趣味Web 小説 2003-04-19

メール:一見、本末転倒だが……

迎賓館裏口の柊さんから、興味深いご意見をいただきました。

あらためて、僕の4月15日の文章をもう少し丁寧に書くと、「閲覧者からのメールの返信に対する催促とか、掲示板のレスへの催促が煩雑で、これを回避する目的で文章を書くのならば、方便として「スパムメールが多いから強めにフィルタを掛けていて、そのときに本来捨てるべきでないメールが捨てられている場合があります」とでも書いておけばいいのではないかと思った」と云うことだ。

本来、読み手からのメールは捨てても構わないと考えている、なんて書いたらこれは角が立つのは明らかで、煩雑さを回避する目的だったらわざわざ角の立つ論を立てなくても他にやり方があるんじゃないのかなぁ、と。 (ちょっと話が逸れるけど、ここで僕は読み手からのメールは捨てても構わないかどうかの是非は扱っていない。これは個人の好き嫌いで、ここを議論しても恐らく平行線だ。互いの考え方を尊重して住み分けるしかない)

端的に言うと、自分が思っていることと少しばかり違ったとしても、ちょっとした言い回しを変えれば八方丸く収まって望んだ結果になるのなら方便で書いておけばいいじゃん、と云う主旨なので、これはもしかしたら徳保さんのものの考え方や備忘録の主旨からして受け入れがたい考え方かもな、とも思うのだけど。(いや、でもちょっとした方便を用いるくらいのしたたかさは持ち合わせているようにも見える)

失礼しました。私の読みが浅かったと思います。

おっしゃる通り、現実的な成果の獲得を目的とするならば、私の文章は非効率が目立ちます。ですから、目先の問題を解決することが目的ならば、たしかに柊さんが提案されているような書き方がよいと思います。しかしながら柊さんが留保をつけている通り、私はしばしば、眼前の問題を解決することよりも問題の発生によって明確になった自説の公開を優先させます。今回もそうでした。

一見、これは本末転倒のように見えますが、じつはそうではありません。この備忘録は自説の記録を最大の目的としています。ですから私は、「その内容によらず、メールは捨ててかまわない」という考え方を記録するためなら、煩わしいメールが(一時的に)増えても致し方ないと判断しました。これは目的の優先順位に関わる問題なのです。

とはいうものの、正直にいえば、現実の利益を優先して思ったことの一部または全部を書かないということを私はくり返しております。煩わしいメールなどは結局のところたいした問題ではないから、こうした形で話の種にしたのだ、ともいえます。ただ、こうした判断はじつのところ半ば無意識に行っておりまして、今回あらためて自分の発想を整理することができたのは有意義なことでした。柊さん、どうもありがとうございます。

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