竹中正治さんの記事なので、論旨はわかる。でも、編集者がつけた記事タイトルとはスッキリつながらない。記事の内容は、郵貯の運用がデフレ予想に賭けて長期の国債に偏っているため、インフレ・利上げ局面では定額貯金の「6ヶ月経過後は解約自由」という商品性が不利に働き、大幅な損失を出すだろう、というもの。
私なりにタイトルに合わせて内容を補うと、多分こういうことだと思う。
限度額の引き上げで増えるのは高い運用利回りを求めるお金であり、その大半は定額貯金に入るだろう。現在の定額貯金の金利は、民間金融機関の長期の定期預金より低くなる仕組みだが、デフレ・低金利局面では、金利差は僅かなので「暗黙の政府保証」幻想で人気を集めるだろう。
しかし定額貯金は簡単に借り換えや解約が可能な商品だ。インフレ・金利上昇局面では、民間金融機関の長期定期預金との金利差が大きくなり、貯金の流出が起きると考えられる。このときゆうちょ銀行は高値(低金利)で買った国債を安値(高金利で割り引いた価格)で売って現金化せねばならず、膨大な損失が出る。
ゆうちょ銀行が破綻を避けるためには、低金利を維持しても郵便局ネットワークの利便性ゆえに口座を解約されない小額の普通預金需要に特化していくべきだ。デフレと低金利が続けば財政の悪化は止まらず、いずれ国債価格は下がる。インフレ・金利上昇局面がこないことを祈っても未来はない。
となれば、預金限度額は引き下げた方がよい。貯金残高×平均利ざや=粗利益だから、限度額を引き上げれば短期的には利益が増えるだろうが、それは郵政崩壊への道なのだ。
郵貯が「暗黙の政府保証」幻想を抱えつつ破綻しないためには、国債中心のローリスク運用を続けつつ、民間銀行より金利が低くなっても見捨てられないであろう普通預金需要を中心に細々とやっていくしかない。
物価をはじめ経済環境の異なる国々の間で郵便物の集配を実現するために万国郵便条約が存在し、郵便にはユニバーサルサービスが必要だ、ということが謳われている。日本もこの条約に参加しているので、郵便はユニバーサルサービスを維持しなければならない。
が、「山小屋等を含む、全ての人家から徒歩30分以内の場所にポストを設置し、毎日郵便物を集荷しなければならない」なんて無茶を要求されているわけではない。過疎地から郵便局がなくなっても、それがただちに条約違反だということにはならない。そのあたりは国民の価値判断に任されている。
しかし残念なことに、国民の意見はよくわからない。だから私も勝手な予想を書くのだが、ユニバーサルサービスの維持コストが明確になれば、多数意見は「もっと水準を下げてよい」となるのではないか。
しかし割を食う田舎の人々は、きっと大きな声を上げるだろう。だから多くの政治家は、何かしら詐術を編み出してコストを見えにくくし、サービスを維持しようとする。例えば、信書事業を独占させ、高い郵便コストを黙認することが、その一例だ。これは資本主義の原則に反する政策だが、税金を投入すると強烈な反発があるので、このような形でユニバーサルサービスの維持コストを捻出している。
改めて強調するが、これは詐術である。税金だろうと、独占による価格吊り上げだろうと、結局は国民が薄く広くユニバーサルサービスのコストを負担していることに変わりはない。だが、増税より独占価格に日本国民は甘い。理由はわからないが、ともかくそうなっているので、こんな詐術が成り立つのだ。
郵貯の限度額引き上げは、本来、不要なはずだった。信書事業の独占により、ユニバーサルサービスの維持コストは確保できるはずだったのだ。ところがヤマト運輸や佐川急便のメール便などに市場を侵食され、状況が変わってしまった。
みんながやりとりしていた封筒の中身のほとんどは「信書」ではなかったので、例えば定形郵便を80円を100円に値上げしたとき、ストレートに「収益が改善する」とはいいきれない。メール便などに需要が流れて、かえって赤字になるかもしれない。
