趣味Web 小説 2011-03-07

新幹線が「重荷」なら道路の少なからずも「重荷」

1.

驚いたのは、日本の新幹線網で、東京・大阪間以外の区間は今後ずっと赤字を垂れ流す運命だったのかということに、うかつにも気がついていなかったからだ。

JRが黒字でも、駅の建設には莫大な公費が投入される……というか、そうでないとJRは駅を作らない。作っても投資に見合う利益が出ないからで、素朴に「新幹線というのは、現在の運賃ではペイしないのだな」という感覚はあった。以下、断言調で書くが、基本的に私の臆断なので注意。

「赤字を垂れ流す」という言い方は、誤解を招くと思う。一般道路は公費で建設され、公費でメンテナンスされる。市町村の予算を見てみれば、道路特定財源だけでは全く足りないので住民税から多額の道路予算が出ていることは一目瞭然だ。鉄道と同様に考えるなら、交通関連の警察予算とともに、全て自動車のオーナーから集めた税金だけで予算を賄うべきだが、実際にはそうなっていない。

道路特定財源だけで道路を建設したら、国道と県道以外はアスファルト舗装されないままだったかもしれない。そのような社会において、現在そうであるほど自動車が便利なものと理解されただろうか。

ようするに、道路について「赤字を垂れ流している」というなら、新幹線の地方駅も「赤字を垂れ流している」といって不公平にはならない。そういう話だと思う。九州新幹線が赤字になるか、黒字になるか。おそらく黒字になる。でもそれは建設費のかなりの部分を公費で賄ったからで、そうでなければ成り立たない。

2.

なぜ新幹線を公費で建設するのかといったら、それに乗って数千万人が毎年各地を移動することで、大勢に利益があると信じるからだ。しかしそれは運賃に乗せたって同じことのはずだ。税金を払うか、運賃を直接・間接に払うかの違いでしかない。

だが、道路にこれほどの予算を投入し、その他の交通にも大なり小なり補助を入れている状況を一挙に変えない限り、新幹線だけ生のコストを運賃に反映するというわけにはいかない。新幹線のみ「ハンデなし」では勝ち目がないからだ。間接的な受益者から薄く広く税金という形で負担をいただこうなどと考えず、全て単純な受益者負担として、間接的受益者には市場経済を通じて間接的にご負担をいただく仕組みとした方がよかったんじゃないか。(注:こう書いたが、実際には、お金の取り方を変えれば社会の姿も変わる。どう変わるかについての推察は後日)

まあ、もともと経済的な不合理を通すために無駄をやるのが政治の意義ともいえるので、仕方のないことなんだろうな。

補記:

東京-名古屋間のリニア線は全額JR東海の負担で建設されるという。その代わり、両都市をほぼ直線で結んだようなルートになる。もちろん途中駅を作るなら地元負担になる。

これに対して長野県が「うちの県を横切りたいなら、主要都市を通る遠回りのルートにしろ。さもなくば建設許可を出さないぞ」みたいなことをいったわけだが、「だったら余計にかかる工事費は長野県が払え」という反論が出たのは当然の話。日本の新幹線で、税金の補助なしで成り立つのは、東京-名古屋-大阪の三大都市圏貫通ルートのみ。他は途中駅も含めて税金の補助なしにはどうにもならぬ。

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