趣味Web 小説 2005-05-09

西武池袋線:女性専用車両がある風景

飛び石連休の GW が明けた今朝、私はいつもより10分だけ早く寮を出た。早く寮を出るほど、電車は空く。毎年、GW 明けは大混雑になる。しかし今年は、それだけではないのだ。もうひとつ、決定的な混雑要因があるのだった。

私はいつも最後尾の車両に乗っている。西武池袋線ひばりが丘駅は、ラッシュ時間帯であっても25分間で池袋に到着する位置にある。午前7時1分発快速池袋行きの最後尾車両は、ふだんなら比較的空いており、駅の階段を下りるとホームの端がきちんと視認できる。しかし今朝のホームは人垣が幾重にもできていた。予想の範囲内だったが、できれば楽観的予想が当ってほしかった。

西武池袋線がラッシュ時間帯に女性専用車両を導入したのは5月1日。しかしこれまでの一週間は、今日を迎えるための予行演習だった、といっても過言ではない。

快速が到着する3番線側を基点とした何本もの列に並ぶ人々は、奇妙なことに、みな一様に横を向いていた。最後尾の10両目、拡声器の割れた声がワンワン響いてくる方向だ。

列の後ろを通り抜け、ホームの端を目指して進むと、ピンクの垂れ幕とプラカードが見えてくる。構内放送も断続的に繰り返されている。

8両目乗車口の後ろを足早に通り抜け、9両目4番目の乗車口の列まで到達すると、サッと視界が開けた。

それは奇妙な光景だった。高校野球大会開会式のように両手でプラカードを持っている若い駅員、その隣で拡声器を手に誘導する駅員、各乗車口前でホテルのドアボーイのように手を差し伸べて案内している駅員……。みんな大マジメなのだった。駅員はみな男性で、しかも若い。肉体労働の激減した昨今の駅員にも、いまだに雇用の男女格差があるのか、と思った。

人影まばらな女性客の列は、大勢の好奇の注目を浴びて戸惑っていた。

9両目乗車口付近の大混雑と、プラカードの向こうに広がる空間の落差。ふと上野動物園のパンダ舎を思い出した。ガラスの壁があるようだった。いつの間にか、拡声器の声も意識の外になっていた。

個人的には、女性専用車両は結構なことだと思っている。これでトラブルが減るのなら、歓迎したい。

今朝の極端な状態は、遠からず解消される。好奇の視線に尻込みし、あえて女性専用車両に背を向けて7両目、8両目方面へ歩き去った女性客も何人か見かけた。驚くべきことに、9両目にすら女性客が乗ったのだ。

いつもお父さんと一緒に通学している中学生。電車が揺れると、不安な顔で父を見上げる。昨年までは見かけなかったから、中学へ進学すると同時に電車通学をはじめたのだろう。もう1ヶ月が過ぎた。池袋についてから、親子で何か話していた。明日から娘は、10両目に乗るのだろう。

これまでも最後尾車両は比較的空いていたから、見覚えのある顔は多い。

部署違いで名前も知らない会社の大先輩。いつも足を引きずっていて、込んだ車両はつらそうだった。今朝は見かけなかったが、女性専用車両が空いているしばらくの間、うまくすれば席に座ることもできそうだ。

同伴出勤していた中年夫婦。いつも二人寄り添って、しかし何を話すでもない。お互いの顔を見るでもない。ただ、傍にいる。今朝も境界線まで二人でやってきた。そして立ち止まる。プラカードの青年は、それに一瞥もくれず愚直に正面を見つめている。

夫がスイと目を流した。妻はゆっくり向こうの世界へと歩み去る。それきり、振り返ることもない。首をこなたへ向けると、夫はつまらなそうな顔をして、新聞を眺めながら列に並んでいた。向こう側に何の関心もなさそうだった。

喧騒はみな頭の上を通り過ぎていく。静かだった。そして電車がホームに滑り込む。

ぎゅうぎゅうに押し込められるのは、久方ぶりだ。今週は、もう20分、出勤を早めようと思った。

補記:女性専用車両を利用したい方へ

ふだん階段付近の車両を利用されていた場合、1本早い電車をご利用ください。5分のロスは小さくありません。いつもギリギリの出勤計画をされている方は、相応の準備が必要です。

追記(2005-05-10)

結局、出勤時間を変えなかった。各駅停車に乗れば空いているのだ。ところが、階段を下りてビックリ。昨日の大混雑はどこへやら、いつも通りの人出になっていた。1日で最適順応する日本のサラリーマンはすごい。

件の中年夫婦は、二人並んで9両目に乗った。

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