私が思い出したのは、BI@K:writings:書評(2003年)に収められた「経済論戦/いまここにある危機の虚像と実像」(野口旭著)の書評でした。bewaad さんは、こう書いていらっしゃる。
野口旭は、リフレ派の中でも活発な活動をしている学者の一人であり、その著作も多い。しかし、本書には、微妙な方向転換が感じられる。といっても内容が、ではない。デフレの害への警鐘に始まり、構造改革論や中国・アメリカなど外国に罪をなすりつける議論を排し、オーソドックスな経済学に立脚しつつ金融緩和を説き続けていることは、野口の以前の著作と同様である。異なるのは、野口の姿勢だ。
例えば、本書と似通った狙い・内容である「経済学を知らないエコノミストたち」においては、経済学の知見を広めることが現在の日本の窮状を救うとの信念が全体を覆っていた。しかし、本書における野口はそうではない。
本書は、筆者がこの四年ほどの間に行ってきた、ドンキホーテ的な闘争の記録である。筆者がそれをドンキホーテ的と形容するのは、その闘争に勝利といったものはないことを、筆者自身が最もよく知っているからである。
筆者が挑んできた相手を抽象的に言えば、それは、経済の「世間知」である。すなわち、経済問題についての、世間一般の人々によって幅広く受け入れられ、信じられている、一見もっともらしい把握の様式である。
しかし、その「世間知」のもっともらしさは、単なる見せかけにすぎない。多少の経済学的考察を行ったり、歴史的な事実と照らし合わせたりすれば、それらが論理的でも現実的でもないことは、すぐに明白になる。ところが、すでに「世間知」に染まっている人々-それは要するに世間の大多数の人々ということになる-に対して、そのことを十分に納得させるのは、至難の業である。というよりも、ほぼ不可能に近い。その意味で、筆者のこの「闘い」は、最初から敗北を運命付けられているわけである。
これが、本書のまえがきの冒頭部分だ。まだサイトを開いて半年のwebmasterがこれまで長期間言論活動を続けてきた野口に言うのも僭越なのだろうが、後世に対する身の証を考えるには早すぎるのではないか。まだ致命的なクラッシュが訪れたわけではない。それはリフレ派にとって救いのはずであり、このまま恐慌に至って「やっぱりリフレ政策を採った方がよかった」と認められることが救いであってはならない。
私は野口先生に共感します。
いろいろ読み、リフレ派の主張に概ね納得した一方で、なるほどこれは一般受けしないはずだ、とも思う。まず「世間知」との乖離が大きい。そして「実際の景気回復につながる経路が不明瞭」という批判は、単に学問的な批判として手強いだけでなく、多数派の心をつかむ政策としては決定的な欠点です。
しかもリフレ政策は、その利点の説明さえ耳に優しくない。例えば、なぜリフレ政策で失業率が下がるのか。竹森先生の「月刊現代」の連載を読んで、ようやくスッキリ納得したのですが、その答えを聞いて驚くなかれ、「賃金の上昇は物価高と雇用増に遅れるから」だという。「大幅な物価安+小幅な給与低下→失業増大」だから「大幅な物価高+小幅な給与上昇→雇用回復」が処方箋なのです。「俺の給料は安過ぎる」と思っている一般国民が支持できる内容でないことは明白です。→景気回復のジレンマ(原田泰さん)
よってリフレ派は政策当局者の説得に全力を挙げる他ない。しかし私の非常に狭い知見からいうと、政治家には庶民感覚の持ち主が多い。安達誠司さんではなく佐藤ゆかりさんが政界にスカウトされたのは象徴的だと思う。
「平成大停滞と昭和恐慌」によれば、高橋是清大蔵大臣が1931年の金輸出再禁止に続く措置として国債の日銀引受を決断し、大胆なリフレ政策を断行したのは、昭和恐慌がついに五・一五事件を招き、犬養毅内閣総理大臣が殺害されるに至ったためだという。そこまで追い詰められなければ、リフレ政策は実行できませんでした。
日銀が長期国債をインフレが発生するまでどこまでも買い進む、それでダメなら為替相場で円が十分に下がるまで大規模な円売介入を行う、これらはメリットが大きくデメリットは十分に小さい政策だと私は説得されましたが、その政治的困難さは少し想像するだけでも頭が痛くなるほどです。榊原英資さんが「円安はありえない」と考え、日本のデフレ脱却を否定されているのは、故なきことではない。「日本の景気が回復すればみんなハッピーなはずだ」というリフレ派の主張は、正しいと思う。けれども、実際に日本の円安を貿易相手の国々が喜ぶかというと……。
リフレ派の主張が通って、その主張通り見事に景気回復したところで、円安もインフレも何もかもが非難の大合唱に直面することは目に見えています。それでも数年間、じっと耐え続けなければ灰燼に帰す危険があるという(=出口政策に失敗すればデフレに逆戻りする)のだから、これは並大抵の話ではない。
軍事板の反応は、正直いって経済論戦以前のところで対話が不成立となっているわけですが、その先もまた道は険しく遠い。ともかくも、お疲れ様でした。
つ、続くのか。