場競争に委ねればかえって社会的なコストが増加し、国際競争力の維持向上、技術革新といった面での悪影響が懸念される場合には、実装ガイドラインの策定や、実装段階の実証実験、性能評価、相互接続性検証、アプリケーション開発等を行う共用施設を整備するなど、国が一歩踏み込んだ積極的な役割を果たすことも必要である。
一方、分散処理の効率を最大化するためには、全てのアプリケーション等がダイナミックに連携することが理想的であるが、現行のWebサービスは一部のサービスの連携が可能になったばかりであり、実証レベルでの検証も不十分である。加えて、不特定多数のサービスから最適なものを動的に選択するためには情報内容の明確化とともに機械的な連携処理を可能とする仕組みを確立することが必要である。
従って、機械的な処理を可能とするための基本的な日本語オントロジー(アッパーオントロジー)を整備し、これを基に最適なサービスをダイナミックに探索・連携する未来型Webサービスシステムの機能検証を行い、民間レベルでの普及を図る必要がある。
また、現在一部地域でポータルサイトを活用した中小企業・大学の連携の動きが活発化しているが、今後はICTを高度利活用して異分野・異業種の企業同士が連携し、新しいビジネスを創出・展開することが想定される。そのような動きを加速するため、ICTを利活用した地場産業の活性化等の観点から、Webサービス等の最先端の技術を活用した異業種連携のためのICTプラットフォーム(テストベッド)を整備する自治体等の取組を支援することを検討する必要がある。
ネットワークの分散化傾向を考慮すれば、ネットワークの安全性・信頼性を確保するためにも、来るべきアドホックネットワークの導入も見据え、ネットワークデザインのあり方を再検討することが必要であり、そのためには現行のネットワーク構造を解析して現状の問題等を把握しておくことが不可欠である。現状の技術ではノードが1万程度のネットワークの解析能力しかなく、日本は諸外国に比べて対応が遅れている。本分野の研究成果は学際的な応用範囲が広いことも考慮すれば、ユビキタスネット社会で想定される、何十億ものノードで構成された多元的・動的なネットワーク構造を解析するための解析技術の研究開発を進める必要がある。
また、ユビキタスネット社会で全ての人が個人ポータルを持ち、コミュニティの場を利用して個人間で情報をやりとりする場合、現在のような匿名性の高いものだけではなく、利用者の顕名性又は特定性が強く求められる。この場合、現行の認証機能はほとんどが認証の根拠となる制度に基礎を置く集中管理方式であり、ダイナミックにコミュニティを組成して行う個人間情報流通における個人認証に柔軟に対応できない可能性が高い。
従って、個人間情報流通の際に今後必要となる膨大な個人間の信頼関係構築を端末レベルで分散して処理するために簡便な信頼関係構築方式の開発を進める必要があり、具体的には、公開鍵方式等による個人間の簡便な信頼関係構築の仕組みの可能性について、実証実験による検証を行う必要がある。
知識創造プロセスの進化による具体的な展開として、今後は実際に分散・水平型社会システムにふさわしい新しいビジネスモデルが生まれることが期待される。それはおそらく従来の生産・流通・消費に至る一連のビジネスプロセスやそれに関わる企業・組織等を垂直に統合するモデルではなく、むしろICTを介して個人・コミュニティ・企業といった活動主体が自律・分散・協調的な連携を行い、各主体が対等な関係を構築する中で取引が行われる水平型のモデルである。こうした水平型ビジネスモデルの確立に向けた企業等の積極的な取組を強く求めたい。
例えば従来の生産者・消費者の間は、一方的な関係から両者が共同で価値(新製品・新サービス)を創造する間柄へと移行するであろう。これまで人々のライフスタイルの流行を作り出して来たのはカリスマバイヤーとも呼ばれる供給サイド側の人達であった。しかし今や消費者は供給者側から提供されるライフスタイルに飽きたらず、ネットを介してカリスマ消費者の意見を求めるようになっている。A・トフラーの唱えた、生産者と消費者が同一となるプロシューマー化の傾向が顕在化する中で、こうした口コミのネットワークから支持を受けたカリスマ消費者が人々の声を吸い上げて新しい製品・サービス市場を創造することが一般的になる。そういったカリスマ消費者の感性等を実ビジネスに展開するための仕組みの開発が必要である。
また、両者の関係は1個の製品・1回のサービスを通じた一時的なものから、信頼関係に基づく長期的な取引関係に「深化」すると考えられる。セキュリティソフトやオンラインゲームのように、ソフトウェアは一つのパッケージの売買で利潤を得るのではなく、それに関するデータ更新等のメンテナンスサービスによる事業モデルが一般的になる。この傾向はハードウェアについても同様であり、単体の電子機器で儲けるというよりもその利用から得られる効用を継続・高度化するモデルが増えてくる。例えば米国発のデジタルビデオレコーダーであるTiVoは、ハードに電源スイッチがないことに端的に示されるように、ネットワーク上でのハードウェアの継続的な利用を狙った商品であり、キーワード登録で番組を自動録画することにより月額千円以上の利用料を得るビジネスモデルを構築していることは注目に値する。顧客との継続的な信頼関係から利益を生み出すモデルを考案する必要がある。
さらに、物流や情報の管理を特定の者が集中的に行うようなビジネスモデルも見直しが迫られる。オークションサイトの運営者が全ての商品の真正性を保証することは困難であり、むしろ全ての商品にICタグが埋め込まれるようになれば、それを用いた模造品排除の仕組みが考案されるであろうし、その上で実際の取引においては関係者の自己責任、即ち取引相手との信頼関係に委ねる方式が妥当である。また個人情報の保護の観点からは、個人情報は個人が保有する情報端末にすべて格納して自らが責任を持って管理し、用途に応じ病院や役所の固定端末と情報交換するが固定端末側には個人情報は一切蓄積されないようにする方式の方が将来的には望ましい。今後は自己責任原則に基づく分散管理のための手法・機器の開発や、それを前提とした各活動主体の連携をセキュアに実現させるコーディネイト業務を発展させる必要がある。
こういった状況を踏まえ、公的セクターはより人間的・基盤的な分野でのサービス強化に取り組むためにICTを活用する必要がある。具体的には、ICTを安心して利活用できるコミュニティ、特に地域コミュニティの機能の維持・強化である。SNSを活用した地域コミュニティの活性化といった取組に加え、例えば、ICTが人の生活環境に溶け込んでいることを前提に、センサーが地域住民の日常行動を把握し、迷子の子供を自動発見して両親に連絡するサービスや、警察官や郵便局員等公的な役割を果たす人達に情報タグを付与して現在位置が地域住民から分かるようにし、地域の安心・安全(警察官の場合)や生活の利便性の向上を図るサービスの実現が望まれる。
*割愛
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