趣味Web 小説 2010-02-19

生産性が2倍になって労働時間が半分にならない3つの理由

繰り返し出てくる、この話題。

主要先進国では年平均2%弱の生産性上昇が続いてる。それに応じて需要をきちんと増やしてきた国では、直近20年で国民1人当たり実質1.5倍程度の経済成長を実現してる。とすれば、もし生活水準を固定すれば、国民の総労働時間は20年前と比較して3割は減らせるはず!?

……といった考え方が現実と整合しない理由は、主に3つあると思う。

  1. 生産性の上昇の大部分は「量」ではなく「質」の上昇である。
  2. 生産性の上昇幅には分野毎に大きな差があり、最低限の生活に必要な要素の進歩は緩やかである。
  3. 自分の生活水準が安定していても、他人の生活水準が向上すると、人は不満を抱く。

「かつての高級リンゴの味は、現在の普及帯のリンゴの味にも及ばない」「鶏卵にサルモネラ菌が付着している確率が、この半世紀で100分の1になった」といった「質」の向上が起きても、私たちが飢えないために食べる必要がある「量」は全く変わらない。

100円ショップなどが物価の岩盤をかなり崩したとはいえ、「量」の革新にはなお壁があり、最低限の生活に必要な費用はあまり下がらない。畜産物や加工食品の品質保証水準の向上には、目覚しいものがありますが、こうした目に見えにくい「質」の改善は意識されず、生産性の上昇を実感できない人が多いのかもしれない。

それからやっぱり、保険診療の水準が現状維持で固定されたとき、海外の医学の進歩が羨ましくなるのは必定。「今後、低コスト化と省力化につながらない医療の進歩は認めない。いま助からない人は、もう諦めなさい」という話に諸手を上げて賛同する人は珍しいと思う。死んでたまるか、ふざけるな、と思うよ、きっと。

定常社会論を形而上的に支持する人は多いけれど、具体的に考えて、それでも賛成するという人は、私の周囲では見かけたことがない。

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