私は夜明け前さんのレビューに同意する立場。で、多くの肯定的評価があることにホッとしたのだけれども、コメント欄で反論しているR30さんにも肯定的評価がたくさん入っており、不思議に思った。
レビューを読んでいて疑問に思った点がありましたので、少し指摘しておきますね。
まず第一に、人口の波がデフレの真因であるとするなら、日本と同じ高齢化問題を抱える国は、日本同様に長期デフレに悩まされているはずです。
著者は「日本では人口の波が需要と供給の変動に大きな影響を与えている」とは言ってるけど、それが「あらゆる国において長期デフレの直接の原因となる」とまでは言ってないのでは。
あっさり言うなら、成長率が下がると失業率が上がるということで、これは我々の日常的な感覚にもぴったりくるものでしょう。 (中略)人口の波デフレだから労働人口の減少を食い止めよという処方箋は、理解に苦しみます。
と解説されているオークンの法則は因果関係が逆で、失業率が上がれば(=雇用が減れば)実質GDPは減り、失業率が下がれば(=雇用が増えれば)実質GDPは増える、というサプライサイドの法則を述べているセオリーなので、女性の労働力を増やせばGDP成長率を上げられるという著者の主張とは矛盾しないと思います。
藻谷説を好意的に補完して読むならば、少子高齢化はデフレ圧力になる、と。でも、最終的にデフレになるかどうかは、諸政策次第ということかな。労働人口の減少でデフレになるというのも、将来不安から消費が落ち込むという筋立てだから、考え方として理解はできる。ただ、現実には貯蓄率は低下を続けているので、結局は賛成できないのだけれど。
オークン則云々は揚げ足取りの応酬。夜明け前さんが指摘したいのはおそらく、「女性を労働市場に投入せよ」といったって、誰が雇うのか、という話。人手不足で、応募すれば即採用される状況でもなお女性のフルタイム労働を妨げる壁があるなら、それはすぐに改善すべき。でもふつう、そのとき経済は「人手不足→賃金上昇→インフレ」となっているはず。フィリップス曲線は恒常的なインフレ下では上方シフトして崩れてしまうが、それでもデフレのまま完全雇用になるわけがない。
他方、藻谷さんは「どうやって実現するかは別にしてとにかく何らかの方法で労働力率を高める→多くの人の経済的な見通しが明るくなり将来不安が減じる→消費が活発になる→デフレ圧力が緩和される」というストーリーを描いている。オークン則は経験則に過ぎないから、R30さんの説明もひとつの解釈でしかないのだけれど、それでも夜明け前さんのオークン則の援用の仕方には疑問がある。しかし、藻谷さんの提案はその第一歩のところに難がある。経験的には「受給逼迫の予想から雇用の回復が起きる。その逆ではない」のだから、「まず雇用を増やすことでデフレ脱却なんて可能なの?」と。オークン則云々で議論がすれ違ってる。
ふつう、こうした話になれば、政府が有効需要を生み出して余剰生産力を吸収し云々という聞き慣れた提案が出て、「まあ、そうですね」となるところ。いま国債残高に関心が集まっていて、聞き慣れた提案に不安の声が上がるから、議論の出口が重くなっている。
結局のところ、夜明け前さんが壁を突き抜けた大胆な金融緩和をデフレ脱却案としているのに対し、藻谷さんはこれに消極的。おそらく、どんな政策も突き抜ければ必ず害が勝るという直感があって、既に目に見えているデフレの害を消すために、大きなリスクを背負いたくないのだろう。円安誘導は近隣窮乏化策なので採用不能、と自ら政策メニューを消してデフレ継続を前提に社会を変えていこうと主張した榊原英資さんと構図は同じ。とすると、女性の労働力率上昇は、ワークシェアのような形であっても実現していこう、ということになるのかな。