趣味Web 小説 2007-04-30

講義の技術

福耳さんの記事を受けて書いた文章ですが、実際には塾で中学生を教えている大学生向けの内容です。だから偉そうに書いているわけでありまして。適当に読み替えてください。

1.

気になったのが、みんな恥ずかしがり屋なんですね。教室の後ろの方から座るし、周囲の目を気にしてなにか聞いても答えようとしない。正解を答えられなくても、それをきっかけに「考えてみて」欲しいんだけどなあ。どうやって促そうか。

私の経験からいうと、こんな対策があります。

まず、「後ろの方の学生を優先して指名する。その比率は、前半分4に対して後ろ半分6である」と宣言し、実際そのようにすること。ポイントは「指名された者は学籍番号と名前を私に聞こえるようにいいなさい」と指示すること。学籍番号は絶対にメモすべき。名簿にチェックするのがお勧めです。

次に、生徒を指名する前には、全員に考える時間を与え、そして考えたことを紙に書かせること。「みなさんに3分間与えます。3行以上、配布した紙に書きなさい。これを出席の確認とします。繰り返します。必ず3行以上書くこと。3分後に、何人か指名します。では、はじめなさい」

その場の思い付きを書くので、4~5人を指名すると「前の人と同じです」という答えが必ず出てきます。その対応は次の通り。

「同じかどうかは私が判断します。紙に書いたとおり、一字一句そのままに読みなさい」

この指示を出したら、教師は腹を括らねばなりません。自分にはありふれた意見しかいえないんだという自信の喪失が教室の活気を奪っているのです。その状況下で、学生に「自分は平凡で何の取り得もない人間です」という朗読をさせる。この犠牲に、教師は応える義務があります。

どれほど平凡な意見であっても、それを受けて「あなたの発言は重大な示唆を含んでいる。こんな意見を待っていたんだ!」と返さねばならない。もし教師がそれをできなかったら、学生は犬死にです。

教室にはびこる、学習を阻害する価値観を破壊できるのは、教師だけです。圧倒的な力量をもって、こじつけをこじつけと思わせず、くだらないありふれた意見を素晴らしいものとして教室の全員に納得させること、同じような意見を違うものと認識させること、それなくして、学生の活発な発言を引き出すのは困難です。

平気で喋る学生は喋る、苦手な学生は苦手なまま。そんな階級社会は、打破されなければなりません。まあ、3行も書かせれば一字一句同じわけはない。どこかに個性があるので、そこを聞き逃さないこと。

2.

学生の時にかく恥なんて恥じゃないし、教える側からすれば学生なんてどれだけできようができまいが横一線のひよっこなんだから、開き直ってほしい。

「できる」子が「できない」子をバカにする環境では例の横一線のレトリックが有効です。しかし学生全員が萎縮している環境では、異なるアプローチが必要です。

100人の学生がいるなら、100人全員が一度は誉められる、そういう機会をまず作ること。開き直ることができるのは、決定的な場面で自分の心を守る自信のある人だけです。だから、いきなり「開き直れ」といってもダメで、最初は誉めるところから始めないといけません。

全員に時間を与える、全員に紙に書かせる、指名して紙に書いたものを読ませる、この手順は、学生側の心理的抵抗を下げていくためのステップです。そして仕上げは、誉めること。小学生でも大学生でも、このあたりは同じです。

3.

学生が発言する際に名簿にチェックするのは、全員をくまなく指名するため。同じ人を何度も指名するミスに自分で気付かないのは最悪。

ホントは一時的に座席を固定するべきなんです。1週目は受講するかどうか様子見の学生もいるからムリでしょうが、2週目に来る学生は受講決定のはずなんで、授業の最後に時間を作って、出席者全員に学籍番号と名前をいってもらう。

「学籍番号と名前だけ、起立して、私に聞こえるようにいってください。挨拶はいりません。隣の人が言い終わったら、すぐに次の人、立ってください。いいですね」「学籍番号***、A野B子です」「はい、すぐ次の人」「学籍番号***、C野D子です」「学籍番号***、E野F子です」「はい、そういう感じで。えーと、通路を越えてドンドン横へ。端までいったらその前の席の人が続けてください。はい、次の人」以下略

アシスタントの人に座席表をあらかじめ用意してもらって、ドンドン記録してもらうわけです。教師は学生の目をシッカリ見て、自己紹介を終える毎に会釈。

「はい、みんなどうもありがとう。この先4回、今日と同じ座席に座ってもらいます。次回講義の際、入口で座席表を配りますから、よろしくお願いします。今日はここまで。出席表代わりの感想シート、忘れずに提出していってくださいね。質問のある方、遠慮せずにどうぞ。ではまた来週」

