趣味Web 小説 2010-08-26

「円高メリットの追求」は疑問

為替水準を金融政策の目標とすることには私も賛成しないが、上久保さんの円高メリット論は、もっとおかしい。

1.

円高が輸出産業の収益を悪化させるのは、ドルなどの外貨を貿易の決済通貨に使用しているからだ。逆に言えば、円が決済通貨として使われるならば為替リスクはなくなり、円高でも輸出企業の収益は悪化しないということになる。

既に済んでいる契約についてはその通りだけれども、今後の契約においては、通貨高による価格の上昇を買い手が受け入れる理由はないので、「円高によって輸出企業の収益は悪化する」に決まっている。狭義の「為替リスク」をなくしたところで、円高の苦しみは、さして軽減されない。

外国為替はこう動く

外国為替はこう動く』は通貨の動向と経済成長率には相関がないという事実を示している。インフレ率の高い国と低い国があれば、自ずとインフレ率の高い国の通貨は安く、低い国の通貨は高くなっていく。実質経済成長率がどうあれ、通貨価値が高率で下がる国と、低率で下がる国があれば、為替は(長期的には)通貨価値の釣り合いを取るように変化していく、ということだ。

先進諸国がプラスの物価上昇率を維持しているのに、日本はデフレなのだから、円高になるのは当然だ。しかしそうだとすると、なぜ円高で輸出企業は経営が苦しくなるのか。単純にいえば、人件費は円建てで、株価のように円高連動で給与を下げることができないからだ。(下記の「余談」を参照)

余談

円高になると、株価は下がる。これは、他国の通貨に置き換えた場合の株価を安定させようとする市場の働きとして、説明がつくそうだ。一見、東京株式市場では円単位で株が取引されているように見えるが、市場参加者は、自分の生活する国の通貨価値に換算して売買する傾向があるらしい。

これは日本人の外国株取引を例に考えれば分かりやすい。中国の通貨である元が、円に対してグンと高くなったとする。このとき日本人は、為替得が生じたと考え、「株の売り時」と判断する。そこで多くの日本人が株を売りに出す。すると元単位では中国株市場の値崩れが起きる。そうして、為替得が相殺される水準まで、ずっと株価は下がり続ける。

あるいは、外貨預金のケース。デフレの続く日本で暮らす者からすると非常に高い利率に見える。しかし高利率の預金があるのは基本的に高インフレ国なので、定期預金が満期を迎える頃には大きな為替損が生じてしまい、利益は相殺される。平均すると、自国の通貨価値に換算した場合、国内の銀行にお金を預けるケースと比較して、外貨預金は手数料の分だけ損をすることが知られているそうだ。

2.

円高は輸入を促進し、物価を抑制する要因がある。特に、輸出企業にとっては、原材料費・エネルギー価格のコストダウンが可能になる。

おかしな主張だと思う。先に引用した部分と同様、ここには「円高になっても円建ての輸出価格を維持できる」という錯誤がある。海外の消費者から見れば、それでは単なる値上げになるわけで、それでも売れるなら最初からその値段で売っている。

円高になっても、客先の通貨建てで商品の価格を維持しなければ売れないのだから、原材料価格の低下分は、そのまま売値に反映させるしかない。その上、人件費も圧縮しなければならぬ。人件費の圧縮は難しいから、通貨高は苦しい。(注:インフレ国同士なら、物価上昇率の違いに応じた名目賃金の上昇率の差で調整される。給与を「下げる」調整と比べ、給与の「上げ方を絞る」調整の方が、社会的な摩擦は小さい)

日本の若者の雇用問題は、日本国内の少ない雇用のパイを奪い合うのではなく、アジア地域を日本のジョブマーケットと一体化しなければ解決しない。「仕事がある国に行って働く」という、中国や東南アジアの若者なら当たり前のことを日本の若者ができなければならない。

海外で働きたい人の邪魔をしない制度は必要。だが、国内で働きたい人に「海外へ行け」「当たり前のことだ」というのはおかしい。デフレを脱却して低インフレ国に転換し、「名目賃金の上昇」と「為替の変動に伴う賃金調整」が両立する環境を整えることで、円高が雇用の縮小に直結しないようにする方が、人々の希望に適っているだろう。

円高で日本の貨幣的信用が高まると、海外から日本に資金が集まってくる。

前述の通り、為替変動と実質経済成長率に相関はない。たまたま(円に対しては傾向的に通貨安だが)世界的には概ね通貨高が続いたドル、即ちアメリカの実質経済成長率が高く、長年アメリカへの投資は大きなリターンを生み続けてきた事実が、世間の誤解を誘っているに過ぎない。(ちなみに通算すると日本の対米投資からも円高を相殺する利益が出ているそう)

単純な話、ある程度の為替損を予想しても、利息がそれを上回ると予想したなら、高インフレ国にだって投資するでしょ。逆に為替得を予想して、利率がゼロ近傍でも投資する、こともありうる。リスクを嫌う投資家は多いから、為替の安定には利益があるとしても、「安定して少しずつ通貨安」の国より「安定して少しずつ通貨高」の国の方が有利、なんてことはない。日本も、その一例だろう。

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