趣味Web 小説 2010-04-23

memo:SKKの話題の補遺

そもそも単一の漢字を変換するのに SKK は向いてません。「げん」からだと「現」といふ漢字を出すのに、何回もスペースキーを押す必要がありますが、そんな必用(場面)は殆んど無いでせう。有りそうな場合、例えば「現実」とか「現に」ならば、一発で変換できます。

私がSKKを使ったのは1998年から2000年までの3年間です。その間、送り仮名には散々泣かされ、SKKが1字ずつ平仮名・漢字を指定する仕組みであることをずいぶんと呪ったものです。

例えば、「笑う」を「笑らう」と覚え違えていると、SKKは使えない。手書きなら覚え違いをしたまま「笑らう」と書けて、文意もちゃんと伝わりますよね。MS-IMEなどなら、変換キーを叩けば「笑う」が出てくるから、「あー、正しくはこう書くのか」とわかる。SKKだけが、何のフォローもしてくれない。

あと工学部のレポートなど専門用語の多い文章を書いていると、SKKが熟語辞書の弱さを思い知らされました。仕方なく1字ずつ変換するという場面が非常に多かったんです。個人の計算機なら辞書を鍛えればよいのでしょうが、学生時代に使っていたシステムは共用でしたし、いま仕事で使ってるPCも共用で、個人の勝手で辞書はいじれない。それでもMS-IMEはSKKと比較するとイライラが少ない。標準搭載の辞書の出来がいい。

しかし私がSKKを使っていた頃から、もう10年が経っています。「最近のSKKは進歩してますよ」という可能性はあるので、昔話として書いたつもりです。しかしいずれにせよ、かつて私がSKKにイライラさせられた最大の理由は、私自身の漢字力不足でした。SKKの基本構想には、今でも魅力を感じます。

「IM としての SKK の頑張り」に限界はあるだらうが、「ユーザの頑張り」によってその限界は打破できる。といふか、SKK はユーザにとって頑張り甲斐が有る IM を目指してゐるのではないか。で、その意図は成功してゐるし、実際頑張り甲斐は大いに有ったと爺は自負してゐます。

費用対効果のバランスは人それぞれ、という前提が組み込まれた話だと思うので、この点に異論はありません。

私がSKKを週に1~3日程度使用していたのは10年前の話です。しかし3年間も使って少なくとも原稿用紙数百枚分の文字をSKKで入力したので、それなりの使用経験はあるといっていいと思いますよ。

自分はSKKを使いはじめて1年未満だけど、「先日は 釣りをして 楽しい時間を 過ごした」のように単文節で考えています*2けど。入力するためには途中でShiftキー等を押してやらなければいけないけど、そこは無意識に指が動いてくれる。頭の中で「先日 は 釣 りをして 楽 しい 時間 を 過 ごした」なんて分割して考えない。しいて言えば「指が(頭の変りに変換して)考えてくれている」のかな。車の運転と同じで、ブレーキを踏むのに「右足よブレーキを踏め」なんて考えない。ブレーキと思えば右足が勝手に動く。

(中略)

もし、野嵜さんが1年間SKKだけを使い続けたならば、「SKKだと、部品としての語を打込んで、それを組立てて、思想を作り上げる。」という感想とはまた違ったものになるだろう。

私の意図もこれに近い。野嵜さんがSKKに不満を持ったこと自体は共感できるけれども、SKKの支持者は文節を理解しないとか、そういった批判は全く見当外れだろう、と。また野嵜さんは、頭の中で漢字と仮名を明示的に指定しているなんてありえない、とも仰ったから、「いや、私は明示的に指定してますよ。だいたい、そうでなかったらペンで紙に字を書くとき野嵜さんはどうしているんですか?」という話も書きました。

野嵜さんだって、遅くともペン先が紙に触れる前の段階で、漢字が仮名かを決めているはず。ペンで書くときはあらかじめ漢字と仮名を決めているのに、キーボードを使うときは決めていない、なんて器用な頭の切替がどうして可能なのか、私はむしろそのことの方が不思議なんです。で、自分の場合について考えてみたら、私は喋るときですら漢字かな混じり文が頭の中にあることに気付いたんですね。これは面白いな、と。それで記事を書きました。

野嵜さんは変換する際に引っかかる、ストレスになるのが嫌だと言っているのだから。溢れ出る観念を固定させている時にストレスがあったら、良いアイデアを忘れてしまうかもしれない。だから使い慣れた連文節変換でスイスイ入力できたほうが(使い慣れていないSKKと比べて)良いに決まっている。

野嵜さんがそういうことだけ書いていたなら、「そりゃそうでしょうね」という以上の感想はない。私自身、SKKを使う気にはなれないわけですし。でも実際には、私が引用した箇所のような発言をされていたので、それを契機としてあれこれ考えたわけです。