座席表があると何がいいか。

まず、学生を名前で呼べるようになることです。と同時に、教師が学生の名前を覚えられる。上の例では4回としていますが、これは4回で教師が全員の名前を覚えることを前提としているのであって、4回でムリなら半期15回、全部を座席固定にしたっていい。

学生は驚くほど教師の名前に無頓着です。でもそれは教師の無頓着の裏返しでもある。こんなよそよそしい師弟が、腹を割って話せるわけがない。(名前も分からない)教師の「(どこの馬の骨か知らないが)君の発言は考えが足りないね」という言葉に「開き直れ!」と学生に求めたって、それは無茶というもの。

教師がフルネームで学生を指名し、その発言を全肯定する。まずはそれを繰り返すこと。「バッサリ斬られて致命傷」とはならないはずだ、そういう「信頼」あっての「開き直り」です。

学生の心の弱さを愚痴っても仕方ない。できることを頑張ってほしいと思います。

あと、座席表があると指名の偏りはほぼ排除できます。ただしもちろん指名するたびにチェックが必要なので、そこはお忘れなく。

4.

ダメな意見も誉める。じゃあ、いい意見は?

ついつい失敗しがちなのが、ココ。ダメな意見を誉めるのに最上級の言葉を使ってしまうという……。教師の方からムリを押したときはいいのです。そこはもうガンガンやるしかない。でも、普段からそれではメリハリがつかないのでありまして。

ポイントは、イマイチな意見に対しては「言葉では軽く肯定、表情で熱烈に肯定」、素晴らしい意見に対しては「言葉でも熱烈に肯定」することです。素晴らしい意見を誉める際、表情のことは忘れていい。多分ヘンなことになっていますが、どうしようもありません。

誉め続けるコツ

ホントいうと、ダメな意見こそどうにかして誉めるべき、なのです。どういうことか。

学生は、自分の意見がダメっぽいということを予測できるわけです。正解は分からなくても、です。それで萎縮してしまう。だから真に状況を打破するためには、学生の予想を覆すことが必要なのです。これは「俺の意見はけっこういい線いってる」と鼻高々な学生への対応でも同じです。

学生ごときに意見の良し悪しがわかってたまるか、教室ではみんなバカでみんな天才、教師の前で横一線なんだというメッセージを強力に発信したいのですから、学生がダメだと思っている意見を意外な観点から褒めちぎり、これはいいぞと思っている意見も、メイン部を完全にスルーしてヘンなところだけを誉めてみせる。

そういうことをやっていく。かなり苦しい戦いになりますが、教師と学生の力量に大きな差があれば不可能ではありません。ひたすらハイテンションで誉め続けることができます。

5.

紙に意見を書かせる件、授業の最後で提出させるのが基本です。しかしその場合、他の人のいうことを聞いて、自分の意見を消して書き直そうとする学生が必ず出てきます。これは絶対に禁止すること。

「これいいな」と思った意見は、行頭にマル印をつけて、下に追記していくよう指示します。全員を誉める代わり、ズルを許してはいけません。間違えてもいい、自分の意見を考えることが大切だ、そう教えたいわけです。他人の意見を聞いて自分の意見を消すのは、背信行為に他なりません。

教師が全力で戦うべき場面です。

ちなみにこれもシステマティックな対策があります。消しゴムを使うには時間がかかる。そこで学生にこう指示します。

「これから5人、指名します。その人の意見を、みなさんも紙に書き留めてください。自分以外の人の意見は、行の頭にマル印をつけて、自分の意見と区別すること。いいですね? では**さん」

余計なことをする時間を与えない、という作戦。非常に有効です。

あるいは、シャーペン禁止令もありえます。必ずボールペンで記入せよ、と指示する。ボールペンを忘れてしまった人には教師が貸す。誤字は二重線で消しなさい、と指示して、修正液も禁止します。ただ、これはけっこう学生の抵抗があろうかと思います。字が読みやすくなっていいのですが。

女子学生には字が薄くて読みにくい人が多いです。私も採点を手伝うことがありましたが、大学生にもなってこんなんでいいのか、と心配になるくらい。本当に他人に読ませる気があるのかなあ、みたいな。逆に男子学生は字が下手すぎ。私も相当にひどいけど、下には下がいるものだと実感しました。

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