趣味Web 小説 2010-07-19

ネズミは硬いものを齧らないと歯が伸び過ぎて死ぬ、って本当?

1.

ネズミなど、げっ歯類は無根歯または常生歯と呼ばれる「伸び続ける歯」を持っています。そしてときどき、歯が伸び過ぎて食事ができなくなり、死んでしまう個体も出てくる。これを観察した人々は、「ネズミは硬いものをかじり続けないと歯が伸び過ぎて死んでしまうのだ」と考えた。この説明は、図鑑などにも載っています。ところが、じつはそうではないのだ、とcomplex_catさんは説明します。

同じ(硬いものがたくさんある)環境で育てても、異常な個体と、正常な個体が同時に登場することに、complex_catさんは気付きました。調べてみると、歯が伸びすぎる個体は、あごの関節や筋肉に異常があったのだそうです。……とすると、ネズミの歯が磨耗するのは、餌を食べたり、檻をかじったりするときではなく、上下の歯をこすり合わせるときなのではないか? complex_catさんは、そう結論します。

ネズミのあごの力はそれほど大きくないため、尖った歯の先端をノミのように使い、少しずつ削っていくことで硬い殻を持つ種子を割っています。それゆえ、歯の先端の切れ味が鈍ることは、死活問題です。ネズミの歯が伸び続けるのは、「上下の歯をこすり合わせて歯先を研ぐ→種子の殻を削る→エッジが甘くなる→また歯先を研ぐ」というサイクルで、どうしても歯が磨り減っていってしまうからです。

……ん? 結局、硬い殻をかじるから歯が短くなるんじゃないの? いや、そうではないのですね。工具のノミは、刃の先端がほんの僅かに丸まってしまうだけで、途端に切れ味が落ちます。そのまま使い続けても、ノミが短くなることはない。でも、ノミを研いで切れ味のいい状態を保ちながら使っていくと、次第に刃が縮んでいきます。これは包丁の手入れに熱心な方なら、日常生活の中でも体感されていることだと思う。

complex_catさんの仮説は、なるほど説得力があるな、と思いました。

2.

お子さんに話したら分かると思いますが,「ネズミって硬いものずっと齧っていないと歯が伸び続けて死しんじゃうなんて,伸びないようにすればいいじゃない。なんて馬鹿なの死ぬの?」って言われたとしたら,そうだね,間抜けだねって答えて,疑問が生じるかどうかという話なんです。

だから,歯が伸びてしまわないような方向にやりくりしなかったのは,硬いものを齧り続けるからではなく,硬いものでも対処できるように歯をメンテするために必須だったからが正しいということになります。「だったら,硬いものを相手にしない場合は,どうなるの?」っていう疑問に対して,「それには硬いものを齧るんだよ」。という素晴らしく間抜けなストーリーが,「ネズミは硬いものを齧り続けないと歯が伸びて死んでしまう」という言説の正体です。何にも答えになってないし,トートロジーにはまった間抜けな生き物に,齧歯類を貶める反自然科学的所業ですな。

個人的には、この主張にまでは頷けませんね。特定の状況に対応して進化した生物が、その特定の状況と一蓮托生の道に入り込むことは、珍しくないと思うのですよ。水中生活に特化してしまったワニは、恐竜が滅びた後も、地上の覇者とはなれませんでした。みんなの苦手な数学を頑張って得意科目にしたはいいけど、他の科目の成績は並以下になってしまい、受験科目に数学のない学部・学科への進学が困難になった、みたいな。

種子の硬い殻を割る能力を得たネズミが、その代償として硬いものをかじらずには生き続けられない身体になってしまった、というストーリー自体に、特段の違和感はありません。complex_catさんは、世間に流布している説より妥当な仮説を思いついた状態から逆算して、従来の主張を「間抜け」といっているように、私には見えます。

生物の設計には不合理な箇所が多々あることが知られています。最初に変な設計の生物が総合点でシェアをとってしまったために、後から苦労して欠点を補う進化をしていく、というような。私が体感したのは、後足のひざ関節の問題。4足歩行の簡単なロボットを作ったとき、ひざの表裏は逆の方が都合がいいことに気付きました。なるほど、速く走る動物の多くは、くるぶしから先を伸ばして(逆にくるぶしから上は縮めて)、苦労して逆ひざを作っているわけです。

硬い殻を割るアイデアのうち最良のものが、ネズミにおいて実現されているとは限りません。こう考えるのは、決して「反自然科学的所業」などではない。むしろ「げっ歯類を貶める」などという情緒的な発想こそ、偏見で目を曇らせる原因となりやすいと思う。

だからここはシンプルに、世間で常識とされている説明も、その根拠が科学的に怪しい場合は、「本当にそうなのか?」と思って観察してみる価値がある、とだけいった方がよいのではないでしょうか。

3.余談

漢字の誤変換がかなり多い記事で、本題とは別に、気になりました。とくに鑿(のみ)と書いて「かんな」と読ませているのは不思議。どうやって変換したのだろう。ちなみにカンナはふつう、「鉋」と書く。ノミもカンナも刃物として機能するメカニズムは類似しているので、どちらでもギリギリ意味は通じるのが救いか。

ちなみにcomplex_catさんの説明ではネズミの歯をカンナで例えているのですが、私の記憶では、ネズミのかじり屑はカンナよりノミの削り屑に見た目が近い。そこで上の本文では、complex_catさんの使った漢字の方を採用しています。

それに、ノミで木材を割ることは現実に可能だし、(ノコギリなども可能な限り併用する前提で)実際に行われてもいるけれど、カンナで割るというのは通常ありえない。その意味でも、ネズミの歯はカンナよりノミに似ていると思う。

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