いちゃもんつけるつもりはなくて、ふと思ったこと。
実際の日常会話には、いい間違い、どもり、ろれつの回らない喋りが高頻度で登場しているのに、それらが排除された世界に違和感を感じないのは何故なんだろ。むしろ安い映画や、生真面目な人が作ったドキュメンタリー(撮りなおし無し)を観ると、つっかえつっかえの拙い喋りや、言葉遣いのミスなどが妙に耳につく。
フェリアーさんが自分の名前をフェアリーといい間違ってしまう可能性は否定できず、日常生活においてはそんなもの、いちいち気にしないだろう。ところが映画の世界では他の部分では全部フェリアーって言ってるのに、一箇所だけフェアリーって言い間違えてるんだから。映画が台無しですよ。
とまで評されてしまう。
バラエティ番組で、ちょっとしたいい間違いに周囲のタレントが突っ込み、会場大爆笑という展開がしばしば見られるけれども、いかにもテレビ的だなあ、と思う。日々の生活がこんな調子だったら、何も喋りたくなくなる。画面の向こうは、やっぱり異世界なんだな、と今更ながらに思う。