秋葉原に行ったことは数えるほどしかなく、ここ5年の間には1回だけ。なんだけど、巡回先(加野瀬さんとことか)で話題になってる本で気楽に読めそうなもの、ということで読んでみました西村京太郎「十津川警部 アキバ戦争」。あ、ちなみにこれ、西村京太郎先生の2008年10冊目の新刊です(文庫化などの再刊は除いて10冊!)。
誘拐された人気メイドの行方を、ファンのオタク3人が探索する物語。いつも通り、リアリティーのないキャラクター+筋立てなんですけど、じゃあ「ミッション・インポッシブル」や「007」にもそういうことをいうのか、と。ヘンな人を出さないと、そうそう都合よく事件は起きないし、お話にもならない。
オタク1、ガンマニア。標的に当たると熱で溶けるプラスチックの中に硫酸が入った弾丸とやらを発射できる自作エアガンを安アパートの一室で開発・製作。
オタク2、実在メイドのリアルフィギュア(高さ1m程度)が「50万円ならお買い得」といわれポンポン売れる人形師。
オタク3、GPSと発信機をネックレスに仕込むことができるスーパーエンジニア。この発信機、半月もの間独立で動作可能で、数km先まで電波を飛ばせる。超小型で磁界の影響も受けないため、8mm経のBB弾の中に仕込んで対象物に打ち込み、磁石でくっつけるという離れ業まで実現可能。
揃いも揃って、超人的な能力の持ち主の彼らが、誘拐されたメイドさんのために一致団結し、会社を辞めてまで時間を作って犯行グループに挑戦するというファンタスティックストーリーが「十津川警部 アキバ戦争」なんです!
西村京太郎先生といえば時刻表トリック、と思い込んでいる人が多いでしょう。でもね、違うんですよ。もう、ここ10年くらい、そういう作品は絶無ではないけれど、まあ少数派です。一応、今回も電車は登場しますし、発車時刻がどうとかこうとかいうわけですが、ブラフです。
時刻表トリックなんて、リアリティーがないですしね。単純な犯罪だって、証拠をつかまえられなきゃ摘発できない。なので、十津川警部は地道に平凡な捜査を続けます。だんだん面倒になってくると、善良な市民を脅したり。今回、十津川警部は活躍しませんが、これはそれほど珍しいことではありません。
結局のところ***によって犯人のアジトが判明するという展開なので、謎解きも何もあったものではない。平成の西村作品に謎解きを期待してはいけません。それっぽいのがあったとしても、たいていは憶測と事実の境界が曖昧な西村ワールドなんで、「本格ミステリー」だと思ってはいけない。
本作の読みどころはいろいろありますが、人命最優先だとか、***の高い人間の家を礼状なしで強引に捜索することはできないとか、十津川警部には制約がたくさんあって、それゆえ犯人に辿り着くことができない。そのあたりに注目するのがお勧めかな。話のバカバカしさを嘲笑するのは時間の無駄でしょう。
血縁もないメイドさんを助けるために、亡くした娘に似ているという理由で1億円もの身代金を払う日本画家、というのは、まあ筋立てに必要だから登場する人物。あまり気にしてはいけない。
身代金が数千万円ではどうもなかなか組織的な誘拐を企てるには不足なんで、これは仕方ないのです。あと実の娘の誘拐だと、話が深刻になりすぎて、やっぱり画家が空気化する後半の展開に差し支える。全般に浮世離れした話なんで、身代金を払う側も地に足の着いてない感じのキャラクターがちょうどいい。
ところで、作中の犯罪には1箇所、確率がかなり低い偶然に頼っている箇所があるのですが、西村先生が「かなり偶然だが、あり得ないことではない」と書いているので、そういうものだと思ってください。何度もいうようですが、そういうことを気にしてると西村先生の作品は楽しめません!
好意的な憶測を書けば、今回の犯人はけっこう賢い。警察予算に限りがあり、法や人道の見地からも手かせ足かせがつけられているという前提において、成功可能性がありそうな犯罪をやっているわけです。一方、犯人を突き止める側は非現実的なオタク3人。これはよくないな、ということなんじゃないですかね。
だから犯人の側にも、非現実的な偶然が必要なようにしてある。考えすぎかな。
えーと、秋葉原の描写なんですが、これは私にはよくわからない。抱き枕は持ち帰るものではなく、送ってもらうものなんじゃないか、とは思ったんですが。抱き枕片手に隠密捜査を命じられる刑事さんたち ( ´・ω・)カワイソス 缶入りラーメンを手に持っていれば刑事とはバレない! てのも楽しい。いやいやいや。
とはいえ全般にはそれほど違和感なかったんだけど、どうなんだろ。街並みの描写とか、たしかに取材したんだろうな、と。
Amazonだと319ページとなってますが、著作リストが50ページ、西村京太郎年譜が16ページあるので、本編は253ページまで。サクッと読める、平成西村京太郎入門ということで、興味のある方は読んでみてはいかがでしょうか。
最後に、この作品が映像化されるのかどうかなんですが、私はされない方に一票。西村作品の多くは、じつは映像化されていません。つばさ110号で仙台へ行く以外に大きな移動がなく(しかもトンボ帰り)、アクションシーンもほとんどないこの作品は、2時間ドラマには向いてないと思う。
平成の西村京太郎作品はたいてい本作のような感じだと思います。まあ雰囲気はもっと暗いのが多いですが(死屍累々で明るい作品になる方がヘン、ともいう)。
読点が多いのは、口述筆記だから、といわれています。西村先生が息継ぎしたところに読点がある。これはちょうど、老人が聞き取りやすい喋り方とも対応しています。老人介護ボランティアなどをやっている方は、西村作品を音読して、老人に優しい話し方をマスターされるとよいのではないでしょうか。
「アキバ戦争」は面白かったが、ちょっと軽すぎて喰い足りない、という方には、「闇を引き継ぐ者」をお勧めします。1998年のベストセラーで、新聞書評などでも話題になりました。例によって十津川警部は犯人に翻弄され、守ろうとした人は傷つき倒れる。そして……。
あるいは、同じく1998年の「桜の下殺人事件」、やっぱり十津川警部は大苦戦、ついに**が狙われるに至り、ブチ切れる。このラスト、十津川警部ものをたくさん読んでいるファンにはちょっと衝撃的。
あと、そうそう、十津川警部ものの場合にとくに顕著だと思いますけれども、西村先生は、全ての謎は解き明かしてくれません。まあ犯人が逮捕されたんだからいいじゃないか、的な終幕が多いです。
実際問題、ふつうに絞殺したって、腐乱死体になっちゃったら殺害方法なんかわかりゃしない。しばしば連続殺人犯が逮捕されても、そのうちの1~2件でしか起訴できなかったりするでしょう。警察は裏付け捜査を頑張るけど、わからないものはわからない。よって省略。これは西村京太郎的なリアリティー追求の美学。
そういうもの、と理解してください。
PURE GOLD さん経由。