日本郵政に信書市場を独占させる理由を「ユニバーサルサービス維持のコスト捻出のため」と明確にしたうえで国民の了解を取り付けていれば、こうはならなかった。しかし実際は、信頼性やら何やらという説明を前面に出していたので、メール便を認めざるを得なくなった。そうして、信書市場の独占だけではユニバーサルサービスの維持は不可能となり、「だったら郵貯で稼げるようにしよう」という話になったわけだ。
しかしその問題点は既に述べた通りだ。「暗黙の政府保証」はそもそも幻想だし、インフレ・利上げ局面で大きな金利差すら相殺するほどの魅力があるとは考えられない(実際、税金の迂回投入による金利補助がなくなって以降、利回り比較で優位性のない郵貯の残高は次第に減りつつある)。
ゆうちょ銀行はむしろ運用目的の預金需要とは距離を置き、将来の破綻懸念を払拭するべきだ。郵便事業のユニバーサルサービスのコストをゆうちょ銀行に押し付ければ、いずれ大変なことになる。こうした公共サービスのコストは、きちんと国民の理解を得て、わかりやすい形で徴収する方がよい。
例えば、固定電話のユニバーサルサービスの維持コスト負担を参考にできないか。もともと郵便の価格を10円、20円上げても利用者が減らなければ何とかなるという程度の話なのだ。信書の独占を廃止した上で、個配サービス業者みなが、配達物ひとつにつき1円とか5円とかその程度の価格(未検討)を上乗せしてお金を出し合えば足りるはずだ。
が、それでは郵便事業の支援どころか、ゆうちょ銀行自体の維持経費も賄えないのでは? という疑問がある。田舎ではゆうちょ銀行が唯一の金融窓口であり云々。しかし端的にいえば、そのような土地には民間金融機関が支店を置いても儲からないから郵便局しかないのであって、その維持に無理があるのは当然である。
全国にくまなく展開しているところにゆうちょ銀行の強みがある、と私は思う。その利点が収益に結びつかないか。つかない、ということならば、税金を投入するか、何らかの特権を与えるしか、窓口を維持する方法はないだろう。
「日本郵政のグループ内取引は消費税を免除する」という亀井案は、ひとつの特権のあり方。他にも、これは全くの素人考えだけれども、「田舎の郵便局はコンビニ等の商店を兼業してよい(=家賃や人件費の大半は兼業する商売の収益で賄うようにする)」といったことも考えられると思う。
田舎の小さな郵便局へ行くと局長が昼寝をしていたりする。クリーニング店、衣料品店など、店員が暇そうに談笑していることの多い商売となら、兼業しても激務で死ぬようなことにはならないと思うのだが、どうだろうか。
郵便事業と異なり、銀行や保険の窓口にユニバーサルサービスを義務付ける根拠は乏しい。が、国民が「採算に合わなくてもやれ」というなら、そのコストを明示して、やればいい。ただ、郵便の場合は条約という大義名分と信書市場の開放という取引材料があったから民間業者を巻き込める可能性があるけれど……。なので、前段では民間金融機関を巻き込まないアイデアを書いてみた。
5年前、構造改革より金融緩和の徹底こそ優先すべき、という話は理解できたけれども、正直なところbewaadさんが郵政の民営化自体に首を傾げる理屈がよくわからなかった。が、いま読み返してみると、ものすごくシンプルな話で、いったい何がわからなかったんだか……。
ようするに、日本郵政が競合他社にないユニバーサルサービス提供という制約を課せられるなら、何らかの補助なしに事業を継続できない。日本郵政が優れた事業体だとしても、民間企業の弛まぬ努力にハンデ戦で勝ち続けることは不可能に近い。国民が田舎の生活水準の低下を我慢できないとすれば、「民営化」など国民負担を見えにくくするだけのまやかしでしかない。
既に書いた通り、郵便事業だけなら、完全民営化+ユニバーサルサービス維持負担金という形で実現し得ると私は思う。しかしゆうちょ銀行やかんぽ生命の窓口も維持しようとすると、いまのところ具体像が想像できない。必要な公共サービスなら官営の方がわかりやすい、逆に民と官が競合するのも馬鹿げた話だよね、というbwaad案が、ようやく腑に落ちた。