この記事の筆者が意図的にか、あるいは単なる不勉強のために書いていないことについて、触れておきたい。
みなさんよくご存知の通り、日本のインターネット網は電話線ネットワークとともにある。インターネットの中枢が大手町にあるのは、そこに NTT があるからだ。さて、ここで注意していただきたいことがある。
なぜ、インターネットは従来の電話網と同等の信頼性が確保できないのか? 「そういうものだ」ですませずに、利用者は疑問に思っていいはずだ。
5月の事故は分電盤の故障によるものだった。インターネット関連企業は軒並みやられたが、電話は通じた。理由は簡単、高度な信頼性を誇る専用の無停電機構を備えた電源を使っているからだ。地震で停電した地域でも電話交換機が動くのは、なまじっかの地震では壊れないビルと電源装置の組み合わせが採用されているからに他ならない。
以下、余談。読み飛ばし推奨。
有線の電話網では競争相手のいない NTT だからこそ、前述の贅沢が可能となっている。ちなみに、NTT ドコモは、NTT 東西の電話網と同等の機能を持つ電話交換機に用いる電源について、NTT 東西の3分の1の値段をつけた。今でこそ NTT 東西も業者を競わせて値切るようになってきたけれども、NTT ドコモの衝撃は大きかった。
官民あげての「低価格化」ブームは、今後ますます高まってゆく。高速道路の非常電話が1基30万円(年割)というのが道路公団民営化のときに槍玉に挙げられた。携帯電話にすれば半額以下になるじゃないか、と。そういう話ではないのだが、誰もおかしいとはいわなかった。
非常電話は非常時に通じなくてはならないから、特別のシステムを組んでいる。1台毎に専用の無停電電源が備わっている。たしかに、非常電話の用途で最も多いのは JAF を呼ぶことだろう。でなければ交通事故の通報。そういった場面なら、たしかに携帯電話でいい。でも、本当の非常時に通じなくていいのか。「いいんだ」といえる人だけが、安くなったといって喜んでほしい。
電電公社はぼったくりをやってきたわけじゃない。グループ全体で考えれば、社員の給料だってふつうだった。国営だから、ぼろ儲けしたって事業拡大はない。だから電電公社は、ひたすら電話網の信頼性の向上に努めてきた。NTT になったとき、「民間企業になって機材の納入価格はすぐに30%下がった」などといって公社時代の高コスト体質が批判された。しかし技術革新抜きで大幅値下げすれば信頼性が犠牲になる。「儲かっているはずだ」という陰謀論的な国民感情が、無理を推し進めている。
かつての NTT ご用達の電源メーカは自衛隊ご用達の電源メーカでもあった。ドコモ向けの電源メーカとして電話業界に参入してきたのは、民生で安いものを作ってきたところで、技術の背景にある思想が全然違う。
一時期、日本製の電気機器は丈夫だった。母が嫁入り道具に持ってきた電子レンジは、20年以上も現役だった。捨てる前に分解してみたら、あまりにも簡単な作りなのでビックリした。そんな商品が、月給の2倍近い値段(1978年に約30万円)だったのだ。父が若い頃に買ったレコードプレーヤもまた、月給より高かったという。
モノの程度と値段をきちんと見比べてほしい。最近の薄型テレビ、値段はたしかに高いけれど、一昔前のビジネスのやり方が通用するなら、あれはまだ軽自動車並の値段でなければウソだ。各社の薄型テレビで発火事故があってリコールが行われたが、いずれも無茶な設計と、それを見過ごす忙しい検査体制が祟っている。
そういえば、日本車は今でも信頼性が高い。値段の叩きあいになっていないから、ともいえるけれど、それはつまり、消費者がまだ信頼性を本気で重視していることの証左でもある。中国から安い車を輸入して売ろうとする業者は、まだ珍しい。格安の輸入車を月給の2倍や3倍で買うような時代が来たら、車の安全性も疑った方がよい。
様々な問題にきちんと対処して信頼性を確保するには、どうしたって時間とお金がかかる。頑張れば値下げできる……それはそうだが、だからっていきなり半額とか、ましてや10分の1の値段になるものではない。しかし実際には、技術革新抜きでそういうことが行われている。
何でそんなことが可能になったか、というと、ベストエフォート型のサービスを日本人が許すことがわかったからだ。信頼性より値段を重視することがわかったからだ。電話は人の命に関わる生活インフラだから、これまで必死に「絶対」を目指してきたのに、と技術者はこぼす。
インターネットの基盤が脆弱なのは、利用者が金を出さないからだ。いざというときのために投資することを許さず、平時の転送速度増大に注ぎ込むことばっかり要求する。
こうした軽薄な風潮がどんな結果をもたらすか。それは目に見えている。