大山会系佐田組
殺人罪 |
命の価値
のっけから詰まってしまった。
僕の知人友人には人を殺した奴はいないし、殺されたのもいない。窃盗傷害放火恐喝くらいならいるが、殺人となるとちょっとねえ。しょうがないので、僕の知る限り初めて、僕と同い年の男が人を殺した話をしよう。
その事件は僕が小学校5年の時に読売新聞の社会面の隅の方に小さく載っていた。事件の質からすれば恐ろしく簡単すぎる扱いだったが、当時は少年犯罪がブームじゃなかったし、少年に対する保護が手厚かった頃だからね。それでなければ大事件が起きていたのだろう。
その小学校5年生は何をしたか、強盗殺人である。
北海道に住む彼は好奇心がとても強く、気が弱かったのだろう。エロ本に興味があったのだろうが、買う勇気はなかった。補導員が四つ角に立っていた当時、たとえ勇気を振り絞ってレジに持っていっても売ってくれなかったかもしれない。そうすれば地方のことだから万引きの如くに店主が親や学校に報告するだろう。彼の名声は地に落ち、あとはつらい生活が待っている。
少年はそのエロ本を盗もうとした。ところがそれをレジのオバサンに見破られてしまった。彼は逃げようとしたが路上で捕まってしまった。自分の名誉を守るため、彼は石を手に取るとオバサンの頭に叩きつけた。
これが事件の概要である。
当時、僕は友人の家によく集まって、馬鹿話しながらゲームやったり漫画を読んだり、自堕落な生活をしていた。その頃、エロ本もよく手に入れては輪読していた。
僕は獄中の少年に対してせめてもの慰めに、その夜一冊のエロ本を街のゴミ収集所に投げ捨てた。 ▲
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傷害罪 |
暴力教室
小学校三年生の時まで、保守的な街の保守的な学校に通っていた。
今ではとても信じられないことだが、ここでは体罰がおおっぴらに行われていたのだ。僕はこの二年間を除いて体罰というのを受けたことがない。
僕の当時住んでいた街は本当に中産階級とはちょっと云えなさそうな貧しいブルーカラーが殆どだった。なんせ「チベット」とか「アマゾン」とか揶揄されるほどの、周囲とは隔絶された田舎だったのだ。なんせ90年代に入るまで汚水設備がなく水洗トイレが導入できなかったくらいなのだ。
そういう教育もろくに受けていない人間の集う街のこと、生徒は教師に殴られて当たり前、いや寧ろ殴ってくれるのは教師の溢れる愛が滲み出ての行為、感謝せねばならないのだ。うちの母親は「子供のためにドンドン殴って下さい」と家庭訪問で懇願する始末。
そのせいか僕は低学年の二年間、ずっと殴られっぱなし。殴られると肌の色が変わるから(女のくせに拳で殴るのだ)、そんなときは連絡帳という奴に事細かに僕の罪状と殴ったことを律儀に書くのだ。連絡帳は保護者が見てハンコを押すのが義務だったのだが、親に見せるとまた殴るのである。
さて、最も記憶に残っている体罰は誤って教室の花瓶を割ったときだ。これは全くの事故なのだが、その前の時間に別件で殴られていたため、わざとだと疑われて鼻っ柱に強烈なのを一発食らった。
鼻からはとめどなく血が流れ教師は真っ青になった。そしてしきりに猫撫で声で謝罪を始め、保健室には送らず世話をしてくれた。僕は痛かったが先生が優しくしてくれる上に、日記帳には何も書かなかったので嬉しかった。
その夜、先生が我が家を尋ねてきた。
贈答用のタオルを片手に土下座せんばかりの母親を前に殴りすぎたことを丁寧に詫びた。現代の父母なら逆に教師に起訴状をたたきつけ刑事告訴も辞さないところだが、いかんせん教育のない両親はそのことが解らない。
父親は他人に対して追従やおべっかの出来ない損な男なのだが、教師という存在にはやたら弱い。気にすることはない、と口で言えばいいものを僕を呼びつけて一発張り飛ばし「この野郎、先生に謝れ」とあべこべに怒鳴りつけた。
