趣味Web 小説 2010-06-13

なぜ賃貸物件には軽量鉄骨造や木造が多いのか

1.

家具付賃貸という概念は、あるいは物件は、日本にはない。

レオパレスは家具付き賃貸の成功例だと思う。大学生や新社会人に人気。私の弟なんか、今では私より年収が多いのに、学生時代からレオパレスの家具付きワンルームを渡り歩いて暮らしている。考えることが少なくていいよ、という。とりあえず、耳栓とかイヤホンとかがあれば、とくに不自由はないそうだ。

電話しても不在のことが多いので、もしかすると、ふだんは他の家で暮らしているのかもしれないけど。

2.

以前の部屋を契約更改したときに大家さんから伺った話を少し。ただ、何の証明も裏付けもない話だから、不動産の素人である私の創作だと思っていただいてもよい。約半年も前のことだし、聞き手の私の勘違いも含まれていると思う。文責は全て私が負う。

賃貸物件市場の制約

賃貸物件を探す人の大半は、まず、位置(交通の便など)、間取り、築年数など、紙の資料で簡単に比較できる項目だけを基準として、家賃と比較してふるいにかけてしまう。賃貸物件に鉄筋コンクリート造の家が極端に少ないのは、そのせいだ。住んでから、音を気にする人は多いけれども、一番最初に品質に見合った価格というものを考えない客が多い以上、遮音性に優れた賃貸物件が多数派となるとは考えにくい。

言い換えるなら、「隣がうるさい」というのは、入居してから文句をいう事柄であって、部屋選びの際にはそれほど重視されていない。大家に訴えて隣人に静かに生活してもらえばいい、といった、マナーの問題と捉えている人も相当に多い。隣同士でお互いに騒音の苦情を出しているケースもある。楽器を演奏する人などは別として、たいてい「自分は静かに暮らしている」と思っている。

防音の優れた物件なら、自分も自由に気楽に生活できるというメリットがあるが、なかなか理解されない。うちも高級物件として提供しているが、苦戦している。独身者向けワンルームと防音は両立が難しい。

もっとも、地図を見れば一目瞭然な「線路脇」物件は、家賃が下がる。隣人選びは運次第、不運でも大家経由で文句をいえばいい、と思う人も、さすがに鉄道会社に文句をいおうとは考えない。また当たり前のことだが、線路脇に高防音の物件を建てても、価格競争力がなくなるだけで成功しない。駅近のメリットがあっても、線路と垂直に100m離れた物件と、線路沿い100mの物件の価格比較をされるからだ。

レオパレス21の成功

レオパレスの成功は、紙1枚の資料の段階でお得感を演出するのがうまい、という点にあった。これはネットで家賃を比較される状況にもマッチしている。

敷金・礼金が0~1ヶ月、直接申込中心で仲介手数料ゼロ(ブランド力ゆえ)、家具付き、ネットあり、宅配ボックスやCATVなど物件情報として記載しやすいオマケを充実、同時に価格を比較されにくい保険料等を少し高めに設定するのも抜け目ない。コストメリットのアピールが上手だ。

ちなみに、同等価格帯の他の賃貸物件より壁や天井の遮音性能が低いとか、窓枠が安くて虫が入りやすい、といった事実は把握していない。たしかに単純にサービスと価格を比較すれば、レオパレスは安価だ。しかし、大手ならではのスケールメリットは相当にあるだろうし、うちの物件も自慢できるほどの品質ではない。価格ほどの差はないのでは、と予想している。

保証人の条件が緩かったり、故障設備を簡単な審査で無償修理するといったサービスには、コストがかかる。実際は価格相応なのに、価格の全く違う実家との落差に驚いたり、間取りだけ見て同等家賃のアパートと比べている人も多いだろう。ネットの評判は、単純には参考にできないと考えている。

ただ、最近は不況の影響か、豊富なオマケで「それなりの価格」をリーズナブルに見せるより、単純に家賃の安いアパートが強い。今は我慢のときだと思う。

分譲マンションが高品質な理由

では、なぜマンションを購入するような場合だと、途端にコンクリートの人気が高まるのか。コンクリートの物件が多数派なので、むしろ鉄骨造や、木造の低層集合住宅が安っぽく見える、という「卵が先か、鶏が先か」の議論もある。が、多分それは正しくない。

これは推測だが、心理的な問題ではないか。人には、大きな買い物をするときには、日常の節約観念から解放され、品質を追う傾向があるという。一点豪華主義なんて言葉も人口に膾炙している。月々の家賃を払うのも、数十年にわたってローンを返していくのも、形式的には大差ない。だが、毎月の家賃負担と、大きな買い物の分割後払いとでは、心理的に大きな違いを感じる人が多いらしい。

賃貸物件のこれから

家賃は日常の生活感覚の内側にあり、品質より価格を重視しがちになる。だから木造や軽量鉄骨造が選ばれてしまう。この構造がある限り、少なくとも日本の賃貸物件の品質(とくに防音・防振)は、なかなか向上せず、当面は、都市ガス、追い炊き対応給湯器、温水洗浄便座、CATV、光回線、ゴミ収集ボックス、宅配ボックスといったオプションの充実を競う方向になるだろう。

だが本来は、建物で勝負したいというのが、不動産屋の心意気だ。首都圏でも、断熱性の高い壁、二重サッシ、天井裏換気など、気温や湿度のコントロールに優れた部屋を提供したい。現状ではニッチな需要しかないが、エアコンと浴室乾燥機で事足れりとするような風潮には満足していない。床暖房も研究しているが、東京ではエアコンの効きをよくすることが優先課題、という認識だ。

もともと、高度成長期に海外へ旅行して、日本の住環境の水準の低さに衝撃を受けて、この業界に飛び込んだ。分譲マンションはかなりよくなったが、賃貸はまだまだ。今後も、微力ながら、快適な住環境の普及に努めていきたい。

3.

大家さんの話は、デジカメの画素数競争にも通じる。大切なのは写真の品質であって、という建前には、大勢が賛同する。けれども、店頭に並ぶ数十の製品群を前にして「実際に写真を何枚も撮って比較しようぜ」という提言が現実味を持たないこともまた、よく理解できる。

そして、こういう話を聴いた私も、栃木県へ引っ越す際、住宅の品質で物件を絞り込むことはしなかった。自宅の玄関から職場の自分の席まで30分(職住隣接)、自動車を持ちたくない(駅近物件)、這って行ける距離に病院がほしい(一定以上の人口密度)、あと予算、という条件を優先にしたら、適当な高品質物件がなくなってしまったのだ。

家族向け分譲マンション(数年間の転勤に伴い、個人が不動産屋に委託して時限的に自宅を貸す物件)は完全に予算オーバー。中古の家族向け分譲マンション(空き部屋を不動産屋が買い取って賃貸にした物件)は自動車前提の立地で築20年オーバー。他の高品質物件は通勤1時間超。選択肢が乏しかった。

輸入野菜なんかもそうだけど、品質を価格の問題とは考えず、倫理や規則の問題だとみなす消費者が多ければ、生産者が「安くてギリギリの品質で綱渡りを続ける」状況は変わらない。自分は高品質物件を選ぶぞ、というだけではダメで、大勢に「品質を買う」価値観を普及していかねばならない。

いや、そんなの無理だろ……というなら、まあ、「文句をいっても始まらない」のだと思う。

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