まえがき

「まえがき」の目次

本書の内容

筆者がはじめて触れたWWW関連のモノは,MOSAICでした。すなわち,爆発的な浸透を見せはじめたまさにその時1993年に,WWWというものを知りました。その後の衝撃的なNetscape社の登場(1994年,当時はMosaic Communications Corpという名前でしたが),WWWブラウザの能力の拡張,Microsoft社のWindows95の普及に伴うインターネット利用者の急増,JAVA仮想マシンの登場によるWWW表現の拡張(1995年後半)……これらは息を継ぐ間もなく,ごく短い間に起こりました。

1995年4月,筆者がNetscape Navigator1.0(か1.1)を使いながらHTML文書作成を学んだ頃は,書店に行ってもHTMLの入門書はぽつぽつとしか見られませんでした。そこで,他者の書いたHTML文書のソースを読み,あるいはWWWで公開されていたボランタリーな入門書を読み,独学で勉強していきました。その時私は,HTMLのマークアップは文章のスタイル(見栄え)の調整を行うためのものだと考えていました。文字を太字にする,表示をセンタリングする……。その思いは,Netscape Navigatorが用意したTABLEやFRAMEを学んだときにより強まったものです。

しかし,W3C(WWWコンソーシアム:http://www.w3.org/)が推奨するHTMLの仕様を学ぶうち,それはとんでもない間違いであることを知りました。HTMLとは文章の構成を“スタイル表現に頼らずに”明示するための技術であり,スタイルはスタイルシートで調整するものだというのです。「HTMLでスタイルを調整するためのマークアップをする」という誤解は,スタイルシート記述法の標準が定まっていなかったこと,多くのWWWブラウザがスタイルシートをサポートしなかったこと,そして標準を決めるために時間をかけている間に驚くほどの速さでWWWが発達してしまったことによる混乱の現われでした。

1996年12月,W3CはCSS(カスケーディング・スタイルシート)というスタイルシート記述法を提唱・推奨しました。1997年には,Netscape Navigator4.0やInternet Explorer3.02,4.0がCSSをサポートしはじめました。いまだに完全にサポートしたWWWブラウザはありませんが,それも時間の問題だと考えられます。

ようやく我々は,文書を簡潔に記述する方法(HTML)と,その文書のスタイルを調整する方法(CSS)を手に入れました。この二つを組み合わせれば,ワードプロセッサやDTPソフトに対抗できるほどの文書表現が可能です。

本書は,CSSとHTMLを用いて読みやすい文書を作成するための手引きを目指して作られました。したがって,CSSやHTMLをトリッキーに用い派手な効果を得ることは本書の目的ではありません。本書は「見出しは見出しらしく,本文は本文らしく」を目標に置いたスタイル指定の考え方を紹介するものです。

本書の内容
HTML文書に関する知識の整理――HTML文書からスタイル情報を剥奪し,スタイルシートに押し込みます。これにより,HTML文書はより単純で明快になります。
スタイルシートを記述する際の考え方の紹介――ただプロパティをいじっただけでは,望ましい使い方は分かりません。理想図をもとにした設計から実際にシートを記述するまでを,例を用いてガイドします。
対象者
WWWで出版あるいは広告にちかいものを行いたい人
HTML文書の表示結果を自分の意志で調整したい人
条件
既にWWW自体には親しんでいる人
テキストファイル,拡張子などが理解できる人
URLを提示されれば,そのリソースを入手できる人(URLの例:http://www.gihyo.co.jp/)

なお,HTML文書作成経験やプログラミング記述経験があるほうが望ましいのですが,なくても本書を理解することは可能です。

ただし,本書は「誰でもできる」「おきらくごくらく」「3日で分かる」といった類のものではありません。とはいえ,専門家にしか分からないほど難解なものでもありません。「WWWで奇麗な文書を公開したい」という意志があれば,例示したスタイルシートを参考に試行錯誤するうちに,スタイルシートをマスターできるでしょう。

本文中で繰り返し使われる用語・省略語とその関連事項

W3C(WWW Consortium)とは

WWW技術の標準化と推進を目的とする国際学術研究開発組織で,1994年に設立されました。マサチューセッツ工科大学計算機科学研究所(MIT/LCS)・フランス国立情報処理自動化研究所(INRIA)・慶應義塾大学SFC研究所(Keio-SFC)の3機関がホストとして共同運営に当たっています。

HTMLやCSSの仕様書は,W3CのWWWサイト(http://www.w3.org/)から無料で入手できます。本書の内容は,W3Cの公開する仕様書に基づいて書かれています。