僕はこの理不尽さに、怒り狂い翌日、なんと先生をホウキの絵でぶっ叩いて泣かせてしまったのである。
こんなものは武勇伝ですらない。
ただこの事件は余程インパクトがあったとみえ小学校6年生の時、偶然当時のクラスメートと再会した折り、「そういえば山ち、先生を泣かせたよね」と一番に云われた。今ではとても想像できないバイオレンスな時代であった。 ▲
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暴行罪 |
暴行と傷害の差
暴行と傷害の差が長らく解らなかった。だから勝手に流血に至るものは傷害、それ以前のものが暴行だと、そう思っていた。ところがそれが誤りであるのは法学部に入って2年目の時に解った(僕の大学の刑法総論という1年必修の講義は刑法ではない)。
傷害と暴行の差は有形力の行使が傷害罪の要件に当たるか否かであり傷害罪の要件とは通説・判例ともに「生理的機能の障害」かそれに加えて「身体の外貌の著しい変化」である。ま、簡単に云って有形力によって健康を不良にするものは傷害と考えればよい(と思う)。
暴行罪とはそれ以前の状態、傷害罪は暴行罪に内包されているわけだ。
無形的・心理的を除く一切の攻撃によって与えられた異常な作用を指し、他にも直接体に触れなくとも日本刀を振り回したり、拳の寸止めや石を投げたりする行為も暴行になる。
いやあ、週に1回90分、1年間続ければこれだけの偉そうなことが抜かせるようになるという模範のような話だ。その割に成績は悪かったけど。
恥をさらすようではあるが、このHP、はじめは今現在「傷害」の項にある文章を「暴行」の欄に入れていた。何故かというと教師の体罰によって流血に至ったのはただの一回で、あとは顔を腫らす程度だったからだ。僕はこれを長らく「暴行」だと思っており、新聞でも時々出てくる「傷害」だとは夢にも思っていなかったのだろう。
もちろん、正解を云うとこの行為は傷害罪である。「怪我をさせるためではなく、教育のためだ」とはいっても自分の意志でぶっ飛ばしたことには代わりがないんだから、警察に行って被害届を出せば受理してくれるだろう。
その上で学校教育法第11条に基づいて教育委員会に訴えるなり、国家賠償法第1条違反で損害賠償するなりすりゃあよかった。ま、後者は無理でも前者はなんとかなったかなあと思う。
今回はオチなしだが、一つ利口になったと思ってご寛恕あれ。 ▲
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強盗罪 |
白のたまごっちに込められた想い
僕も刑法学を学ぶまで知らなかったのだが、強盗罪と恐喝罪というのは紙一重なのだそうな。両者とも暴行・脅迫をダシに他人の財物を奪い取ることなのだが、それが相手の反抗を抑圧するか否かがボーダーラインなのだ。
その詳細はここで書くには難しすぎるし、その能力もないので、どうか本屋か図書館で専門書を手に入れて下さい。
つまりカツアゲのつもりでも、うっかり刃物を出しちゃったりすると強盗に問われることもあるんで注意ですね。またひったくりは窃盗ですが、バイクで自転車の前カゴからひったくったりすると強盗罪になり得るんですね。
ちなみに強盗罪は5年以上の有期懲役、つまり普通に考えれば5年から15年ですね。恐喝や窃盗が10年以下に比べると、重い。強盗は銀行やコンビニとかを襲わなければならないと思っている君、甘いぞ。これを知らずに恐喝のつもりで強盗やっちゃった奴が何人といることか。更に云うと恐喝と傷害なら併合罪ですが、強盗と傷害なら強盗致傷で無期懲役が顔を出してきます。下限は7年。傷害のつもりで相手が死んでも、恐喝なら傷害致死との併合でどんな悪くても無期にはなりません。これに対し強盗の場合はついに死刑が顔を出してきます。
