カルトの信者は人権が制限されても仕方ないという産経新聞はいつも通りの報道姿勢なのだが、朝日新聞までパナウェーブに対する人権侵害を事実上支持している。朝日新聞が守ろうとするのは、記者の理解が及ぶ範囲内で行動する人々の人権だけだということだ。
日本は、被行為者の「されない自由」を行為者の自由よりも上位に置きたがる、世界的に珍しい文化に支配されている。日本はかなりの自由が保障される国だ。しかし、それはふつうの人に限った話だということが、今回また明らかとなった。ふつうの人が嫌がることは、してはいけないということだ。個人の信教の自由なんか、多数派の感情の前には吹っ飛んでしまうのである。「だって、白装束は不気味でしょ」って。
朝日の記事では、根本的解決のために国が法整備を進めるべきだという意見が無批判に紹介されている。ひどい話である。合法な活動を行っているだけの人間が、たんにふつうでないというだけで、周囲の勝手な不安のために行動を制限される(住民登録どころか公道の通過さえ認められない)ことをよしとするのである。魔女狩り裁判を合法化しようなど、正気の沙汰ではない。人権派の朝日でさえこうなのだから、世も末だと思う。
現在の先進国民のうち、かつてのナチス党員にもっとも近いのは日本人ではないか。異端とされた集団に容赦がない。警察と国が理性を保っているからまだいいようなものの、地方自治体はそろそろ住民のいいなりになりつつある。亡国の足音が聞こえてくるとすれば、例えばこうした場面であろうと私は思う。