趣味Web 小説 2007-12-05

外国人労働者の受け入れには反対です

1.

企業収益が上がっているのに、なぜ平均給与は下がるのか、とかいう報道が繰り返されている昨今。これは不思議でもなんでもなくて、私のような素人にも分かる話。簡単に説明します。

長引く不況のため失業している人、就活の意欲も失って失業者ですらなくなってしまった人が、日本にはたくさんいます。従来、こうした人たちは収入がゼロだったんだけど、平均給与を算出する際に、給与総額を割り算する分母から除外されていたわけです。そもそも給与をもらう立場にないから。

いま景気が回復してきて、企業の仕事が増えています。当然、人手不足になる。正社員も少しずつ増やすけど、先行き不安があるので、可能な限り派遣・パート・アルバイトの増員で対応することに。その結果、正社員の増加率をパートさんたちの増加率が上回る。するとどうなりますか、平均給与は下がるわけです。

正社員のボーナスが増えている、都市部を中心にアルバイトの平均単価も上がっている。もっと上がっていいはずだ、という感覚は分からないではないけど、今のところ、現状程度のお金を出せば人が集まってくる。それくらい、働きたいけど働けない人がたくさんいた、ということ。

今後、もっともっと景気がよくなって、働きたい人が全員、仕事に就けるようになったら、給与は必ず上がる。人の取り合いになるから。大切なのは、そのとき必ず出てくる「外国人労働者受け入れ」提案に、庶民は断固反対しなきゃならない、ということ。

2.

労働者を入れなくても、労働を輸入することはできる。様々な製品は技術と資本と労働で作られる。そして、労働をより多く含んだ製品とあまり含んでいない製品がある。労働をより多く含んだ製品を輸入すれば、それは労働を輸入しているのと同じことである。

もちろん、サービス産業など、輸入不可能な分野も多い。でも、それはそれでいいんですよ。日本経済が発展し、人手不足になって、日本の中流階級は女中や下男と無縁になった。今では上流家庭にだって家政婦さんは滅多にいない。億円単位の年収がある人ですら、(ふつうは)個人でコックを雇ったりしない。

そういう変化を、受け入れること。今はパソコンの設定サービスなんかはオマケ扱いだけど、将来はそういう人手のかかる部分が、パソコン本体より高価になるかもしれない。光ケーブルの工事費が通信料の1年分になったり、とか。そんなの嫌だ、というなら自分の給料も上がらない。

ネコの手も借りたいほど忙しいので、バカにも高い給料を出して人手を補充する、そういう社会にならなきゃ、自分の給料は増えないよ。たいていの人は、平凡なんだから。

次期日銀総裁には、失業率がもっと下がるような金融政策を目指してくれる人を望みたいです。

3.「変化」なくして成長なし

「変化」なくして成長なし、多くの経済学の入門書に書いてあること。

北海道の山奥に炭鉱が発見される。「そんな人里はなれた寂しいところに行くなんて嫌だよ、ぼくは生まれ育った街で就職したいんだ」みんながそう思ったら、日本は今頃、世界の最貧国だったかもしれない。

炭鉱が閉鎖されました。「でも、ここに暮らし続けたいんだ。資源もないし交通の便も最悪、山と谷ばかりで平地がない街だけど、ここで生まれ育ったんだもの」結果、失業者があふれ、財政破綻。

繊維を中心に軽工業が興ったぞ。「ぼくは先祖代々ずーっと従事してきた農業をやるんだい!」みんながそっぽを向いたら、そこまでだった。

流通革命が起きる。「商店街を潰す気か! 郊外への大型店舗進出だって絶対に認めない!」数年後、みんな隣町にできたショッピングセンターへ。隣町は栄え、こっちの街には駅前シャッター通りだけが残った。しかし人が住んでいるというので再開発もできず、駅の利用者は減り、いっそう寂れていく。

軽工業から重化学工業へ、そして輸送機械・精密機械産業へのシフト。倒産、リストラ、街の勃興、没落。高度経済成長の時代、だいたい日本は人手不足で、みんな不平不満をいいつつも、居住地を変え、仕事を変え、生活スタイルを変えながら、平和と繁栄の国を築いてきた。

今後、景気の拡大が持続して人手不足が続き、本格的な人件費上昇がはじまったとき、今ある社会の形は大きく変わる。この変化を、恐れてはいけない。安価な労働力に頼る社会を守って外国人労働者を受け入れるなら、あなたの貧乏生活は一生続く。

平凡無才の私たちが携帯電話もパソコンもテレビもクーラーも持てるようになって、庶民の利用するお店から生演奏が消えた。未来のファミレスには、ウェイトレスもいないだろう。寂しい? そうかもしれない。しかしそれは、幸福のコストなのだ。

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