さて長々と前置きを書き連ねてきましたが、ここで僕が思いを馳せるのは、あの「たまごっち」大ブームの時にレアと称される白のたまごっちをカノジョに贈らんが為に持っていた通行人をナイフで刺しちゃった奴のこと。
立派な強盗致傷ですね。
まあ実刑、それも5年は免れないでしょう。どっかで万引きすれば良かったのにね(店には気の毒だが、刺される方もたまったものではない)。後の事情はみなさん御承知。たまごっちブームは退潮の如くすうっとひいて、バンダイは億単位の負債と在庫の山を抱えました。
僕はブーム後、電気街の片隅で1つ200円で売っているのを買いました。あの犯人、今頃獄中で何を考えているのでしょうか? ▲
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強姦罪 |
助かったのは男か女か
小学校六年生の夏の日、1時間目がはじまっても先生は来なかった。
代わってきたのは隣のクラスの先生で、彼女は「先生は遅くなるから静かに自習していなさいね」と云った。クラスは早速馬鹿騒ぎの喧噪に包まれ、僕は塾の問題集を開いた。この頃、僕は分不相応のハイレベルクラスに入れられ、四苦八苦の生活を送っていたのだ。
さて、担任は二時間目に二人の女子を連れて戻ってきた。二人ともちょっと家がアレな感じの乱れた人で、休み時間は常に「かっこいい先輩」(ま、当然ワルな中学生である)の話をしていた。公立学校には必ずいるのである。
さて、担任は特にクラスの児童には何も云わなかった。いつもなら見せしめにこっぴどく叱るのに、これは妙だと思った。
何事もなかったように先生は「朝の会」(中高で云うところのHRである)の開催を宣言し、今日の予定や注意事項を話し出した。クラスメートはみんないぶかしんだが、まさか先生に何があったと訊くわけにはいかない。
その謎が解けたのは「一分間スピーチ」のときであった。
これは「朝の会」の終盤、日直が一分間好きなことを話すのである。そして奇しくも当日の日直は先生に捕まっていた彼女だった。
いきなりイントロから彼女は核心を切り出した。
「わたしは学校をサボってテレクラに電話しました」
クラスは静まり返った。慌てて担任が彼女に黙るように云った。彼女はその命に従ってそれ以上云わなかった。担任は朝の会の終了を告げるとそのまま一時間目の授業を始めた。
僕は彼女と特に仲が良かったわけではないので、それ以上のことは知らない。ただ、学校をサボったのはばれても、テレクラに電話をかけたことが何故ばれたのだろう。おそらく男と待ち合わせて、通報されちゃったんだろうな。
でも、もし男がロリコンだったら? 13歳未満の女子との性交は、同意があろうと強姦罪が成立する。 ▲
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恐喝罪 |
犯罪捜査を覗き見て
僕は忘れもしない1998年2月26日に恐喝の被害にあった。
敵は舐めたもので、近隣の生徒を震え上がらせる不良高校の制服を着てた。なんとか逃げきると、交番に事件を伝えた。警官達は一通りの話を聞いてすぐパトカーの出動を要請した。なんでも鍵は「見知った顔か否か」というところらしい。当然僕はそんな奴知らない。
斯くして僕は犯人狩りの為にパトカーに同乗することになった。
ところがやることといえば、大通りを一通り回るだけ。ただ警察も馬鹿ではないので近隣のパトロール要員に命令を飛ばして、警戒をさせた。
無線が「コンビニ**にマル被らしき少年集団発見、被害少年との面通しをお願いします」という声が入ってくる。ところがいってみると、そこで震えているのは我が校の生徒だったりする。
呆れたことに警察は近隣学校の制服を知らないのだ。その後も母校の生徒を捕まえて「あの目つきの悪い奴かい?」といったりする。
まあみつからないね。
