知人が立ち上げたコミュニティサービスです。
シンクロンは価値観を可視化して議論ができるコミュニケーションサイトです。
(中略)
シンクロンでは、多様な意見を3つの価値観に分類しています。その3つの価値観は、実は誰もが持っているものです。誰もが持っている3つの価値観に、お互いの意見が分類されることで共感できるポイントが見つけやすくなります。
ま、とりあえず見てみてくださいな。
もともとは、サンデル先生の白熱教室から始まったプロジェクトです。(関連:ハーバード白熱教室ノート)
サンデル先生は、ザックリと正義を基礎付ける価値観を3つに分類しました。「社会全体の幸福」「個人の自由や権利」「美徳(文化や道徳)」が、それです。この大雑把な分類には「単純すぎる」という批判が付きまといました。しかし実際のところ、サンデル教授の授業に一時的ではあれ魅せられた人々の大半は、教授が授業の導入に用いた思考実験や、学生たちが議論する姿を「面白い」と感じただけであって、3つの正義については既に忘却の彼方でしょう。いや、放送直後でさえ、人々は3つの正義になど関心を持ってはいなかった。
2010年に私が驚いたのは、六本木の講演会場や東大の講堂にまで足を運んだ方々でさえ、単に自説を思うままに述べるばかりだったことでした。ああ、この人たちは、単にいいたいことをいいたいだけだったんだ、とガッカリしました。サンデル教授の講義のダイジェスト番組を見て、何か成長したという感じが全くない。熱心な視聴者がこんな調子なのだとしたら、教育なんて虚しいものだ……。
一生懸命にノートを取り、課題にも取り組んで、その内容をウェブサイトにまとめてきた私は、とてもバカバカしい気持ちになって、半ば興味を失ってしまったのでした。
しかし、私の知人たちは、そうではなかった。3つの正義という思考整理のツールをうまく使ったら、錯綜する議論を整理する役に立つと信じたんですね。初期の構想は2010年には既に出ていて、具体化したのが2011年のこと。明確に動き出したのが2012年。そして2013年、ついに『シンクロン』として世に出ました。
4年越しの、夢の実現なのです。
私はほんの少し関わっただけですが、開発スタッフは手弁当で1万時間以上を投入しました。お客様感覚でいったら、もっとああしろ、こうしろ、みたいなのはあるのかもしれませんが、このサービスを生み出すのに要した情熱は尋常ではありませんでした。その一端に触れた私は、ただただ圧倒されるばかりです。
もともとの問題意識としては、ネット上のあちこちでみられる「不毛な議論」を交通整理したいということだったのですが、よその議論に介入する仕組みなど作りようもない。
結局、自前のコミュニティサイトを立ち上げることになりました。その中での議論を価値観で整理し、不毛な対立に陥ることなく、対話と相互理解を促進する仕組みを模索したい、というのです。
私自身は、最初に構想を聞いたときから、「あまりうまくいく気がしない」とネガティブなことをいっていました。どんなコミュニティサイトを作ったところで、みんないいたいことをいうだけだろう、と。それに対して推進者は、「だから、後から誰かがコメントを評価し、整理するんだ」といった。「誰かって、誰?」という疑問は残るものの、とりあえずは納得しました。
とはいえ、そもそも人が集まるのでしょうか? 『シンクロン』はCGM(Consumer Generated Media)の形態を取りました。CGMはたいてい、「消費99:生産1」のような構造になっています。大勢が見るコンテンツがあって、そこに人が集まると、少しずつコンテンツの製作者も増えていく。
「ネットで話題の記事」には、たくさんのはてブがつく。はてブユーザーがたくさんいるからこそ、はてブには多様なコメントが並ぶ。シンクロンも同じで、ひとつのテーマについて、数十人が意見を書き込むようにならないと、まず「よそでの不毛な議論」をトレースできない。たくさんの意見があって錯綜するから整理が必要になるのであって、特定の価値観に基づく限られた数の書き込みしかないなら、整理などするまでもない。
「人がいないから『シンクロン』が機能しない→機能しないから面白くない→面白くないから人が減る」という悪循環は、どうしても避けなければいけないと思いました。
そこで私が主張したのが「最初は静的なブログでいいんじゃないか?」でした。ブログの書き手が、リアルタイムにネットで大勢が議論している件について、なるべく多くの主張を網羅し、それを3つの正義で整理してみせたらどうか。分類した結果、「これで対立の構造がよくわかった」「大バカじゃなくて、違う価値観からきてる意見、だったのか」という反響が得られたなら、そこで初めてCGMのシステム開発を始めたらいい。
3つの正義で錯綜した議論を腑分けしてみせても、何の反響も得られない可能性があるわけです。対話や理解より、自分の常識や考えを押し通し、異論を粉砕したいという人ばかりなら、大掛かりなシステムを作成したって需要がないに違いありません。膨大なエネルギーの投入が必要なシステム開発に突き進む前に、そういう根本のところを確認すべきではないか?