バージョン番号を付けずにHTML(HyperText Markup Language)と言った場合

本書では,HTML仕様にしたがって書かれた文書のことは「HTML文書」と呼称します。HTMLと書いた場合には,記述の仕様・仕組みを意味しています。

W3Cが公開するHTMLの仕様には複数のバージョンがあり,1997年12月現在はバージョン4.0が最新です。

本書でHTMLと記述した場合は,バージョンによらない一般性質(例えば“属性は開始タグ内でのみ指定する”)に言及しています。もし特定のバージョンに依存する性質に言及する場合は,そのバージョン名を明示しています(例えば“IMG要素のALT属性はHTML4.0では省略できません”)。

レベル番号を付けずにCSS(Cascading Style Sheet)と言った場合

本書では,構築されたスタイルシートは「スタイルシート」と呼称します。CSSと記述した場合には,CSSの仕様・仕組みを意味しています。

W3Cが公開するCSSの仕様には複数のレベルがあり,現在はレベル2のドラフト(草案)検討が開始されたばかりで,正式に採用された仕様はレベル1のみです。

本書でCSSと記述した場合は,レベルによらない一般性質(例えば“宣言の書き方”)に言及しています。もし特定のレベルに依存する性質に言及する場合は,そのレベル名を明示しています(例えば“このプロパティはCSS1では採用されていませんが,CSS2で採用される予定です”)。

URL(Uniform Resource Locator)とは

インターネット上のデータなどの位置を表す文字列。http://www.gihyo.co.jp/,ftp://SunSITE.sut.ac.jp/,mailto:foo@bar.comなど。一般に,ファイル名の大文字小文字は区別されるので注意が必要です。RFC1738で定義されています。

余談ですが,W3Cは今後URI(Universal Resource Identifiers,RFC1630)という単語を用いるように決めたようです。URLとURIの関係は,「人間」と「動物」のような関係にあります。すなわち,URIはURLを包括する広範な概念で,URLよりも曖昧です。本書では,URLのほうが「より具体的な意味をもっている」「単語として一般に浸透している」ことから,URLはURLと呼称します。

foo,bar,hoeeeとは

無意味な英単語の例です。架空のe-mailアドレスやファイル名を記述するときに用いることがあります。

RFC(Request for Comments)とは

IETF(Internet Engineering Task Force)によって公開された一連の文書で,幅広い話題を取り扱っています。主な話題はInternetやTCP/IPなどの標準化に関するものです。名称こそ「コメントください」ですが,事実上Internetにおけるさまざまな規約の標準を紹介するものと考えられています。例えば,HTML2.0はRFC1866によって仕様が公開されています。

原文はInterNIC(http://www.internic.net/)が管理しており,無料で入手できます。RFC文書は各所にミラー(複製保管)されており,たとえばRingServerからも入手できます。(http://ring.aist.go.jp/http://ring.nacsis.ac.jp/

ソースコード,ソースとは

プログラミングの世界では,プログラム言語で記述したプログラム文章そのものをソースコード(源の暗号)とよび,実行できる状態のプログラムと区別します。本書もこれにならい,HTML文書やスタイルシートそのものを表示結果と区別したい場合に,ソースコードという用語を用いることがあります。

謝辞

本書が完成するまでには,多くの人のご助力をいただきました。

矢野啓介様には初期段階で内容の検討を手伝っていただきました。下平裕美様は全ての段階において“最初の読者”になってくださり,感想と応援の言葉をかけてくださりました。石野恵一郎様はまとめの段階で例文内の幾つかの文法的な誤りや表現の曖昧さを指摘してくださいました。その指摘が無ければ,本書は数多くの間違いを含んだまま出版されたことでしょう。大浦由美様は,いち初心者の意見としてシンプルかつ強力な意見をくださいました。石川雅康様は,HTML4.0の仕様の解釈に関するご意見を寄せてくださいました。内田明様は幾つかの誤解される恐れのある表現を指摘してくださいました。ここに挙げた方々は,直接の面識が無いにもかかわらず,突然のe-mailによる協力の申し出に快く応じてくださりました。ネットワークの向こうのまだ見ぬ協力者の存在は,私にとって大きな支えでした。幾重にもお礼申し上げます。

驚くべきタイミングでCSS2ドラフトとHTML4.0 Recommendationを提出したW3Cのたゆまぬ行動意欲に尊敬の意を表します。彼らのボランタリーな仕様調整努力がなければ,各社ごとに独自仕様があふれ,HTMLもスタイル調整も何を基準に行えば分からなくなっていたでしょう。

私が本職の研究に割くべき時間の半分を執筆に当てているという事態を見て見ぬ振りをしてくれた私の所属する研究室――名古屋大学農学部森林資源利用学研究室――の皆様に感謝します。皆様が私の行動を理解してくれなかったならば,本書は生まれませんでした。

そして,少々偏屈な内容にもかかわらず出版を許可してくださった技術評論社の加藤博様に感謝を捧げます。

1998年3月

角健太郎

著者自己紹介(執筆当時)