1時間探索して、警察が云うには「またきっと現れるから、そしたらすぐに知らせて欲しい」だと、御丁寧にもその巡査部長は「警察はちゃんとやったと両親にいっておいてね」とPRに余念がない。
まだ警察の不祥事が騒がれない事件のことであった。
この経験で僕が知ったのは
* 知人を襲うのは馬鹿
* 警察は制服や学校のことに関して全く無知
*コンビニなどに潜伏するのは愚の骨頂
* 車やバイクでは見回るが、徒歩では絶対に動かない
こういうところ。
ちなみにこの話には後日談があって、翌日、僕は先生に呼び出された。恐喝団は翌日に僕の時より5人も多い8人がかりで重武装の上、後輩を襲撃したというのだ。学校が警察に強く要請したらしいが、犯人は結局捕まっていない。 ▲
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遺棄罪 |
幻想かも知れない
遺棄、とは刑法の217条にあり老年・幼年・身体障害・疾病のために扶助を必要とするものを遺棄した場合に罪となる。一年以下の懲役。ちなみに最近続出のパチンコ中に子供を車内において熱中死させる親は保護責任者遺棄致死罪という218条に引っかかり、五年以下となる。
さてさて、僕があの事件を起こして十年以上たった。たとえあれが無期懲役に該当する罪だとしてももう公訴時効は越えている。あの話をしよう。
僕の近所にKという男の子がいた。何故か彼は僕になついてくれてよく一緒に遊んでいた。4つ下の子である。家ははっきり云って貧しかったが彼自身は孝行息子の鏡のような元気な奴だった。
彼とはよくキャッチボールをしたり、ゲームをやったりしていたが、ある日「相撲を取りたい」といってきた。その当時の僕らのルールでは畳一枚が土俵でそこから出たら負けという押し合いみたいなものだった。当然だが舞台は常に室内だった。彼の家で、彼の両親はいなかった。いつもいなかったような気がする。
そして相撲は常に僕の力勝ちだった。年齢から云って当然なのだが、元気さが取り柄の彼のこと、何度でもぶつかってくる。単調さを感じた僕は一度父から教わった。足払いをかけてやった。
これが見事に決まってしまったのだ。
Kは後頭部を見事に打つと、白目をむいて泡を吹いた。
読者よ、これをヤマダ一流の誇張された法螺話だと思ってはいけない。人間、本当にカニのように泡を吹くことがあるのだ。僕は最初彼がふざけているのだと思い、軽く蹴ったりしていたのだが、いよいよ反応がないことに驚いた。
当然「殺してしまった」と考える。そして僕は何をしたか。
自宅へ逃げ帰ったのである。そして自室に帰ってひたすら怯え続けた。
僕は待った。彼の死を伝える報を、警察からの電話を、そしてサイレンの音を。ところがいつまで経ってもそれは来なかった。いつも通りに食事に呼ばれ、家族で夕食を取り、床についた。
翌日、怯えながら学校に行った。昨日のことが夢のようだった。
授業を受けながら突然教室に警官が入ってくる妄想に悩まされた。
給食を終え昼休みに彼の姿を見たとき僕は心底驚愕した。まったく信じられなかった。足はちゃんとあった。白目をむいても、泡を吹いてもいずに、元気にサッカーボールを蹴っていた。
彼とはその後、一緒に遊ぶことはなくなった。誘われたが、怖かったのだ。彼の一家は数年後、引っ越していった。近所の住人達は彼の一家に挨拶したようだが、僕はそれさえも行かなかった。
以上が僕と彼の話である。この恐怖を知っているからおそらく僕は人を殺すことはないと思う。もうあれから十年が経過した。当然彼のその後は知らない。もう法的には何の問責もない事件だが、道義的な責任は消えゆくことなく、いつまでも心に留まっている。 ▲
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放火罪 |
放火魔は三輪車に乗った
さて、放火である。
読者諸君はここで僕がどんなことを書くのだと想像するのだろうか?