でも、私の知人らが興味を持っていたのは、人々にツールと場を提供することであり、コンテンツを作成することではなかったのでした。
その後、紆余曲折を経てコンテンツの作成も始めるのですが、「話題の時事ネタをスマートに腑分けして、頭を整理できる情報サイトとして、まずは人気を確立する」という私の提案とは全く違ったものになりました。
ものすごく手間のかかったコンテンツで、私自身は「面白い」と思う。でも、「いま話題になっていること」に喰らいついていくのが、成功の方程式。キャラdeギロンは手間がかかり過ぎて、昨日・今日の話題にリアルタイムに乗っかっていくのは無理だ。とすると、この先に「1日1万PV」が見えてこない。
時代を超えるコンテンツといえば聞こえはいいけれど、実際はそれも、あるとき瞬間風速的に消費されて終わり。小説だってそう。ごくごく一部の例外的な作品を除けば、時を越えて普遍的な魅力があるはずの作品も、パッと売れておしまい。発売から5年後、10年後に発掘され、ヒットしても、20年後には売れていない。
それでも。そう、それでも。ま、私が見損なっていただけで、知人らのコンテンツが大ヒットする未来があるのやもしれず。
ところで、『シンクロン』でウェブ検索すると真空薄膜形成装置メーカー、遊戯王カード、サプライチェーン管理システムのソフト開発企業、よくわからないベンチャー企業などが出てきます。
『シンクロン』でいこう、と決まったとき私もその場にいたのですが、正直こんなにライバルが多いとは思っていませんでした。なぜ、あのときしっかり調べなかったのか……。ネット環境はあったし、サイトのドメインを取れるかどうかまで調べていたのに。
もう何年も『シンクロン』でプロジェクトを進めてきて、愛着もあるから、いまさら変えたくはない。それだけに、最初の一歩が……。何時間も決まらず、疲れていて、「それだ!」となったのが嬉しくて、確認が雑になってしまった。あー。「カタカナでも検索してみよう」の一言を、なぜ思いつかなかったか。
私の人生にはありがちなひとコマ、という感じです。
現在の『シンクロン』が、思い描いた稀有壮大な夢を実現しうるものかというと、いろいろ疑問なしとしない。それでも、「リッチな議論掲示板」として見れば、始まったばかりのサービスとは思えないほど膨大な機能が盛り込まれているのが『シンクロン』です。
最後に、そのあたりを紹介させてください。
『シンクロン』の仕様を決める際、最も熱心に議論されたのが「従来の掲示板が「議論には使いにくい」のはなぜか?」でした。文化とかそういった話も多かったのですが、それをいってもたぶんどうにもならないわけで、まずは機能面で思いつくものはできる限り取り込んでみよう、と。
どれも、じつをいうと私は「またそんな夢みたいなことを……。いうのはタダだけど、実装コストが重すぎて、実現しないだろう」と思っていました。それが全部、現実にいま動いているわけです。
今後の大きな機能拡張として、「クローズドに議論する仕組み」が予定されています。大学の講義や、議論サークルなどでの活用を想定したものです。講義の感想レポートを『シンクロン』に立てたクローズドなスレッドに投稿してもらえば、レポートの内容や傾向を整理してそれを次回の講義に活かすタイプの授業では大いに役立つと思う。
またコメントをする際には定型の「カード」を選択することができるのですが、これも遠い将来にはユーザーが設定できるようになるかもしれない。ここまで完成したら、講義やセミナーの感想レポート収集ツールとしては万全だと思います。講師が事前にスレッドを立て、カードを作成。生徒に「**のカードを使用し、YESとNOの両方のコメントを投稿しなさい。また質問や補足があれば、追加でコメントしても構いません」などと指示を出すわけです。
知人らの「社会を変えたい」という強い願いから生まれた『シンクロン』だけど、前途は多難だと思う。やはり人が集まるのは機能ではなくコンテンツ。2chが人気を保っているのも、掲示板として高機能だからというより、人が多いこと自体がコンテンツの魅力になっているからでしょう。
となると、どちらかというと、広く世間で使われることを目指すより、その高機能さと完成度が武器になる場から、コツコツ浸透させていく方がいいのではないかと愚考するわけです。
というわけで、少なくとも機能面でここまでリッチなのは他にないだろう、と思う『シンクロン』。
もしよかったら、一度ご覧になってください。そして内容に興味を持ってくださったなら、ぜひ対話にも参加していただければと思います。
よろしくお願いします。