自分が以下に書くみたいなタイプの人間ではないので飽く迄も推測として書きますが、若し日本語の文章を書き言葉の文字列の形態で想起できる人が存在するのであれば、其の文章中漢字で表現したい部分をピンポイントで変換させる事が出来るSKK みたいな日本語入力も利用価値はあるかも知れません。書き写したい漢字かな交じり文が既に想起されてるんだから、後は想起された文章を何らかの手段で複写してやる丈です。

私にとっては、ペンで紙に文字を書くのも、キーボードから文字を入力するのも、まさにその「想起された文章を複写する」作業なんです。

ついでに書く

ドメイン情報のどの部分で嫌がらせが出来るのか見当も付きませんが、嫌なら独自ドメインをやめてプロバイダや無料ホームページサービスを利用するようにしたらどうでしょう。

ドメインを取得するには住所氏名の登録が必要なので、数年前までは、ドメイン管理者情報を調べると、個人情報がわかることが多かったんです。それで何か具体的な被害が発生した事例はほとんどないのだけれども、自分に対して怒りや憎しみの感情を抱いている不特定多数の人々に住所や氏名を知られているというのは、十分に怖いことです。

サイトが「炎上」したときなどに、管理人の自宅の近所の写真がネットにアップロードされたケースなどは知っています。私自身はその画像を確認していないのですが、ワーワー騒いでいる人々の話の流れからすると、ブラフではなく本当に近所で撮影されたものらしい。でもやっぱりそれは例外ですね。「こっちはあんたの家を知ってるぞ」という圧力をかけるにとどまるのがふつう。

で、今度は架空の住所氏名を登録するという対抗策が出てきたんだけれども、それはそれで「規約違反だ」と通報してサイトを潰そうとする嫌がらせが登場する。

そんなこんなで、近年ではもうすっかり、ドメイン取得代行業者の名前と所在地をドメイン管理者情報として書き込むのが一般的になりました。それでも、意外と今でもハンドルネームを使っている人の本名がドメイン検索をすると出てくるということは多いみたいです。住所が出てくることは本当に減りましたが、名前は意外と出てくる。個人サイトにアクセスできないときなどに、サーバーの一時的な問題なのか、それとも閉鎖されてしまったのかを判断する材料のひとつとしてWhoisを調べてみることがあるのですが……。

*4:この頻度で登場するということはリアル友達なのか?

違います。面識もありません。日頃から顔を合わす相手なら、ネットでやり取りはしません。だって文章を書くのはものすごく面倒くさいことなので、リアル知人が相手の場合、どうしても、より手間の少ない会話という手段に流れてしまいます。形になって残るものがないのは残念だけれども、それだけの理由で文章を書くのは、なかなか難しいです。

追記(2010-05-04)

3年間SKKを使ったのは、私がPCを所有しておらず、メールのやり取りや、一部のデータ処理とレポート作成には、大学の情報処理室のUNIXで作業するしかなかったためです。単語登録は不可でした。

「だ+か+ら(略)」の件は、結局、私はキーを打つのが遅いので、全く手書きと感覚が一緒なんですね。連文節変換でも、私は「ひとつひとつキーを叩いている」という感覚なんです。

もうひとつは送り仮名の問題ですね。頭の中で「笑らう」というフレーズが浮かんでいるとき、「WaRau」では変換できない。「笑う=WaraU」しか受け付けてくれない。送り仮名には散々泣かされたので、「笑=Shou」「う=U」なんて入力をよくやっていました。通ると思った変換指示が通らないことが一番のイライラ源なので、少し面倒でも、絶対に成功する入力方法を選ぶことが多かったんです。送り仮名をマスターできればよかったのでしょうが、辞書が手垢で黒くなっても、送り仮名は覚えられませんでした。何回でも同じ漢字で送り仮名を迷う。「覚えられない」とは、そういうことです。

タッチタイピングも私が挫折したことのひとつです。100時間頑張ってダメだったことは、諦めてきました。

もし最近のSKKが「Warau」で「笑う」、「Kieru」で「消える」、「Okurigana」で「送りがな」「送り仮名」と変換してくれるなら、かつての苦労はもはや過去の話となるのですが……。単文節変換に完全対応してくれたらなあ、みたいな。それはもうSKKじゃないような気もしますが。

でも「消える」と「消る」、「送りがな」と「送くりがな」みたいなことでいちいち迷い、「Shou」「Eru」、「Sou」「Kurigana」と入力してた記憶は、いまもSKKの印象に大きな影響を与えています。

「大きな」「大おきな」、「与える」「与たえる」、「迷う」「迷よう」……これらをいちいち迷う人を想像してください。

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