鳩山由紀夫内閣の2010年度予算は残念でした。「実物給付から現金給付へ」という方針を貫徹してほしかったのですが、「実物給付を削減せず現金給付を増強する」という安直な道へ進んでしまいました。
民主党が支持を集めたのは、かつて小泉純一郎さんが推進したような、予算の増加を抑制する方向の「改革」を継承する政党だと目されたからだ、と私は考えています。それがどういうわけか、連立を組んだ国民新党の色にどんどん染まっていく。予算を増やす方は要所で「総理の決断」が飛び出して実現へ踏み出すのに、減らす方はむしろ「政治判断」で予算が復活することが多かったのでした。
しかも鳩山内閣は金融政策の効果を小さく見積もる学者を日銀の審議委員に推挙しました。当然のごとく日銀は「我々は万策を尽くすが来年もデフレが続く」なんて予想を出しています。名目GDPが伸びなければ税収は増えない。どうして自分で自分の首を絞めてしまうのか、私には理解できません。「日銀にできることはまだたくさんある。デフレは脱却できる」と主張する声望高い学者は何人もいたのに……。
そして年度末になって、今度は「郵政改革」と称してゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の完全民営化を撤回し、預金や保険金の限度額を倍増するという政府案を通してしまう。私は唖然としましたが、亀井静香さんを郵政改革担当大臣に任命した時点で、予想されたことではありました。
小泉純一郎さんは、自身の方針に反対する人を閣僚に指名し、会議を設置して激論を展開させました。そして最後は閣議決定により、対立を乗り越えて、大筋で総理の方針を概ね貫いてきました。が、鳩山内閣では担当大臣の主張がそのまま政策になっていってしまうらしい。
個人的には、国債と普通預金の金利差だけでも案外、ゆうちょ銀行は存続しうると思う。国債の売買なんて面倒です。全国津々浦々に展開する郵便局ネットワークの利便性は、他の金融機関に真似ができないもの。低金利だけど安心・便利という特徴を売りにして、小額の生活資金の管理に特化していってほしい。
田舎の郵便局は「コンビニエンスストアなんだけど、郵便局もやっています」あるいは「ポストと無人機のみ」といった簡素な形態へ変化するでしょうが、ユニバーサルサービスを最低ラインで維持できる可能はありそう。もし無理ならば、「隠れた国民負担」を表に出して、国民の納得のもとに最低ラインを維持すべき。
鳩山内閣の郵政改革案では、グループ内取引の消費税を免除するという。こういうやり方をすると、国民は何となく他人事のように感じて黙認しがち。これはまず国民自身の問題ですが、維持コストを見えにくくすることで公共サービスを守ろうとする政治の姑息さは、きっと将来に禍根を残すと思う。
もし完全に民営化して「暗黙の政府保証への期待」が潰えるなら、預金や保険金の上限設定はむしろナンセンス。鳩山内閣の改革案の一番の問題は、(持ち株会社経由で)政府が大株主であり続けることで政府保証の幻想が存続してしまうこと。限度額の引き上げは、オマケの問題だと思う。
それにしても、「郵貯資金で国債引受はやらずに、基金を作って公共事業をやる」という政策は理解し難い。一段かませてわかりにくくしているだけで、結局は同じことではないのか。
どうして普通預金の金利って、ゆうちょ銀行の方が3大メガバンクより高いのだろう。少し調べてみても、よくわかりませんでした。「国債での資金運用が合理的」という状態が続いているから? だとすると、もし神風が吹いて力強い景気回復がはじまると、金利が逆転するのかな……。
ちなみに、限度額引き上げで「郵貯資金が増える」という予想が報道では支配的なのですが、実際のところはどうなるかわかりません。現在のゆうちょ銀行には税金で金利を補給するルートがないので、かつての定額貯金のような強力な商品はない。限度額引き上げは小金持ちにとって多少の使い勝手の改善にはなりますが、まとまった資金の運用は、ゆうちょ銀行の苦手分野です。
郵便局ネットワークの利便性は、生活資金の管理や出先での小額利用において発揮されるものであって、限度額引き上げとは結びつかない。それでもゆうちょ銀行にお金が集まるとすれば、景気の先行き不安+(法令の裏づけのない=暗黙の)政府保証への期待ゆえでしょう。
逆にいえば、「不況の底打ち」が本当なら、限度額の引き上げに大した効果はなく、郵貯の資産は今後も淡々と減り続けるのかもしれません。
「民主党の化けの皮がはがれてきた。今まで黙っていた民主党の小泉改革路線派が声を上げはじめた…」
亀井氏は最近こういって、仙石氏や菅直人副総理・財務相(63)らを「小泉改革派」だと非難した。
2005年、郵政民営化に反対して自民党を離れた亀井さんは、2009年の衆院選で民主党、社民党、国民新党の連立政権が誕生して以来、一貫して「小泉改革が間違っていたからこそ政権交代が起きた」という認識を示されています。そう思いたい気持ちは、よくわかるけれども。
私は自民党が負けたのは、小泉さんの跡を継いだ安倍晋三さん、福田康夫さん、麻生太郎さんの歴代3総理が「改革を十分に継続しなかった」ことが原因だと思う。これは鳩山内閣の支持率がダム事業中止と事業仕分けで高値安定し、膨張予算で下がり、子ども手当てと郵政改革で坂道を転げ落ちていった経過とも整合的です。
単純に「国民が支持すればよい政策だ」とはいわないけれども、自民党に続いて民主党もまた自滅していく様を見ると、「選挙なんて虚しいな」と感じます。不況下で緊縮財政はマズい、という認識が私にはあって、麻生内閣の財政政策には総論賛成でした。だから世論の反応には苦々しい思いがありました。が、こうも選挙結果がないがしろにされていいものか、と。
亀井さんらが世論に対して超然主義で臨んでいるならともかく、自らの政策には国民の支持があって、現在の逆風はひとえに一部の不心得な議員の政治資金問題のためである、という認識なのです。世論調査が個別具体的な政策について過半数の不支持を示しているにもかかわらず、です。
無残な失敗の連続を見せ付けられた今となっては、冷静に読み返すのが難しい1冊。政治理念の分析は興味深いけれど、「様々な意見の持ち主が集まった連立与党の意見をどう集約していくか」という実務面に関して、鳩山さんにどんな戦略があったのか……。
それでも、谷垣禎一さん率いる自民党は勝手に自滅しているので、夏の参院選でも民主党が勝つのかもしれない。