僕はここで僕のよく知る放火魔のことを書こうと思う。彼はこの罪科により保護者共々警察に呼び出された。なんということか、僕のクラスメートに放火魔がいたのである。とはいっても小学校のことだが。
放火と強姦はキ印の二大犯罪と云うが、この犯人も頭のねじが相当ゆるんでいる男だった。低学年の級友の顔はあらかた忘れてしまったが、こいつのアホ面は強烈に印象に残っている。男のくせにおかっぱ頭で、どうしてと思うほどのエロ目、鼻水はいつも垂れており、口元はゆるんでいる。大抵想像のつく顔で特殊学級送りになるほどではなかったが、訳の分からないことをよく喚いていた。
その彼が空き地で火遊びをして草むらをあらかた焼き、消防署出動の大騒ぎを起こしたのは小学校二年生の時だった。僕はその噂を本人から聞き、ヨタ話だと思っていたのだが担任からの発表で驚いた。何人かの友人宅には警察から電話が入り、空き地は当日封鎖されたそうだ。
その日も彼は学校にはちゃんと来ており、反省するどころか嬉々として自慢げに燃えたところを話していた。強盗と強姦と放火は刑務所で手口を自慢するらしいが、こんなものだろう。
僕の担任は体罰主義者で、僕なんぞも些細な理由で何度も殴られた。一度、血を流して担任が贈答用のタオル片手に謝りに来たことがあるくらいだ。その先生のことだからこいつ半殺しじゃすまないぞ、と勝手に後の展開を心配していたが、何と先生は事実を云っただけで彼には何も云わなかった。
あんまり想像外にキレたことをすると鬼教師も沈黙するのだ。
そんなことを考えた。
彼の噂は中学校に入って、一度だけ聞いた。
二年生の時、ガラの悪い奴に「お前、**ってしってるか?」と訊かれた。転校のせいで、中学校にあの頃の知己など一人もいない。何故彼が知っているのか、僕はビックリして先を促した。
「いや、お前○×小出身だろ? そいつ俺と塾一緒でさあ。驚いたことに毎日三輪車で来ているんだぜ。どういう奴だよ? イカれてるぜえ」
身長が伸び、声変わりも経た彼などどうしても想像できなかったが、三輪車に乗ったところはとても想像できた。その後、彼の話は全く聞かないが、また放火などしないことを強く祈る。 ▲
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詐欺罪 |
ケーサツをハメた男
これは我が親愛なる友人・Yの冒険談である。
彼は僕が見てもやんなるぐらい、粗暴で喧嘩っ早くてそのくせ気が弱いというどうしようもない奴だ。いつも財布の中は空っぽで、身なりも構わずにボサボサの頭で街をうろついている。
そんな彼がある寒い夜、牛丼屋に入った。
いつもの「大盛りツユタク」をオーダーした後、彼はおもむろにポケットに手を突っ込み五百円玉を探し出した。彼は臆病なので、お金を確認してからでないと飯一つ食えないのだ。
さて牛丼が来たが、金は出てこない。財布の中は空、あるはずの五百円玉がない。ポケットを全部二度あさったがどこからもでてこない。
Yは顔面蒼白になり、慌てて店員を呼び事情を説明した。
「あー、身分証明書出してくれりゃあ、いいっすよお」
バイト学生に学生証を差し出すと、Yは近くの銀行までダッシュした。幸いここらの地理には詳しい。
ところが好事魔多し、折角息を切らせてきたのに、時は週末午後六時、Yの持ってる地方銀行のカードではこの街のどこの銀行でもおろせない。一瞬このままトンズラこくことも考えたが、学生証は敵の手元だ。食い逃げで逮捕退学など洒落にもならん。
ところでここは法学生。Yはうろ覚えの断片知識で一人頷くと徒歩五分の道を三分でダッシュし、警察署(さっきもいったがここの地理には詳しいのだ)に出頭した。そして警官に云うに曰く。
「定期落としちゃったんです。お金貸してくださーい」
