趣味Web 小説 2005-06-30

子どもの写真をウェブに公開すると誘拐される?

他人の暴露話は大好きなのにの続編。

親がサイトに掲載する子どもの写真はよく話題になりますが、子どもを探すなら保育園や小学校を地図やタウンページで調べれる方が話は早い。犯罪者がそれらの場所で好きな子を選び、住所や電話番号を調べるくらい、造作もないことです。写真をウェブサイトに載せているだけで狙われるのだとすれば、テレビドラマに子役なんて使えません。面識の有無に関わらず地域住民には顔と名と家が知られてしまいますし、第3者でも簡単に居住地域は絞り込めますから。

ネットで仲間を集めて集団自殺、といった話題と同様、「可能性」はありますよ。ただ、どの程度の可能性なのか、なんです。ネットがなければ、「ネットで仲間を集めて集団自殺」という事件は起こらない。だからネットなんかなくせ? それもひとつの考え方ですが、大切なのはバランス感覚だと思うのです。

「事故の可能性があるから電車で旅行はしない」といったら極端ですよね。「生活費を稼ぐための通勤と異なり自粛は可能」といわれても困るでしょう。育児日記に写真を載せたければ載せていいのではないか? と私は考えます。自分がそういうことをしない、というだけならともかく、他人にお節介するような話とは思えません。子どもの安全を考えるなら、「素人が運転する車には乗せない」といったことの方がずっと有意義ではないかと。案外、交通事故は遭遇確率が高いので。

ウェブサイトの写真を怖がる発想を敷衍すれば、可愛い我が子が公共の街路を歩くことさえ、危ないという結論になります。いつ誰に目を付けられて、ストーカーの被害にあうかわからない。変質者に襲われるかわからない。子どもが一人で歩いていれば、家は近所だとすぐわかる。適当に尾行すれば住所もわかる。そこで番号案内サービスを使えば電話番号もわかる。怖いですね。

ふだんはそういうことを忘れているわけでしょう。気にしても仕方ないないレベルだと思っているわけでしょう。日常生活を覆面無しで過ごしているのに、いまさらネットで写真を出す出さないで悩むという感覚、理解はできますが、同意はいたしかねます。

他人の暴露話が一過性なのは、遠くにいる人の場合。地元の有名人の暴露ネタは何十年でも語り継がれます。中嶋常幸の長男のエピソードが成田ニュータウンの某地域で永久不滅の語り草となっているように。中嶋家の人々が日々接する地元民たちは、けっこうしぶとくいろんなことを覚えているのです。そういった事実と比較せずにウェブの危険性を語るのでは、やはり片手落ちでしょうね。

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