リフレ政策への広範な懐疑論は単なる前ふりで、結局は id:yukihonda さん(東大助教授)の専門分野であるらしい労働問題でワイワイガヤガヤ。
ちょっと嫌だなあ、と思ったのが、説得しようとする側がすぐに本を読めと言い出すこと。あれやこれやで10冊を超えている。興味ない本を読むには1冊につき3~10日かかるのだから、それでは議論にならん。そのくせ、当人は相手の提示した文献を読む気ゼロなんだ。一知半解でポジションを見定めて批判の道具にしてしまう。今回はリフレ派が攻め手、id:yukihonda さんが受け手だったけれども、時と場所が変われば、どちらにもそういうことはあるだろうと思う。
実際、本を読めば納得してしまうことも多い。ただ、説得しようとする側が、「読め、読めばわかる」といったって、そりゃ無理筋だろう。私がようやくリフレ派の本を読んだのは、かなりの程度、説得されてからの話。bewaad さんは韓流好きなリフレさんこと田中秀臣さん(上武大学助教授)のハンドルネームによる発言と比較して、まだしも皮肉な物言いを抑制される傾向にあるが、やはり一方的な物言いが気にかかる。で、じっくり本を読みながらお勉強するか……というわけで、やたらめったら読み始めることになった。
追記:田中さんや bewaad さんによると、今回の事例は学者同士の意見交換なので「読め」でいいらしい。
田中さんは著作でもはっちゃけ気味なので不安を感じたが、安達誠司さん(「デフレは終わるのか」)の一歩引いたスタンスから提示される推論の数々には感銘を受けることとなった。不確実なことは不確実であると書かれていた方が、私は安心できる。
「インフレになれば金利がその分上昇する。デフレは実質金利を押し上げるのでよくないが、インフレ率が0を超えても実質金利は変化しない」というフィッシャー効果によるインフレ無効論については、「フィッシャー効果は予想インフレ率に対応するものだから、現実のインフレ率を反映しない」とした上で、「大恐慌からの回復過程では予想インフレ率が長らく実際のインフレ率を下回ったために金利が抑制された」と安達さんは説く。当然ながら、21世紀の日本が同じ道程を歩む保証はない。
なお、インフレ率が安定すれば長期的には予想インフレ率と実際のインフレ率は一致し、リフレ政策による景気回復効果は失われる。ただし、物価指数は統計作成上の問題から、実際の物価よりも1%程度高く出る傾向がある。また金利は0%を下回らない下方硬直性があるため、政策マージンを少なくとも1%は確保しておくべきである。……というわけで、フィッシャー効果が現れリフレ政策の効果が消えたら、2%程度のインフレ率を目指すことになる。
リフレ政策で失業率が低下するのも同じような話。賃金は下方硬直性があるので、簡単には下がらない。デフレで9割の国民は生活が改善するのは、このためだ。1割の負け組だけが悲惨な失業や賃金切下げへと追い込まれる。逆にインフレ傾向が明らかとなっても失業率が下がるまで当面は買い手市場が続き、賃金は伸びないことが予想される。
一方、非正規労働者は現状でも求人倍率は高く、労働需要が逼迫すれば待遇の改善が進む(逆に現在、正規労働者との格差が大きいのは、デフレ不況で正規労働者の賃金が高止まりしているため)。完全雇用が実現される頃には、正規労働者と非正規労働者の格差が縮小し、id:yukihonda さんが期待する両者の壁を越えるシステムの構築も現実的となる。とはいえ、インフレ率に即応してサービス残業の正規残業への転換といった形で賃金が上昇すると、雇用の回復は小さく、正規・非正規格差は広がる可能性さえある。
リフレ政策が失敗する理論上の可能性は2つあり、ひとつはインフレ率に金利と賃金がタイムラグ無しで追従する場合、もうひとつは高いインフレ率から2%のインフレ率へ着地する際に金利と賃金上昇率が高い値を維持する場合。両方がセットで生じると最悪で、何もいいことが起きず、ひどい不況が先に待つだけとなる。(bewaad さんの解説)
リフレ政策が政治的に失敗する可能性は、いくらでもある。ITバブル崩壊を軟着陸で乗り切ったのに、アメリカ国民の6割は政府の経済運営に不満なのだそうな(産経記事)。木村剛さんも榊原英資さんも円安は不可能だといい、それゆえにリフレ提案を絵に描いた餅として冷笑したが、故なきこととはいえない。経済学関連の本をたくさん読んだが、結局、経済学は心の学問だと思った。政治的に実行不可能、という主張を一笑に付すのは無理がある。都合の悪いときばかり人の心を無視してはいけない。
いくら景気がよくたって、物価高を庶民は許さない。円安になればなったで文句が出る。対米外交で突っ張り続けるのも至難の業だ。国債残高だって、一般国民が「もうダメだ」と思ったら学者の説明も虚しく破綻する。郵政民営化に命を賭けた小泉首相のように、何が何でもリフレ政策を貫く、という政治家が現れ、経済運営以外の面で安定的な人気を確保しないことには、リフレ派の思うような政策は実行されないのだろう。
……最初から敗北を運命付けられている闘い(2005-11-08)と同じ内容の記事にしかならなかった。1ヶ月の間にずいぶんたくさん読んだのに、お勉強は進んでいないのか?