趣味Web 小説 2010-04-16

「どうせ誰かの話の受け売りでしょ」

「パクリ」は、パクラレ元にとってだけじゃなくて、パクッた側にもアンハッピー。

パクリ行為を常習的にやっていると、オリジナルで優れた文章を書いても「これも何処かのパクリだろう」と疑われてしまうから。

そして「それがパクりではないという証明」は悪魔の証明で立証が出来ないので、疑いを晴らすのが困難極まりないから。

どんなに素晴らしい事を書いても、パクリ常習犯の書いたものには胡散臭さが染み付いてしまう。

私のようにパブリック・ドメインで書いている場合、記事が筆者個人にメリットをもたらすことを期待していないわけです。素晴らしい記事を書いたすごい人だね、という賞賛は期待していない。

だから、逆に私の場合、「どうせ誰かの話の受け売りでしょ」と思ってもらって全く結構なんですよ。それで何の損もない。「こういう考え方があるんですよ」と、より大勢に伝えたいということが最大の動機なんです。それによって僅かでも世界が自分の望む方向に変化することへの期待が、記事を投稿する目的だといっていい。

もちろん私だって、名誉欲を完全に捨て去ることはできない。それでも、名誉欲が満たされないことは「重大ではない」のです。

だいたい私の書いていることなんか、たとえ個人的な体験の裏付けがあったとしても、ある程度まで一般化してしまえば平凡なものですよ。どこかで誰かから聞いた話や考え方を、書き直しているに過ぎない。私の記事にオリジナルな部分なんか、とくにない。そう思っていただいて結構。

ただ、「パクリ常習犯の記事は胡散臭い」という考え方には抵抗していきます。「パクリだから読むに値しない」といった考え方が広まってしまうと、私の記事をパクる人がいなくなってしまう。それは、自分の意見を世に広めたい私としては、ひとつ道具を奪われることに等しい。

補記:

賞賛という「名誉の増大」については進んで放棄する私だけれども、「名誉を傷付けられること」は許容しない。例えば、「受け売り」と思われるのは構わないが、身に覚えのないことで「他人の著作権を侵害している」と誹謗されたなら、それを唯々諾々と受け入れるつもりはない。

私はあくまで合法的にやっていこうとしているのです。先日、私は青木理音さんのtwitterでのつぶやきに対し不快感を表明しました。私は「他人の権利を軽々しく侵害するな」という立場だからこそ、自ら著作権を放棄することを説いているのに、権利者の同意なしに世にある著作物を自由利用することを是とするアナーキズムと同一視されたからです。幸いすぐに誤解は解けた(と思う)。

著作権の侵害というのは、殺人などと違って、権利者がOKといえばOKなのであって、合法的な著作者名詐称はありうる。合法か違法かという問題ではなく、そもそも悪いことなんだ、という立場の人と意見が対立するのは仕方ない。しかし違法でないものを違法だといわれたら、それは話のステージが違う。

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