同一の電話番号を持つ携帯電話端末がいつのまにか複製され、身に覚えのない通信料金が請求されるという「クローン携帯」の存在が取りざたされている。昨年夏ごろからうわさが広がり、十一月には国会でも取り上げられたほど。しかし、疑われたケースを調べてみても、これまでにクローン携帯による被害と断定されたケースはゼロ。携帯各社は「複製はまず不可能」と口をそろえ、クローン騒動の火消しに躍起だ。
陰謀論はこうして生まれる、という過程がよくわかる興味深いケース。概要をまとめると、こういう話だ。携帯電話で動画配信にハマると、予想外の高額通信料金を請求されることがある。たいていの人は契約書に示された通信料金と自分の利用時間を掛け算して納得するのだが、中には算数の苦手な人がいて、自分は何か犯罪に巻き込まれたと思い込んでしまう。こうして生まれたのが「クローン電話」という犯罪神話なのだ。
かわいそうな話だけれども、通信事業者はこういう愚かな人々を客として業績を拡大してきたのだから、覚悟を決めなければならない。
ある通信関係者は「少なくとも日本国内では一般利用者レベルでのクローン携帯の製造は不可能。仮に製造ができたとしても使い続けることは難しく、クレジットカードなどの偽造とは違って、割には合わない」と話す。
技術的に不可能ではないが、割に合わないといっているわけだ。技術の壁と成功報酬のバランスを根拠とした「不可能」は、けっこう信頼できると私は思う。1円玉の偽造は技術的には簡単だが、やっても割に合わない。500円玉くらいになると、何度も偽造硬貨が問題になっている。そういう話なのだ。人間の技術に「絶対」は存在しないのに、各キャリアとも自信ありげに「存在しない」と言い切っていることが怪しい。
という意見は、どうにもこうにも話がズレている。
……と、いいたいところだが、NTT DoCoMo の公式見解の文面は、技術的に絶対不可能といっているようにしか読めない文面なので、私は困った。ここで話を仕切りなおすことにする。
たしかに、「技術的には絶対に不可能だというわけではないが云々」というと、その言葉の端だけをつかまえて大騒ぎする人がたくさん出てくることは容易に想像できる。情報開示という面からは問題があるのだが、これもひとつの大人の判断ということか。しかし、愚かな人々も「何か情報が隠されている」ことをかぎつける嗅覚だけは優れているのが、悩ましいところだ。
ちゃんと説明しているのに話を聞いてくれない、理解できない人々がたくさんいるので、ごまかし含みの発表をした方がいいということはよくあって、社内文書などはいつもそんな感じだ。聞く側のレベルに合わせた情報統制というやつ。これは自分では賢いと思っている大勢の人を怒らせるのだけれど、なんでもオープンにするとろくなことにならないということは歴史が示しているのだからしょうがない。
今回の件では、新聞記事に公式見解と異なる通信事業者の本音が書かれている。こういう日本の情報公開のあり方は、情報を手に入れる側がもう少し自覚的になれば、そう悪いものでもなくなるのではないか。テレビは大衆向け、新聞はもう少し「わかっている」人向け、専門誌はその道の人向け、というように。
よくわからない人に、「技術的には可能だが云々」と話せば、続きの難しい話を聞かずに冒頭のフレーズだけで震え上がってしまうことは、火を見るよりも明らかだ。ならば、そうした層には「技術的に不可能です」といってしまってもかまわないのではないか。実際、ちょっとやそっとの技術力では不可能なのだから。少なくともテレビ局には、不安を煽る報道をしないでほしい。
「私達は大企業の情報隠しを許しません」というスタンドプレーで人々を煽り、自分の商売に利しているマスコミは度し難い。庶民は庶民であるが故に大企業だのエリートだのが嫌いで、そういう連中はみんな悪いことをしていると思い込んでいる。そりゃあ悪いことをしていないということもなかろうが、そういった空気を無批判に利用して稼ぎに変えるマスコミがいう正義なんてのは、そうそう信用できたものではない。
監督官庁の総務省では「クローン携帯」騒動は「予想を超えた高額請求に対する理由付けのよりどころとなっている」と分析、事業者に対し、利用者の予想以上に通信料が高額化しないよう、動画像を送受信した場合の料金目安を記載するなどの工夫をするよう要請した。
何はともあれ、総務省のクールな対応には安心した。客なんてのは身勝手なものなんだから、それに合わせて商売を工夫するしかないんじゃないの、というわけだ。「まもなく電車が参ります」というアナウンスだって、散々ぼろくそにいわれてはいるが、あれがないとやっぱり事故が増えるのだろう。これからは動画像を送受信する場合にいちいち通信料金が表示されるようになったりするのかもしれない。ばかばかしい話だが、やっぱりそういうのが世の中には必要なんだろうと思うのだった。