趣味Web 小説 2003-09-06

著作権の侵害に目くじらを立てる人々

folio vol.01"いろは"の先のCSSを載せたときには知らなかったのですが、平成15年3月19日の備忘録で紹介したWeb Site Design Vol.7所収の森田雄さんの記事が8月25日にWWWで公開されていたんですね。私がリニューアル講座でやりたかったことを、プロが書いてくれている。この記事の劣化コピーを無料で公開するのが、今年の私の目標ということ。うう、情けない。なんて書いていたわけですが、まさかこんな展開が待っていたとは……。ま、この手の記事が増えるのは何も悪いことではないので、私も月1回のペースでコツコツ書いていきます。

ところで、CSSコミュニティーをグルグル回ってみると、けっこう森田さんの記事、よく紹介されていますね。でも雑誌をちゃんと買った人は滅多にいません。1380円って、そんなに高いのでしょうか。私は金持ちなので、発売直後に入手しました。お金は天下の回り物。余裕がある限りは、興味深い記事にはお金を払うべきだと思います。好きな作家の本は新刊で買う、とか。岡田斗司夫「ぼくたちの洗脳社会」に感銘を受けてからというもの、好ましい商品は意識的に支援しています。

金持ちといっても、私の手取り年収は200万円強。過半は実家へ入れるから、実感としての可処分所得は年80万円程度。けれども、寮暮らしだから、住居費と光熱費、平日の食費はタダ。駐車場がなく、四畳半の部屋にコンセントが2つきりだから、車と家電の出費がない。これだけ条件がそろうと、80万円で金持ちになれるわけです。1380円が高いといっている方の多くは、おそらく収入は私より多いと思いますが、毎月のお小遣いが6万円という優雅な生活は望めないというわけでしょう。

一点豪華主義を掲げる方は多いのですが、お小遣いを豪華にするというのは、ひとつ有力な選択肢ではないかと思います。中堅社員の先輩方に聞くと、月2万円程度というケースが多いわけです。入社2年目でその3倍。妙な優越感を味わえます。昼休みにジュースを買うとき、小さい缶なのに値段が他と同じものを買うとか。飲み足りない、とかいってもう1本買ってみたり。(最悪)

ところで、最近一部で話題の三宅さんがここでも登場。従来通りの意見を述べていらっしゃるわけですが、私は結論の設定を誤ったかと思いました。三宅さんの日記にコメントをつけているいわいさんがおっしゃる通り、結論の飛躍を補間する言葉が足りないようです。さらにいえば、そのような(飛躍を補間する)言葉が存在するのかどうか、という疑問もあります。とすると、穏当な結論を導くべきではなかったか。

私は、つまらない悩みを解消するという意図も込みで、著作権を主張しませんという宣言をしています。三宅さんがおっしゃるように、WWWで著作権を厳密に保護するのは困難であり、まじめに取り組むと労多くして実り少なしという現実に悩まされることになります。WWWへ情報を公開するならば、ある程度の著作権侵害はどうしても防ぎようがないのが現実です。そこに、コペルニクス的転回が誕生する余地があります。最初から著作権侵害を認めてしまえば、問題は根本的に解消され、悩みがなくなるじゃないか、というわけです。著作権を守ったところで物質的な利益は何もないわけですから、頭を切り替えて精神的負担を解消した方が幸せになれるのです。

しかし、世の中には著作権をどうしても守りたい方々が非常に多い。そして彼らには、損得勘定による説得が通じないことが少なくない。いや、この表現は不正確ですね。彼らは著作権を完全に保護することの不可能は認めますが、ある程度でも著作権の侵害を減らすことができるなら、それを無意味だとは考えません。つまり、完全に著作権が保護されなければ不愉快だ、というわけではない。著作権の侵害は認めません、と明記すればほとんどの人は著作権侵害を控えるのだから、転載も改変も自由というより、こっちの方がいい、ということになります。

ちょっとしたパクりに大騒ぎする人が多いので、私は「完全に著作権が保護されなければ不愉快だ、というわけではない」というあたり、大いに疑問を感じるのですが、それをいってもダメなんですよね。大騒ぎすること自体、「見せしめとしての効果を狙っている」といわれれば、ホントかなあと思いつつも、まあ納得するしかないというか。たしかに、すべての小さなパクりに気付くことは不可能なのだから、気付いたところを全て糾弾しても、「完璧な著作権保護なんて夢を見ているわけではない」という論は崩れない。

話がわき道へそれてばかりでしたが、加野瀬さんの疑問はこれで解消されるのではないでしょうか。

Information

注意書き