趣味Web 小説 2007-07-19

素人流ハッタリ教育論ができるまで

ペンもノートも持ってこない学生の指導法(2007-07-17)から派生した話題。

私は大学1年の冬に経験した家庭教師のアルバイトが楽勝だった(そう思えた)ので、続けて塾講師のアルバイトをやってみたところ、アッという間に学級崩壊を起こしてクビになりました。この衝撃は大きく、しばらくふさぎ込んだ後、「絶対にもう一度、塾講師に再挑戦する」と誓いました。

大学に教育学部があり、図書館には教育書や教育雑誌が死ぬまでかかっても読みきれないくらいありました。大学2年の夏休み中、ずっと図書館に通いつめ、ひたすら教育関連の書籍・雑誌ばっかり読みました。記憶力の鈍い方なので、その一つ一つは今や不鮮明なのだけれど、人生でいちばん本を読んだ夏でした。

私が教育について書いていることは、このときに形成された考え方がベースになっています。だから、ご指摘の通り、私の主張に斬新なものはない。むしろ基礎・基本をストレートに実行しよう、という提案をしているつもり。愚直な実践には常識を打ち抜く力があるので、一般の方には新鮮に見えるのかもしれない。

つい先日まで、私は徳保さんの教育ネタを読むたび、この人はなんて斬新な考え方を持っているんだろう、と思っていた。私にはこんな洞察できないよ。私にはこんな発想は生まれないよ、と。(内容に賛成する・しないはとりあえず置いといて。)

しかし最近、教育についていろいろと学んでみると、彼の考え方はそう斬新でもないな、と思うようになった。(もちろん、考えつくことと実際に行動することとでは、レベルが違う。言うは易く行うは難し。この点、徳保さんは尊敬に値する。)

私は教育の「経験を積んだ」わけではない。ただ教育に関する「本を読んで考えた」だけだ。期間もわずか1ヶ月程度にすぎない。しかしそれだけでも、教育というものがずっと分かるようになった。

ちょっと補足。自分で読み返してもわかりにくい部分なので。

私の記事には提案と体験談が同居しています。ある程度似たことをしたことがあって提案をしているものの、それ自体は未実践という話も多々あるのです。例えば私は小中学生も大学生も同じと書いているけれど、本当に同じかどうかは分かっていません。バイトのミーティングと生徒の忘れ物指導とでは、落差が大きい。

ノート指導も同じで、私が実際に教えたのは高校生までだから、大学のような講義を聞いてノートをとる方法を教えてはいない。国語のリスニング問題(近年の高校入試ではしばしば出題される)で要点をメモする方法の指導経験などから提案を組み立てています。

おいおい、その程度であれほど自信満々な感じに書いちゃうのか、と。自分でもそう思う。ですからね、こういうハッタリめいたところがない福耳さんは本当に信頼できる、すごい、と思っているわけです。

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