そう、定期をなくしてしまった場合、警察では最寄り駅から自宅までの普通電車の代金を貸してくれるのである。雑談をかけてくる暇そうな警官に相槌を打ちながらありもしない紛失届を書き、金を借りた(身分証明書がないので、身元保証に親に電話をかけられた)。
そして再び走って牛丼屋へ。牛丼はなかった。
僕、じゃなくて彼は金を払う、ところが店長らしき男が現れて受け取らない。それどころか、御苦労だったと一杯無料で奢って貰った。本当に気持ちのいい人達で僕はたびたびこの店を使っている。
結局、彼の手には警察からせしめた少額貨幣が残った。このまま返すのも不自然だから、彼はその金でジュースを勢いよく飲み、翌朝確かに返却した。なお、五百円は彼の自宅のハンガーの下に落ちていた。ばら銭をポケットに入れる癖を止めたのはいうまでもない。
最後に、このYは断じて僕のことではない。法と正義を愛する僕が、警察官をペテンにかけるなんて大それたことをするはずがない。なんせ粗暴で喧嘩っ早く見える反面、気が弱いんだから。 ▲
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横領罪 |
自転車の恩返し
物思うところがあって、少年事件の統計を調べてみたことがある。
一番多いのは窃盗罪であり平成10年度の段階で12万件ある。そして2番目が横領罪が3万5千件もある。暴行傷害が足して1万、恐喝が6千である。
なんでこんなに横領が多いかと思って調べると、放置自転車をかっぱらった連中がここに編入されるからだという。なるほど、みなさん一度くらいは自転車をパクられた経験があるだろうし、友人知人からそういう体験談を聞いた人もあるだろう。
自転車というのはみなさん御存知の通り傘の柄で簡単に鍵などはずせるのだ。僕の友人に一人何故かよく鍵をなくす奴がいて、その度にどっからか傘を調達してはぶっ壊していた。そしてこれが簡単にあくんだ。
自転車泥棒の罪悪感のなさは青少年を中心にとんでもないところまで来ており、殊にガキの間では犯罪の自覚すらないからね。よくよく注意しているとデパートの駐輪場や駅前の駐輪場で輪になってパクろうとしている少年少女の姿が散見される。
最近では成人式の帰りに行ったデパートでそのテの集団を見た。
まあ、目撃しても自分に関係のない限りは何も云わないのが世の常人の常という奴で、自転車泥棒に関する限り日本もグローバルスタンダード「盗まれた奴が悪い」という標語が適用されるんだろうな。確かに元々ついている鍵だけを頼みにするのは心細い。
かといって電動自転車のような要塞級の防備をするのも馬鹿らしい。結局は日本人の善人性を信じるしかないんだよな。僕は過去二度自宅から自転車をやられたが、いずれも乗り捨てられた先で、善意の住人から通報を受けている。
もし買い物帰り、自分の自転車をいじってる奴を見つけたら半殺しにするけどそんなことって滅多にないだろうな。かくて僕に出来るのは自宅付近に乗り捨てられた放置自転車を調べ、電話番号があれば持ち主に連絡することだけだ。 ▲
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窃盗罪 |
悪党社会の秀才幹部候補生
いわゆる学校教育の秀才と悪党の世界での頭の良さとは絶対的に違う。
僕が小学校6年間の相棒だった彼は明らかに後者の才があった。前者は全く出来なかったが(僕はよく宿題の代行をやっては報酬を得ていた)、こと犯罪に関しては彼は抜け目なくやっていた。小学生の犯罪だから大したことはないが、やるときは絶対にばれなかったし唯一の友人兼秘書の僕にも相当の報酬をくれた。
これは僕が唯一彼の犯罪に協力したときの話だった。
当時、僕らはビックリマンシールの商売をしていた。天使のシールを学校から遠く離れた駄菓子屋で買い、それを売り払うといった簡単な商売だった。他にも斡旋や悪魔カードの大量交換などをしていた。僕も彼も貧乏で、殆どチョコは買えなかったから、なんとか各の職才を生かして人から貰っていた。
