趣味Web 小説 2011-11-14

私の3大トラウマ作品と『スーパーマリオ3Dランド』の「無敵このは」

2011年は、私とコンソールゲームとの付き合いの中で、ふたつ画期的な出来事があった。

ゼルダの話は明日書く。

1.

スーパーマリオは、Wii版の『スーパーマリオコレクション』の中の『スーパーマリオブラザース』(SFCリメイク版のWii移植)を、ほぼ幸運のおかげで8-4まで突破した。もう二度とクリアできる気がしない。小学生の頃、3年間を費やしてとうとうクリアできなかったゲームなので、ひとつ肩の荷が下りた感じ。

でも、やっぱり私には難しすぎたな……。四半世紀かけてようやくクリアしたわけで、達成感は大きい。でも……これは私の性格なんだけど、苦労した分だけ達成したときの喜びが増えるとは限らない。苦労し過ぎると、苦痛が達成感を上回ってしまう。

嬉しさとつらさの差分

私の場合、「嬉しい」と「つらい」の差分が最大になるポイントが、かなり低い。だから、基本的に苦痛の多いゲームはダメ。あまり楽しくない。ただ、私はある種の作業に耐性があって、例えばドラクエのレベル上げとかは、あまり苦痛が溜まらない。逆にアクションゲームの失敗には、平均的な人より大きな苦痛を感じる方なのではないかと思っている。

2.

Bダッシュを使わないのは縛りプレイだというのだけれど、私の場合、Bダッシュから滑らかにジャンプすることができない。例えば「踏み切りの手前でダッシュをやめてしまう」ことがしょっちゅうある。そうならない方法を何度も教えてもらったけど、結局、不確実なままだ。

その他、Bダッシュをすると「ジャンプが遅くてそのまま落ちる」「踏み切り位置のはるか手前で跳び上がってしまう」確率が跳ね上がる。通常の移動速度ですら「ジャンプが遅くてそのまま落ちる」ことがあるくらいなので、Bダッシュならなおさらだ。これはゲームの中だけではなく、体育の授業での走り幅跳びでも全く同じ。踏み切り位置を越えたり、30センチも手前で踏み切ってしまったり。だから先生が「歩き幅跳び」から始めてくれたけど、「歩き幅跳び」ですら踏み切りミスはゼロにならなかった。マリオでも同じで。Bダッシュなしでも、ジャンプが遅れて落下とか、私にとっては珍しいことではない。

私は「タイミングよく何かをする」のが非常に苦手。頭で考えているタイミングでは身体が動いてくれない。早かったり、遅かったり、ブレがある。

『スーパーマリオブラザーズ』を1回だけクリアできたときは、「ブレ」がことごとく障害を突破できる範囲内におさまるという、たいへんな幸運に恵まれた。そういう運に頼ってのクリアだから、もう二度とできないと思う。運次第なのだから不可能ではないだろうが、もう根気が続かない。

ゲームオーバーになっても理由が分からないから理不尽さしか感じられず、  クリアになっても理由が分からないから達成感を得られない――――これが、自分が「3Dアクションゲームの何が楽しいか分からない」理由だったんです。

私の場合は、「何をすればいいかは理解したけど、自分には実行不可能、という理不尽さ」が壁になっている。やまなしさんは、Bダッシュを「使えない」人のことがわかってない。Bダッシュの使い方を説明されて、理解したら、Bダッシュができるようになるはずだと思っている。違うんだよ。そうじゃないの。

『New スーパーマリオブラザーズ Wii』のお手本プレイとかね。やり方がわかればできるよね、という発想の救済措置。でも、やり方がわかっても、やっぱりできないんだよね……。

3.

初代のスーパーマリオをクリアしたら、次は最新作に挑戦してみたい。

スーパーマリオ3Dランド

というわけで『スーパーマリオ3Dランド』に挑戦してみた。「無敵このは」には感動したな……。初代のスターと違い、時間無制限で無敵状態が続く。「そんなのつまらないだろ」といわれそうだけど、私にとっては、そうではない。

自転車が難しいのは、ハンドル操作とペダル操作の2つのことを同時にやらねばならないから。より重要なのはハンドルなので、まずはペダルを外して、地面を足で蹴って前へ進み、右や左へカーブして……という練習を積むのが、自転車指導の定石である。

スーパーマリオも、敵と動く炎が障害にならないならば、穴や谷に落ちないようピョンピョン跳んでいくシンプルなジャンプゲームになる。私にとっては、「それだけのゲーム」が、いちばん達成感と苦痛の差分が大きいらしい。敵が消えて、無人のステージを進むのでは寂しいわけで、にぎやかな画面を無敵状態で進んでいくのがいいんだ。

「無敵このは」は5回ミスしないと出てこないので、たまに「無敵このは」なしでゴールポストへ到達できることがある。これはもうとびっきり嬉しい。でも、頑張って練習する気はない。たぶん頑張ったなりに達成感は増すだろうが、過去の苦い経験に照らせば、達成感を苦痛が上回るのは確実である。それはつまり、私にとって「割に合わない」ということだ。

ともあれ、まだピーチ姫救出には至っていないけど、どこかに大きな難易度の段差がない限りは、まだまだ先へ進めそう。いったんクリアした後は、コイン探しでもしようか。コインが集まるまでの間に自然と技能が向上していた……ということがもしあれば(私の場合、経験的には、そういうことはまずない)、そのときはじめて「無敵このは」なしでの各ステージクリアを目指すことにしたい。

補記:

「無敵このは」が初心者へのやさしさになるなら(私は大歓迎)、PARなどを排除する意味って何だろう。やたら難易度を下げてプレイする人が増えると、それゆえにゲームがつまらなくなって、勝手にゲーム離れをしてしまう……ということを恐れているのかもしれないけど、プレイヤー側で思い切った難易度調整ができないがゆえにゲームから離れていった人は圧倒的に多くて、比較にならないと思う。

私自身、『スーパーマリオブラザーズ』がトラウマになって、ずーっとアクションゲームと距離を置いてきたわけですし。あと『アイスクライマー』と『コンボイの謎』が私の3大トラウマ作品。これらの作品に「無敵このは」くらい大胆な救済策があったら、アクションもシューティングも、「私と関係ないもの」にはならなかったはずだよ。

人によっては、RPGだってそうでしょ。よくある改造コードに「**ボタンを押している間はエンカウントなし」「経験値**倍」「どこでもセーブ」なんてのがあって。そういうところで躓いてRPG離れをしている人がたくさんいることの証左ではなかろうか。たしかに、「そこまでやったらまるでゲームにならない」という事柄も多々あるのだけれど、前述のような要求が出てくるのは、私も実感としてよくわかるんだ。

個人的には、1周目から、そういうのは使いたくない。製作者の意図通りの形で1回は遊んでみたい。でも、壁にぶつかって投げ出すくらいなら、攻略サイトでもPARでも何でも使う方がマシだと思う。一番いいのは、壁を乗り越えることなんだけど、良くも悪くも所詮は娯楽なのであって……。

余談:

『FF10-2』など周回プレイ前提のRPGには、私好みの作品が多い。ふつうにプレイしていてもエンカウント回避のアイテムが手に入り、2周目以降は「他のこと」に注力できたりして。全員がバトル狂になるほど戦闘が面白い作品なんて、たぶんない。いつも誰かは戦闘を回避したいと思っているはず。

本筋だけ追いかけたら1周が適度に短くて、だから2周目をやる気にもなって、そこでは自分のやりたいことばっかりできる(全部やりたければそれも可能)というのは、とてもいいと思う。

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