趣味Web 小説 2010-02-05

朝青龍引退で号外をもらう

大相撲の横綱、朝青龍さんが引退を決断したそうで、池袋駅前で号外をもらった。産経、毎日、日刊スポーツの3種。日刊スポーツの号外の裏面は、朝青龍さんの軌跡を、たくさんの笑顔の写真でまとめていた。いろんな人と交流して、世界にいっぱい笑顔を生み出してきたんだな。電車の中で、涙がこぼれそうになった。

ことによると、これが私が受け取る生涯最後の号外かもしれないな。千葉県にいた頃は、号外なんてテレビ画面の中の出来事でしかなかった。せっかくだから保存しておこうか、とも思ったが、こういうのをいちいち取っておけるほど部屋は広くない。また、これまでの人生を振り返るに、だいたいこういうのって、それっきり二度と見ることはないんだよね。帰宅後、もう一度眺めて、新聞紙の回収袋へ。

テレビニュースを見ると、街の反応は「解雇しろ」が大勢だった。横綱というのも、公務員とかと同じ「他人」なんだな、と思った。

どうして多くの人は、「他人」の問題となると、「職を奪う」という社会的制裁に簡単に賛同してしまうのだろう。仕事を失うというのはたいへんなことだ。

交通事故で人を死なせてしまっても、以前は仕事を続けることができた。そうでなければ、賠償金だって支払えないだろう。しかし近年は、飲酒運転の場合は即刻解雇する、という流れである。個人的には、放火・殺人と飲酒運転が同列というのは違和感がある。交通事故を起こしたくて飲酒運転をする人は(滅多に)いない。というか、「意図的な事故」なら「殺人」の範疇だ。

社会的制裁というのは結局、私的な制裁だ。客観的な基準がなく、世間の空気が事の軽重を場当たり的に決めてしまう。酔って暴れて、でも被害者との間で示談が成立して助かった、なんて話は私の周りにもある。「横綱だから解雇でいいんだ」という切断思考に、私は与しない。

「被害者の立場になって考えろ」なんてことをいわれるわけだが、酔漢が横綱なら許せないが、一般人ならいい、なんてことがあるのか。自分が酔払い運転の車のせいで怪我をしたとき、運転手が公務員や有名企業の社員なら許せなくて、貧乏な自営業者なら許せるのか。

「他人」にばかり厳しいことをいわないでほしい。横綱の「引退」を「生ぬるい。解雇すべきだ」とまでいった人が、酔って人を殴るようなことがもしあっても、私は「仕事を辞めろ」なんていわないよ。

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