ある日、彼は僕を近所のスーパーに誘った。本当はそこに行くと学区破りの重罪犯になり職員室に呼び出されるのだが、そんなことは鼻っから眼中にない。
そのスーパーは食品がメインなのだが、衣料品や学用品も若干扱っており、クリーニング屋や軽食堂もある大きめのスーパーだった。
彼はいきなり軽食堂(セルフサービスの店で自由に座れるのだ)の椅子にかけると、僕にこう云った。
「あのさ、悪いんだけど。オレ、この店に前払いでビックリマンチョコ20個買ってあるんだ。ちょっと持ってきてくんない?」
明らかに今考えれば万引きの指示である。しかも自分は手を汚さない最低の入れ知恵だ。しかし僕は何とそれに従い全く疑うことなくチョコレート20個をレジの脇をすり抜けて彼の下へ持っていったのである。
まったく僕は疑いもしなかったわけでその堂々とした態度は立派な物だっただろう。彼は満足そうに「ありがとう」というとシールだけ抜き取り、チョコは全部褒美として僕にくれた。まったくいい面の皮である。
帰り道、彼は一冊の本を持っていた。来るときには持っていなかったものだ。「なんだい、それ?」と聞く僕に「ビックリマンシールアルバム、貰ったんだ」と彼は答えた。
嘘だった、それがカウンターで売っているものだと僕は知っていた。
そしてそこでやっと僕は彼に唆されて万引きをやらかしたことに気がついた。
とはいっても彼はこれをネタに僕を揺することもなく、相変わらずどこから手に入れたのかシールをばらまいていた。
彼とはその後もカードダスの取引や小学生の疑似通貨である牛メン(牛乳メンコの略でビン牛乳のキャップ)の密売(射幸心を煽るとやらでクラスでは禁止されていた)やエロ本の購入代行などの可愛い悪事に手を染めたが、相棒を「とんでもないワルだな、こいつ」と思ったのはこの時が最初である。 ▲
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賭博罪 |
となりのヤクザ
TV番組の変更期になると、やたらと各局は二時間程度の特番を組みたがる。その中でもどの局も必ずやるのが「列島警察24時」的な警察官密着取材番組である。警察官には好意的な感情を抱いている僕であるが、このテの番組はモザイクがやたら多く、イライラするのであまり見ていない。
それでも、たまに見るとやはりいいことはあるらしい。
高校生の頃、何気なくその手の番組を見ていたら殊もあろうに我が家の付近の店が出て来るではないか。徒歩にして約十分。小学校以来ずっと通学路として朝晩通い慣れた道路が映っている。
初めはモザイクだらけのせいもあってよく似た街かと思ったが、画面の右上に「**県**市」とあったので肝炎下。これは僕の街だ。
ビックリして見続けると、警察官たちは大挙して道路沿いのビルのに入って行く。ここの老朽化したビルの1階には靴屋が入っていて、ここで僕はいつも靴を買っていた。もちろんこの店はただテナントを借りていただけだろうが、それにしても何事だろう。
その答えとも云うべきナレーションが入る。
「暴力団事務所の秘密カジノに警察の一斉検挙作戦が始動!」
だはあ、と僕はのけぞった。まさかあんなところに組事務所があるとは全くおもわなんだ。しかも秘密カジノ? いったいどこの国の話よ。TVではモロやっちゃんな組員のみなさんが、モザイク越しに「カメラひっこめろよ、このヤロー」などと喚いていた。
警察のポスターで、よく「過激派は善良な市民を装って潜伏しています」とあるけど、これは当たっていると思う。あれだけ派手な連中が闊歩していたのを、僕は十年以上住んでいるのに気がつかなかったんだから。 ▲
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