趣味Web 小説 2008-05-23

私たちにもできる就学支援活動

1.

国立大学の授業料を私立大学並みとし、教育の機会平等は奨学金制度の拡充で対応する、という財務省の試案が多くの批判を浴びている件について。

お金がないので国公立大学しか受験しなかった、という人が、どれだけいるのかな。国公立大学受験者の大半は、滑り止めの私大だって受験してたはずだ。そういう人は、国公立の学費が私大同等になっても、「進学できない」わけがない。

だいたい、研究内容とか、どうしても学びたい先生がいるとかで、私大へ通いたいということだってあるだろう。国公立大学の学費を下げるより、奨学金制度を拡充する方がいいのは当たり前じゃないか。平均年収以上の家庭の子が、国公立大学へ進学したので低学費で済む、なんてのは公費の無駄遣いだろう。

2.

私の弟が東京の国公立大学に進学し、さらに奨学金を借りたが、結局、お金は8万円の家賃に化けた。何年も働いてる兄より贅沢な家に住みやがって何なんだ、と親族の間で話題になった。私は「いかにも弟らしい」と思い、笑ってしまった。出身家庭の年収が400万円ちょいでも、こんな感じ。注:父は車の買い替えを諦めた

その後、アルバイトやらスロットやらで弟は300万円くらいの貯金を作り、修士1年までで奨学金をやめた。東京で一人暮らしをしつつ、留年もせず卒論・修論をきちんと仕上げ、学会発表を行いながら、ジャカジャカ稼いで貯金300万円。レジャー系のテニスサークルに入って旅行だの合コンだの、私が何もしなかった分までまとめていろいろ……。

弟は私よりずっと有能なので、私なら「そんなの無理に決まってる」と挑戦もしないことをひょいひょいやってのける。弟にできたからあなたにもできる、というつもりはない。ただ、何というか、国が進学を支援すべきなのって、これくらい優秀な人間だけで十分なんじゃないか、と思うことがある。

弟はそこそこ給与の高い会社に就職したので、ボーナスを貯めて2~3年で奨学金を完済するという。保証人は私なので、弟が不慮の事故に遭ったりしたら私が返すことになる。私の年収よりだいぶ大きな金額だったものの、私の貯金はもっと多いので大丈夫だろう。2~3年後まで封印しておけば問題ない。

3.

私は家から通える地元の国立大学へ進んだが、そこに、学費以外は全て自分で稼ぐこと、という親の条件をのんで入学してきた学友がいた。最初の頃は、パンの耳に砂糖をかけて食べ、学内の水道でのどを潤す生活をし、工事現場の作業服のまま授業を受けていたが、夏頃には生活が安定し、学食で食べられるようになった。

千葉県なので、大学へ自転車で通学できる位置でも、家賃3万円台で台所とユニットバスが付く(築30年超の木造建築で日当たり無しだったりするのは仕方ない)。それでいてアルバイトの時給はコンビニで850円くらいだったから、相対的に東京よりはラクだろう。でも、奨学金なしでも案外いけるものだな、と。

彼もまた、ランナーズサークルに参加して、市民レースなどによく参加していた。「走るのはタダだからね」といって、空きコマがあると学内を走り回っていたことを思い出す。注:敷地の広い大学で、複数の出入り口をつなぐため、柵の内側をぐるッと回れる道路があった。一周1.5kmくらいだったかな。

4.

ちなみに私も、「お金がないから」国公立大学へ進学してほしい、と両親にいわれてはいたけれど、12月になると、「でもまあ何とかならないこともないだろうから」私大も受験しなさい、と。それで、家から通えないような大学もいくつか受験している。

年収400万円ちょいでも、「だから(私大+下宿では)進学できない」なんてことは全くなかった。ここをこうすれば可能、と家計簿を見せてもらったが、たしかに不可能ではなかった。注:借金がないという前提があっての話ではある。また当然、奨学金やら教育ローンやらで私も4年で200万円程度の借金をする前提。

国公立大学の授業料を上げると庶民が進学できなくなる! という意見をお持ちの方がたくさんいらっしゃるようだけれども、全く「不可能」な人はそれほど多くない。奨学金制度のターゲットを絞って1人あたりの給付を厚くすれば対応できる。

5.

でもまあ、親が高等教育に無関心な場合、親の年収に関わらず、つらいということはあるだろう。奨学金制度のターゲットを絞ったら、そういう人がこぼれ落ちてしまうじゃないか、と。

ある知人は、親戚の知人の家に下宿させてもらうことで家賃などを浮かせ、実家から通えない私大へ、奨学金とアルバイトのみで進学できた。

少し違う事例だが、私の通っていた高校にはオーストラリアやアメリカからの留学生が来ていたのだけれども、彼女らは、学校近隣の一般住民にボランティアで養育されていた。留学生は1年間、ボランティアの家で家族同然に過ごし、お礼の言葉だけを残して帰っていく。一応、ボランティアの選定にはロータリークラブが一枚噛み、それが「保証」となっていた。

祖父の時代には、県内に「中学」が1校しかなかったりしたので、小学校の教師が知り合いの伝(つて)をたどって中学付近の家庭に下宿できるよう手配してくれたりしたものだ、という。今でもスポーツ特待で遠くから生徒を取る場合、当該部の顧問教師が自宅に生徒を下宿させることは珍しくない。

貧困家庭の子女の就学を支援する下宿ボランティアのネットワークがあれば、本当に全然お金がなくて、授業料が上がったら奨学金だけじゃ進学できないという問題の多くは、解決可能だろう。

ちなみに私の借りている部屋も、定員は2人なので、一人受け入れる用意がある。親戚や付き合いの長い知人の紹介を前提として、困っている人がいたら遠慮なく、と公言してきた。授業をサボるような学生ならすぐ追い出すが、家賃も食費も無料で提供するつもりだ。私のような人と、真に貧乏な学生とを結ぶ組織があるといい。

国家が私たちに何をしてくれるかを考えるよりも、私たちが隣人に何をできるのかと考えるべきだ。

Information

注意書き