「充実した学生時代」を過ごすのって、たいへんなんだな。ま、こういうのを読んで劣等感を持っても得することはない。「ご苦労様です」と祭り上げておけばよいと思う……のだが、私なんかでも「先輩として何か一言」なんて話を振られた経験はあって。無碍に断れないから、こんな話をしたと思う。
「留年」のコストを意識すれば、たいていのことがうまく回っていく。「失業」不安が多くの不真面目な人をそこそこちゃんと働く社会人に変身させたり、「中退」を忌避することで高校生活を自分で律していくことが可能になったりするのと同じ。多くの日本人は危機感駆動型なので、自分に上手に負荷をかけるとよい。
「留年したくない」と思えば、自ずと勉強や研究に意識が向く。「試験? ギリギリ通過でOKじゃん」なんて危険を冒す考え方とは、距離を置くことになるだろう。
留年すると、年収1年分などが消え、生涯収入が減る。これが大きい。入社1年目の収入はバカにできない。生活費は留年しなくたって必要になる出費だが、就職すれば住宅手当がつく。さらに「入社が1年早い=出世も1年早い」と仮定すると、定年は決まっているのだから、最も給料が高い1年分の収入が消えることに気付く。年金の支払い免除期間が伸びれば、将来の受取額が減る。現在割引価値で考えても小さな額ではない。
もちろん、収入が減るだけではなく、出費も増えることになる。まず授業料。私大なら80~200万円くらいにはなる。同じ科目なのに教科書の指定が変わって買い直しになったり、といったロスも地味に痛い。一人暮らしなら家賃の負担もある。
その他、就職活動で留年をプラスに転化するのは容易ではない。面接のポイントが少なくともひとつ明確になるという意味では、「対策しやすくなっていい」といえなくもないが。それでも生涯年収の期待値が2%程度は減るかも、という算段は成り立つのではないか。
以上の話を逆に読むと、学歴が利益につながらない世界へ進むなら、大学で時間を無駄にしない方がいい。早く仕事を始めた方が、生涯収入は増えることになる。
ともあれ「留年」は、もしその理由が単なる怠惰だとすれば、相当にコストが高い。しかしその多くが「生涯収入の減少」によるものなので、「ま、いいか」となりやすい。もったいない話だ。人生は長いが、しかし1年は1年だし、500万円は500万円である。
まじめにお勉強してる学生は就職に有利である、という「当たり前」のことが、きちんと書かれている本。個別の採用担当者にはいろいろな考え方があるだろうけれども、傾向としては、遊び呆けていた学生より、まじめに授業に出て、研究に打ち込んでいた学生の方が人気があることは間違いないと思う。
留年のコストを出費の方だけで見積もって「これならトントン」と判断して実行してしまった人は、就職活動の面接で話す予定の言い訳を見直した方がいい。留年を正当化するなら500万円分のコストを説明できているかどうか、「反省してます」なら状況認識の度合は適当かどうか、ぜひ再検討してほしい。
……なんて書いてみても、これを読む人の大半は高校生でも大学生でもないだろうし。ていうか、そもそも「充実した学生生活」なんて、どうせ大半の人には無理な話なんだ。できもしないことを目指して、当たり前のように失敗して、自己嫌悪に陥って。それで人生、楽しい? ハイ、といえる人はご自由に。私は降りる。
留年だって、したっていいんじゃないの。500万円くらいの損、どうってことないよ。現に大勢が留年してるわけでさ。それで人生が終るわけじゃない。だから本当の本当にひとつだけ、敢えていうなら、
これだね。意外と、死んじゃうんだよ。一番、身体が丈夫な時期のはずなのにさ。父の友人は、山で亡くなった。先輩の知人は、酒で亡くなった。祖父の弟は、南方戦線で散った。みんな、死にたくて山に行ったわけでも、酒を飲んだわけでも、出征したわけでもない。それなのに、二十歳前後で命を絶たれた。
誤解を恐れずに書けば、「いま自分は生きている」。何を気をつけてきたわけでもない。運がよかっただけ。そして、馬齢を重ねてさ、「俺がアドバイス? 無理だよ、そんなの」って困った顔をしながら新入生にお説教をする。小さな幸せ、だよね。
あ、ちなみに、【4.】は社員寮自治会主催の新入社員歓迎会に呼ばれたときに私が話してきたことの一部改変バージョン。私にお鉢が回ってくるのはいつも二次会なので、まあこれでいいと思う。立派なことは他の人が散々話してくれているし、1分もスピーチすれば長すぎるくらいでしょ。