新潮社は数十年前より不定期に純文学書下ろし特別作品を刊行している。箱入りの上製本で、本体が布で装丁されているのが印象的。いかにも高級な感じなのだ。私は純文学にあまり興味がないので、筒井康隆「敵」くらいしか読んだことがない。ひょっとすると、文庫化された作品のどれかが特別作品の出身だったかもしれないけれど、文庫になってしまったらもうわからない。
1973年に石原慎太郎が世に問うた「化石の森」は、純文学書下ろし特別作品だった。現在、新刊書店では買えないのだが、新潮社オン・デマンド書籍の販売で購入することができる。上下刊で6300円はさすがに高いと思って、近所の古書店へいって100円で買ってきた。多少、箱に疵はあるけれど、本文を読むのに支障はない。特別付録の江藤淳と石原の対談(話題はもちろん「化石の森」)もついていたので大満足。
しかし気になるのは、高級な造本だというのに、箱につまらない宣伝文句が印刷されていることだ。芸術選奨受賞なんて書いてある。調べてみると、1973年の芸術選奨文部大臣賞受賞を受賞していて、石原のあまり多くない受賞歴の中でもひときわ重要なものであるらしかった。しかし「化石の森」は平気で人を殺す人間を主人公とし、その人間性を肯定的に描く作品である。文部大臣の名を冠する賞を授賞したのはブラックユーモアの香りがするけれど、じつは反道徳的な文部大臣賞受賞作は世の中にごまんとあって珍しくもないらしい。
石原は1968年に参議院議員選挙の全国区で史上最高得票当選を果たした。その後、初期の作品に目立った政治青年的主張が抜け、文学作品としての質が向上したといわれる。「化石の森」の執筆には5年を費やしたというから、まさに政治家・石原慎太郎の最初の5年間と表裏をなす重要な作品なのだ。
もうひとつ、「篠田正浩監督・東宝映画化!」なんて文字も刷り込まれている。ご丁寧にもゴシックの赤字だ。今時なら、帯で済ませるだろうに。30年前には勿体無いことをしたものだ。(ふと、今年はじまったミステリーランドの箱にも宣伝文句を印刷したシールが貼られていて愕然としたことを思い出した。たぶん、そういうことをする人とは「何に潔癖になるか」という感覚がずれているのだと思う)
「映画化!」で気付いたのだが、この箱、全面が映画の広告になっている。表も裏も、画質を落としてパターンに擬態しているが、素材は扇情的なスチールなのだった。ううむ、と唸った。香月泰男という装丁家の名前を覚えておこうと思う。この人の装丁には要注意。
主演男優はショーケンで、主演女優は二宮さよ子。ショーケンって、30年前には***な役ばかりやっていたんですね。←語彙の不足が露呈