こういうの好きな人が多いみたいですが、「10項目リストが6つも! ほとんどダブりなし!」という状況を眺めてもなおブックマークしたいと思うその気持ち、どうにも共感し難い。
私がこういうものに目を通しながら連想すること。学校の硬筆の授業で、「はい、ここの払いに気をつけて」「これでどうでしょう」「うん、ここの留めのところ」「これでどうでしょう」「今度は、ここの撥ねをね」「これでどうでしょう」「横線の運筆がね」「これでどうでしょう」「続いて、こっちの払い」「これでどうでしょう」「右上部分のバランス」「これでどうでしょう」……もう勘弁してください、というゲンナリ感。
んー、でも、お勉強って、こういうことの繰り返しでしかないのかもしれないな。ふとここで、登大遊さんの「論理的思考の放棄」という主張を思い出します。実際問題、登さんがこの主張に従って他人を教育することはまず無理だと思う。でも、「到達点」のイメージとしては、よくわかる感じがします。
筒井康隆さんの短編小説に「歩くとき」という作品がありますが、論理的思考を放棄せずに歩こうとすると、多分こうなってしまうのだろうと思います。どうなってしまうかは、まあ、読んでのお楽しみ。似た作品に「寝る方法」というのもありまして、あわせてお勧め。
追記:「寝る方法」「歩くとき」を収録した「エロチック街道」は品切れとのこと(古書店ではよく見かけます)。「歩くとき」は自薦短編集「ポルノ惑星のサルモネラ人間」にも収録されており、こちらは新刊書店で入手可能。