「異説・日本経済―通説の誤謬を撃つ」は1992年に日本経済新聞社より刊行されたインタビュー集。よくわからない主張がたくさん並ぶ中、ひときわ目を引いたのが八田達夫さんの都市開発推進論でした。
今では忘れ去られた議論ですが、バブル期には「この地価に根拠はあるか?」が話題となっていました。八田さんは市場を差し置いて「適正価格」を口にするようなことはしない。ただ、その主張を私なりに読み解くなら、かつての東京都心部の地価は、必ずしも不適正だったとはいえないとお考えではないか、と思われます。
同書刊行当時、私は中学1年生。新聞やテレビニュースの好きな子どもでしたが、地価については本音と建前が違いすぎる、という印象がありました。地上げ屋を憎々しげに描くニュース報道に喝采を送る人々が、「うちにも地上げ屋が来てくれないかなあ」と嘯く。嫌がらせに屈した一家に「ごね得」の悪罵が飛ぶ。
土地供給が少ないから地価が上昇しているのに、国鉄保有地を売却してはならぬというおかしさ、それを正しいこととして報じたマスコミや「当然だよ、役人が土地で儲けようとするなんてとんでもない」と管を巻いた庶民様が、後に掌を返して「失政」を咎めるに至る馬鹿馬鹿しさ。
私の育った街でも、団地の建設計画を抑制している内にバブルが崩壊して一戸建て住宅地に変更となり、予定人口未達成となるポカが起きました。おかげで学校などの公共施設が余ってしまっています。公団住宅が抽選倍率100倍とかいう人気になったとき、常識的にはどんどん家を供給すればいいものを、謎の理屈が幅を利かせて空き地が放置されました。おかげで私は広い原っぱで虫取りを楽しんだわけですが……。
ずーっと、土地問題とか過疎化がどうのという話には「何かおかしいのと違うか?」という思いがつきまとってきました。日本の地価は高すぎる? だったら、みんなどうしてその値段で土地を買うの? 例えば、そういったこと。で、八田さんの明快な主張は、私のもやもやを吹き飛ばす面白いものだったわけです。
……とか何とか、前フリばかり長くて本題に入らないのは、私がちゃんと八田さんの主張を読めているかどうかよくわからないから。以下も、私の意見として話半分に読んでください。
近年、だいぶ緩和されてきたとはいえ、いまだつらい鉄道の通勤・通学ラッシュ。なぜラッシュが存在するのか? 簡単ですよね、規制があるからです。だから解決策は簡単。鉄道運賃の自由化、これです。価格が上がれば需要が下がる。したがって鉄道の運賃規制を廃止して、運賃を混雑率に連動させればよい。
例えば「現行の運賃×平均乗車率=基準価格」とし、「基準価格×乗車率」の時価制運賃にする。切符は廃止して全部 SUICA とし、定期券は割引「定額」券に変更する。すると、みんな時間差通勤をするようになる。交通費支給額を削りたい企業は、始業時間を変えるだろう。
多少乗車賃が上がっても混雑が十分に緩和されないなら、乗車率が100%を越えたらプレミアム価格を取るようにすればいい。鉄道会社はどんどん儲かる。儲かれば、高い高い鉄道建設費用を賄うことができるようになり、複々線化や地下バイパスの建設も進むに違いない。
東京の家賃が高いのは、東京に暮らしたい人数に対して、部屋の数も延べ床面積も過少だから。なぜそうなっているのかといえば、交通網の混雑がひどいので容積率規制により都心の床面積を制限することにしたとき、住宅用ビルを例外としなかったため。
東京都心の夜間人口密度はニューヨーク中心部の半分でしかなく、都市政策の失敗により住宅供給が過少となっていることは明らか。都市の不動産価格を考える際に大切なことは、土地価格ではなく、床面積当たりの価格。地価が上昇しても家賃が下がれば大勢が職場に隣接した環境に暮らすことができるはず。
バブル期、土地政策にはふたつの方向があったと思います。都市部への人口流入を促進する方向へ政策を転換し、都心部の土地利用効率を飛躍的に高めると同時に、土地取引の規制緩和をどんどん進めていこうとする立場がひとつ。庶民から一戸建の夢を奪う地価高騰を叩き潰すべき、とする立場がもうひとつ。
結果的に後者が勝ったので地価は暴落してしまった。でも本来、前者が勝っていれば、地価は下落しなかったのではなかろうか。高層ビルが林立するなら、地価が2倍になろうと3倍になろうと床面積あたりの価格はむしろ下落するわけで、つまり住宅もオフィスもより安価に供給されたはずです。どうしてそうならなかった?
何か大きな錯誤があった。確かな根拠なく、できることをできないと勘違いし、すべきでないことを「やらねば」とシャカリキになってしまった。いまだに山手線の内側に2階建て3階建ての家がたくさん立ち並ぶ。これで土地が足りないといっているのだから、ジョークのようなもの。
逆に東京ベッドタウンの地価はバブル後もあまり下がっていない。私の地元なんか、むしろ上がってる。東京で土地利用の効率化が進まなかったので、郊外型の土地需要がずーっとあるということなんでしょう。前者が勝っていたら、逆に私の地元なんか値崩れ激しかったろう。ちょっと通勤には遠いから。
「東京一極集中の経済分析」の続編。両書とも、追って概要をご紹介します。いろいろデータが載ってて面白いですが、それは本で確かめてください。
大都市への人口流入を促進することで高度経済成長を復活できるとする増田悦佐さんのこの本、リフレ派の先生方にウケた理由は、よくわかる感じがします。八田さんや岩田規久男さんの主張に史観と展望(ビジョン)を与える内容なんです。
国家が自由を制限するところに不経済が生じる。高度成長期にあって、70年代以降抑制された自由は何か。それは人口移動だ……。「自由と民主主義の護持こそ日本繁栄の条件」との観点から日本近代史を読み解く原田泰「日本国の原則」ともピタリ符合する主張で、経済学徒の琴線に触れるものがあるのでしょうね。