趣味Web 小説 2010-06-14

更新料の是非は市場の判断に任せてほしい

前のアパートの大家さんから聞いた話をまとめた記事、なぜ賃貸物件には軽量鉄骨造や木造が多いのか(2010-06-13)から、更新料に関する内容を分割。

1.

近年、更新料を否定する判決が相次いでいるが、どう考えているか、訊ねてみた。

えっ!? うーん、それは、学生向けではなく会社員向けの賃貸の場合、家賃+共益費だけで比べる人が多い、という事情を汲んでほしいところ。以前から、相続税対策として人件費を考慮しない賃貸アパートとの勝負を強いられている業界なので、うちのように賃貸だけやっている業者はどこも利益率が低い。

最初に話した通り、賃貸の家賃は真っ先に比較されるので、多少、品質に差があっても、市場の圧力によって、立地・間取り・築年数の3要素で平準化されてしまう。同じ築10年でも、きっちりリフォームをしている物件と、ペンキの塗りなおしくらいでリフォームと謳っている物件の家賃が、同じになってしまう。今では仲介業者の方もていねいに説明してくれるようになっているが、状況に変化はないのが現実だ。

立地・間取り・築年数の3要素と家賃の比較をくぐり抜けた先で、礼金などの部分で価格幅を持たせ、様々な品質の物件を提供していく、というのが基本的な戦い方だ。性急な規制は、地味に高品質な賃貸物件を淘汰する結果を導く。これは業者側の理屈かもしれないが、司法の市場介入は、消費者の利益にならないと思う。

更新料等の対価性が不明瞭だという批判はその通りだが、ここに濡れ手で粟の不当な利潤が発生していると見るのは事実に反する。

ちなみに私は、礼金も更新料も払った。それで納得して契約をしているのだから、当然だ、というのが私の発想。とくに更新料の場合、契約期間で割って実質の月額家賃を計算するくらい、大した手間ではないだろう。この程度のことを「わかりにくい」と言い募って、市場の知恵を否定することには賛成できない。

2.

更新料や礼金は、消費者心理と市場経済のすり合わせに適しているから、存続してきた。自由な市場の知恵であり、これを観念的な「正義」によって市場から排除することには、賛成できない。現状でも、更新料なし、礼金なしの物件は多数存在する。消費者の選択に任せるべきだ。

現状、立地・間取り・築年数の基本3要素と家賃の比較で物件をふるいにかけてしまう消費者が多い。こうした商環境で、高い品質をストレートに家賃に反映させるのは、リスクの高い行為だ。品質を「最優先」とする消費者は少数派だからだ。とくに独身者向けワンルーム物件の市場においては、その傾向が強い。

「家賃は横並びだが、礼金や更新料には幅がある」という従来の仕組みは、「まず重視するのは基本3要素だが、次に大切にしたいのは品質だ」という消費者の嗜好にマッチしていた。候補を絞った中から、礼金や更新料の違いを眺めつつ、内覧を繰り返して適当な部屋を選択するのは、よくできたシステムだと思う。

最初に家賃でフィルタリングされる市場で、品質を家賃に反映することを強要すれば、「平均より品質のいい部屋をご提案したい」と考える不動産業者が淘汰されやすい。とくに「築10年以上だがリフォームをきちんとやっていて壁や床の品質がいい物件」が割を食う。新しい物件がイメージ先行で過大な人気を集める状況、高品質で長く住める賃貸住宅が建設されにくい状況に拍車がかかる。

価格の多様性が失われれば、品質競争の幅は狭まる。最大公約数の需要を満たす、見た目はきれいだが造りの安いアパートを、建てては壊し、建てては壊し、のサイクルが固定化されていく。それが本当に、より多くの消費者の利益になるだろうか。

この記事で、私は更新料を擁護する側に立った。だが、私の意見は、間違っているかもしれない。それは、わからない。が、これは消費者の利益に関わる問題なのだから、可能な限り、判断は市場に任せるべきだ。

私は、「正義」を振りかざして、市場を上から再設計しようとする試みには賛成しない。現状に挑戦したい人は、起業して自分でリスクを負ってほしい。自由経済は、挑戦者に門戸を開いている。北海道のように、更新料なしの物件が多い地域もある。更新料がない方がいいと考える消費者が多いなら、更新料なしの不動産業者が必ず市場でシェアを伸ばしていく。

既存の業者が結託して更新料なしを謳う新規参入組を妨害するなら、それは市場の機能を損なうものだから、排除しなければならない。生産者・サービス提供者が自由にアイデアを試し、消費者が自由に選択できる環境を守ることは必要だ。しかし、それ以上の規制を行うことには、慎重の上にも慎重になってほしいと願う。

3.

賃貸物件の更新料については、様々な論点があるので、興味のある方はいろいろな記事を参照なさってください。

こうした記事を読むと、市場でちゃんと価格競争があって家賃等が決まっているのに、更新料はぼったくりだとか何とかいう人が世の中にはたくさんいることがわかる。そのような感覚で更新料を憎み、司法や行政を通じた上からの市場改革が支持されているのだとすれば、結果は悲惨なものとなる可能性が高い。

総務省の横槍が携帯端末の買い替え消費を冷え込ませて市場の縮小を招き、端末メーカーの淘汰に至った事例は記憶に新しい。だが総務省はもちろん、審議会で意見を通した学者にも反省の弁はない。「今までがおかしかった」と堂々主張している。たかが「端末価格・通信費の分離・見える化」が、淘汰されたメーカーの社員・関係者の苦しみに見合うものだったとは、私には思えない。

こんな「正義」に何の利益があるのか。同じ過ちが繰り返されないことを望む。

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