正月に、母から景気に関する入門書のお勧めを問われたので、紹介したのがこの本。いい本だと思うので、とりあえずAmazonのレビューでも星5つをつけた。
でも、読了後、母は首を傾げていた。各章のお話は納得できて、「簡単にまとめるとこういうことでしょ」と自分で説明できるくらい、わかったつもりだが、全体の要約がうまくできないのだという。
そこで、全体の話の流れがハッキリするよう心掛けて、自分なりの各章の簡単な要約を書いてみた。(この要約はAmazonのレビューにも収録しています。レビューの全文はAmazonで読んでください)
序章:マクロの景気とは国内総生産の変化である。
第1章:景気変動の最大要因は設備投資である。
第2章:最近の景気・金利・価格・外需の動向などに基づく将来の予想が設備投資を決める。
第3章:海外の経済成長と日本の輸出増(=設備投資増)には相関がある
第4章:海外直接投資の増加により企業の業績と実質賃金は直結しなくなった。
第5章:資産価格の低下は(バブルから正常への復帰でも)設備投資を減らす。
第6章:主な需要不足対策は財政支出:需要補填、減税:消費促進、金融政策:設備環境整備。
第7章:需要超過による過度のインフレは景気を悪化させるため金融政策で需要を抑制する。
付論:著者流の景気動向指数の見方を紹介。
キーワードは、じつは「設備投資」だったんだな、と要約しながら気付く。逆にいえば、私自身、要約してみるまで、そう認識していなかった。全体の要約が難しいのは、全体を貫く論理が見えにくいから。キーワードすらハッキリしないのだから、なるほど初心者にはピンと来ないのも当然です。
とりあえず母は、私が作った要約を片手にもう一度読み直したところ、もやもやが晴れたみたい。その後、母と話したことを少しご紹介します。
まず何が問題なのかというと、1章で「景気変動の最大要因は設備投資」といっているのに、その後「設備投資」が本文から消えていく。3・5章は「結局、**のとき国内の設備投資は増え(減り)、景気がよくなる(悪くなる)」と書いてくれないから、1・2章を思い出して補完しながら読まないといけない。
4章は本書の中で浮いている。結局のところ景気と給料の関係がハッキリしないのも大問題。これは第1章の説明に難があって、景気は設備投資の増減で「変動」し、消費によって「水準」が決まる、と強調していないから、消費の大切さがわかりにくい。
消費の規模が大切なら、その最大要因として賃金に注目するのは当然。すると、直近の景気回復では、海外直接投資の増加により、企業の業績が賃金と連動しなくなり、日本の好景気は力強さを欠いた……と話がつながる。4章は単体では難なく読めるけど、大きな物語の中に位置づけるのは初心者には難しいと思う。
岩田さんの本が消費を無視しているわけでは決してない。でも、サラサラッと読んでいくとき、頭に残るのは強調されていること、繰り返されていることなんですよね。
6・7章は、総需要を問題にして、設備投資の話はその一部という扱い。だからわかりにくい。1章で設備投資の増減が景気を変動させると説明したのだから、素人の読者は、デフレ型の不景気なら設備投資を増やし、インフレ型なら設備投資を減らせばいい、と考えるでしょう。
とくにわかりにくいのが需要不足の解消法を説明する第6章。減ったのは設備投資なのだから、素直に設備投資を増やせばいい。なのになぜ、実際には財政支出による需要創出が検討されるのか。そして増やすのも減らすのも難しい消費を増やそうとするのか。やはり、もう一段階、説明を入れるべきところだと思う。
具体的には、「設備投資の増減は民間の自由な判断の結果であって、そこに直接、政府が介入すると資源配分が非効率になる。したがって設備投資の波の抑制は、金融政策による投資環境の調整にとどめるべきだが、残念ながらこの方法には即効性がない。そこで……」という具合。
7章も、設備投資を抑制する、ということを中心に据えて説明すれば、1章から7章まで背骨が通る。需要過多、生産が追いつかない、だから設備投資する、需要がますます増える。この悪循環を高金利で打ち砕く。だが高金利は高コスト。需要が緩やかに増えていくよう、金融政策で投資環境を調節していくことが大切。
わかっている人が読めば、全体としてはそういうことをいっていると読める。でもそれはやっぱり、経済書を読みなれている人の場合。初心者は全体を見通しにくいだろうな、と。
おそらく、岩田さんがこの本のような書き方をしたのは、それぞれの話題について、標準的な観点から説明したいと考えたからだと思う。明確に設備投資を軸に景気を語ると、個性的な本になってしまう。むしろそれを避けたのでしょう。でも、代わりに犠牲になったのがわかりやすさ。入門書としては手痛い。
編集者さんが、もうひと頑張りしてくれたら……。うーん、星4つにすべきだったかな。